ちょっと前の新聞の書評欄で出口治朗氏が紹介していたので興味を惹いて手に取った本です。
タイトルからは、ヒロインは女性として初の天皇となった孝謙天皇のように見えますが、物語の主役は和気広虫と吉備由利という二人の女官です。
(p118より引用) 由利もまた自分と同じ、心地よい日向の光になびく藤の蔓ではないようだ。ならばともに、自分で立って、一つ場所から動かぬ頑固な幹になろうではないか。
“藤の蔓”とは、藤原氏の傘の下にある者という暗喩でしょうか。二人の女官が傅いた帝は聖武天皇・光明皇后を父母に持つ孝謙天皇でした。その後上皇となった孝謙上皇は、僧道鏡を重用するようになります。このころから当時のもう一人の有力者であった藤原仲麻呂との勢力関係が危うくなり、孝謙上皇は髪を下し仏門に入ることによって帝としての政を行なう強い決意を示しました。
(p244より引用) 女の天皇を軽んじるなら、男も女もない一人の人間となってみせよう。そして実力のみでそなたたちの王になろう。そんな強い意思表示に抗う者があろうか。
その後称徳天皇として復位した女帝ですが、ほどなく行幸の折から体調を壊し崩御されました。そして、称徳天皇の治世は僧道鏡との間の醜聞とともに語られるようになっていったのです。
(p370より引用) 「お上のすぐれたご人格も、実際にお仕えしたわたくしたちだからこそ知っていますが、時代が去れば、誰が言えましょう、伝えられましょう」
そのとおりだ。だからこそ、書き記したものが重要になる。
称徳天皇崩御の裏には、男性天皇に娘を嫁すことにより政治の実権を掌握し続けたいという摂関家藤原氏の男たちの深謀遠慮があったのです。
(p372より引用) 「敵とは、道鏡や、父真備や、女帝の口を封じた上で、女帝の時代をとことん貶めようとたくらむ者。二度とこの国が女の天皇を戴くことがないようにと画策する男たちです」・・・歴史はいつも勝者が書く。勝者とは、ともかく生き残った者であった。
そして、称徳天皇以降、江戸時代初期109代明正天皇に至るまでおよそ850年間、日本には女帝は生まれませんでした。
さて、小説なのでストーリーを紹介することはできるだけ避けることとして、本書を読み通しての感想を少々。
現代の読書家のひとり出口治朗氏のお薦めということで読んでみたのですが、正直なところちょっと期待外れといった印象ですね。
称徳天皇崩御の謎解き的な要素が読者を物語に引き込む導線だったのでしょうが、そのあたりの脚色に今一つ感があります。当時、孝謙・称徳天皇を取り巻く人物としては、橘諸兄・藤原仲麻呂・道鏡・吉備真備等々強いキャラクターの持主がいるのですから、もう少しエッジの効いた歴史エンターテイメントに仕立てることができたのではと思いますね。
とはいえ、敢えてそういったビッグネームに頼らず、和気広虫・藤原百川らを働かせたところが玄人仕事なのかもしれません・・・。
天平の女帝 孝謙称徳 | |
玉岡 かおる | |
新潮社 |