この世界の憂鬱と気紛れ

タイトルに深い意味はありません。スガシカオの歌に似たようなフレーズがあったかな。日々の雑事と趣味と偏見のブログです。

笑わない王子様。

2006-03-10 23:27:48 | ショートショート
 昔々、遠い昔のこと、あるところに笑わない王子様がいました。
 王子様もまだ幼い時分にはよくお笑いになられたのですが、十を過ぎ、身体が大きくなる頃には滅多に笑みを浮かべることもなくなり、十五となった今ではもう感情を表に出すことさえほとんどありませんでした。
 そんな王子様のことを憂いた王様が国中に、見事王子を笑わせることに成功した者には金貨五百枚を与えるものとする、というお触れを出しました。
 そのお触れを見た、人を笑わせることに自信を持つ者たちがこぞって王宮へとやってきました。
 王宮の庭を埋め尽くす人たちに、王様が高らかにこう宣しました。
 お前たち、見事王子を笑わせた暁には、その者に、金貨五百枚を褒美として取らせよう。だが、誰一人として笑わせること叶わぬときは、罰として、しくじった者全ての首を刎ねるものとする、と。
 その言葉に庭を埋め尽くしていた人たちは、まるで蜘蛛の子を散らすかのようにどこかに消えてしまいました。
 皆、王様が決して言を違えぬことをよく知っていたのです。
 残ったのは道化師、大道芸人、行商人、踊り子、哲学者のたった五人でした。
 まずその中からまず道化師が一番手に名乗りを挙げました。
 道化師はよたよたとした動きで王子様の前に進み出ると得意の芸を披露しました。
 それは王様を始めとして王宮にいた者を皆、腹を抱えて笑わせるほど滑稽なものでしたが、王子様は冷たく一瞥くれると、もうよい、下がれ、と道化師に言い放ちました。
 すごすごと引き下がる道化師と入れ代わって今度は大道芸人が王子様の前に現れました。
 大道芸人の芸もそれはまた見事なもので、見る者全てが感嘆の声を上げずにいられませんでしたが、王子様はやはり退屈そうに、下がれ、と言って手を振りました。
 その次の行商人の語る話は、まこと血沸き、心躍る、聞く者が思わず身を乗り出さんばかりに面白いものでしたが、今度も王子様は興味なさげに、下がれ、と同じ台詞を三たび繰り返すだけでした。
 それまでの男三人とは打って変わって、踊り子は妖艶な舞いを王子様に披露しました。 その舞いは男であれば誰もが思わず鼻の下を長くせずにはいられないほど艶かしく、あでやかなものでしたが、王子様は今度は言葉すら発さずに、まるで犬を追い払うかのようにシッシッと二度手を振っただけでした。
 がっくりと肩を落として王子様の前から去る踊り子と入れ代わりに、最後に残っていた哲学者がやってきました。
 慇懃無礼に深く頭を垂れる哲学者の姿に、道化師と大道芸人と行商人、そして踊り子の四人は自分たちの命もこれで終わったと深くため息をつきました。
 とても哲学者が王子様の喜びそうな芸を身に付けているとは思えなかったのです。
 頭を上げた哲学者はすすっと王子様のそばに歩み寄ると、他の誰にも聞き取れないほど小さな声で二言三言、何かを耳打ちしました。
 するとどうでしょう、それまで表情一つ変えなかった王子様がたちまち相好を崩し、にっこりと微笑んだのです。
 その様子を見ていた王様は、見事じゃ!とパンパンと手を鳴らしました。
 深々とお辞儀をする哲学者に、王様はどうやって王子を笑わせることが出来たのかと尋ねました。
 すると哲学者はさらに深く、それこそ地面に額がつかんばかりに深く頭を下げ、この魔法の言葉は秘伝中の秘伝、一日に二度口にすれば我が身が呪われまする、と何と言ったか決して明かそうとはしませんでした。
 頑なな哲学者の態度に、一瞬王様は不愉快そうに顔をしかめましたが、まぁよい、とすぐに機嫌を直しました。
 約束の金貨を前に、道化師たち四人を呼び寄せた哲学者は彼らに金貨を百枚ずつ与え、こっそりとこう言いました。
 決して今日あったことを他言してはならぬ、そして少しでも早く王宮を立ち去るように、と。
 哲学者の言葉に四人は首をひねりましたが無論金貨をもらえるならば不服があろうはずもなく、宴の最中、五人は人目を忍ぶようにして王宮を去りました。
 その夜遅くのこと、密かに寝室を抜け出した王子様は王様を弑しました。
 王様の悲鳴を聞いて駆けつけた警護の者に、王子様は穏やかな笑みを浮かべながら言いました。
 これでこの国は救われる、だとしたら、私の命ぐらい安いものだ、と。
 一ヶ月後、父王殺しの罪で王子様は磔刑に科せられましたが、磔にされてなお、その顔から微笑みが消えることはありませんでした。
 王子様の処刑の報を耳にして、哲学者は、王子は悪王を殺したが、自分は善王となる者を殺してしまったのではないか、と自らに問い掛けました。
 あの日、笑うことを忘れてしまった哀れな王子に、自分が悪魔の囁きをしなかったら・・・。
 そのことを想像すると深い悔恨に襲われ、以後哲学者は生涯二度と笑うことがなかったといわれています。
コメント (4)
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