7月13日から、ケータイメールのショートメールが他社間でも利用可能になった。つまりドコモからauへでもソフトバンクからドコモへも、携帯番号だけで簡単なメールのメッセージが送れるわけだ。ただし3円程度の料金がかかる。
新聞を見たら、この件についてなんにも触れていない。どうして掲載しないだろう、と考えると、書いてしまうとみんなが試して、またケータイがパンクしてしまうからだろうか。そんなことかどうかは知らないが、これで便利になった。
なかなか携帯電話でも相手のメールアドレスを特別な用件でもなければ、わざわざ聞くことはしない。しかし携帯番号なら、かけてもらえれば簡単に登録できるし、最近は名刺に書いている人も多い。携帯番号が分かっていても、直に電話をかけるのはちょっとはばかられる相手もいる。そんな時に、メールができれば失礼がないように連絡できる。
そんなわけで、使い方はいろいろとメリットがありそうだ。この利用はもっと早く実現していたのだが、大震災で遅れてしまった。待ちに待っていた、というわけでもないが、朝から2~3人の相手にメールメッセージを送って、確認してみた。大丈夫だった。
だからこのブログを書いている。私自身はあまり携帯電話を使うほうではない。どちらかといえば、パソコンメールをもっとも使っている。ケータイでちまちまと文章を書くことはあまり好きではないが、電話ができない相手に、メールを送っておけば安心という使い方は大いにありそうだ。
現代社会はもうケータイ抜きでは考えられなくなってきている。スマートフォンが大いに幅を効かせ、ガラケーの肩身が狭い。
日本のことだから、ガラケーでスマートフォンというのも出てきている。いろいろなタイプのケータイ電話が出て、さらに進化していくことだろうが、ますます人間がバカになっていくことだろう。
あの大震災の夜、こんな不便なものはないと思った。頼っていたものがアテにならない、となるとパニックに陥る。問題はその代替をしっかりと用意しておくことだろう。
それができていなかったから、原発事故も起こった。つまり二次的、三次的な対策を講じておくことが、必要な社会になっている。それが被害を最小にとどめることができる知恵だろう。
いまケータイが使えなくなったら、どうなるのか。まず電話番号が分からなくなる。パソコンにバックアップがあればいいが、人によっては住所録が消える。いろいろと不便なことが起こるが、また昔に戻るだけである。
そう考えれば、あまり深刻になることはない。齢を重ねていれば、昔の生活を知っている。そのどこかに戻り、またいちからやればいい。きっと大震災の被災に合われた方々の多くはそう思ったろう。その覚悟があれば、また進むことができる、とちょっと話がオーバーになってしまった。
「60からのマイソング55」を配信中。。これまでヒットした歌を55曲セレクトしてエッセーにまとめまています。「はじめに・空に星があるように・知床旅情・書き終えて」などをサンプルとしてアップロードしてあります。ぜひご覧ください。「Web写真人」で検索できます。URLはhttp://shashingin.web.infoseek.co.jp
新聞を見たら、この件についてなんにも触れていない。どうして掲載しないだろう、と考えると、書いてしまうとみんなが試して、またケータイがパンクしてしまうからだろうか。そんなことかどうかは知らないが、これで便利になった。
なかなか携帯電話でも相手のメールアドレスを特別な用件でもなければ、わざわざ聞くことはしない。しかし携帯番号なら、かけてもらえれば簡単に登録できるし、最近は名刺に書いている人も多い。携帯番号が分かっていても、直に電話をかけるのはちょっとはばかられる相手もいる。そんな時に、メールができれば失礼がないように連絡できる。
そんなわけで、使い方はいろいろとメリットがありそうだ。この利用はもっと早く実現していたのだが、大震災で遅れてしまった。待ちに待っていた、というわけでもないが、朝から2~3人の相手にメールメッセージを送って、確認してみた。大丈夫だった。
だからこのブログを書いている。私自身はあまり携帯電話を使うほうではない。どちらかといえば、パソコンメールをもっとも使っている。ケータイでちまちまと文章を書くことはあまり好きではないが、電話ができない相手に、メールを送っておけば安心という使い方は大いにありそうだ。
現代社会はもうケータイ抜きでは考えられなくなってきている。スマートフォンが大いに幅を効かせ、ガラケーの肩身が狭い。
日本のことだから、ガラケーでスマートフォンというのも出てきている。いろいろなタイプのケータイ電話が出て、さらに進化していくことだろうが、ますます人間がバカになっていくことだろう。
あの大震災の夜、こんな不便なものはないと思った。頼っていたものがアテにならない、となるとパニックに陥る。問題はその代替をしっかりと用意しておくことだろう。
それができていなかったから、原発事故も起こった。つまり二次的、三次的な対策を講じておくことが、必要な社会になっている。それが被害を最小にとどめることができる知恵だろう。
いまケータイが使えなくなったら、どうなるのか。まず電話番号が分からなくなる。パソコンにバックアップがあればいいが、人によっては住所録が消える。いろいろと不便なことが起こるが、また昔に戻るだけである。
そう考えれば、あまり深刻になることはない。齢を重ねていれば、昔の生活を知っている。そのどこかに戻り、またいちからやればいい。きっと大震災の被災に合われた方々の多くはそう思ったろう。その覚悟があれば、また進むことができる、とちょっと話がオーバーになってしまった。
「60からのマイソング55」を配信中。。これまでヒットした歌を55曲セレクトしてエッセーにまとめまています。「はじめに・空に星があるように・知床旅情・書き終えて」などをサンプルとしてアップロードしてあります。ぜひご覧ください。「Web写真人」で検索できます。URLはhttp://shashingin.web.infoseek.co.jp
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