ヘルマン・ヘッセ(Hermann Hesse 1877~1962)。1946年にはノーベル文学賞も受賞した有名なドイツの詩人・作家です。とはいえ実を言うと、「車輪の下」「ガラス玉遊戯」等の作品名は知っていても、恥ずかしながら私はヘッセの著作を通読したことがありません。
以前から気になる作家の一人だったのですが、今回は、興味深いタイトルに惹かれて手にとってみました。内容は、ヘッセのエッセイ・書簡・詩文等で構成されています。
「わがまま」とタイトルにもあるように、ヘッセは「自己の考え」をとても大事にしました。その姿勢は、本書の中でいろいろな文芸スタイルを通して顕れています。
ヘッセは、14歳から15歳にかけての3ヶ月間、シュテッテンの精神病院に入れられたことがあるとのこと。そのとき、両親に対して書いた手紙の一節です。
(p86より引用) 「敬虔な人」であるあなた方は言うでしょう。「ことはまったく簡単だ。私たちは親で、おまえは子供なのだ。それでおしまいだ。私たちがよいと認めることは、たとえ何であろうと、よいことなのだ」と。
けれどもぼくは自分の立場からこう申します。「ぼくは人間です。シラーが言っているように『一個の人格』なのです。ぼくを生んだものは、ただひとつ、自然だけです。そして自然は、決して、一度もぼくをひどい目にはあわせませんでした。ぼくは人間です。そしてぼくは、自然に対して真剣に、そして厳粛に、普遍的人権をさらに、ぼく固有の人権を要求します」と。
親から、他者から、自分対して向けられた決定に対する一人の「人間」としての反抗の意志表明です。15歳にして、すでに非常に鋭く激しい筆致です。
また、ヘッセが50歳を過ぎた1932年12月の書簡の中には、こういうくだりがあります。
(p228より引用) 共同体に関わる一切のものが、個人に関わるものよりも本質的かつ無条件に価値があり、神聖なものであるという見解には、私は賛成できません。社会的なものに適応する素質と社会的なものに対する義務は、私たちのもつ素質と義務のひとつで、重要なものですが、唯一のそして最高のものではありません。
この「自己」に重きを置く考えは、自己を取り巻く環境である「現実」に対する無関心さにも繋がっていきます。それは、ヘッセ自身も自覚しているところでした。
(p183より引用) 私に対する世人のもうひとつの非難は、私自身にもごく当然だと思われる。それは、私には現実に対する感覚がない、と指摘されることである。私のつくる詩も、私の描く絵も、現実に相応していないのだ。創作するとき、私はしばしば、教養ある読者が正しい書物に求める一切の要求を忘れてしまう。とりわけ私には、現実に対する尊敬が欠けている。現実は、最も気にかける必要のないものだ、と私は思っている。
ヘッセは1919年執筆の「ツァラトゥストラの再来」という作品の中で、若者に対しても「自己の心に従う」ことを訴えています。
(p175より引用) このことを私は別れに際して君たちに言う。君たち自身の心の中から来る声に従うがよい!これが、この声が沈黙するならば、何かが間違っていることを、何かが正常でないことを、君たちが間違った道を歩んでいることを知るがよい。
自己の心に従う者たち、独自の生き方をする者たちは、人類に対して大きな使命を担っているのだとヘッセは考えています。ヘッセの晩年、1961年7月の書簡の一節です。
(p238より引用) 私たち各自は、自分自身について、自分自身の天分、可能性と特殊性を究明する努力をし、各自の生命を、これらのものの完成に、自我の個性的覚醒への過程のために捧げなくてはなりません。私たちがそれをするならば、私たちは同時にまた人類に貢献しているのです。なぜならば、すべての文化財(宗教、芸術、詩文、哲学等々)は、この途上で成立するからです。しばしば誹謗の的になっている「個人主義」は、この途上で共同体に貢献し、利己主義の汚名を雪ぐのです。
幼い頃から一生涯、その間ドイツに取って非常に大きな社会的苦難であった二度の世界大戦を経ても、ヘッセの信念は不変でした。
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