OMOI-KOMI - 我流の作法 -

For Ordinary Business People

フェルメール 光の王国 (福岡 伸一)

2013-06-28 22:37:01 | 本と雑誌

Vermeerart  フェルメールにはちょっと興味があったので、以前にも「フェルメールのカメラ―光と空間の謎を解く(P.ステッドマン)」という本は読んだことがあります。

 本書は、ANA機内誌「翼の王国」に連載されていた紀行文の書籍化とのこと、フェルメールと生物学者の福岡伸一氏の組み合わせに惹かれて手に取ってみました。

 フェルメールの作品は「光」と切り離すことができません。光が差す瞬間を、著者は「微分」と表現しています。

(p75より引用) 私がここでいう“微分”とは、動きの時間を止め、その中に次の動きの予感を封じ込めたという意味である。

 メトロポリタン美術館所蔵の「窓辺で水差しを持つ女」は、動きの一瞬が「微分」された典型的な作品とのことです。
 同美術館のヨーロッパ絵画のキュレーターでありフェルメール研究家としても高名なW.リドケ氏は、こう語っています。

(p75より引用) 「光が彼女の腕にこのような形で当たっていた時間はおそらく5分間もなかったはずです。それをフェルメールは捉え、心に留め、おそらく数か月を費やしてこの絵を描いたのです。フェルメールを見るとき、そのような異なる時間を行き来することが大切です」

 著者がフェルメールの絵に感じる「微分」は、エディンバラにて、「フェルメールの絵の何に惹かれたのか」と訊ねられた際の答えにも登場します。

(p107より引用) 「最初は自分でもよくわからなかったのですが、それはフェルメールの絵の中の光が、あるいは影が、絵としては止まっているにもかかわらず、動いているように見えることでしょうか。つまり、フェルメールの絵には、そこに至るまでの時間と、そこから始まる次の時間への流れが表現されていると思えるのです」。

  「時間を止めながら、時間の流れを表現する方法」を著者は「微分的」と表現したのです。

 絵を見ていると意外に思うのですが、フェルメールは、17世紀、日本でいえば江戸時代初期の人です。ガリレオ・ガリレイに少し遅れ、同時代の人としてはアイザック・ニュートンがいます。

(p238より引用) 思えば、17世紀は、時間の一瞬を切り取りたいと人々が願い、それがかなった時代でもあった。・・・ライプニッツやニュートンたちは運動の方程式を使って、動くものを一時、そこにとどめ、その物体が次にどの方向へどのような速度で動き出すかを予測する方法を編み出した。それが微分である。・・・
 ・・・フェルメールは、ライプニッツやニュートンと全く同じ願いをもっていた。そしてそれぞれ別々の方法で同じことを達成してみせたのだ。・・・フェルメールは絵画として微分法を発見したのである。科学と芸術はまったく不可分だった。

 科学者としての著者の視点はとても刺激的です。と同時に、フェルメールの作品に向かう著者の視線や感性は文学的でもあります。
 福岡氏の多才さを痛感する著作ですね。
 

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日本のデザイン―美意識がつくる未来 (原 研哉)

2013-06-22 09:48:46 | 本と雑誌

Kurorakucyawan  朝の通勤電車の中で読むのに手ごろな文庫/新書の大きさの本が切れたので、職場近くの図書館で見つけたものです。

 著者の原研哉氏は、武蔵野美術大学教授で、「無印良品」のボードメンバーでもあります。

 本書は「デザイン」という切り口から日本の将来展望を語ったものです。

 まずは、日本が強みを発揮できる分野と考えられている「ものづくり」において、著者は、新たな視点を開陳します。冒頭の「序」での興味深い指摘です。

(p4より引用) ものづくりに必要な資源とはまさにこの「美意識」ではないかと僕は最近思いはじめている。・・・ものの作り手にも、生み出されたものを喜ぶ受け手にも共有される感受性があってこそ、ものはその文化の中で育まれ成長する。まさに美意識こそものづくりを継続していくための不断の資源である。

 この「美意識」はひとつの価値観であり、また、この「美意識」を具現化し現出させたものが広義の「デザイン」なのでしょう。

 著者は、本書の中で「デザインの定義や意味づけ」について、いくつかの表現で示しています。たとえば、こんな感じです。

(p43より引用) デザインとはスタイリングではない。ものの形を計画的・意識的に作る行為は確かにデザインだが、それだけではない。デザインとは生み出すだけの思想ではなく、ものを介して暮らしや環境の本質を考える生活の思想でもある。したがって、作ると同様に、気付くということのなかにもデザインの本意がある。

 また、こういった捉え方もしています。

(p151より引用) デザインは、商品の魅力をあおり立てる競いの文脈で語られることが多いが、本来は社会の中で共有される倫理的な側面を色濃く持っている。抑制、尊厳、そして誇りといったような価値観こそデザインの本質に近い。・・・本当に機能している情報は、機能している時には見えなくなる。そうしないと、情報がノイズになってコミュニケーションの品質をそぐ。

 情報をごく自然に必要な形で必要な対象に伝えることも「デザイン」の効用であり、その使命のひとつなんですね。

 さらには、こんな表現もあります。

(p171より引用) デザインとは、物の本質を見極めていく技術だが、それが産業のビジョンに振り向けられたときには、潜在する産業の可能性を可視化できなくてはならない。

 こういった「意味づけ」はとても勉強になります。

 さて、本書において著者は、デザインによる「未来構想」を語っているのですが、この「暮らし」「環境」というキーワードから、日本の強みが発揮できる分野として期待しているのが「家」です。
 「家」自体を、先端技術を駆使した「家電」として進化させ、未来型の住環境を提供しようという考えです。

(p110より引用) パソコンのOSや検索エンジンの開発などでは米国に遅れを取った日本であるが、家をインテリジェント化していく領域、すなわち繊細な技術を日常空間化していく方向なら得意分野でもある。・・・それを具体化できる建築やデザインの才能に日本は事欠かない。

 とはいえ、これもきちんとしたコンセプトに基づき計画的に進めなくては、過去の失敗の轍を踏むことになります。戦後の復興から高度成長期において乱脈開発された都市景観がその反省材料です。

(p148より引用) 現代の日本人は「小さな美には敏感だが、巨大な醜さには鈍い」と言われる

 確かにこの言葉には、納得感がありますね。

 もうひとつ、著者の興味深いコメント。「情報」の「平衡」「均衡」という今日的状況に関するものです。

(p222より引用) 熱い衆愚ではなく冷静な集合知が、最も無駄なく合理的な解決をもたらすだろうという、これは思想というよりもある種の感受性のようなものが社会の中で機能しはじめている。

 東日本大震災からの復興や少子高齢化社会への対応といった未経験の大きな課題に取り組むことになる日本において、この社会の胎動は明るい兆しでもあります。

 世の中に溢れる玉石混交の大量情報を「編集」することも、「デザイン」の役割です。
 

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あなたの話は、なぜ伝わらないのか? (別所 栄吾)

2013-06-15 08:49:45 | 本と雑誌

Presentation  職場の課題で常に挙げられるのが、コミュニケーション・ギャップです。
 丁寧に話しているつもりでも、かえって分かりづらくなることがあります。

 本書は、相手に「伝わる話法」を紹介したものです。
 相手の理解を促す話し方の前段では、論理性すなわちロジカル・シンキングが必要ですから「伝えるための思考法」の勧めでもあります。

 ただ、内容はちょっと私には合いませんでした。ビジネス上での「説明」の方法論を細かく紹介していますが、「How To」に留まっており、その背景の掘り下げが不十分で物足りなさが残ります。

 たとえば、ナレッジマネジメントの思考フレームを紹介しているくだりで野中郁次郎氏の「SECIモデル」に触れていますが、この説明も非常にプアです。これでは、本書を読んだ人は知識経営の基本コンセプトとしての「SECIモデル」の本質を曲解してしまうでしょう。

 著者は、日本生産性本部でロジカルシンキングやプレゼンテーションの研修を長年ご担当されていたとのこと、そのためか、内容は「最大公約数的」です。企業であろうと官庁であろうと最低限共通して通用するであろう基本的な作法の指南ですね。
 具体例も数多く挙げていますが、今風のケースは少なく説明も冗長。ボリュームの割にはどうもピンときません。一昔前のTQC手法を講義されているような気分になりました。

 枝葉の記述ですが、強いてなるほどと思ったのは、“肯定文の効用”の指摘ぐらいですね。

(p157より引用) 「地震のときはエレベーターを使用してはいけません」という見慣れた表示も、否定文ではなく肯定文にすることで、相手への働きかけが強くなります。つまり、「地震のときは、(右手の)階段を使用してください」と表示してください。

 ただ、これも「肯定文」にすることが本質ではなく、後者の表示の方がより「具体的な行動」を明確に示しているという点が重要なのです。

 正直なところ、本書から新たな刺激や気づきを求めるのは、ちょっと???かもしれませんね。

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近い目標 (良い戦略、悪い戦略(リチャード・P・ルメルト))

2013-06-09 20:43:15 | 本と雑誌

General_motors  著者の説く良い戦略は、ザクッと言えば、「最も効果に上がるところを見定め、そこに持てる力を集中投下する」ことです。そして、その“持てる力”というのは「自らの強み」でもあります。

 本書の後半では、この「強み」を活用する手立てについて具体的に示しています。その中のひとつが「近い目標」を定めるというものです。

 その章での「リーダーの資質」に関する指摘、多くのリーダーが陥りがちな陥穽を著者はこう語っています。

(p152より引用) 何に取り組めばよいのか曖昧なままにして、むやみに高い目標を掲げてしまうことが多い。「最後の責任は自分がとる」と言うだけでなく、近い目標を設定してチームが動けるようにすることがリーダーの大切な使命である。

 このアドバイスはとても実感覚に合った的確なものですね。
 多くの場合、長期的な高い目標を掲げても、言いだしっぺのリーダーがその達成を約束した期限まで、その責任ある立場に残っていることは稀です。仮に残っていたとしても、その評価を正しく受けることもあまり見かけません。

 もうひとつ、著者が指摘する「近い目標」に関する実践的アドバイス。不透明な将来に対応するための「足場を固める」ステップです。

(p152より引用) 戦略本の多くが、状況が流動的になったらリーダーはより先を見越して手を打たなければならない、と説く。だが、このような指示は論理的とは言えない。状況が流動的になればなるほど、先は見通しにくいからだ。したがって、絶えず変化する先行き不透明な状況では、むしろより近い戦略目標を定めなければならない。

 状況の変化の多様性を前提に、とるべき選択肢を増やしておくのです。そして、変化を敏感に感知しては、その対応策をきめ細かく発動していくというやり方です。深い霧の中のワインディングロードを、目の前に見えるセンタラインに合わせてこまめにハンドルを当てて進んで行く感じですね。

 さて、実際の戦略の実行にあたって、こういった「近い目標」の重要性を指摘する一方で、著者は、戦略思考の基本として「近視眼的思考」は明確に否定しています。

(p345より引用) 戦略的になるということは、近視眼的な見方をなくすということである。・・・だからと言って遠い将来を予見する必要はない。あくまでも事実に基づいて、産業構造やトレンド、競争相手の行動や反応、自社の能力やリソースを観察し、自分の先入観や思い込みをなくしていく。

 なまじ「経験」や「知識」がある(と思い込む)と返って「過信」や「内部者の視点」で戦略の策定や評価をしてしまいます。

 こういった思考方法がもたらした最近の大きな失敗例が、信用バブルの崩壊による「世界金融危機」でしょう。

 金融工学の専門家が先導したこの金融危機のあり様は、結果論的に振り返ってみると、過去に何度も経験した「危機」の教訓を持ってすれば、十分に予測しえたプロセスを辿ったものでした。
 専門家であればあるほど、自ら陥りがちな陥穽を避ける謙虚な姿勢が必要となります。

(p354より引用) 第一は、近視眼的な見方を断ち切り、広い視野を持つための手段を持つこと。たとえばリストは良い方法である。第二は、自分の判断に疑義を提出する習慣をつけること。自分からの攻撃にすら耐えられないような論拠は、現実の競争に直面したらあっさり崩壊してしまうだろう。第三は、重要な判断を下したら記録に残す習慣をつけることである。そうすれば、事後評価をして反省材料として活用できる。

 「戦略」とその実行は、自らの判断を「仮説」とし、それを「検定」していくプロセスでもあります。

 ここで著者が示している「3つの習慣」は、その最初の判断である「仮説設定」において、目先のことや最初の思いつきに迷わされないための具体的な方法なのです。
 

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さて、自分たちは・・・ (良い戦略、悪い戦略(リチャード・P・ルメルト))

2013-06-06 23:52:51 | 本と雑誌

Horationelson1  とてもシンプルでかつインパクトのあるタイトルに惹かれて読んでみました。

 内容は、まさにタイトルどおりです。ただ、世の中に溢れている“戦略”もののビジネス書とはちょっと違ったテイストですね。

 著者が説く“良い戦略”とはどんなものか。著者の答えはこうです。

(p108より引用) 良い戦略は、十分な根拠に立脚したしっかりした基本構造を持っており、一貫した行動に直結する。

 この基本構造のことを、著者は「カーネル(核)」と名付けています。カーネルはシンプルです。

(p108より引用) カーネルを組み立てるときに、ビジョンやミッションや目標や戦術をあれこれ考える必要はなく、・・・ずばり単刀直入なのが良い戦略である。
 カーネルは、次の三つの要素から構成される。
1.診断-状況を診断し、取り組むべき課題をみきわめる。・・・
2.基本方針-診断で見つかった課題にどう取り組むか、大きな方向性と総合的な方針を示す。
3.行動-・・・基本方針を実行するために設計された一貫性のある一連の行動のことである。・・・

 ここでのポイントは、「行動」ですね。
 「行動」に結びつかなくては戦略の存在意義はありません。逆にいえば、採るべき行動をぶらさないための軸となってこそ戦略の意味があるのです。

 他方、“悪い戦略”とはどんなものか、これについても著者は明確に4つの特徴を掲げています。

(p49より引用) 悪い戦略は、次の四つの特徴から見分けることができる。
空疎である-戦略構想を語っているように見えるが内容がない。・・・
重大な問題に取り組まない-見ないふりをするか、軽度あるいは一時的といった誤った定義をする。・・・
目標を戦略ととりちがえている-悪い戦略の多くは、困難な問題を乗り越える道筋を示さずに、単に願望や希望的観測を語っている。
まちがった戦略目標を掲げている-戦略目標とは、戦略を実現する手段として設定されるものである。・・・

 特に、一番目の「空疎である」というのは、今までの私の経験においてもよくお目にかかった特徴ですね。言葉が踊っている割に内容は空疎・浅薄という類のものです。
 この分かりやすい例として著者は、次のようなものを紹介しています。

(p97より引用) ・コーネル大学のミッションは「未来のリーダーを育て知のフロンティアを拡げることによって、社会に貢献する学問の場でありつづける」である。これは要するに「コーネル大学は大学である」と言っているに過ぎず、何も意味のある情報を発していない。

 さて、本書において著者は、昨今の「戦略論」の主張に対していくつかの重要な指摘をしています。
 たとえば、カリスマ的リーダー・チェインジリーダー等を語る「リーダーシップ論」との関わりについて。

(p93より引用) 変革リーダーの存在が良い戦略を保障するものではないことだけは言っておきたい。強力なリーダーは、戦略遂行の意欲や自己犠牲を引き出すことはできるだろう。そして、苦痛を伴う変革を受け入れさせることもできるかもしれない。しかしそれは、追求する価値と実現する可能性を備えた戦略そのものを立てることとは、まったく別のことである。

 カリスマ性を持つリーダーであっても、必ずしも“良い戦略”を立てそれを実行しているとは限りません。これは、身近な政界・財界を眺めてみても大いに首肯できるところです。

 もうひとつ、「強力なリーダーシップによる中央集権的なマネジメントスタイルの是非」についての著者の考えです。
 戦略の策定と行動の調整は、常に中央集権的であることが正しいとは限らないと語っています。

(p131より引用) 「全社一丸となる」ような戦略は、得られるメリットが大きいときに限るのが賢いやり方である。すぐれた組織は使い分けをわきまえており、何をやるにも全部門の行動を統率する、といった愚は犯さない。これでは現場に活気がなくなってしまう。通常の活動はそれぞれの部署に委ね、ここぞというときに行動を一点集中するのが賢い戦略であり、賢い組織である。

 通常、戦略は現場のアクションにおいて具現化されます。戦略を現場にまで浸透させ、権限移譲による分権的有機体として機能させるのが組織運営の基本です。
 何でもかんでも常に「全社一丸」でというのは、「組織がない」「組織的でない」というのと同義ということなのでしょう。
 

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新訂 海舟座談 (巌本 善治 編)

2013-06-02 18:24:00 | 本と雑誌

Yoshiyasu_katsu_in_meiji  かなり以前に「氷川清話」は読んだことがあるのですが、久しぶりの勝海舟関連の本です。

 勝海舟といえば、江戸末期、万延元年(1860年)に咸臨丸で渡米、帰国後は軍艦奉行に就任、その後、中核の幕臣として江戸城無血開城を実現。明治維新後は、参議・海軍卿・枢密顧問官を歴任し伯爵に叙せられた傑物です。

 本書は、晩年、明治28年(1895年)から32年(1899年)にかけて海舟が語った体験談を巌本善治氏が筆録したもので、その口調まで写した興味深い著作です。
 そこに記されているストレートな政治・社会批評ともいうべき内容は、その視座の高さ・本質を一言で突く鋭さ等、とても刺激に富んでいます。

 たとえば、こんな感じです。

(p57より引用) 国というものは、独立して、何か卓絶したものがなければならぬ。いくら、西洋西洋といっても、善い事は採り、そのほかに何かなければならぬ。それがないのだもの。つまり、アジアに人がないのだよ。それで、一々西洋の真似をするのだ。

 同じような言は、その他の会話の中にも見られます。

(p118より引用) 国民がそうなのだ。西洋の理屈ばかし聞きかじって、それで皆な貧乏するのサ。西洋の方では何と言うエ。あんまり賞めもすまい。お猿だと言うじゃアないか。

 もうひとつ、巌本氏から「維新後、大機会をあやまったということは、いかなる場合ですか」との問いに答えて。

(p165より引用) 十年の西南戦争と、今度の朝鮮征伐(日清戦争)サ。しかし十年の時は、まだ善かった。アレデ、こうなったというものもまだなかったが、今度は、皆がソウ言って来るようだ。どっちも勝ったものだから、実にいけない。もとよりドレといって明らかな事もなし、ズルズルだが、どうせ、これでいいと思う高慢が皆ンナいけないのだ。

 このあたりの社会・政治情勢の見方も、多勢に流されず冷静ですね。

 これに似た姿勢は「金貨本位制の賛否」に関する海舟の言葉の中にも表れています。

(p192より引用) どうせ金貨国と貿易をするのだから、つまりは金貨本位にするより仕方がなかろう。
 こんな問題は。利害双方の道理のあるもので、どうでも言えるものだ。それを議論で極めようと言うから間違うのさ。つまり実行の手段にあるのだ。やる人の手加減で、善くも悪くもなるのだという事に気が着かんのさ。

 社会の潮流を大局的につかむ認識力の鋭さに加え、現実の社会を動かしていく人材を見抜く海舟の洞察力には際立ったものがありますね。

 このあたりの海舟の資質の底流にある考え方を、自身、こう語っています。

(p212より引用) 主義だの、道だのといって、ただこればかりだと、極めることは、私は極く嫌いです。道といっても大道もあり、小道もあり、上には上があります。その一つを取って、他を排斥するということは、不断から決してしません。人が来て、色々八釜しく言いますと、『そういうこともあろうかナ』と言って置いて、争わない。そしてあとでよくよく考えて、色々に比較して見ると、上には上があると思って、真に愉快です。

 さて、本書ですが、海舟の語りを筆録し「清話のしらべ」と名付けられた本編にとどまらず、後半の「附録」も必読です。海舟所縁の人々が語る数々のエピソードや思い出が紹介されているのですが、これがまたなかなか面白いものです。

 その中から、足尾鉱毒事件の解決に尽力したことで有名な田中正造氏の海舟評を書き留めておきます。

(p285より引用) いやしくも国の興廃存亡の真相を見るの目は、その人にありて、決して読書等の力にあらざるなり。安房守の学文は普通なり、ただ安房の智、安房の徳は、天賦にして、普通凡庸の遠く及ばざるのみか、企てて及ばざる所なり。しかして、またこれを知るもの、少なからん。その知る人の少なきほどに、奇妙なり。尊きとも申すべきかな。

 やはり海舟、破格のスケールをもった正に稀有の人物だったのでしょう。

 最後に、海舟といえば、やはり西郷隆盛

(p213より引用) これまでの長い経験では、たいてい、日本人の目に大馬鹿と見えるのがエライようです。
 西郷ナドも、本当の考えを言って、相手にする人が少なくて、真にさびしかったようです。

 海舟ならでは、本心からの言葉でしょう。
 

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