OMOI-KOMI - 我流の作法 -

For Ordinary Business People

食卓歓談集 (プルタルコス)

2009-02-28 13:43:45 | 本と雑誌

 この手の本はプラトンの「ゴルギアス」以来約1年ぶりですが、忘れた頃に読みたくなりますね。

 プルタルコス(Ploutarchos 46?~120?)は、「プルターク英雄伝」で有名なローマ時代のギリシャの伝記作家・随筆家です。

 本書は、タイトルどおり、宴会の場での様々な議論を取り上げたエッセイで、「宴会の幹事はどういう人物であるべきか」「なぜ秋には空腹を感じやすいか」「鶏と卵ではどちらが先か」「山より海の方が珍味が多いか」「アルファはなぜアルファベットの始めにあるのか」・・・等々、そのテーマは種々雑多です。

 その幾多の議論の中から、私の興味を惹いたものをご紹介します。

 まずは、宴会での会話のマナー。
 「冗談」を巡る話です。

 
(p51より引用) ちゃんとけじめをつけて、上手に、そしてここぞという時に冗談を言うことができない人は、冗談を口にすることをいっさい控えるべきだ。・・・そして、悪口を言われるよりは悪い冗談を言われる方が胸にこたえるということがある。悪口の方は怒りにまかせて、多くの場合、心ならずも言ったと見られることがあるのに対して、悪い冗談にはそういうやむをえない点がなく、むしろ無礼さとたちの悪さの結果だと非難される。そして一般に、無頓着に拙劣なことを言う人から何かを言われるよりは、言葉巧みな人から言われる方が腹立たしいもの、そこにはたくらみがあるからだ。

 
 上手い「冗談」は場を和ませますが、拙い「冗談」は人間関係を壊してしまいます。

 
(p53より引用) あのすぐれたスパルタの国では、相手を傷つけないように冗談を言うこと、そして冗談を言われても平気でいられることが、人間が学ぶべきことの一つに数えられていた。もし冗談を言われた者が、言われっぱなしで黙っているようなら、言った方ではもうそれ以上冗談を言わないことにしていたのだ。そこでだね、相手を傷つけずに冗談を言うには一通りや二通りの経験や技では足りないとするなら、言われた相手にも気分がいい冗談を言うなど、やさしいわけがないじゃないか。

 
 次に「公平」についての議論です。

 ひとつに盛られたものを各々で好きなだけ取るのか、予め一人ひとりの分を取り分けてふるまうのかといった「宴会の料理」を材料にした談話は、「なにが公平なのか」というテーマに進んで行きました。
 また、別の章では、「算術的比例」と「幾何学的比例」という概念で「公平」が論じられています。

 フロルスの論です。

 
(p204より引用) 算術的比例は各員に同数を分配するのに対して、幾何学的比例はおのおのの価値に応じて比率を定めて分配するのだ。・・・各人が自分のものとして分け前を受けるにも、・・・各人の優劣の差に応じて受ける。・・・そしてそれが正義とか罰とかいうものなんだな、・・・そしてその正義は我々にむかって、正義は等しい(公正な)ものだが、等しいことが正しいと考えてはならぬ、と語りかけ教えているのだ。民衆が求めている平等というのは、あらゆる不正の中で最悪の不正であり、・・・神様は、価値によっての区別は守り通される。幾何学的比例に従い、それを法にかなった尺度とお決めになってね。

 
 議論することは知的な楽しみでもあります。自分の頭で自由に思索をめぐらせ、その結果を説得力があると思う論理で発言します。
 「なぜ新酒は酔いにくいのか」をテーマにしたハギアスとアリスタイネトスの議論について、プルタルコスは好意的にこう評価しています。

 
(p104より引用) この二人の若者の巧みな議論を我々は大いに認めた。ありあわせの説にとびつかずに、自分自身の考えをいろいろ試みているという態度だったからだ。

 
 本書では、今と異なる生活習慣や社会的常識を背景にした立論だけでなく、今もまた何処も同じという話題も語られています。
 最後は、「宴会の招かれざる客」について。

 
(p200より引用) 最悪なのは、支配者や金持ちや有力者のところへ、その人からじかに招かれたのではなく、別の人間に誘われて出かけてゆくことで、それでは恥知らず、野暮の骨頂、的外れな名誉欲の塊、などと評判をたてられても無理もなく、その評判から身を守ろうにも守りようがない。

 
 

食卓歓談集 (岩波文庫)
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「成功」と「失敗」の法則 (稲盛 和夫)

2009-02-26 23:02:59 | 本と雑誌

 著者の稲盛氏は、ご存知の通り、京セラの創業者で、KDDIの前身である「第二電電」を起こした経営者です。

 稲盛氏の著作は、以前「アメーバ経営」という本を読んだことがあります。「アメーバ経営」はジャンルとしてはビジネス書ですが、こちらはもう少し一般的な「啓発書」という趣きです。

 内容は、稲盛氏のこれまでの経験を踏まえ、氏自身が実践している「人生訓」が平易なことばで紹介されたものです。

 たとえば、「第二電電」を立ち上げる際、自らに問いかけ続けたというフレーズです。

 
(p50より引用) 動機善なりや、私心なかりしか

 
 この自問自答を6ヶ月間繰り返し、「自分のエゴではない」と確信して通信事業に参入したのだそうです。

 もうひとつ、私の印象に残ったフレーズですが、稲盛氏が引用している内村鑑三の言葉です。

 
(p80より引用) 至誠の感ずるところ、天地もこれが為に動く

 
 本書で説いている稲盛氏の教訓は、とてもシンプルで真っ当なものです。

 ただ、読み通してみて、正直なところ今ひとつ浸透力を感じませんでした。
 言われていることはもっともなのですが、(私も含め)多くの人々は、そのもっともなことが実行できなくて、苦しんだり悩んだりしているのだと思います。そこに「誠を尽して一所懸命に努力すれば」と説かれても・・・という感じを受けてしまいます。

 ご自身は当然もっと泥臭い現実を経験されたはずですから、その泥臭さから説き起こしていただければ、本書の箴言にもっとリアルな納得感が生れたのではと思いました。 
 

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誰も「戦後」を覚えていない 昭和30年代篇 (鴨下 信一)

2009-02-22 15:56:47 | 本と雑誌

Ishihara_yujiro  以前読んだ半藤氏一利による「日本史はこんなに面白い」の中で紹介されていたので読んでみました。

 本書は、シリーズとして現在3冊出版されています。
 いつも読書の参考にさせていただいている「ふとっちょパパ」さんは3冊とも読まれたようですが、私は、まず最も自分と時代的に近い「昭和30年代篇」を選んでみました。

 とはいえ、私も昭和30年代生まれというだけで、本書で書かれている事件やエピソードについて実際の記憶はありません。が、なんとなくおぼろげながらの皮膚感覚として理解できる感じはしますね。

 たとえば、60年安保のころ(ちなみに私は生まれたばかりです)の空気です。

 
(p36より引用) 戦後10年、やっと手に入れたこの小さな幸せが、戦争放棄・再軍備放棄から得たものだということを日本人はよく知っていた、・・・その幸せは手放せない。
 何よりこれが60年反安保闘争の〔気分〕だった。

 
 また、当時の出版界・文芸について。
 ここでは著者は松本清張氏と山田風太郎氏をとり上げます。

 
(p69より引用) 〈運のない〉主人公たちの運のなさは、実は俳壇や学会の閉鎖性が彼らを圧殺したのだ、とわかってくる。問題は彼らの属した、あるいは属そうと欲した、組織のほうにあるのだ。
 清張の人気の源泉は、読者にこうした〈ものの見方〉を教えてくれたところにあった、といまつくづく思う。小説の持つ教育的効果を、文芸批評はたいていひどく軽視したがるが、すくなくともこの時代、小説はそれだけの力量を持っていた・・・

 
 松本清張氏の小説は、以前「張り込み」「点と線」「ゼロの焦点」等々、ある程度集中して読んだことがあります。
 著者は、「社会派」と冠される氏の作品の意味づけが、一般の人々への社会矛盾の感化であったと指摘しています。

 そのほか、本書を読んで印象に残ったのは、「戦後史」についての著者の定義です。

 
(p169より引用) ぼくは〔戦後史とは何か〕と言われたらば、それは-
 一様な〈日本人〉という大集団が、〈小集団〉に分解し、さらに細かい集団に、そしてついに〈個人〉のレベルに至る経過
 こう答えたい。

 
 最後にもうひとつ。
 本書の目次に載っている「建設直後の東京タワーの写真」も印象的でした。
 手前にあるのは増上寺でしょうか。いかにも唐突な合成写真のような違和感が面白いです。
 
 

誰も「戦後」を覚えていない 昭和30年代篇 (文春新書) 誰も「戦後」を覚えていない 昭和30年代篇 (文春新書)
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あなたはなぜ値札にダマされるのか?―不合理な意思決定にひそむスウェイの法則 (ブラフマン)

2009-02-21 17:11:52 | 本と雑誌

 最近、「行動経済学」が流行っているようです。

 本書の原題は「SWAY」。「ゆり動かす・動揺させる・影響させる」といった意味です。
 本書では、様々な心理的要因によって不合理な決定をくだす姿を「SWAY」と表現しています。

 著者は、人を「不合理な決定」に導く法則として、 「損失回避の法則」「コミットメントの法則」「価値基準の法則」「評価バイアスの法則」「プロセスの公平性の法則」「金銭的インセンティヴの法則」「グループ力学の法則」の7つを挙げています。

 その中から、私の興味をひいたものをいくつか紹介します。

 まず、「損失回避の法則」。

 
(p30より引用) 卵の価格が下がると、買う量は少し増える。だが、価格が上がると消費者は敏感な集団になり、価格が下がったときの2.5倍の強さで反応して、消費を控えるのだ。

 
 これは、いわゆる「最寄品」をイメージすると分りやすいですね。
 さらに「損失」についての以下の指摘も「確かにそうだ」と感じます。

 
(p38より引用) 私たちは何かを得る喜びよりも、何かを失う痛みのほうをより強く感じます。そしてその損失のリスクを避けられるなら、多少の犠牲を払うことをいといません(レンタカーの保険の話)。可能性のある損失が大きければ大きいほど、人間はその損失を嫌います。言い換えれば、背負っているものが大きいほど、私たちは不合理な決断に押し流されやすくなるのです。

 
 次に、「コミットメントの法則」。

 
(p40より引用) ある物事に時間や労力やお金をかけたあとでは、それがうまくいかないとわかっても、止めることができない

 
 これも実例には事欠きませんし、以下の指摘も、全く論理的ではないのですがよく見られる状況です。

 
(p54より引用) 損失回避とコミットメントという二本の見えない流れが合流すると、極端な楽観主義をもたらす。

 
 また、「価値基準の法則」は、「ハロー効果」と同根です。

 
(p60より引用) 客観的なデータではなく、最初の印象にもとづいて人やものの価値を判断する

 
 ここでの「印象」は、外見であったり名声であったりします。
 外見や名声も、(一部のブランド品のように)それらがその人の重んずる価値の一部である場合には問題は小さくなりますが、学術的な価値や絶対的な事実の評価の場合は、その判断を誤らせることになります。
 まさに、わが国でも数年前、この法則に合致する「遺跡出土品の捏造事件」がありました。

 著者は、「7つの法則」を説明するにあたって、具体的な実験例を多数紹介しています。

 それらの中で、「評価バイアス」の説明にあった「企業の採用担当者の面接での質問」に関するコメントは、私自身の経験と照らし合わせてもそのとおりと思わせるものでした。
 それは、

  • 客観的に自己評価させる質問や将来を見つめさせるような質問は応募者の模範解答や演技を引き出すだけだ
  • 最高ではないが役に立つ情報をある程度もたらしてくれるのは、「わが社について知っていることは?」という質問だ

というものです。

 ちなみに、ここでいう「評価バイアスの法則」とは、

 
(p116より引用) ひとたびある物事に評価をくだすと、それに反する証拠が見えなくなる

(p140より引用) 評価ラベルをつけられた人は、実際にラベルどおりの特徴を身につける

 
というものです。

 さて、最後に、本書を読んで、参考になった点をひとつ。

 「異議を唱える正義」の章で紹介されているサウスウェスト航空のブロッキントン機長のアイデアです。

 
(p204より引用) 「私は自分の考えを声に出して言うようにしています。声に出すことで、となりにいる者は、私が何を考えているか常に把握できるのです。副操縦士が私の考えに欠点を見つければ、それを指摘しやすくなります。・・・」

 
 「グループ力学の法則」に対抗するための実践的方法です。
 
 

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スキルとマインド (伝説の外資トップが説く リーダーの教科書(新将命))

2009-02-19 22:30:56 | 本と雑誌

 著者は、本書の中で、繰り返し「スキル(仕事力)」と「マインド(人間力)」の重要性を訴えています。

 特に「マインド」面についてのアドバイスで、私も記憶にとどめたいと感じたものを書きとめておきます。

 まずは、言葉遊びのようでもありますが、「自信と過信」について。
 「自信」には、さらに向上しよう伸び続けようという気構えがあるのです。

 
(p43より引用) 自信と過信、慢心、傲慢とは何が違うのか。自信には含まれているが、それ以外には含まれていない要素がひとつだけある。「学ぶ心」だ。

 
 「自信」は、「成功」との共振によりスパイラル的に強まっていきます。
 その過程では「失敗」も付き物です。

 
(p133より引用) 「失敗をしないための最高の方法は何もやらないことである」という表現もある。こうなれば、最悪である。失敗はない。だが、成功も永遠にないのである。

 
 「成功」するためには「行動」を起こさなくてはなりません。
 その「行動」は「意識」されたものであり、そこで「意識」すべき対象が「目標」なのです。

 
(p275より引用) 成功の条件を一言でいうとすれば、目標を持った生き方をすることだ。自分に納得のいく目標を段階を追って達成するプロセスを経ること。これこそが成功の定義であり、条件である。・・・成功の反対は、目標のない生き方なのである。

 
 「目標」は未来に向かったものです。
 この前向きの姿勢を鼓舞するものとして、著者は、以下のような言葉を紹介してくれています。

 
(p278より引用) 「今日の自分は、昨日までの自分の結果である。将来の自分は今日からの自分の結果である」
 過去を変えることはできない。過去は終わってしまっている。過去からできることは学ぶことだけだ。だが、未来を変えることはできる。さらにいえば、未来を創り出すことはできる。

 
 15年ほど前、管理者として赴任した勤務地で、会社の先輩からこう言われたことがありました。
 「社員にとっての最大の職場環境は『上司』だ」

 本書を通して一番印象に残ったのは、この言葉と同じ趣旨のフレーズでした。

 
(p82より引用) 部下を持つという視点の中で忘れられがちなのは、上司は部下に幸せをもたらす存在であるべきだ、ということだ。会社に勤める人は、基本的には自分の働く会社を決めることができる。・・・だが、会社は選べるが、上司は選べない。・・・上司は、自分の部下として持った人の幸せづくりについて、非常に大きな影響力と責任を持った存在だということである。

 
 とても大事なことです。
 いつも心しなくてはなりません。
 
 

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新たではないが・・・ (伝説の外資トップが説く リーダーの教科書(新将命))

2009-02-17 22:03:13 | 本と雑誌

 新将命氏の著作は読んだことがあると思っていたのですが、改めて振り返ると、「1冊の本」という形では本書が初めてでした。

 本書で説かれているアドバイスは、それほど目新しいものではなく、どれも至極当たり前のことのように感じられます。
 しかし、その示唆するところは、外資系も含めいくつもの会社の経営に関わった実地の経験からのものであるだけに、読んでいてもひとつひとつに納得感があります。

 以下に、本書で紹介されている要諦のいくつかを覚えとして記しておきます。

 まずは、評価における「結果とプロセス」について。

 
((p18より引用) 「結果」の重要性を問えば問うほど忘れてはならないのは、同時に「プロセス」も評価するということだ。どういうやり方で、その結果を生み出したか、ということである。・・・意識すべきは、結果とプロセスのバランス、である。・・・
 もちろん結果は重要だ。だが、最後に判断を大きく左右したのは、人間性であり、人格だった。すべての会社がそうとはいわないが、結果を重視する外資系でも、そういう姿勢を貫いている会社もあるのだ。

 
 また、最近流行の「チェンジ」「チャレンジ」に不可欠なリスクテイキングの覚悟について。

 
(p20より引用) 誰もリスクをとらない会社は、実は最もリスクの大きな会社なのだ。・・・ビジネスの世界での現状維持は、実際には後退を意味する。

 
 その他にも、著者の長年にわたる経験から、多くのスパイスの効いたアドバイスが開陳されています。

 
(p164より引用) コミッティがたくさんあるということは、通常の組織がうまく機能していないということを暴露しているにすぎない。通常の組織が機能不全に陥っているのだ。

 
 著者のいうコミッティとは、タスクフォースやプロジェクトチームといった特別の組織のことです。機動的な対応を目的とした、こういった部門横断的な組織はどの企業でもみられると思います。
 が、著者の考えは、明確に「否定」です。

 最後に、私自身も笑うことができない実際ありそうな風景です。
 「自責と他責」に関わるやりとりです。

 
(p61より引用) ある企業で講演をしていたとき実際に私が経験した話だが、「会社の中に自責の風をまっさきに吹かすべきなのは誰か」という質問にこう答えた部長がいた。「社長から」。立派(?)な他責発言である。もちろん、正解は「自分から」である。

 
 いつも気にしようと心がけていても、咄嗟の反応で意識の甘さが出てしまいます。
 「人には厳しく、自分に甘く」というのは本能レベルで刷り込まれているので、あらゆる機会を捉えて振り返らなくてはなりません。
 自戒です。
 
 

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高等学校から (羊の歌‐わが回想‐(加藤周一))

2009-02-15 15:27:24 | 本と雑誌

 1936(昭和11)年、二・二六事件が起こった年の4月、加藤氏は第一高等学校に進学しました。
 理科の学生でしたが、文芸に対する関心は益々高まります。

 加藤氏は、当時すでに文壇にて一定の地位を築いていた横光利一氏を講演に招きました。
 講演の後、横光氏を囲んでの有志の集まりがあり、そこで、氏と学生との間で激しい議論が交わされたそうです。学生たちは自己増殖的に興奮していきました。

 
(p158より引用) そのとき横光氏には、徒手空拳、拠るべき堡塁が、文壇の名声と、権力のつくりだした時流以外には何もなかった。信念-それにちかいものはあったかもしれない。しかしほんとうに信じていることと、信じていると信じようとしていることとは、ちがうのであり、誰よりも横光氏自身がその違いを感じていたにちがいない。

 
 後になっても、横光氏はその時の議論を気にやんでいたといいます。
 後年、それを伝え聞いた加藤氏は、自らの未熟さに自責の念を感じていたようです。

 
(p159より引用) 無名の学生が、あれほど高名な「大家」に、何らかの傷手をあたえ得るだろうとは、想像もしていなかったのである。傷手をあたえることができたとすれば、それは相手が傷手をあたえる必要のない人間だったからであろう。・・・傷手をあたえる必要のある人間に傷手をあたえることは、私たちにはできなかった。
 横光利一氏は駒場に招かれた客であった。ヒトラー・ユーゲントの一隊は、招かれざる客であった。私たちはみずから招いた客と激論したが、招かれざる客には白眼を以て応じ、相手にもしなかった。

 
 本書の最終章は、「八月一五日」。
 この日は、加藤氏の人生の中でも特別の日でした。

 
(p221より引用) 私にとっての焼け跡は、単に東京の建物の焼き払われたあとではなく、東京のすべての嘘とごまかし、時代錯誤と誇大妄想が、焼き払われたあとでもあった。・・・しかしもはや、嘘も、にせものもない世界-広い夕焼けの空は、ほんとうの空であり、瓦礫の間にのびた夏草はほんとうの夏草である。ほんとうのものは、たとえ焼け跡であっても、嘘でかためた宮殿より、美しいだろう。私はそのとき希望にあふれていた。

 
 その他、高等学校時代の追想の中で、微笑ましく印象的だったのは、真面目な学生でなかった著者たちに対する独作文のペツォルト教授の怒りの台詞です。

 
(p126より引用) 老人は英独日本語を混ぜて「おまえたちは偉い人ではない」といった、《You are nicht erai hito! 》 

 
 

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中学校まで (羊の歌‐わが回想‐(加藤周一))

2009-02-14 16:51:53 | 本と雑誌

 加藤周一氏の著作は、「吉田松陰と現代」をはじめとして何冊か読んでいます。

 本書は、先に読んだ鶴見良行氏による「バナナと日本人」と同様に、岩波新書創刊70年記念の企画「私のすすめる岩波新書」というコーナーで紹介されていたので手にとったものです。

 内容は、加藤氏自らが記した半生の記録で、幼い頃から終戦期までを対象としていますが、それ以降は、続編も出ているようです。
 体裁は1テーマ10ページ程度のエッセイ集という趣きで、興味深いエピソードが満載ですが、その中で特に私が関心を持った部分を紹介します。

 まずは、加藤氏の「評論家」としての萌芽が感じられるフレーズです。

 
(p25より引用) 私は、すべての宴会なるものに対して私自身がいつも他処者であるほかはないのではなかろうか、ということに気がついた。その考えは、後悔でも、口惜しさでも、悲しみでもなかったが、一種の決断を迫るものにはちがいなかった。

 
 幼い頃の田舎での集まりの記憶と、後のメキシコ・シティでの光景とが重なって、自分が「観察者」であることを意識した瞬間があったようです。

 もうひとつ、少年時代、病がちだったこともあり、周囲との直接の接触の機会も少なかったようです。
 その中で加藤少年は、読書を通じて純粋培養的な思想を育みました。

 
(p44より引用) 私は好奇心に溢れていて、しかも周囲の世界とは何らの交渉ももっていなかった。世界は変えられるためではなく、まさに解釈されるためにのみ、そこにあった。・・・その後ながく私は、世界が解釈することのできるものだということ、世界の構造には秩序があるということを、決して疑ったことがなかった。

 
 幼稚園にも通いましたが、そこでも馴染めなかったといいます。そして小学校でも同じでした。

 
(p48より引用) 小学校の校庭で遊びに加わることを望まなかった私は、児戯のばかばかしさに閉口していたのである。しかし子供は子供の役を演じるほかはない。したがってばかばかしさは、自分自身にも向けられざるをえないだろう。それは自己嫌悪の一歩手まえである。-ということを、理解していたのは、むろん当人ではなく、おそらく父でさえもなく、ただひとりの母親だけであった。

 
 このころ、吉野源三郎氏の名著「君たちはどう生きるか」の主人公コペルくんと同じような体験も描かれていて興味深いものがありました。

 そして、東京府立第一中学校(現・都立日比谷高校)時代、芥川龍之介を耽読しました。
 そこで受けた「芥川の一撃」です。

 
(p98より引用) 「軍人は小児に似ている・・・」と芥川が書いたのは、1920年代である。・・・学校でも、家庭でも、世間でも、それまで神聖とされていた価値のすべてが、眼のまえで、芥川の一撃のものに忽ち崩れおちた。それまでの英雄はただの人間に変り、愛国心は利己主義に、絶対服従は無責任に、美徳は臆病か無知に変った。私は同じ社会現象に、新聞や中学校や世間の全体がほどこしていた解釈とは、全く反対の解釈をほどこすことができるという可能性に、眼をみはり、よろこびのあまりほとんど手の舞い足の踏むところを知らなかった。

 
 

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ビジネスマンのための「数字力」養成講座 (小宮 一慶)

2009-02-13 22:51:45 | 本と雑誌

 タイトルに惹かれて、どんな内容なのか興味を持って読んでみました。

 「数字」と付き合うための「基本中の基本」が分かりやすく説明されています。
 著者の薦めるポイントは、目次に凝縮されています。

 まずは、「『数字』の見方の七つの基本」。

  1. 全体の数字をつかむ
  2. 大きな数字を間違わない
  3. ビッグフィギュアを見る
  4. 大切な小さな数字にはこだわる
  5. 定義を正確に知る
  6. 時系列で見る
  7. 他と比較する

 
 そして、数字を読む際の留意点として「数字力を阻害する六つの罠」。

  1. 主観の罠
  2. 見え方の罠
  3. 常識の罠
  4. 統計の罠
  5. 名前の罠
  6. 思い込みの罠

 
 最後に、数字を上手に扱うための「五つの習慣」。

  1. 主な数字を覚える
  2. 定点観測をする
  3. 部分から全体を推測する
  4. 数字を関連づけながら読む
  5. 常に数字で考える

 
 正直なところ、この「目次」だけでも7~8割りがた事足りる感じすらします。

 著者の主張の中で、私が最も大事だと考えているのは「定義を押さえる」という点です。

 
(p80より引用) 数字を見るには、まずは、その数字の定義をきちんと知っている必要があります。
 定義を「覚える」のではありません。「理解して知る」ことです。

 
 数字で考えたり議論したりする場合、現実的には、数字の「定義」が明確になっていないことから、ほとんどの場合、思い込みや同床異夢が発生しています。
 「単位」や「分子分母」も確かめず、指標をもって意思決定の議論をしている場合すらあります。

 そういう実態もあるので、本書が想定している初心者レベルからの啓蒙が必要なのかもしれません。

 最終章にて、著者は、「数字の効用」についてこうまとめています。

 
(p126より引用) おもな数字を覚えておくことによって基準を持つことができます。
何か基準になるような数字を一つ二つ知っているだけで、世の中全体が見えやすくなります。
自分たちのパフォーマンスが良いのか悪いのかということが分かるようになります。

 
 本書で紹介されている内容は、数字を扱う上での「基本動作」です。
 あまりにも当たり前のことでもあり、本書を手に取った読者によっては、正直言って物足りなさを感じるかもしれません。
 
 

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1万円の世界地図 (佐藤 拓)

2009-02-11 14:21:35 | 本と雑誌

Rwanda  たまたま図書館の書架で目についたので読んでみた本です。
 「読み物」というよりも、テーマごとに次々に統計データを示し、それにサクサクとしたコメントが加わったデータ集のような体裁です。

 さて、いくつかの統計データからみた日本は、裕福さという点では世界のトップ集団にあるようです。
 ただこれは平均値の議論です。

 
(p76より引用) 国際比較をおこなってきたなかで、国際間の大きな経済的格差がかいま見えてきた。・・・「一人あたりの可処分所得が高い都市ランキング」では、スイスのチューリッヒとインドのデリーでは16倍近くもの開きがある。
 もっとも、それは国民・市民の平均所得を比べてのことであって、そこに住む個人に焦点を当てれば、経済格差の問題はさらに深刻化する。

 
 本書では、経済・教育・医療といった統計データから、世界に広がる「格差」の実態も紹介しています。
 そこで示された数字は、改めて「世界の歪み」の現実を認識させるものです。

 
(p110より引用) 教育を受けられない状況は、貧困を固定化し、そこから抜け出す道を途絶させている。
 国連では現在、子どもを小学校に通わせるために、学校で給食を配るプロジェクトを進めている。
 給食を配ることで、親は子どもに与えるべき栄養を、少なくとも一日に一食分は確保することができ、それが子どもを学校に通わせる最大の動機の一つとなるのである。

 
 翻って、日本です。

 本書の書かれた当時、日本の国民総所得は世界第2位。
 ただ、国民一人あたりの国民総所得となると11位、さらに労働生産性となるともっと下位に甘んじるようです。

 
(p132より引用) 労働生産性は、各国のGDP(国内総生産)を全労働者の総労働時間で割って求めたもの。・・・
 日本の労働生産性はOECD30カ国のうち、20位という低さである。

 
 著者自ら、「前書き」で統計のマジックについて指摘しています。

 
(p7より引用) もっとも、統計には主観や恣意がつきものである・・・評価のもととなった数字そのものは正しいとしても、集められた数字のうち、どれを採用してどれを捨て去るか、あるいはどれに重きをおきどれを軽視するかによって、・・・順位なんぞは容易に入れ替わるからだ。

 
 数字をどう使うか。
 数字により隠れた実態を顕にすることもできれば、表したい実態?に合わせて適宜の数字を選ぶこともできます。

 数字との付き合い方は、侮りがたく一筋縄ではいきません。
 
 

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27人のすごい議論 (『日本の論点』編集部)

2009-02-08 18:50:07 | 本と雑誌

 いつも読書の参考にさせていただいている「ふとっちょパパ」さんが紹介されていたので読んでみました。

 いくつもの興味深いテーマについて、27名の論者による代表的な意見がコンパクトに提示されています。

 それぞれの主張内容も面白いものでしたが、立論の方法という点でも学ぶべきところが多くありました。
 たとえば、「生物多様性」の議論にあたっての池田清彦氏の立論に見られた「議論の出発点の明確化」の実例です。

 
(p33より引用) まず、はっきりさせておかなければならないことは「生物多様性の保全」そのものは政治であって科学でないことだ。それは、この世界にたくさんある価値の一つにすぎないのであって、最重要な価値でも絶対的な価値でもない。そのことをきちんと理解しないと、「生物多様性の保全」のためなら何をしても許される、という原理主義になってしまう。

 
 本書にてとり上げられた論者は、際立って個性的な方が多いのですが、その中から、私が、特に個々の主張として迫力を感じたものご紹介します。

 まずは、「国家の品格」がベストセラーとなった数学者藤原正彦氏の主張です。

 「産学連携は国益にかなうか」というテーマについて、歯切れの良い立論を展開します。

 
(p78より引用) 経済復興が自明の国家目標となっている。国家目標となれば、一億火の玉の国だから、すぐに「そのためなら何でもする」ということになる。不況の本質が、政官財学の専門家によってさえ完全に把握されているとは、とても思えないのに、「改革」の旗が狂ったように暗闇の中を突っ走る。
 方向を失っているから、とりあえず経済好調のアメリカを真似よう、ということでアメリカ化がすさまじい勢いで進行する。・・・かくして市場経済、規制緩和、競争社会など歴史的誤りとなりそうな思想が、十分な吟味を経ないまま跋扈する。

 
 この主張は、現在の結果(経済状況や雇用情勢)を見てなされたものではありません。2002年時点でのものです。

 同じ章で、「大学の在り様」についても、藤原氏はこう断言しています。

 
(p84より引用) 大学は産業にすぐに役立つ人材の製造工場ではない。本来、文化としての学問を研究教育する場である。

 
 もうひとつ、ポップカルチャー・アーティストとして有名な村上隆氏の強い主張です。

 
(p258より引用) 私は「幼稚受け」をねらい、さらに幼稚化してゆくことこそ、今後の日本文化を牽引する哲学であるということを「幼稚力」という言葉に乗せて、世界にプレゼンテーションしてゆこうと思う。・・・その結果を見つめ続けて欲しい。そうすれば、外来のブランドの理解できぬ権威に溺れることなく、自分の価値観のみで飢えや渇きを癒せるときが、すぐそこに見えるはずだ。
 幼稚力は、戦後、外部から与えられた価値観で成長し、ついに行き詰まった日本の、起死回生、自前の特効薬でもあるのだ。

 
 自己の確固たる自信に裏打ちされた、気持ちのいい自立の表明です。
 
 

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宮内流雇用政策 (経営論 改訂版 (宮内義彦))

2009-02-06 22:15:56 | 本と雑誌

 昨年末から急激な景気悪化の波を受け「雇用」問題が大きくクローズアップされています。
 アメリカ流資本主義を説く宮内義彦氏の「雇用」についての考え方です。

 まず、宮内氏は日本的雇用の代名詞である「終身雇用・年功序列」について、以下のような基本的な考え方を示しています。

 
(p182より引用) 日本的経営の特徴の一つは、終身雇用と年功序列といわれるものでした。・・・
 どちらも従業員のその時々の能力、あるいは企業への貢献とは直接関係しない制度です。後者の年功序列はすでに消えていく存在ですが、終身雇用にはこれからの知識社会に応用できる要素も含まれています。

 
 今後の知識社会では、企業内の「知の創造と継承」が重要になります。

 
(p183より引用) 知識社会では、たゆまぬ創造性を発揮しなければ企業は存続できないでしょう。このため、コア社員には長い期間、従来の日本型雇用のように定年まで働いてもらう必要があります。連綿とした知識創造のノウハウを「暗黙知」として組織内で継承して、そうした作業の継続を企業の社風にまで高めるような役割が求められます。

 
 宮内氏は、知識社会における企業内の人的資産の流動は柔軟でなくてはならないと主張します。

 
(p184より引用) さらに重要なのは、知の創造をするコア作業に個々の社員が参加する自由を組織が持っていることです。たとえパートタイマー(=外辺社員)として働き始めたとしても、「意欲を持って知の創造に参加しているうちに、いつのまにか知の創造の中核機能を担うようになり、本人の希望次第でいつでもコア社員へと転換できる」といった柔軟な仕組みを持つことは、これからの企業組織にとって必要なことです。それを許す社風作りも同様です。

 
 と、このあたりまでの主張は、私としても首肯できるものです。
 さて、こういった「知識創造企業」における人材(人財)戦略を、「コスト」という側面から見たとき、少々雲行きが変わってきます。

 
(p188より引用) これまで固定費と見なされていた人件費を変動費にすることができれば、経営に弾力性が加わります。・・・
 たとえて言えば「鉛筆型の人事戦略」です。つまり、コア社員の数を鉛筆の芯のように細くする一方、その周りを取り囲む木の部分は成功報酬型の社員、さらにその周りにパートタイマーやアウトソーシング(外部への業務委託)で編成します。そして必要に応じて、芯を囲む木の厚さを調整できるようにしておくわけです。

 
 「固定費の流動費化」という手法は全く間違いだとは言えないでしょう。
 考え方が分れるところは、「流動」の振れ幅です。「流動」ではじき出されるのは、生活基盤の脆弱な「雇用弱者」です。

 
(p195より引用) 弱者に対するセーフティネットの必要性は当然ありますが、これは働く人の19%を組織している労働組合の役割というよりは、失業者対策や転職訓練、シビルミニマムの整備など働く人々すべてに共通のインフラを社会全体が作るべきでしょう。

 
 宮内氏の基本的な考えによると、労働力は数ある経営資源のone of themに過ぎません。
 企業は労働力を利益創出のために都合よく活用するが、不要になって放出したその後の対策は、「社会」が担うべきだということのようです。

 この「社会」には、当事者である「企業」も入るはずですが、どうも宮内氏の議論からは、そう聞こえてこないのです。
 
 

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アメリカ流株主資本主義 (経営論 改訂版 (宮内義彦))

2009-02-03 22:18:32 | 本と雑誌

 著者のオリックス会長宮内義彦氏は、規制改革・民間開放推進会議(平成19年1月に終了)議長も歴任した市場経済推進派の論客でもあります。

 本書は、その宮内氏が自らの主張を「経営論」として著したものです。
 経済政策としての是非の議論はあるとしても、経済初心者にも分かりやすい語り口で読みやすい内容です。

 宮内氏は、本書において「市場経済」の利点を縷々述べていますが、もちろん、その課題についても言及しています。

 たとえば、競争に敗れ淘汰された企業が産み出す「失業者」の問題があります。

 
(p45より引用) 市場経済には失業者という社会的弱者を生む弊害があります。しかし一国の経済のなかでは市場原理によって大きくなったパイを削って弱者救済に回すことで、こうした弊害を和らげて、より良い社会を作ることができます。どんな社会を作るかは、経済のパイが大きくなるほど、その選択の幅が広がります。

 
 ただ、最初から「弱者救済策」を講じるのではなく、弱者を生み出してからの事後対処のような印象は拭えません。

 また、市場経済のグローバル化による「国家間の経済格差」の問題にも触れています。

 
(p48より引用) 特に地球規模の環境問題は一国内だけの問題ではありあませんから、経済発展の結果生じる弊害として大きな関心を集めています。こうした環境問題も含めて、グローバル化による市場経済の弊害を是正するルールを確立することが大きな課題といえるでしょう。

 
 宮内氏は、「株主資本主義」の信奉者です。
 その宮内氏の立ち位置から見ると、日本の株式会社の在り様は特異なものに写ります。

 
(p92より引用) 企業のオーバー・プレゼンスは、世界でもあまり例を見ない独特のステークホルダー資本主義を生み出しました。利害関係者のすべてに善かれとするステークホルダー資本主義は、株主資本主義に比べて効率が良いとはいえません。これからの日本企業は、「効率よく富を創造して社会に貢献する」という株式会社本来の守備範囲に戻るべきです。

 
 最後の文は、宮内氏流には、「効率よく富を創造して『株主』に貢献する」と表すべきではないかと思います。

 もちろん、「株主重視」は間違った考えではありません。
 ただ、 株主の意向に沿った経営が絶対的に常に正しいかどうか。「正しい」とされることは、「誰にとって」という「判断軸」の違いにより普遍的ではありません。

 確かに「出資者」という面からいえば、株主は会社の所有者です。だからといって、単純に、「会社は、会社の所有者である株主の意向を反映しさえすればよい」という主張にはどうも納得できません。
 当然、株主は複数名います。その中の多数派の株主の意見が無条件に尊重されるのでしょうか。

 株主は「利益」を求めます。とはいえ、何を差し置いても利益追求することが企業の究極の目的とは言えないでしょう。法を犯すことは論外ですが、環境に悪影響を与えても、労働不安を惹起させても、消費者を欺瞞しても・・・、それでも利益を追求せよと強要する株主が多数派であるとすると・・・。

 宮内氏の主張は、ともかく「効率」重視です。
 それは「出資者たる株主の投資効率を最大化」させるためです。

 
(p222より引用) 「企業の社会的な役割が経済価値の創出のほかに存在する」と言っているのではありません。企業が存在している理由は経済的価値をより効率的に生み出すことです。

 
 このあたりの価値観も含めて、先に読んだ「若者のための政治マニュアル」で語られている山口二郎氏の主張と比較するとその対比は際立ちます。

 議論の振り子は大きく振れます。
 昨年来の世界的不況の発信地がアメリカだったことは、「株主資本主義」の行き過ぎがもたらす負の側面の現出ゆえと言えるのでしょうか。

 ある協会の新年賀詞交歓会で、上原征彦氏は、「金融資本主義から関係性資本主義へ」とのコンセプトを紹介していました。
 上記のステークホルダー資本主義にも通底する面白い考え方です。
 
 

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日本語は死にかかっている (林 望)

2009-02-01 18:51:15 | 本と雑誌

 著者の林望氏ですが、恥ずかしながら本書を読むまでは英文学者だと思っていました。
 ご専門は、日本書誌学・国文学とのことです。

 さて、本書ですが、言葉の専門家である林氏による「美しい日本語」への指南書です。また、昨今の日本語を俎板に載せたリンボウ先生の楽しいエッセイでもあります。

 簡単に「ことば」といっても、林氏は、発せられる前の「中身」が重要だと説きます。

 
(p20より引用) 分析して考えてみると、ことばというのは、まず何か心の中に、ぜひこれを人に伝えたい、このことをぜひ言い表したいという「核」があり、そしてそれをどういう表現で言ったら一番相手に伝わるだとうかという「思考」があって、それから、自分の脳みその中に蓄えられているさまざまなボキャブラリーの中から最も適切なものを「選択」し、組み立てて、そうして誤りなく話したり書いたりする「表現」、この四段階から成っているわけである。

 
 林氏は、本書のいたるところで、日本語を悪くした元凶として「テレビ」を挙げています。

 
(p23より引用) ろくに漢字の読めないアナウンサーが、言葉を知らない放送作家の書いたものを読み、それを志の低いプロデューサーやディレクターが製作している、それが現今のテレビである。もう日本語を悪くするためにやっているとしか言いようがないのだ。

 
 私は最近あまりテレビは見ないのですが、確かに「伝えることば」のプロフェッショナルとしてのアナウンサーは減りましたね。バラエティ系の番組は見るに耐えませんし、好きなサッカー中継もボリュームを絞りきって画像だけ見ている状態です。

 本書で、林氏は「美しい言葉づかい」に向かった心構えをいくつも説いています。
 そのうち、私の自戒もこめて、なるほどと思ったいくつかご紹介します。

 まずは、ことばに表れる傲慢な態度について。

 
(p75より引用) 自分の態度やことばづかいに偉ぶったところがないか、とそういう反省自省は、いくらしてもし過ぎるということがないのである。

 
(p159より引用) 傲慢な人ほど、自分は謙遜だと思い、謙遜な人ほど自分は傲慢だと思っているというところがあるのである。人の心の皮肉な真実がそこにある。

 
 また、「ことばは聞く人あってのものだ」という当たり前のことの再認識について。

 林氏の説くスピーチや会話の秘訣は、「相手が聞きたいことを話す」ということです。これは書き物でも同じです。
 そして、そこには「自分に対する客観性」が求められるといいます。

 
(p94より引用) 自分が話す時に、話していることを相手がどう聞くかということを、客観的に聞いている、「もう一人の自分」が必要だということである。
 客観性というのは、ことばの表現の上で、じつはもっとも重要な要素である。・・・
 自分だけが面白がって書いている文章は、つまらない。・・・
 それには、自分の文章を常に自己批判する視線と意識がなければならない。

 
 最後に書き留めておくのは、本書を読んで私が最も面白いと感じた「遣り句」という連歌での技法?についてです。

 「遣り句」とは、連歌の連なりが煮詰まった際に、流れを変えるために放り込む確信犯的な「内容空疎な一句」のことだそうです。

 
(p210より引用)) こういう遣り句が詠める人は、ほんとうの達人である。あらゆる句の詠み方を知っていて、そしてそこに一座している人たちの能力を全部把握できて、そして煮詰まってきたかどうかの、座の空気が読める。

 
 蓋し達人という感じがしますね。
 常日頃の会話の場でも、こういう機転のきく名手に少しでも近づきたいものだと思います。
 
 

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