いつも利用している図書館の新着本リストで目に付いた本です。
松本清張さんは私の好きな作家のひとりですが、本書は、松本さんの没後三十年記念企画の1冊で、いままで未収録だった短編から10篇を選んで書籍化したものとのことです。
小説なので、ネタバレになるような引用は控えますが、松本清張さんと言えば「点と線」「ゼロの焦点」等に代表される “社会派推理小説の巨匠” というイメージが大きく、せいぜい初期は歴史小説も手掛けていたということぐらいしか知らない私にとって、この10篇、それぞれに色合いが異なっていて、その筆の多彩さに素直に驚きました。
そして、その作家としての開花までの道程の険しさを、本書の最後に収録されている自伝的小品「雑草の実」で読み知りました。
日々の暮らしすら困難で文学とは距離を置いていた松本氏は昭和25年「週刊朝日」の懸賞小説に応募します。そのときも破格の賞金に魅せられた故とのことですが、そこで三席に入選。その後、木々高太郎氏とつながりから「三田文学」への掲載や「芥川賞」受賞と少しずつ作家としての実績が積みあがっていった松本氏ですが、それでも不安は尽きません。
(p273より引用) わたしは職業作家となる自信はまったくなかった。七人の家族をかかえ、安全な会社勤めから海とも山とも知れぬ生活にいまさらどうしてきりかえられようか。
その後も悩み抜いた松本氏は東京本社への転勤という形で、上京に踏み切りました。それから3年を経て朝日新聞社を退社、本格的な作家生活に移ったとのこと。
松本氏のドラマティックな半生記。松本氏が描く小説の深度の源泉が感じられるとても興味深い作品でした。