この世界の憂鬱と気紛れ

タイトルに深い意味はありません。スガシカオの歌に似たようなフレーズがあったかな。日々の雑事と趣味と偏見のブログです。

公共の場。

2006-03-09 22:46:34 | 雑事
ブログや日記、その他掲示板などのコンテンツも含め、個人的なサイトは公共の場である、という考え方があるみたいです。
なるほどなーと思わないでもないですが、個人的な意見を述べさせてもらうと公共の場であると同時に、サイトはそれ以上に個人の家だと思います。
外から自由に覗き見できて、さらに鍵や戸締りの一切ない家です。

無論個人の家であっても守らなければいけないルールはあります。
例えば、
「ここは俺んちなんだから、大麻の栽培ぐらいやってもいいじゃん!」とか、
「ここは俺んちなんだから、幼女を連れ込んでイタズラしたっていいじゃん!」とか、そんなのは言うまでもなくダメに決まってます。
でも「俺は家では三食カレーを食うことにしてるんだよ!」(自分のことではありません。)とか、
「俺は家ではすっぽんぽんで過ごしたいんだよ!」(これも違いますよ?笑。)ぐらいのことは個人の勝手じゃないでしょうか?
もちろんすっぽんぽんのまま外をうろつかれたり、他人の家に上がり込んだりするのは論外ですけど、自分の家で自分がもっともくつろぐスタイルでいて、それがそんなに責められなければならないことでしょうか?例え外から覗き見されることが前提の家であったとしても。

でも中には「三食をカレーだなんて非常識だ!」とか「例え自分の家であってもすっぽんぽんだなんて許されない!」というのと同じレベルのいちゃもんをつけてくる人がいたりして、そういうのに嫌気が差して、ブログや日記の記事で中道的で差しさわりのない意見しか言わない、明るいネタしか採用しない、みたいな風潮があるようです。
いいじゃんねぇ、って思います。たまにはとんがったことを言っても、愚痴を漏らしたり、弱音を吐いたりしても。
全然構わないことですよね?
毎日いいことばかりだから、日記も明るい話題の記事しかない、というのは自然ですけど、いいことと悪いことが起きる確率は半々ぐらいだけど、暗い話題をネタにすると第三者から不快に思われるかもしれないから書かない、っていうのはすごく不自然なことではないでしょうか。
すごく落ち込んだ日に無理矢理明るい文章で日記を書くのは変だし、いいことがあった日だけ記事を書く、みたいなスタンスだと空白の日が多くなるんじゃないでしょうか?
もちろん記事を書く気力も湧かない日でも記事を書け、っていってるのではありません。
でも、あまり更新日に間が空くと、あれ、この管理人の人に何かあったのかな、って常連だったら心配しちゃうものですから。

不特定多数の第三者の目を気にするのもわかりますけど、特定少数の誰かのために記事を書くってことも大切なのではないでしょうか。
コメント (5)
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