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アリエリー教授の人生相談室─行動経済学で解決する100の不合理 (ダン・アリエリー)

2016-10-23 20:27:54 | 本と雑誌

 ダン・アリエリー氏の著作は、「予想どおりに不合理」「ずる」等を読んだことがあります。
 本書は、ウォールストリート・ジャーナルに連載されたコラムの書籍化とのことなので、さらに読みやすくなっています。

 ただ、内容は、本当に雑談のような「コラム」の集積でしかありません。この本を読んで「行動経済学」に関する知見が深まるかといえばそれは無理でしょう。とても貧弱です。
 たとえば、行動経済学における代表的な成果であるプロスペクト理論「損失回避バイアス」についても、こういった触れ方に止まっています。


(p175より引用) 損失回避は、社会科学の原理のなかでもとくに本質的で理解が進んでいる考え方で、ざっくりいうと、同じ価値のものであれば、得るより失う方が感情的なインパクトが大きいことをいう。


 また、「意思決定」行動についてはこんな記述があります。


(p186より引用) より重要なこととして、時間をかけてもどの選択肢がベストなのかを決められないのは、迷っている選択肢がどれも全体的に見て大差ないからだ。・・・
 さて似たりよったりの選択肢のなかで決めなくてはいけないことがわかったら、次に考えなくてはいけないのは、時間の機会費用だ。決めあぐねてさらに多くの時間を無駄にしないように、どうにかして決断しなくてはならない。コイントス方式の意義はここにある。


 これでは、理論の解説ではなくHow toとかTipsの類の紹介ですね。

 ということで、本書を読んで最もためになったのは、行動経済学で読み解かれる実社会での人々の行動例や今後の行動経済学の探求テーマとなりうる人々の特異な行動パターンとかの紹介などではなく、「前の車が横入りを許すとムカつく」というタイトルのコラムに記されていた一節でした。

 延々と続く渋滞の中で、自分より前にいる車のドライバーが何台もの車をいれてあげる、入れてもらった車のドライバーは喜び、かれらに感謝する。でも、自分は・・・。


(p195より引用) 本当の思いやりとは、他人に直接的、間接的によいことが起こるのを喜べることなんだ


 この考え方は改めてそうだと思いますね、正直なところ、私も大いに反省すべきところがあります。

 

アリエリー教授の人生相談室──行動経済学で解決する100の不合理
櫻井 祐子
早川書房
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脳・心・人工知能 数理で脳を解き明かす (甘利 俊一)

2016-10-16 21:47:56 | 本と雑誌

 新聞の書評欄で紹介されていたので読んでみました。
 AIは最近の何度目かの脚光を浴びているジャンルですし、このところ「こころ」関係の本も何冊か手に取っていたので、興味を惹きました。

 しかしながら、この本も撃沈ですね。正直なところ本書での著者の解説の8割は全く理解できませんでした。「数理」でとタイトルにあったので、その段階で気づくべきでした・・・、完全に甘く見ていました。
 人工知能に関して、最近最も気になっている「ディープラーニング(深層学習)」についても、その原理の解説がこんなふうになってしまうと・・・、私の頭自体が「ディープな世界」に沈潜してしまいます。


(p143より引用) 私は、数理脳科学と並んで情報幾何を研究している。その立場からすれば、パーセプトロンのパラメータ空間は曲がったリーマン空間になる。・・・そこでの長さを測る物差しがリーマン計量であり、統計学のフィッシャーの情報行列で与えられる。特異点では、この計量が縮退してしまう。
 学習で縮退の効果をなくすには、リーマン空間の立場に戻って、損失関数の勾配をリーマン空間の中で考えればよい。・・・これを用いるとプラトーは消失し、素早い学習ができる。この方式を「自然勾配学習法」というが、これはいまブームの深層学習でも有効である。


 何とか話についていける内容になったのは、本書の残り四分の一あたり、人工知能研究の歴史の解説になってからです。


(p172より引用) 自分の専門である数理脳科学を書いて、少し夢中になってしまった。そこで話を転じて、脳の仕組みにヒントを得て、これを技術として実現する人工知能について考えてみようと思う。


 さて本書を読んでですが、人工知能の基本原理についてこんな感じかという「イメージを抱く材料」は以前より少しは増えたような気がします。ただ、結局のところ、基本原理が理解できたわけではありませんから、それによってイメージの“もやもや感”が減ったかといえば全くそんなことはなく・・・。やはり“一筋縄ではいかない”ということを再認識させられたということでしょう。
 このテーマについて少しでも理解を深めるには別のアプローチを模索した方がいいかもしれないなと感じ始めています。情けないのですが、今から本書の解説についていける程度の「数学」の知識をつけるのは私にとって余りにも荷が重いようです。

 とは言え、著者のような数理脳科学の専門家が、「ロボット」の将来ついて、こう語っているところは興味深いですね。


(p228より引用) でも、ロボットが喜びや悲しみを表現しても、これだけではロボット自身が喜び、また悲しんだとはいえない。喜びや悲しみの状況の認識は、喜ぶこと、悲しむこと自体とは違う。これはクオリア(質感、しみじみとした感覚)の問題といってよく、個人の長い経験の蓄積の末に生じる。ロボット自身は一回限りの人生をいとおしみながら終えていくということはないのだから、すべての経験がそのまま役に立ち、クオリアのようなものが生ずる必要がない。人間が作るロボットは、あくまで人と協調し、人を助けるものに留まるだろう。


 このあたり、「個人の長い経験」もそれに相当する大量の時系列データを読み込ませることによって蓄積可能になるようにも思いますが、その程度のことは分かっているうえでのコメントなのでしょう。
 科学者一流の「楽観主義」のようでもありますが、私も、完全に“人生”を代替するようなロボットの登場は望みたくはありません。

 

脳・心・人工知能 数理で脳を解き明かす (ブルーバックス)
甘利 俊一
講談社
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本当にあったトンデモ法律トラブル 突然の理不尽から身を守るケース・スタディ36 (荘司 雅彦)

2016-10-09 22:36:34 | 本と雑誌

 いつも行っている図書館の「新着書棚」で目に止まった本です。
 ちょうど満員電車の中で読む文庫や新書程度の大きさの本が切れていたので、中身も見ずに借りてきました。

 内容はタイトルどおりなのですが、「ケース・スタディ」という副題はいかがなものでしょうか。トラブル案件の紹介はあっても、その法的な解説はほとんどないに等しいです。もちろん「ジュリスト」や「判例時報」のような内容は全く期待していませんしその必要もないのですが、それでもほんの少しでいいので“法律”解釈の香りぐらいは感じられるものにして欲しかったと思います。


(p228より引用) 裁判で解決できるのは、被害に対する金銭賠償にすぎません。よくニュースなどで、裁判で徹底的に真相を解明すべきだと叫ぶ声を耳にしますが、それは絶対に不可能です。裁判で争われるのは法律上の「争点」に過ぎず、判決も、「争点」に対する判断を下すだけです。


 改めて書き止めておくフレーズは、このくだりぐらいですね。
 久しぶりに「大いにガッカリ」な本を読んでしまいました。 

 

本当にあったトンデモ法律トラブル 突然の理不尽から身を守るケース・スタディ36 (幻冬舎新書)
荘司 雅彦
幻冬舎
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情報の強者 (伊藤 洋一)

2016-10-01 22:39:45 | 本と雑誌

 著者の伊藤洋一氏がパーソナリティをやっているラジオNIKKEIの「伊藤洋一のRound Up World Now!」というPodcast番組はもう数年聴いています。
 その番組中でも、時折ご自身の情報収集のHow Toを紹介されることがありますが、本書は そういった“情報”について一家言ある伊藤氏が、その収集・活用・発信といったアクションにおける自らのノウハウを開陳したものです。

 紹介されている内容はとても具体的なので、そのまま実行するにしても、自分には無理だと取り入れないにしても明確に判断できますね。
 そういった具体的Topsのほかに、情報に対する基本的な構えに触れているところもあり、そのくだりには参考になる点がいくつかありました。
 たとえば、「不必要な情報を拾わない」という姿勢。


(p34より引用) 雑多な情報をどんどん獲得し、あとから取捨選択するというのでは、とても時間が足りない。むしろ情報を得る段階から情報を制限し、質のいい情報だけを一番いいタイミングで取り入れるように心がけている。「取水制限」ならぬ「取“報”制限」だ。


 この点について思い浮かぶのが「ニュースサイト」の使い方ですね。こういったサイトに複数アクセスしても情報が重複するだけで非効率です。私もタブレットにいくつかアプリをダウンロードしていますが、ほとんどと言っていいほど見ていません。テレビのニュースも不要な情報が多すぎます。
 とはいえ、著者自身、こうも言っています。


(p182より引用) 人は、事前にその情報が自分にとって必要かどうかはわからないのだ。


 いつも気にしているジャンルの情報を漏らさないようにするにはどうするか、意外な気付きに結びつくような情報源をどう確保するのか、なかなか悩ましいものがありますが、私の場合、ジャンルを限定したメルマガやfacebookのシェア情報が結構役に立っていますね。それでももちろん重複や不要な情報が8~9割程度はありますが・・・。

 著者の「情報」の扱いに関するもうひとつの基本姿勢は「情報のループ」を意識するというものです。これは、入手した“情報”を「仮説」「ストーリー」「文脈」の中で相互に関連する形で位置づけ、紐付けるといったイメージのようです。


(p104より引用) 新しい情報を得た際に、「そういうことがあったのか」という感想でとどまるのではなく、「それはあの件とどう関連するのか」「それは、この前のあの情報と矛盾しないか」「それによって、こうなるのではないか」と常に考えられるようにする。それがループを作る意味である。
 情報は単体で持っていても意味がない。「つながり」が重要なのである。・・・それは言い換えれば、自分の頭で仮説をつくる力ということである。


 こういった指摘はよく言われることで目新しくはありませんが、とはいえ自分でできているかと言われると全くダメです。私の場合、飛躍した発想が苦手です。まだまだ情報の引き出しが圧倒的に少ないのだと思います。大いに反省すべきところですね。
 そして、そういった引き出しの内容も適宜棚卸しをしなくてはなりません。


(p119より引用) 常識や固定観念にとらわれ、大きなニュースを追うだけでは、ループをいつまでも更新できない。・・・
 必要なのは、「新しい情報の価値を認めて、古い情報を捨てる覚悟」である。 


 慣れ親しんだ従来からの評価の延長上にある「快楽情報」は、必要以上に情報の解釈を固定化させてしまいます。そういった流れとは別の情報を意識的にキャッチするよう努め、それにより「情報の有機的集合体」を常に新鮮なものに見直すことが重要だとの指摘です。

 さて本書、伊藤氏の著作は私としては、読むのは2冊目。1冊目は「ほんとうはすごい!日本の産業力」という本だったのですが、そのときは全くと言っていいほど強いインパクトは受けませんでした。前書に比べると、本書は参考になる示唆が多くありました。著者自身が実践しているノウハウの紹介なので具体性やリアリティが感じられたのが大きな理由です。

 ただ、たとえば情報発信に触れた章でのHTMLの記述にあるように、特にそのテクノロジー的知識をベースにコメントしている部分は、正直、その正確性について物足りないものがありましたね。素人に対しては語れているようにみえても、ちょっと詳しい人からみると、著者のIT関連の基礎レベルの理解に疑問符がつくようなコメントが目につきます。
 敢てそういったジャンルに立ち入らなくてもよかったと思います。著者自身が豊富な知識・経験をお持ちのジャンルについては、興味深い流石の指摘もあっただけにちょっと残念です。

 

情報の強者 (新潮新書)
伊藤 洋一
新潮社
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