OMOI-KOMI - 我流の作法 -

For Ordinary Business People

正直者が損をしないために (ネット評判社会(山岸俊男・吉開範章))

2010-01-31 12:22:15 | 本と雑誌

 本書のメインテーマのひとつは、ネット取引における「信頼」のもととなる「評判」の機能についての考察です。
 これを解明するために著者たちはいくつかの実験を試みました。その結果のエッセンスです。

 
(p85より引用) ? 評判の共有が不正な取引の抑止につながるのはマグリブ商人連合のように、集団主義的な秩序が有効に働く閉鎖的市場であり、? ネットオークションに代表される再参入可能な開放的市場では評判の共有が不正取引の抑止に十分な効果をもたないこと、? しかし開放的市場においても、ポジティブな評判はある程度の効果を発揮することが確認された。

 
 さらに、こういう結果も確認されました。

 
(p100より引用) 集団主義的な秩序形成が可能な場合にのみ、正直に行動したほうが不正直に行動するよりも有利な結果を得ることができる、という実験結果である。これに対して、完全な匿名市場や、IDの変更が可能でネガティブな方向でしか評価がなされない場合には、正直者よりも不正直者のほうがより大きな利益を得るという、「正直者は損をする」結果となっていた。

 
 とはいえ「ポジティブな方向での評価」(=ポジティブな評価が累積されていく評判形成方法)は、「正直者」の味方のようです。

 
(p101より引用) 再参入可能な開かれた市場であっても、一度手にしたら手放したくなくなるポジティブな評判が存在していれば、正直者が不正直者よりも不利な立場に置かれるという状態が生れにくくなる・・・

 
 活用の仕方次第でプラスにもマイナスにも働く「評価」ですが、この「評価の質」を高める、すなわち「評価の信頼性」を高めるためのひとつの方法を著者は指摘しています。「メタ評価」の組み込みです。

 
(p127より引用) 適切な評価をつける評価者が高い評価を受けるという、メタ評価の一環としての「評価の評価」を組み込んだ評価システムが必要となる。

 
 この点は非常に難しいですね。
 評価の難しさは、その評価メルクマールが何がしかの「価値観・世界観」と密接に関係があるところに起因します。そもそも多様な「価値観・世界観」が並存している今日、誰もが納得できる「正否」「善悪」等を色分けする基準自体が共有化できないのです。

 まさに本書で取り上げている「信頼できる人か否か」といった「質」に関する内容を、○←→×といった一次元の座標軸で表すことは不可能なのではないでしょうか。
 
 

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安心社会と信頼社会 (ネット評判社会(山岸俊男・吉開範章))

2010-01-29 23:05:04 | 本と雑誌

 会社関係の方からいただいたので読んでみた本です。

 山岸俊男氏の著作は以前、「日本の「安心」はなぜ、消えたのか―社会心理学から見た現代日本の問題点」を読んでいます。そこでも論じられていたコンセプトが「安心社会」「信頼社会」です。

 本書でもこのコンセプトが登場します。本書の前半は、そのコンセプトの概要説明です。

 
(p2より引用) 「安心社会」とは、ひとことで言えば、人々が安定した関係のきずなを強化することで、固定した関係の内部で安心していられる環境を築きあげている社会である。またそのことのために部外者を排除し、長いつきあいのある人たちの間の関係に人々がとどまっている社会である。これに対して「信頼社会」とは、そうした安心していられる固定した関係を超えた、他人一般に対する信頼の上に作られた、さまざまなチャンスの追求を可能とする社会である。

 
 山岸氏は、この「安心社会」の歴史的な実例として、11世紀地中海貿易で財をなした「マグリブ商人」、江戸時代の「株仲間」をあげています。

 
(p53より引用) マグリブ商人たちと江戸時代の株仲間の歴史が教えてくれるのは、集団主義的なエージェント問題の解決は取引費用という点では安上がりだが、取引費用の節約を上回る機会費用を発生させてしまう可能性があるということである。これに対して、公的な司法制度が存在するようになると、集団主義的な方法を用いなくとも比較的小さな取引費用を支払うことで、安全な取引が可能となる。

 
 このため、外部すなわち多様な他者との関わりを前提とし機会費用を低めることが重要とされる社会において、近代的な商慣習を支える法制度が整備されると、集団主義的方法をとる「マグリブ商人」や「株仲間」は、「取引費用<機会費用」というデメリットゆえに消滅していったのです。

 この「安心社会」と「日本人」の関わりに関して、著者の興味深い議論をご紹介します。

 
(p170より引用) 日本人は個人としての他人を信用できないので、他人を信用しなくてもすむ安心社会を作ってきた、そして安心社会に安住することで、他人を信頼できるかどうかを見極めるための社会的知性を十分に育成してこなかったという議論である。

 
 ちょっと淋しい指摘ですね。

 さて、本書で山岸氏らは、「安心社会」から「信頼社会」への移行を主張しています。
 そのための必要要素として「評判」の公開・共有を指摘しています。

 
(p210より引用) これまで紹介したテクノロジーの問題やインセンティブの問題が解決されれば、ユビキタス評判社会が実現する。それは一人ひとりの個人が裸でリスクに立ち向かう信頼社会ではなく、評判システムによって守られた新しい安心社会となるだろう。この新しい安心社会では、一人ひとりの個人は、他者の人間性を見極めるための社会的知性を身につける必要はない。評判システムが社会的知性の肩代わりをしてくれるからである。

 
 この議論には、私は全く与することはできません。
 この主張は、人として最も尊重すべき「多様な個性・人格」の存在を否定するものだと考えるからです。

 
(p211より引用) これからは信頼能力だけではなく、対人関係能力もテクノロジーで置き換えられるようになるだろう。

 
 こういう世界は、私はまっぴらです。
 
 

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ザ・クリスタルボール (エリヤフ・ゴールドラット)

2010-01-27 19:05:23 | 本と雑誌

 エリヤフ・ゴールドラット氏の著作は、有名な「ザ・ゴール」から直近では「ザ・チョイス」までずっと読んでいます。

 今までのものとは変わって、今回の最新作は「小売業」が舞台になっています。
 テーマは、在庫の極小化による投資効率の向上。SCM(supply chain management)の小売流通業への適用事例です。

 本書のケースの主人公ポールの着眼は、以下のフレーズに要約されています。

 
(p273より引用) 各地域の倉庫の需要は、その地域全店の需要の合計だ。個々の店の需要予測を地域レベルで合計することで、その精度は各店それぞれの予想より三倍高くなる。・・・そして、10の地域倉庫からの予想を中央倉庫レベルでまとめると、精度はさらに三倍高くなる・・・在庫は、一番予想精度の低い店舗レベルで持っていてはダメ。精度の一番高いところ、つまり中央倉庫レベルで持つべきなのよ。そして、補充時間が短いことを活かして、商品をいま必要とされているところに移動させればいいのよ

 
 小さいユニットでの予測すると、それぞれのユニットがショートを起こすリスクを考えて安全サイドの余剰を抱え込みます。従ってそれらの計画値を足し合わせると、同方向の予測誤差を合計してしまうことになります。結果、その予測精度は、はじめから全ユニットトータルを単位にマクロ予測をした場合より劣るということを言っているのですが、それはあまりにも当然です。
 配下に複数ユニットをもつ管理組織で計画策定した経験のある読者には、経験からも十分理解しているところであり、改めて説くほどの指摘ではないでしょう。

 また、配送のリードタイムを短縮し、小ロットで在庫補充することにより店舗在庫を圧縮するという方法も、現在のコンビニエンスストアの例を引くまでもなく、取り立てて目新しいソリューションではありません。

 さらに、ゴールドラット氏の著作のすべてに言えることですが、ストーリーは理論の説明のためであることから、そこでの描写には、実業務において参考になるような現実場面で遭遇する「泥臭さ」や「リアリティ」が感じられません。本書を通しての疑似体験としての気づきも得られないのです。

 そういう点でいえば、残念ながら本書の評価は、大半の読者にとっては期待はずれという意見になるのではないかと思います。
 ゴールドラット氏の著作は、毎回新たなものが発刊されるたびに期待をもって手に取るのですが、最初の「ザ・ゴール」のインパクトを超えるものは未だにないと言わざるを得ません。

 今回のストーリーの舞台となっているポールの店のあるボカラトンには、数年前一度行ったことがあるというのが、唯一印象に残ったという感じです。
 
 
 

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それでも夢のある国? (超・格差社会アメリカの真実(小林由美))

2010-01-22 23:25:01 | 本と雑誌

 著者は、本書で現在のアメリカを、少なくとも経済的な観点からは「超格差社会」だと論じています。
 しかしながら、そういう厳しい社会においても多くの人々は、何故かその他の国より楽天的です。

 
(p241より引用) 大半の人には、「諦めたら終わり、諦めないで頑張れば、必ずいいことがある」という信念がある。それがアメリカのバイタリティに他ならないし、アメリカン・ドリームに象徴されるオプティミズムでもある。
 「人生はこうあるべき」とか、典型的なキャリア・コースがアメリカには存在しないという事実も、人生の選択肢を広げる。仕事に退屈したり失望したりしたら、別の仕事を探せばいい。

 
 このオプティミズムは、移民の国として始まり、皆が同じく機会を求めて努力した経験によるもののようです。個人の努力に対してフェアな感覚があるのです。

 
(p245より引用) アメリカでは、階層を駆け上がる上方移動の可能性が、他国に比較して高い。その最大の原因は、スキルやノウハウといった個人の能力に対し、社会が高い価値を認めているからだ。

 
 そして、本書で著者が指摘している重要な点は、そのオプティミズムをリアルなビジネスに結びつける仕掛けをアメリカが有しているという点です。
 それは「クリエイティビティを事業化する仕掛け」です。

 
(p261より引用) クリエイティビティを事業化して活用するためには、それを尊重する風土や教育から始まって、クリエイティビティを具体化する苗床、チーム・アプローチのフレキシブルなマネジメントで実用化の目途をつけるプロセス、コマンド・システムの周辺でフリーゾーンを維持・マネジメントする仕組み、量産・量販に移行するプロセス、パテントやブランドによる知的財産の法的・実務的保護まで、各段階に応じた多様で広範囲のマネジメント・ノウハウと、社会的な仕組みがいる。

 
 この仕掛けが機能していることは、オプティミズムを活性化するスパイラルとなり、アメリカにおいて両者は共生関係を築いているようです。

 最後に、アメリカと日本との比較から、著者が指摘する「日本経済活力低下の原因」についてのくだりです。

 
(p326より引用) 大銀行の集中と政策金融機関の実質的な廃止が、中小企業へに融資削減や融資コストの上昇につながることは、十分に予測できたはずだった。大きな金融機関にとっては、融資額の小さい中小企業金融は手間がかかって効率が悪く、さらに中小企業の経営環境を実感することも難しいから、定性的な審査が困難だからだ。そしてそれが現実となり、日本の経済力を支えていた中小企業金融は極度に圧迫されて、日本経済の活力を低下させてきた。

 
 こういうコメントに触れると、日本とアメリカとの決定的な相違は、ベンチャー企業を育てる意思を社会として持っているか否か、特にその具体的な担い手である金融機関にそういう企業育成スピリットがある否かという点だと改めて思います。
 
 

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格差の歴史 (超・格差社会アメリカの真実(小林由美))

2010-01-20 22:44:00 | 本と雑誌

 本書の特徴は、現代アメリカの各社社会の実情をレポートするのみならず、その格差社会が成立した歴史的・政治的背景についても詳細に解説しているところにあります。

 アメリカの格差社会は、レーガン・クリントン・ブッシュJr政権下で益々拡大していったといいます。レーガンの時代は税制度の変革によって、クリントンの時代は資産の証券化に代表される金融商品の登場によって、より持てる者への富の移動が行われたのです。

 
(p100より引用) 本来、事業の目的は、消費者に役立つものやサービスを作り出し、その事業をいっしょに育て、その努力の成果を分け合って、皆の人生をよりハッピーなものにすることだった。しかし持ち主代表が事業と無縁の人々となると、彼らには事業を育てるノウハウも愛着も責任も乏しいわけだから、本来の目的は跡形もなく捨て去られる。事業の目的は、事業の金融商品としての価値を上げることにすり替わる。だから技術革新の活かし方も政治圧力の使い方も、従業員の扱い方も、かつてとは当然違ってくる。・・・
 実際、周囲を見回しても新聞や雑誌を見ても、会社を売ることをミッションとしてCEOに就任した人が、人員削減や開発・設備投資の削減で利益を絞り出し、帳簿を美しく化粧し、会社を売却する、というケースが繰り返されている。

 
 そして、ブッシュJrの時代は、イラク侵攻に代表されるあからさまな石油・軍需関連企業への傾斜政策の実行でした。

 今回の金融危機に際しても、アメリカ社会に対して感じる強烈な違和感があります。ストレートに言えば「金儲け礼讃主義」です。
 この点について、著者は「アメリカン・ドリームと金権体質の歴史」の章でこうコメントしています。

 
(p176より引用) 「He has lots of money. He must be doing something right.」という言葉をよく耳にする。・・・「お金を儲けられることが正しいことであり、正しいやり方」ということで、それは嫌味でも皮肉でもなく、本気で語られる言葉だ。それだけ「メイキング・マネー」に対する信念は強く、全てのアメリカ人の無意識の前提条件になっている。共通の価値基準でもあるし、共通の夢だと認識されているから、誰とでも共有できる共通の話題でもある。

 
 本書であきらかにされている移民・建国以来のアメリカの歴史は、コンパクトではありますが非常によく整理されているように思います。
 「移民」の国であるということ、そして移住当初からの富裕層、その後フロンティア拡大のフェーズでの成功者層、それらの系譜が数百年間脈々とアメリカ社会において大きなポジションを占めていることを改めて認識することができました。

 その点では、やはりアメリカは「稀有の国」であり、この国の形は、ある価値観からいえば、一つの成功事例かもしれません。
 しかしながら、歴史を異にする国々にとっては、必ずしも容易に模倣できるようなお手本ではないような気がします。
 
 

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秘密とウソと報道 (日垣 隆)

2010-01-15 23:55:17 | 本と雑誌

 日垣隆氏の著作は久しぶりです。
 本書は、いつも読書の参考にさせていただいている「ふとっちょパパ」さんも読まれたようです。

 さて、本書ですが、いつもながらの日垣氏の切れの良い切り込みでジャーナリズムの危機的状況を顕かにしていきます。

 たとえば、「第三章 スクープかフェアネスか」で紹介されている山崎朋子氏(証拠資料の窃盗)、佐木隆三氏(警察資料の無断コピー)、鎌田慧氏(取材意図の秘匿潜入)の例。
 こういう事実を知ると、その作品が社会的弱者にスポットをあてた有意義な内容であるだけに、ルポルタージュの取材における倫理観の欠如について考えさせられますし、もっといえば非常に残念な情けない気持ちにもなります。

 また、足利事件を材料にした章で語られている「冤罪の教訓」について。
 冤罪を生む意図的な動きについての怒りは当然ですが、意図せざる冤罪も根絶することはできないのも、また現実でしょう。

 
(p135より引用) もちろん冤罪は許されるべきではないが、完全になくすことはできない。誤りに気づいたときには迅速に舵を切るべきであり、どのセクションの人が、いつ、どこで、どのように、なぜ捜査や公判維持を誤ったのかを公表すべきなのである。個々の役人をツルしあげるためにではなく、誤りを誤りとして認め、関係者に謝罪し、みなで再起を誓うために。

 
 一定程度の誤報があることは、むしろジャーナリズムの健全性を表わしていると言いますが、ここでの日垣氏の指摘は、誤報を起こした際の「謝罪」の重要性です。

 
(p179より引用) 謝罪(反省)には三つの要素が絶対的に必要だ。1.謝意を誠実に表明すること、2.失敗に至る経緯を詳しくそのつど説明すること、3.償いをすること、である。

 
 特に「2.」の経緯の正直な開陳が、次の冤罪を防ぐ真の反省となるのです。

 さて、本書を通じて日垣氏の念頭にあるのは「活字ジャーナリズムのraison d'être(レーゾンデートル)」です。
 その危機的状況を指摘しつつも、なお将来への期待も捨ててはいません。

 
(p194より引用) 私は「雑誌ジャーナリズムは死なない」と思っている。新聞が、相変らずタテマエに終始しているからだ。ホンネの部分を記事に書けない記者たちには、鬱憤が溜まっていく。だから彼らは週刊誌に情報を提供するのだし、「選択」や「FACTA」のような雑誌に自ら匿名で記事を書いたりもする。雑誌が情報の受け皿として機能しているのである。

 
 もちろん本書でも、無料のネットメディア(インターネットを通じての情報の発信・受信)の急激な拡大は指摘されています。当然ですが、そういったメディア環境の劇的な変化は、従前からのいわゆるジャーナリズムの世界の人々にとっては大きな課題となります。

 
(p200より引用) たくさんの購読者がいた時代、広告が潤沢に入っていた時代と同じモデルのままでは、かつてと同じアウトプットを続けられるわけではないのだ。ではメディアや取材者たちは、これからどうやって生き残っていけばいいのか。

 
 この状況に対して、日垣氏はなお楽観的です。
 私もそう思います。
 たとえば、昨年から私もTwitterに登録してそこに流れている情報を眺めています。が、ここ数ヶ月で感じたのは、「Twitterは、結局のところ、その性質上『有名人oriented』な仕掛けだ」ということです。無名の多くの人々のつぶやきは、大量に流れるTime Lineの中では全くの言いっ放しの独り言に過ぎません。そこでの情報の支配者は、多くの人々がフォローしている「有名人」であり、その人の発言が、わずかの人々のちょっとしたコメントを纏いつつネズミ講的に拡散されていくというのがTwitterの基本的な図式です。

 大量の玉石混交の情報の流れから、意味のある情報を切り出して提示する「目利き」としての真のジャーナリストの価値は、こういう状況だからこそ意味を増してくるのだと思うのです。
 
 

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不況後の競争はもう始まっている―景気後退期の戦略行動とは何か (ボストンコンサルティンググループ)

2010-01-12 22:15:40 | 本と雑誌

 本書で主張しているのは、この世界的不況を乗り切る方法の指南ではありません。この不況期の次に訪れる経営環境を見極め、そのために、今何を為すべきかを説いています。

 景気後退期、企業はありとあらゆる事業分野のコスト削減に取り組みます。縮小均衡でなんとか不況を乗り越えようともくろむのです。
 しかし、すべての分野に対して、「一律的なコスト削減」の営みでよいのでしょうか。

 
(p22より引用) 「マーケティング支出の縮小」という対策は逆効果を招きかねない。過去の例からも明らかだが、景気後退期に製品やサービスのマーケティングと販促活動を継続した企業のほうが、軽率にマーケティング費用の大幅削減に踏み切った企業より、景気回復後に好業績を上げている。

 
 景気後退期にマーケティング/販促活動を継続すべきとはいっても、漫然と今までと同じことを続けるのではありません。

 
(p220より引用) それよりずっと賢明なやり方-ただし、実行するのはもっと難しいが-は、マーケティング/営業支出を脱平均化し、最も高い価値を生み出す領域(市場、セグメント、チャネル)に資金を再配分することである。

 
 卓越した企業は、景気後退期に長期的な優位を築く手立てを講じるのです。まさに「将来への投資」です。

 
(p54より引用) いま、製品開発、ITや生産技術などの分野に投資しても、多くの場合、実を結ぶのはあくまで不況が過ぎ去った後である。しかし、そのような投資に二の足を踏むと、景気回復期に訪れるチャンスを生かす能力が損なわれかねない。しかも、いまなら経営資源をめぐる競争が沈静化しているため、投資コストも低くなるはずだ。

 
 本書は、欧米を中心に活動している「資本市場・M&A」「金融」を専門とするコンサルタントが執筆したレポートを編集したものです。そのため、議論の前提となる経済環境やそれに対する施策は、必ずしも「日本」にそのまま適合されるものではありません。そのあたり、やはり、いわゆる「戦略コンサルタント」の「定見的アドバイス集」という香りは払拭されないように思います。

 
(p102より引用) 最高のM&Aは、景気低迷期にこそ行われる。・・・いまが業界再編やコスト・シナジーを狙ってM&Aを仕掛ける絶好のタイミングといえる。

 
 とはいえ、不況期に「目先のこと」のみに囚われず、「不況期」というタイミングを活かした危機脱却後の「将来的な布石」をも打っておくべきという主張は正しいものです。

 
(p100より引用) 外部環境の大きな変動がある時こそ、これまでは社内外のステークホルダーの抵抗から手がつけられなかった事業構造の抜本的改革のチャンスなのだ。

 
 いずれにしても、本書を読みこなすには、私の経済・金融に関する知識はあまりに貧弱だったようです。
 ところどころ日本に関する記述もありますが、直接的に日本をテーマした章は、

 
(p171より引用) 日本:前回の危機からの学習があるとはいえ、今後も問題に直面

 
とのリードがある数ページだけです。

 内容のほとんどが欧米の環境を舞台としたもので、その影響が日本の経済環境・企業経営においてどのような影響を与えるものか、残念ながら私には、ほとんど想起することができませんでした。
 国際経済や国際金融に造詣の深い読み手であれば、有益な示唆が多く含まれていた本なのだと思います。
 
 

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文明の作法―ことわざ心景 (京極 純一)

2010-01-09 12:03:08 | 本と雑誌

 政治学者京極純一氏の「諺」を材料にしたエッセイです。

 初版は1970年、40年ほど前の本、たまたま図書館で借りている本を読み終わったので本棚を探っていたら出てきました。私のは1989年の版なので、当時、教養課程での京極先生の講義に触発されて買い求めたものだったのでしょう。(全く記憶にはありませんが・・・)
 今読むと、丸眼鏡の先生の風貌が思い出されますし、当時の世相を映した政治学者らしからぬ洒脱な筆致もなかなかに面白く感じられます。

 それでは、収められているエッセイから、いくつかご紹介します。

 まずは、「医者寒からず儒者寒し」
 事業仕分けでもテーマになった科学技術における「基礎研究」の意義についてのフレーズです。

 
(p15より引用) このごろ、実用に役立たない基礎研究や国民を叱りつける学問にも予算を回せ、と学者先生が訴えている。しかし、喜んで財布の紐をゆるめカネを出すよう、国民の心を仕向ける芸が、学者先生の側で、未熟な間は、「医者寒からず儒者寒し」という御時世が続きそうである。

 
 もうひとつ、「水母の風向かい」という諺を材料にした章です。
 これには、「欲と正論、二人三脚」というサブタイトルがついています。

 
(p72より引用) 「正しい」議論が次から次へと生まれても、そのままでは、クラゲのように、漂うほかない。議論には生身の体も文明の利器もついていないから、風向かいができない。・・・
 「正しい」議論に風向かいさせるには、人間の生臭い欲望を、動力や道具として、付け足さなければならない。この世間が、なかでも、政治の世界が、崇高で、しかも、愚劣なものになるのも当然である。

 
 このあたり、政治意識論が専門の著者らしい書きぶりだと思います。

 最後にご紹介するのは、「好きに赤烏帽子」
 集団迎合的な「流行」と我が道を行く「酔狂」とを対比させて、現代社会における「酔狂」の積極的な位置づけについて語っています。

 
(p133より引用) 流行は社会の風俗であり、企業の営利であって、個人の酔狂ではない。
 ・・・衣装であれ、思想であれ、カッコイイことを追いかけているのであれば、何がカッコイイかをきめ、誰がカッコイイかを評定してくれる仲間うちから離れるわけにいかない。世間が何通りにも分かれているから、別の世間の常識から突飛にみえるだけのことで、その世間並みの尋常一様を追っかけているにすぎない。

 
 「流行」は、他者との関係性の中で維持されるものです。そこに「他者への依存性」が抜き差しならないものとして登場するのです。
 他方、「酔狂」は、自己の自由な心のなかに位置しています。

 
(p135より引用) なまぬるい趣味から酔狂なホビイへの変化を、これからの日本のために、歓迎してよいであろう。何の説明も弁解もなく、その人なりの心の個性に従って、好きだから好き、という純粋無雑な自然さのままに、熱中する物好きな酔狂やホビイ、これが、人間の文明を進めるさまざまな活動を、裏側から、支えるとともに、新しい工夫も、表側で、提供してきたのである。

 
 「酔狂」は、他者との関係性社会における自己の発露の一形態です。そして、この「酔狂」は、現代社会において、新たなものを生み出すの種子となるものだと語っています。

 京極先生が本書を書かれたのは40歳代半ばです。比べるのも畏れ多いのですが、今の私より若年の筆とは到底思えません。
 
 

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腹八分の資本主義 日本の未来はここにある! (篠原 匡)

2010-01-06 23:17:18 | 本と雑誌

 中央主導の地域振興策や福祉施策の無駄が指弾されている現在、中央に頼らない住民目線での改革で成功を収めている地方自治体がいくつか誕生しています。また、厳しい経営環境の中においても、地域に根ざした特徴的な経営を続け業績を伸ばしている企業もあります。

 本書は、それら画期的な取り組みを実施している現場を訪れ、リーダーの想いや関係者の苦労、成功の要因等を紹介したものです。

 
(p22より引用) 「補助金」「地方債」「交付金」。この3つを行政関係者は「地獄の3点セット」と呼ぶ。インフラ整備やハコ物事業を進める場合、国や県から半分程度の補助金が出る。さらに、足りない分は地方債の発行が認められ、その元利返済は地方交付税で面倒を見てもらえた-。この3点セットは市町村が借金の痛みを感じることなく、借金を積み重ねることになる原因になった。

 
 充実した子育て支援策を中心に出生率を向上させた長野県下條村
 伊藤喜平村長は、この3点セットに頼らない地域独自の取り組みを推進しました。その過程では、補助金を活用した施策の失敗も経験したとのこと。その失敗を教訓とし、地元密着の施策で頑張ったのが成功の要因でした。

 本書が取り上げている実例は、日本に止まりません。
 社会福祉先進国スウェーデンの国営企業サムハルの紹介の一節です。
 この企業は、従業員の9割が障がい者。障がい者を労働者として自立させるためにつくられた障がい者のための企業です。

 
(p101より引用) 国営企業であるがゆえに、どこよりも厳しい経営の縛りをかけられている。その制約の中で企業を経営する姿は日本の特殊法人とは似て非なるもの。国民の負担を削減し、障害者を社会化するために、不断の努力を続けている。そして、その存在を国民も理解している。

 
 ポイントは、「国民も理解している」という点です。
 サムハルには醒めた目的もあります。高福祉負担に応える財務基盤強化のためには税収の確保は避けられません。一人でも自立した労働者を増やすことは、納税者を増やすことでもあるのです。
 しかし、そのための施策を実行していく社会環境が、日本とは圧倒的に異なるのです。

 
(p129より引用) スウェーデンという国を見つめると、底流には「人を切らない」という哲学が流れている。「障害者であっても雇用の機会を等しく与える」。サムハルが作られたのは、この理想を実現するため、障害者を社会から切り離さないためである。

 
 とはいえ、日本にも「人」や「社会」を大事にしている企業があります。

 伊那食品工業
 利益拡大を最大目標にしている企業のなか、会社の経営理念として「社員の幸せを通して社会に貢献すること」を掲げる塚越寛会長の言葉です。

 
(p168より引用) 「どんなに儲けている会社があったって、従業員が貧しくて、社会に失業者が溢れていれば、それには何の意味もない。世界一売る小売りが米国にあるけど、従業員の10%近くが生活保護を受けているという。それで『エブリデイロープライス』。いったい何なのって思うだろう」

 
 そうですね、「お客様」も「人」、「社員」も、やはり「人」です。
 
 

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シルクロード経由ロンドン行き(深夜特急(沢木耕太郎))

2010-01-02 11:02:11 | 本と雑誌

Mosk  沢木氏のユーラシア大陸の旅も後半に入ります。

 4冊目の「シルクロード」の巻になると、強烈な印象を受けた香港やインドの経験が、次第に沢木氏の感性をよくも悪しくも旅慣れしたスライム的なものに変容させていきました。

 
(p20より引用) 長く旅を続けているうちにすべてのことが曖昧になってきてしまうのだ。黒か白か、善か悪かがわからなくなってくる。何かはっきりしたことを言える自信がなくなってくる。なぜ物乞いを否定できるのか、なぜ不潔であることが悪いのか、わからなくなってくる。憎悪や嫌悪すら希薄になってくる。

 
 旅の中にいると、それまで当たり前のことと思っていた「意識の軸」の基礎が揺らいできます。既存の常識や価値観が相対化されてくるようです。

 5冊目の「トルコ・ギリシャ・地中海」の巻では、沢木氏はついにアジアからヨーロッパへと渡ります。
 ヨーロッパの息吹は、まずイスタンブールで感じることになります。イスタンブールは有名な名所史跡が数多くあり、見所には事欠きません。が、沢木氏はやはり街の姿、そこに住む人々が面白いと思うのです。

 
(p116より引用) しかし、やはり私には街が面白かった。街での人間の営みが面白かった。

 
 このあたりから、沢木氏は、今まで経てきた自分の旅を振り返るようになります。

  
(p130より引用) 旅は私に二つのものを与えてくれたような気がする。ひとつは、自分がどのような状況でも生き抜いていけるのだという自信であり、もうひとつは、それとは裏腹の、危険に対する鈍感さのようなものである。だが、それは結局コインの表と裏のようなものだったかもしれない。「自信」が「鈍感さ」を生んだのだ。

 
 そして、「旅」を「人生」になぞらえつつ、少しずつこの旅の終わりを思い始めるのです。

 
(p198より引用) 旅がもし本当に人生に似ているものなら、旅には旅の生涯というものがあるのかもしれない。人の一生に幼年期があり、少年期があり、青年期があり、壮年期があり、老年期があるように。長い旅にもそれに似た移り変わりがあるのかもしれない。私の旅はたぶん青年期を終えつつあるのだ。何を経験しても新鮮で、どんな些細なことでも心を震わせていた時期はすでに終わっていたのだ。そのかわりに、辿ってきた土地の記憶だけが鮮明になってくる。年を取ってくるとしきりに昔のことが思い出されてくるという。私もまたギリシャを旅しながらしきりに過ぎてきた土地のことが思い出されてならなかった。

 
 いよいよ最後の6冊目「南ヨーロッパ・ロンドン」。著者の旅はフランスに入ります。
 モナコからニース行きのローカルバスに乗って、地中海の美しい海を目にしたときの著者の声は、「これはひどいじゃないですか」でした。

 
(p80より引用) これまでにも美しい海岸はいくつも見てきた。しかし、このように人工的でありながら、このように完璧な美しさを持っている海岸は見たことがなかった。・・・私は誰にともなく、これはひどいじゃないですか、と呟きつづけていた。

 
 私にも記憶に残る美しい海があります。八重山諸島の竹富島・西表島の海です。
 これ以上の透明はないというような緑青の水。30年ほど前にその海を見て以来、私はこちら(本土)で海水浴に行ったことがありません。あの澄んだ海と比べてしまうと、到底泳ぐ気が起こらなくなったのです。

 さて、文庫本では6冊に及ぶ沢木氏の旅も、最終目的地ロンドンに至りました。ただ、沢木氏の目は、さらにアイスランドに・・・?
 
 

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