現在は、航空評論家として活躍している小林宏之氏の、42年間に及ぶパイロット生活の回顧録です。
小林氏の現役時代の総飛行時間は1万8500時間、日本航空が就航していたすべての国際線を飛んだ唯一のパイロット。
そのフライトの中には、総理専用機の機長をはじめ、湾岸危機・イラン/イラク戦争時の邦人救出機の機長といった特別なミッションも含まれています。
本書の内容は、その小林氏自らの筆による現場経験からの肉声だけに、語られるエピソードのリアリティが光ります。
ここでは、それらの興味深い記述は本書に譲ることとし、航空事故撲滅・危機管理といった観点からの小林氏の昨今の主張をひとつ書き留めておきます。
航空機事故に対する刑事捜査の弊害についてです。
日本においては航空機事故にいわゆる「事件性」がなくても警察の捜査が入ります。その立件の証拠として「事故調査報告書」が採用されることがあるのですが、小林氏はその点を問題視しています。
(p145より引用) 事故調査報告書は、運輸安全委員会が再発防止の目的で作成する最終報告書であり、同委員会から聴取される事故当事者は、自分への利益・不利益を問わず、正確な報告が求められるのは言うまでもない。これが刑事捜査の証拠に採用されてしまうと、自らが「容疑者」となりかねない事実には口を閉ざしてしまう当事者が出る可能性がある。
小林氏の主張のベースには、「航空機事故の発生原因は多岐にわたる要因の複合によるものであり、個別人物のみの責任に負わせる類のものではない」との認識があります。それゆえ、事故調査は「誰のせいか」の究明に過度に注力するのではなく、広く、「事故再発防止」の観点からの要因追及に軸足を置くべきだと考えているのです。
さて、通常の定年退職後、再び広報部付機長として勤務した小林氏ですが、その幕引きは、JALの経営破綻がきっかけでした。現場の責任者としての小林氏の目にも、経営の綻びははっきりと見えていましたが、他方、小林氏の心の根底には、JALの矜持ともいえる姿勢もまた染み付いていました。
(p210より引用) JALはコスト意識が低い、という批判は枚挙に暇がない。だが、見方を変えれば、採算を度外視し、リスクを伴う損な役目を敢えて担っていたのがJALでもある。
この点については、批判的な考えもあると思います。が、いくつもの海外の緊急事態における救出フライトへの貢献や安全品質維持を目指した取り組み等、利益至上主義とは一線を画する企業姿勢も否定できないとも思います。(このあたり、私としても少々心情は理解できます)
野放図な無駄の許容は甘えでしかありませんが、意図したリスクテイキングは評価すべきです。
そして、最後に、小林氏が語る63歳まで機長として飛び続けることができた秘訣。
(p228より引用) それは、「自分はけっして優秀ではない」「何歳になってもベテランではない」「人間はどんなに一所懸命頑張ってもエラーをすることがある」「安全を確保するには愚直なまでに基本と確認を徹底するだけ」、という信念の元、みんなの協力を得ながらやってきたからだ。
小林氏自身の不断の努力と、氏を取り巻くすべての人々の協力の賜物です。
ザ・グレート・フライト JALを飛んだ42年~太陽は西からも昇る 価格:¥ 1,680(税込) 発売日:2010-11-30 |