OMOI-KOMI - 我流の作法 -

For Ordinary Business People

〔ドラマ〕 ドクターX ~外科医・大門未知子~ スペシャル

2024-12-31 11:19:43 | 映画
 
 2016年に放映された日本の長編ドラマです。
 
 米倉涼子さんの代表作“ドクターX ~外科医・大門未知子~”シリーズの“スペシャル版”です。
 
 設定やストーリーは全く特筆すべきところは全くないのですが、レギュラーの岸部一徳さん、西田敏行さんに加え、ビートたけしさんも加わった贅沢なキャスティングがウリの作品でした。
 たけしさんが演じる人物の見せ場は、見え見えではありますが、それでもビシッと決まりましたね。岸部さんとツーショットのやり取りもゾクゾクしました。
 
 基本はコミックですが、こういった面々が揃うのなら、まともなサスペンス作品として作っても面白いでしょう。

 

 

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〔映画〕のど自慢

2024-12-30 19:42:14 | 映画

 
 1999年に公開された日本映画です。
 
 井筒和幸さんの監督・脚本のいかにも“一昔前の日本的ハートフルコメディ”なので、今の私にはそれほどの違和感なく入ってきますね。
 
 NHK人気番組「のど自慢」をそのままモチーフにしたある意味ではとても大胆な作品です。
 
 キャスティングも作品のテイストをしっかり活かせる面々という点では、バラエティに富んでいて結構豪華です。
 なかでも私的に響いたのは、“普通の母親役”を演じたりりィでした。

 

 

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フェイクニュースを哲学する ─ 何を信じるべきか (山田 圭一)

2024-12-29 11:08:36 | 本と雑誌

 いつも利用している図書館の新着本の棚で目につきました。

 “フェイクニュース” にしても “哲学(する)” にしても、とても気になるキーワードですね。
 特に昨今の「選挙」では、SNSで流布された玉石混淆の情報がその結果に大きく影響したこともあり、そういった時流の背景を理解するのに大いに参考になるのではと思い手に取ってみました。

 期待どおり興味深い指摘が多々ありましたが、それらの中から特に私の関心を惹いたところをいくつか書き留めておきます。

 まずは、本書での議論に無用な混乱を生じさせないために、著者の山田圭一さん「フェイクニュースの定義」を試みています。

(p5より引用) フェイクニュースは「情報内容の真実性が欠如しており(偽であるか、ミスリードである)、かつ、情報を正直に伝えようとする意図が欠如している(欺くことを意図しているか、でたらめである)」ものとしてひとまず定義することができる。

 と整理しながら、「必ずしもその意味をひとつの定義に切り詰めて考える必要はない」とも語っています。

(p8より引用) 「フェイクニュース」という言葉は、自分と異なる相手の意見を抑圧したりその発言を無効化したりするための道具として用いられる危険性をもっている。

との指摘のとおり、現実的には、明確な言葉の定義よりも、その言葉が伝える意図や効果をしっかり認識しておくことの方が重要でしょう。

 次は、「第3章 どの専門家を信じればいいのか」の中で示された “知的自律性” の論考の中での山田さんからの示唆です。

(p113より引用) つまり知的に謙虚であるためには、自分の知的な限界を広く見積もりすぎ る知的傲慢と、狭く見積もりすぎる知的隷属の中間を縫いながら、自分の知的限界を正しく見極め、その限界に対して適切な仕方で対処する必要がある (Whitcomb et al. 2017)。この点で、判断を委ねるべき場面で判断を委ねるべき相手にきちんと判断を委ねることができる人こそが知的な謙虚さという徳をもっている人であり、その判断を自律的に行える人こそが本当の意味で知的に自律している人だといえるだろう。

 私たちが日々、様々な機会で接する情報の真偽を判断する際、“知的自律性に依拠した検討プロセス” を辿ることが重要ですが、その際の要諦ですね。

 そして最後は「陰謀論」をテーマにした議論。
 「第5章 陰謀論を信じてはいけないのか」にて山田さんが指摘している “陰謀論の社会的弊害” です。

(p174より引用) 陰謀論の脅威は、まさにこの悪循環のスパイラルにある。それは単にある特定の偽なる信念をもたらすだけでなく、陰謀論を正しい「知識」とみなす人々の認識を信頼するようになり、そうでない人の信頼度が下がり、その信頼度に基づいて新たな「知識」が獲得されていく・・・・・・という真理から遠ざかる螺旋運動をもたらすのである。
 このような認識的な信頼関係の根本的な配置転換を行った人たちとそうではない人たちとの あいだには、「何を真であるとみなすのか」の分断(真理の分断)だけでなく「何を認識の基礎とみなすのか」の分断(正当化の分断)が生じる。このことは、本書でみてきたような社会のなかで知識を基礎づける構造を共有不可能なものにし、われわれの知識の土台を根こそぎ掘り崩すことになる。この意味で、やはり陰謀論はわれわれの社会にとって深刻な脅威となりうるものである。

 こういったコメントのように、本書において山田さんは、昨今出現が顕著になったコミュニケーションにおける病理ともいうべき「フェイクニュース」や「陰謀論」といった現象を取り上げ、

(p179より引用) 「真理を多く、誤りを少なく」という認識目標や、「真なることを伝えるべし」「真偽を吟味すべし」といった認識的規範が機能しなくなるさまざまな状況・・・

をわかりやすく解説し、それに相対するための “知的思考プロセス” を示しています。

 要は “真理への関心”を持ち、“真理を探求し続ける” こと。
 そういう “知を尊ぶ姿勢(=哲学)” の大切さを伝えることを目指した著作ですが、タイトルに “哲学する” とあるように、「自律的に考えるための作法」を丁寧に紹介した良書だと思います。

 ただ、本書でも言及していますが、特に昨今 “知を尊ぶ姿勢” とは次元の異なる思想に基づく現象が生じています。“真実など二の次” 、SNS上でのアクセス稼ぎを目的とした行動(投稿)です。
 これは、発信者だけでなく、それに引寄せられ踊らされている受け手の存在も併せて事象を捉え論じなくてはならないのですが、考察にあたっては、そもそもの “人間の本性”  という心理学的・社会学的議論にも踏み込む必要があるでしょう。
 本書を嚆矢として、こういったテーマを扱った著作にもトライしてみたいですね。

 

 

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〔映画〕レッド・ワン

2024-12-28 12:07:30 | 映画

 
 2024年に公開されたアメリカ映画です。
 
 ドウェイン・ジョンソンとクリス・エヴァンスが共演しているのでアクション・アドベンチャーテイストではありますが、基本は、こどもも楽しめる“ファンタジー”作品です。
 
 サンタクロースをモチーフというのはありふれているようですが、ストーリーにも演出にもオリジナリティを感じますし、併せて、サンタクロース回りの映像は夢があってとても綺麗です。
 
 表現しているメッセージもシンプルで、観終わって心地よい気分になれますね。

 

 

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〔映画〕シャザム!

2024-12-27 08:49:36 | 映画

 
 2019年に公開されたアメリカ映画です。
 
 ちょっと前に、シリーズ第2作目を先に観てしまいました。DCコミックスのキャラクターを主人公にした作品です。
 
 本作はDCコミックスを原作にした実写版のなかでは “子供向け” にチューンしたもののようですね。あれこれと凝ったつくりではない分、大満足とはいえませんが、気楽な気分でそこそこ楽しめます。
 
 あと、第2作目のラストの有名キャラクタ登場のサプライズも、本作を観て納得しました。こういう細かな遊び心はいいですね。

 

 

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城崎殺人事件 (内田 康夫)

2024-12-26 09:23:07 | 本と雑誌

 

 かなり以前に読んでいた内田康夫さん “浅見光彦シリーズ” ですが、このところ、私の出張先が舞台となった作品を、あるものは初めて、あるものは再度読んでみています。

 ただ、私の出張先も、以前勤務していた会社のころを含めるとそこそこの都道府県にわたるので、どうせなら “シリーズ全作品制覇” にトライしてみようと思い始めました。

 この作品は「第29作目」です。今回の舞台は “城崎温泉(兵庫県)”

 兵庫県の瀬戸内海側は学生時代・社会人時代をあわせもう数えきれないほど行き来していますが、日本海側はトンとご無沙汰です。印象としては冬の寒々しい海の風景を思い浮かべるのですが、実際はどうなのでしょうね。

 ミステリー小説ですからネタバレになるとまずいので内容には触れませんが、この作品、浅見光彦シリーズとしては珍しくかなり荒々しいストーリー展開でしたね。
 陽一郎の弟であることが判明する前の警察署内でのやりとりをはじめ、その後の関係者の動機にまつわる物言いなど、光彦の態度がいつになく強引でちょっと引いてしまいます。さらにはラストに至る “詰め” も乱暴で、犯人との対決のシーンも物証も乏しいその場しのぎ的な甘々の推理の開陳でした。まあミステリーとしての “伏線回収” はうまく仕上げていましたが・・・。

 さて、取り掛かってみている “浅見光彦シリーズ制覇チャレンジ”、それほど強い意志をもって完遂しようとも思っていませんので、まあ、“どこまで続くことやら”です。

 次は、30作目の「隅田川殺人事件」ですね。

 

 

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〔映画〕ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1/PART2

2024-12-25 13:23:16 | 映画

 
 2010年と11年に公開されたイギリス・アメリカ合作映画です。
 
 10年近くにわたる“ハリー・ポッター”シリーズの最終作で第7作、8作目にあたります。
 
 もちろん、大作・力作ではありますが、物語としては、さすがにかなり“息切れしてしまった感”が強いですね。シリーズが進むにつれて新鮮味が薄れ、テーマもぼやけてしまいました。
 
 そもそもの敵役の “敵役である由縁” が不明瞭で納得感が今一つなので、最後の解決に至ってもなにかスッキリしないんです。
 
 さらに言えば、ラストシーンもありがちな陳腐なパターンで、このファンタジー超大作の締めくくりとしては全くもって物足りなかったですね。最後にきて残念です。

 

 

 

 

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〔映画〕ハングマン

2024-12-24 10:11:44 | 映画

 
 2018年に公開されたアメリカ映画です。
 
 こういった感じの作品が “サイコ・スリラー” というジャンルになるのでしょうか。観始めてからグダグダと物語が進んでいき、納得感のないエンディングに行き着きました。
 
 連続殺人事件がモチーフなのですが、“連続” に必然性が感じられない構成は致命的でしょう。
 
 キャスティング的には、アル・パチーノとカール・アーバンの競演なので悪くはありませんが、やはりストーリーに魅力がないと観ていて楽しめませんね。

 

 

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〔映画〕植村直己物語

2024-12-23 10:33:08 | 映画

 
 1986年に公開された日本映画です。
 
 植村直己さんが冬期のマッキンリーで行方不明になったのが1984年ですから、それからあまり日を隔てないでこれほどの大作が撮影されたのには驚かされます。
 
 映画ですら厳しい極地の自然の姿でしたから、実際現実の冒険現場の熾烈さは想像を遥かに凌駕したものだったのでしょう。
 
 作品としても、そのキャスティングをみて本作への注力度合いを伺い知ることができます。
 特に女優陣、乙羽信子さん、山岡久乃さん、丹阿弥谷津子さん・・・、そして何と言っても倍賞千恵子さんは秀逸でした。
 
 日本を代表する女優といえば吉永小百合さんというのが定評ですが倍賞さんは吉永さんに比肩する素晴らしい役者さんだと思います。
 本作の成功は、倍賞さんあってのものですね。

 

 

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対談集 - 六人の橋本治 (橋本 治)

2024-12-22 12:07:09 | 本と雑誌

 いつも利用している図書館の新着本リストで目につきました。

 橋本治さんの著作は、「「わからない」という方法」「思いつきで世界は進む」等いままでも何冊か読んでいて、そこで開陳されているとても素直な “正論” を楽しんでいました。

 本書は、橋本さんが様々なジャンルの6人の方々と語り合った対談集とのこと。
 興味深いやりとりが満載でしたが、それらの中から特に私の関心を惹いたところをいくつか書き留めておきましょう。

 まずは、「日本美術史を読み直す」とタイトルされた批評家浅田彰さんとの対談の中のフレーズ。
 和漢混淆文を取り上げ、漢意とやまとごころという概念の成り立ちとその後の文化面での派生の様子を “融通無碍に展開してきた日本文化史” と語る浅田さんの議論を受けて、橋本さんはこうコメントしています。

(p63より引用) そういう議論について言うと、ルーツについて、一個わかるとそのキイによって全部がわかるという考えかたは、あまりにも単純すぎないかっていうふうに私は思うんですよ。ある部分ではAというタームを持ち上げ、別のところにくるとAを否定しつつBというタームを持ち上げ、とそれでいいんじゃないか。

 そして、同じ対談からもう一ヵ所、浅田さんが近現代の日本美術の “幼児性” を指摘しているところです。

(p103より引用) 浅田 まさにその通りだと思うけれど、そういう意味でいうと、やっぱり大阪万博の岡本太郎の《太陽の塔》が転換点だったのかもしれない。丹下健三・磯崎新組の「お祭り広場」のプランは、弥生的なものを暗黙のベースに、情報化社会にふさわしい「見えない建築」(当時の言葉でいう「サイバネティック・エンヴァイロンメント」)をつくろうというものだった。そこへ岡本太郎が大屋根をぶち抜いて《太陽の塔》を建ててしまった。そちらの方が「キャラ立ち」してしまって、丹下・磯崎組は敗北を喫したわけですよ。幼児化が顕著になるのは最近のことだとしても、源泉はそこにあったのかもしれませんね。とにかく、橋本さん風の大人の職人としての常識をかなぐり捨てて、「女子供」が喜べばいいだろうというポピュリズムの方向にとめどもなくすり寄っていく…。

 以前、岡本太郎さんの著作で「大屋根」をぶち抜く「太陽の塔」のエピソードを読みましたが、立ち位置が異なるとこれほどまでに評価が一変してしまうのですね。

 大きな二つ目は、「紫式部という小説家」という章での国文学者三田村雅子さんとの対談でのやりとりから。

(p199より引用) 橋本 平安時代の人は悲しい、寂しい、辛いとは言わずに、そこにどんな花がどう咲いているという言い方をするでしょう。
三田村 感情語は絶対使いませんね。
橋本 だからそこにどういう情景があるかということが一番重要であって、情景を語ることが実は感情を語ることなんです。

 なるほど、面白い指摘ですね。
 恥ずかしながらこういったことも初めて知りましたし、知っていれば、ド素人の私の平安文学の読み方もほんの少し深まっていたかもしれません。

 三つ目は、コラムニスト天野祐吉さんとの対談からです。
 「2009年の時評」と銘打たれた章ですが、このころに既に “メディアの劣化” が語られています。
 橋本さんのコメントです。

(p296より引用) 橋本 「もっとみんなで考えよう」と呼びかける能力は、マスメディアにはもうないと思う。メディアの仕事とは、より多くの人たちに何かを考えさせるようにすることなんだと思うけど、小学校の勉強と同じで、簡単に分かる答えを与えすぎるのね。

 ともかく、“自分の頭で考えなくなった” ということですし、 “考える方法” を身に着ける機会が極めて少なくなってしまった、あるいは、そもそも “考える方法” を身に着けようという動機を持つ人が少なくなってしまったのが今でしょう。自らの判断を外部からの情報に無批判に委ねる姿勢の蔓延です。

 さて、最後は、「「リア家」の一時代」という章での劇作家宮沢章夫さんとの対談でのやりとりから。橋本さんが書く “小説の手法” を開陳しているくだりです。

(p314より引用) 橋本 私は考えに考えて文章を生み出す人ではないんです。・・・自分の頭で人間を造型しておくのではなくて、こういう状況に置かれた静の眼に事態がどう映っているか、だったらどうするのかを、彼女に全部決めさせたんですよ。私は小説を書くときは基本的に自分で決めるよりも登場人物に決めさせます。

 とはいえ、最終的には物語をラストに向けて収斂させていくのでしょうから、そこに導く作者の意思が必須のように思います。橋本流は、最後まで登場人物の主観で進め切るのでしょうか?

 本書に収録された7つの対話、それぞれのジャンルで橋本さんの作品を読み込んでいないと対話者間で交わされるやりとりを理解することはできません。
 その点では、私の場合、本書をほとんど楽しむことができなかったようです。残念ですが、ベースとなる堆積物がなかったわけですから如何とも仕方ありませんね。

 

 

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〔映画〕シャザム!〜神々の怒り〜

2024-12-21 17:43:32 | 映画

 
 2023年に公開されたアメリカ映画です。
 
 観始めて気づいたのですが、DCコミックスのキャラクターを主人公にした作品だったんですね
 
 そのせいもあって、子供向けのエンターテインメントに徹している作りは、映像も綺麗で素直に楽しめました。
 
 キャスティング的には、 ヘレン・ミレンが役どころに違和感を感じさせながらも流石の存在感でしたし、何と言ってもガル・ガドットの登場は“鳥肌”ものでした。
 
 ちなみに、本作は、シリーズものの第2作とのこと。機会があれば、第1作目にもトライしてみようと思います。

 

 

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〔映画〕ユニバーサル・ソルジャー

2024-12-20 09:48:22 | 映画

 
 1992年に公開されたアメリカ映画です。
 
 SFテイストのアクション作品ですが、ベースとなった設定は結構シャビーですし、ストーリーにも深みはありません。
 
 ある種“木訥”な出来栄えですが、そういった雰囲気に主役のジャン=クロード・ヴァン・ダムがフィットしていましたね。
 
 敵役がドルフ・ラングレンというのも分かりやすく、さらに二人が揃うと“単純なアクションもの”になるというのも自然な流れでしょう。

 

 

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〔映画〕水曜日のエミリア

2024-12-19 09:31:02 | 映画

 
 2011年に公開されたアメリカ映画です。
 
 たまたま配信サービスのリストで目についたので観てみました。ナタリー・ポートマン主演の映画なんですね。
 
 私の粗雑な感性からいうと、こういったモチーフで、登場人物たちの微細な心情を描き込んでいくような作品は得意ではないのですが、やはり本作品でもそうでした。
 いたるところのシーンで、「気持ちが分からないわけではないけど、どうしてそうなるのかねぇ」といった感じになってしまうのです。

 

 

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隠岐伝説殺人事件 (内田 康夫)

2024-12-18 20:09:02 | 本と雑誌

 

 かなり以前に読んでいた内田康夫さん “浅見光彦シリーズ” ですが、このところ、私の出張先が舞台となった作品を、あるものは初めて、あるものは再度読んでみています。

 ただ、私の出張先も以前勤務していた会社のころを含めるとそこそこの都道府県にわたるので、どうせなら “シリーズ全作品制覇” にトライしてみようと思い始ました。

 この作品は「第28作目」です。今回の舞台は “隠岐(島根県)”

 隠岐はもとより島根県は仕事関係で立ち寄ったことはありません。プライベートでは、あまり定かな記憶ではないのですが、幼いころ「松江」には旅行にいったことがあるのと、社会人になってから「津和野」を訪れたぐらいです。

 ミステリー小説ですからネタバレになるとまずいので内容には触れませんが、シリーズの中では比較的力作といえる部類の作品でしょう。
 最後の手段・方法についての謎解きはかなり強引ではありますが、“源氏物語絵巻” をモチーフにしたエピソード設定にはオリジナリティを感じました。

 さて、取り掛かってみている “浅見光彦シリーズ制覇チャレンジ”、それほど強い意志をもって完遂しようとも思っていませんので、まあ、“どこまで続くことやら”です。

 次は、29作目の「城崎殺人事件」ですね。

 

 

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〔映画〕ゲノムハザード ある天才科学者の5日間

2024-12-17 11:26:47 | 映画

 
 2014年に公開された日本・韓国合作映画です。
 
 原作は、25年ほど前に第15回サントリーミステリー大賞読者賞を受賞した小説とのことですが、その後、改題および大幅に加筆改稿されて、映画化に至ったということです。
 
 この作品、始まってかなり時間が進んだ段階でも、正直、物語の輪郭すら掴めませんでした。入り組んだ設定とストーリーで、単純に楽しめるといったたぐいのものではなかったようですね。(その割に、ラストはあまりにも在り来たりでしたが・・・)
 
 私の好みからいうと、こういった狭い世界で複雑に絡まった話よりも、大雑把でもいいので空間的に広がりのあるエピソードで彩られている方がいいのです。

 

 

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