団塊の世代の世間話

60年を生きてきた思いを綴った「ゼロマイナス1 団塊の世代の世間話」を上梓し、その延長でブログを発信。

官僚の不祥事どう止める

2008-09-22 13:35:22 | Weblog
 日曜日の午前中に放映する政治家の日曜討論を見ていたが、やはり建前に終始していた。それというのは、今回の農水省の不祥事。
 太田大臣や事務次官が辞めて、責任についての処理は終わったようだが、これまでいつも官僚の不祥事に、大臣が責任をとって辞任してきた。
 省庁のトップが大臣であるからしかたがないが、実際のところ在任何日、何ヶ月の大臣が、その省庁のことを隅々まで分かっていたのか。実態はお飾りで、自分の在任中は問題を起こすな、というのが、おそらく就任第一声ではないだろうか。
 だから、大臣が責任をとって辞めても、問題の所在があいまいになるだけで、なにも解決されているわけではない。
 もし大臣に有効性があるとしたら、それはその省庁に属していない第三者である、ということだ。つまりいい意味で、その省庁とそこに働く官僚を客観的に見ることができる。だから、外務大臣の田中真紀子も防衛大臣の小池百合子も大喧嘩した。
 その第三者がいることによって、緊張関係が生ずる。大臣の方針によっては、官僚もいい加減な仕事では通用しなくなる。
 ならば、第三者を省庁の中に入れる工夫をしたらどうだろうか。地方の議会はオンブズマン制度が有効に働いていてチェック機能があるし、役所は首長が変わることによって問題が解消される。警察官は監察官制度がある。国家官僚にそうしたチェック機能はあるのだろうか。
 もし、ないとしたら、第三者機関の霞ヶ関監視委員会などを作って、各省庁ごとにメンバーを決め、そのメンバーは担当の省庁に自由に出入りさせるようにして、検査や入札の立会い、勤務態度や能率の採点、公聴会の開催ができるようにしたらどうか。
 かつてのコラムでも書いたことだが、PTAの人が学校の授業を自由に参観でき給食も一緒にとれるような開放校にしたら、人の目を意識するようになり、いじめや変な授業はなくなるだろうと指摘したが、きっとなにごとも閉鎖性が、秘密主義になりやすく批判を封じることにつながるのだろう。
 ならば、霞ヶ関や各省庁をもっと開放的にして、第三者が自由にチェックできる仕組みを作るべきではないか。そうすれば、官僚の怠慢や犯罪も減っていくだろう。大臣が頭を下げて辞めて終わり、という姿はもう誰も見たくはないのだ。http://www.blogmura.com/ にほんブログ村

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