「ごめんね。ありがとう」
ふわり、と先生は微笑んで……ザッと勢いよくカーテンを開いた。
パパとママとおばあちゃんがビックリしたようにこちらを振り返る。
「あら……あかね先生……」
真っ先におばあちゃんが取り繕った笑顔で先生を見返した。
「わざわざお見舞いに?」
「この度は、このような事故を起こしてしまい大変申し訳ありませんでした」
あかね先生が深々と頭をさげる。あらあらあら、とおばあちゃんが先生の頭をあげさせた。
「そんな、先生のせいじゃないんですから……」
「いえ………」
頭をあげた先生は今度は、パパのことを正面からスッと見た。
ビックリするくらい、キレイな先生。なんだろう? 舞台の上にでもいるような輝きがほとばしってる。
「初めまして。美咲さんの担任をさせていただいてます一之瀬あかねと申します」
「あ……ああ、どうも……美咲の父です」
パパのドギマギした顔、初めてみた。でもすぐに我に返ったように、先生を見返すと、
「もちろん、今回の入院通院費用は学校側で負担してくれるんですよね?」
「はい。指導員を引き受けていただいた際に保険に加入いただいてますので、そちらから……」
「ならいいけど……あれ?」
パパが言葉を止めた。あらためて、あかね先生をマジマジと見ると、
「……もしかして先生なのかな」
「はい?」
みんなが注目する中、パパがカバンの中から封筒を取り出した。
「3日ほど前に、会社に送られてきたんですけどね」
「…………これ」
ママのベットの上に並べられた5枚の写真……。
すべてにママとあかね先生らしき人の姿が写っていた。
マンションに一緒に入っていく二人の後ろ姿。
買い物カートを押しながら楽しそうに話している二人。
駅の改札で見つめあっている二人。
どこかの喫茶店のテラス席にいる笑顔の二人。
どこかの公園のベンチでソフトクリームを食べている二人。
「こんな手紙と一緒にね」
パパが写真の上に投げ出したのは、一枚の紙。
『あなたの奥さん、浮気しています』
うーん。この写り方だとあかね先生が男性に見えないでもない……少し髪長めの男性?格好もTシャツにGパンだし。先生、胸あんまりないし。
それにしても、ママとあかね先生がこんな風にプライベートでも会うくらい仲良しだとは知らなかった……。
「誰がこんな……」
ママは小さくつぶやきながらも、途中で、あ、と言って押し黙った。心当たりがありそうな感じ。
あかね先生は無表情にその手紙と写真を見つめている。
「ここに写ってるの、先生ですよね?」
「………そうですね」
あかね先生が肯くと、パパは、ハハハ、とわざとらしく笑った。
「なんだ。やっぱり浮気なんてありえないと思ったんだ。いやあ、背もずいぶん高いので男性なのかと疑ってしまって。いやいや……ハハハ、そうですか。ああ、バカバカしい。ちょっと心配した自分が情けないというかなんというか……」
なるほど。さっきの「綾を外に出すな」発言は、この写真も影響してるとみた。
パパ、自分は浮気してるくせに、ママの浮気は許せないんだよね。勝手だなあ……。
パパが、いやいやいや……と言って写真をしまいながら首をかしげた。
「しかし、誰がこんな写真を送ってきたろうな。こんなウソの……」
「いえ、ウソではありません」
あかね先生が、パパの言葉を遮った。
あかね先生……何を……?
「あかね……っ」
ママが青ざめる。
あかね先生は一瞬ママの方を見て、小さく何か言った。たぶん、口の形からして「ごめんね」だと思う。
そして、意を決したように再び正面からパパを見返し、よどみなくハッキリと言った。
「綾さんと、お付き合いさせていただいてます」
***
「……は?」
半笑いだったパパの表情が、みるみる硬くなっていく。
「何を言ってる……?」
「先ほど、佐藤さんは『誰でもよかった』とおっしゃいましたよね?」
「何の話……」
さっきのパパの暴言のことだ。家事ができるならだれでもよかったって……。
「私は綾さんじゃないとダメです」
「は?」
「だから、返してください」
「え?」
「綾さんを、私に返してください」
あかね先生の体からオーラが立ち上っているのが見える。近寄れないほどの光…。
話についていけない……。そう思っているのは私だけではない。
「返すって、どういうこと?」
おばあちゃんがアワアワとした感じにあかね先生を振り返った。
「女同士じゃないの。何をふざけたことを……。だいたい教師が教え子の母親と付き合うとかなんとか……」
「あかね先生とお母さんは学生時代付き合ってたんだよ」
「お兄ちゃん!」
いつの間に、お兄ちゃんが病室の中に入ってきていた。
訳知り顔のお兄ちゃん。付き合ってたって……?
「あんたたち、ホント、お母さんのこと何にも知らないんだな」
肩をすくめるお兄ちゃん。
「お父さんと結婚する直前まで、二人は恋人同士だったんだよ。で、今回、美咲の担任と保護者ってことで再会して、焼けぼっくいに火がついたってやつ?」
焼けぼっくいに火? それって、一回別れたカップルが寄りを戻すって意味だよね……。
だったら、それは、違う。 絶対に違う!
「違うよ!」
思わず叫んでしまった。
ビックリしたようにみんながこっちを向く。ただ、あかね先生だけは穏やかな微笑みを向けてくれた。その表情をみて確信した。焼けぼっくいに火、なんてそんな下世話な話じゃない。火は消えていないんだ。
「みいちゃん、違うって何が……」
くらくらした感じのおばあちゃんの手を取って、椅子に座らせてあげる。
「違うんだよ。20年後の約束なんだよ。そうでしょ? 先生」
「………」
あかね先生は静かに目を伏せた。ママは青ざめたまま口に手を当てている。パパは……真っ白な顔をしている。
「おばあちゃん、前に美咲が話したの覚えてない? あかね先生には20年間忘れられない人がいるって話」
「ええ、ええ、覚えてるわ。それが……綾さんだとでも言うの?」
「そうだよ!」
色々なことが繋がった。あの心配しすぎのあかね先生。ママが無事だって分かったときに崩れ落ちて泣いた先生。由衣先生らしき犯人に「殺すよ?」とまで言った先生。おそらく写真を送りつけてきたのは、同じ犯人だと思う。写真の中の二人は、幸せな恋人以外のなにものでもない。それにそれに、前に聞いたママの笑い声。あんな声、今まで聞いたことがない。全部全部、20年前の約束の人だとしたらつじつまが合う。
「先生は別れる時に約束したんだって。20年たったら会いに行くって。その時に幸せでなかったら……」
あ………
自分で言って、穴に落ちていくような感覚に襲われた。
そうだ……幸せでなかったら……
「ママは……幸せじゃなかったんだね……」
「………美咲」
首を振るママ。その瞳に涙がいっぱいたまっている。
「幸せじゃなかったって、なんなんだよ。なんなんだよいったい!」
パパが苛立ったように、ママの肩を掴んだ。
「オレはお前に不自由させたことなんて一度もないだろ。なんの不満があるっていうんだよ、え、綾?」
「……………」
ビクッと震えるママ。あかね先生がすっとパパの腕を掴んで離させた。
「何を……っ」
「今、奥さんを幸せにしていると言いきれるんですか?」
「はあ? あんたに何の関係が……っ」
「幸せだというなら、どうして綾さんはいつも泣いているんですか? どうしてあなたに会うことを恐れているんですか?」
「な………」
パパが口をパクパクさせている。
「普通に考えて、愛人に子供産ませて一日置きにしか帰ってこない旦那なんて最低だよな」
お兄ちゃんが冷たい目でパパをにらみつけた。
「そのうえ、自分の父親の介護を5年も全部押しつけたくせに、それで何の不満がって、どの口がいうんだよ」
「健人、やめて」
小さく言うママ。パパはカッとしたようにお兄ちゃんを睨み返した。
「お前、親に向かってなんだその口のきき方は。誰のおかげで飯食えてると……」
「出たよ。金、金、金。あんたの愛情表現、金だけですか? お母さんのこと不自由させてないって、そりゃ金の面でだけだろ」
「お前………っ」
にらみ合う二人。先に息をついたのはパパの方だった。
「そうだよ。金だよ。金。そんな愛だの恋だの生っちょろいことばっかりで人生やっていけないんだよ」
「そんなの……っ」
「お前はまだ学生だから分からないかもしれないがな、社会にでたら……、え?」
パパが言葉を止めた。
二人が言い合っている間で、いきなり、あかね先生が笑いだしたんだ。何かが切れたように。
「何を笑ってる?」
不審気にパパに聞かれても、先生は肩を震わせている。先生………壊れちゃった?
「先生?」
「ああ………嫌になるなあ……」
まるで舞台の上にいるよう。笑うのをやめ、バサリと髪をかき上げたあかね先生にスポットライトが当たっている。
「私、なんで19年も待っちゃったんだろう。ばっかみたい」
「え……」
「さっさと探し出して奪えばよかった。そうしたらこんな……」
「何を……」
「そうですよね。お金、大切ですよね」
再び、あかね先生がパパを見上げる。
「私もね、この19年間、必死に貯めたんですよ。お金。19年前はお金も生きる術も何も持っていなかったから」
「………」
「19年かけて準備したんです。今なら、綾さんに不自由させることはない」
「………」
「でも、そんなもの……意味なかったな。もっと早く、迎えにくればよかった」
「何を……」
「この19年……どんな思いで……」
うつむくあかね先生。
でも、もう一度顔をあげたときには、強い意志の光をまとっていた。
先生、カッコいい……。
「お願いします」
あかね先生が深々と頭を下げる。
「綾さんを返してください」
先生が絞り出すような声で言うと、パパは力なく椅子に座り込んで頭を抱えてしまった。
先生は今度はベッドの脇にひざまついて、ママを見上げた。
「綾さん、約束する。必ずあなたを幸せにするから、私と一緒に……」
「あかね」
ママが震える手で、あかね先生を制した。
「私……私は、あかねのところにはいけない」
「……っ」
ママ、なんで……っ。
ママは涙をこぼしながらあかね先生を見返し、しっかりとした声で言った。
「私、健人と美咲と離れたくない」
…………は?
私とお兄ちゃん、思いっきり顔を見合わせました。はい。
で、
「………ばかなの?」
思わず、言ってしまった。
え?って顔をしてママがこちらを見上げる。あかね先生はなぜか静かに微笑んでいる。
「ママ、ばかなの? ばかじゃないの?」
「美咲?」
きょとんとしたママにビシッと人差し指を突き刺す。
「どう考えても、20年想い続けてくれたあかね先生と、別の家庭作ってるパパだったら、あかね先生と一緒になったほうが幸せになるに決まってるじゃん。なんでそこに私とお兄ちゃんがでてくんの? 関係ないじゃん」
「だよなあ」
お兄ちゃんも肩をすくめる。
「こないだも言ったけどさ、お母さんってどうしてそう言い訳だらけの人生送ろうとするわけ? オレと美咲のことなんかどうとでもなるじゃん。今、お母さんが誰と一緒にいたいかってことが重要なんじゃねえの?」
「だから……っ」
ママはちょっとムッとしたように、
「だから、私は健人と美咲と一緒にいたいっていってるじゃないの」
「そのことなんですが」
あかね先生が「はいっ」と私とお兄ちゃんに向かって手をあげた。
「健人さんと美咲さんも一緒にきてくれませんか?」
「え」
「そのぐらいの貯えはあります。不自由はさせません。頑張ります」
「先生……」
なにその面白い展開。あかね先生がパパになるってこと? ん? パパじゃないな。ママかな。ママが二人。
「どうでしょう? 健人さん、美咲さん」
「ああ、オレは遠慮しときます」
お兄ちゃんが軽く手を振った。
「どのみちオレ、近々家を出るつもりだったんで」
「え?!」
パパとおばあちゃんが驚きの声をあげる。ママは知っていたみたいでため息をついただけだった。
お兄ちゃんは何でもないことのように続けた。
「大学やめて働こうと思ってる。中島先輩が部屋余ってるから一緒に住もうっていってくれてるし」
「健人、そんな」
今まで黙っていたおばあちゃんがオロオロとした様子でお兄ちゃんを見上げた。
「あなたには大学を卒業したら会社を……」
「ごめん。ばあちゃん。オレ、会社継ぐ気ないから。映像関係の仕事に就きたいんだ」
「健人………」
おばあちゃんもパパも絶句、と言う顔でお兄ちゃんを見つめている。元凶のお兄ちゃんはケロリとした表情で、
「美咲、お前はどうする? どうしたい?」
「美咲は……」
言いかけたところ、いきなりパパにガシッと手をつかまれた。
「美咲は行かないよな? パパのところにいるよな? パパのこと好きだもんな?」
「パパ……」
必死のパパ。あーあ。かっこ悪い……。
「パパだって美咲のこと大好きだよ?」
「…………」
パパに比べたら、あかね先生は何倍も何十倍も何百倍もカッコいい。もう、我慢できない。もう、思ってることぶちまけてやる。
「ねえ、パパ、知ってた? 美咲はねえ、かわいそうな子、なんだって」
「え?」
パパがキョトンとしたすきに、パッと手を引き抜く。パパが泣きそうな顔になっている。でも知らない。
「パパに愛人がいるなんて、かわいそう、なんだって」
「誰がそんな……」
「お友達に言われたの。美咲、全然知らなかったよ。だってさ、ママがいっつもいっつも言ってたから。パパが一番愛してるのは私達家族。モテモテな自慢のパパ。私たちはパパのおかげで良い生活ができている。パパに感謝しましょう。私たちはとても幸せ……ってさ。ママの呪文のせいで自分がかわいそうな子って全然気がつかなかった」
「美咲……」
「愛人に子供生まれてからだって、パパは美咲たちのことを一番に想ってるから大丈夫。何も変わらないってママに言われて、そう思おうとしてた」
「ああ、そうだよ。パパは美咲たちのことが……」
パパがまた手を伸ばしてきたのを、サッと避けてお兄ちゃんの後ろにくっつく。
「だったら、どうして、運動会最後までいてくれなかったの?」
「え……」
「どうして、教頭先生とあかね先生がうちに来ることになったときに、帰ってきてくれなかったの?」
「それは……」
「菜々美ちゃんのパパもさくらちゃんのパパもお仕事切り上げて帰ってきたんだって。鈴子ちゃんのパパなんてお休み取ったんだって。でもパパは、愛人の子供の面倒みるために帰ってこなかったじゃん。お仕事ならともかく、子守りって、ホント笑える」
「みいちゃん……」
おばあちゃんが、顔を覆った。泣いてるの……?
「みいちゃん……ごめんね」
「なんでおばあちゃんが謝るの?」
急いでおばあちゃんのそばにいって、背中をさすってあげる。
大好きなおばあちゃん。おばあちゃんはいつも一緒にいてくれたよね。ママがおじいちゃんにつきっきりの時もパパが愛人の家にいってるときも。
一人ずつ、顔を見ていく。ママ。あかね先生。パパ。お兄ちゃん。そしておばあちゃん。
うん。心は決まった。
「美咲からの提案です」
いうと、みんなが背筋をのばした。子供の私のいうことを必死に聞こうとする大人達。ちょっと笑える。その大人たちにキッパリハッキリ言ってやる。
「パパとママは離婚する。パパは愛人と再婚する。ママはあかね先生のところに行く。お兄ちゃんは中島先輩のとこ。それで美咲は……」
おばあちゃんの手をぎゅっとつかむと、おばあちゃんが、え、というように顔をあげた。おばあちゃんにニッコリとほほ笑む。
「それで美咲は、おばあちゃんと一緒に住みたい。いいかな、おばあちゃん」
「まあ、まあまあ……」
おばあちゃんが笑いながら泣き崩れた。
「いいに決まってるじゃないの。みいちゃん」
「美咲……」
ママがつらそうにこちらをみる。そのママにもニッコリとほほ笑む。
「みんなのアイドルあかね先生がママの恋人だなんて、めっちゃ自慢だよ」
「美咲……」
「もうウソつかないでいいよ。幸せになりなよ、ママ」
いつの間に、窓の外の太陽は夕日に変わっていた。
オレンジ色の光が病室の中に入ってくる。ママとあかね先生を照らす舞台の照明のようだ。
-----------------------------
な……長かった。時間かかった…。
美咲、なんか無理してすごいイイ子ちゃんになってるけど、これで終わるわけなく……まだ美咲の試練は続く。けど、とりあえず、美咲視点終了。
愛人の件に関して。
私の知り合いに奥様公認の愛人がいる人がいます。
本妻の子供たちは、一番上の子は愛人を毛嫌いしてますが、二番目と三番目は認めていて、仲良くしているそうです。
お母さんはむしろ愛人と仲が良いそうで、嫁の愚痴を愛人にこぼしているそうだ。
各家庭、各人、それぞれの考えがありますね……
裏設定として。。。
あかねはお金をためまくってたのですごいケチでした。
でもいつもオシャレだった。なぜならお姉さま方から服のお古を譲っていただいていたから。
そして、学生時代にしていたバーでのバイトも就職後も続けてました。
でもバイト禁止だったので、お手伝いという名目で働き、バイト代は現物支給してもらってたんですね。
バイトは綾さん発見してからやめました。そこに彼女が何人かいたので手を切るためにもね。
で、住んでいるマンションは、木村パパ(実母の再婚相手だった人)が買ってくれたものだったので、固定資産税と管理費と修繕積立金と駐車場代を払うだけですんでました。
なので、給料のほとんどは、貯金とお母さんへの仕送りに使い、あとは上記の住宅費、光熱費、携帯代、ジムの月謝代、少しの食費と日用品にしか使っていなかった、という…。
たまりまくってます。ので、ペイオフ対策大変でした。
はい。そんな感じです。
ふわり、と先生は微笑んで……ザッと勢いよくカーテンを開いた。
パパとママとおばあちゃんがビックリしたようにこちらを振り返る。
「あら……あかね先生……」
真っ先におばあちゃんが取り繕った笑顔で先生を見返した。
「わざわざお見舞いに?」
「この度は、このような事故を起こしてしまい大変申し訳ありませんでした」
あかね先生が深々と頭をさげる。あらあらあら、とおばあちゃんが先生の頭をあげさせた。
「そんな、先生のせいじゃないんですから……」
「いえ………」
頭をあげた先生は今度は、パパのことを正面からスッと見た。
ビックリするくらい、キレイな先生。なんだろう? 舞台の上にでもいるような輝きがほとばしってる。
「初めまして。美咲さんの担任をさせていただいてます一之瀬あかねと申します」
「あ……ああ、どうも……美咲の父です」
パパのドギマギした顔、初めてみた。でもすぐに我に返ったように、先生を見返すと、
「もちろん、今回の入院通院費用は学校側で負担してくれるんですよね?」
「はい。指導員を引き受けていただいた際に保険に加入いただいてますので、そちらから……」
「ならいいけど……あれ?」
パパが言葉を止めた。あらためて、あかね先生をマジマジと見ると、
「……もしかして先生なのかな」
「はい?」
みんなが注目する中、パパがカバンの中から封筒を取り出した。
「3日ほど前に、会社に送られてきたんですけどね」
「…………これ」
ママのベットの上に並べられた5枚の写真……。
すべてにママとあかね先生らしき人の姿が写っていた。
マンションに一緒に入っていく二人の後ろ姿。
買い物カートを押しながら楽しそうに話している二人。
駅の改札で見つめあっている二人。
どこかの喫茶店のテラス席にいる笑顔の二人。
どこかの公園のベンチでソフトクリームを食べている二人。
「こんな手紙と一緒にね」
パパが写真の上に投げ出したのは、一枚の紙。
『あなたの奥さん、浮気しています』
うーん。この写り方だとあかね先生が男性に見えないでもない……少し髪長めの男性?格好もTシャツにGパンだし。先生、胸あんまりないし。
それにしても、ママとあかね先生がこんな風にプライベートでも会うくらい仲良しだとは知らなかった……。
「誰がこんな……」
ママは小さくつぶやきながらも、途中で、あ、と言って押し黙った。心当たりがありそうな感じ。
あかね先生は無表情にその手紙と写真を見つめている。
「ここに写ってるの、先生ですよね?」
「………そうですね」
あかね先生が肯くと、パパは、ハハハ、とわざとらしく笑った。
「なんだ。やっぱり浮気なんてありえないと思ったんだ。いやあ、背もずいぶん高いので男性なのかと疑ってしまって。いやいや……ハハハ、そうですか。ああ、バカバカしい。ちょっと心配した自分が情けないというかなんというか……」
なるほど。さっきの「綾を外に出すな」発言は、この写真も影響してるとみた。
パパ、自分は浮気してるくせに、ママの浮気は許せないんだよね。勝手だなあ……。
パパが、いやいやいや……と言って写真をしまいながら首をかしげた。
「しかし、誰がこんな写真を送ってきたろうな。こんなウソの……」
「いえ、ウソではありません」
あかね先生が、パパの言葉を遮った。
あかね先生……何を……?
「あかね……っ」
ママが青ざめる。
あかね先生は一瞬ママの方を見て、小さく何か言った。たぶん、口の形からして「ごめんね」だと思う。
そして、意を決したように再び正面からパパを見返し、よどみなくハッキリと言った。
「綾さんと、お付き合いさせていただいてます」
***
「……は?」
半笑いだったパパの表情が、みるみる硬くなっていく。
「何を言ってる……?」
「先ほど、佐藤さんは『誰でもよかった』とおっしゃいましたよね?」
「何の話……」
さっきのパパの暴言のことだ。家事ができるならだれでもよかったって……。
「私は綾さんじゃないとダメです」
「は?」
「だから、返してください」
「え?」
「綾さんを、私に返してください」
あかね先生の体からオーラが立ち上っているのが見える。近寄れないほどの光…。
話についていけない……。そう思っているのは私だけではない。
「返すって、どういうこと?」
おばあちゃんがアワアワとした感じにあかね先生を振り返った。
「女同士じゃないの。何をふざけたことを……。だいたい教師が教え子の母親と付き合うとかなんとか……」
「あかね先生とお母さんは学生時代付き合ってたんだよ」
「お兄ちゃん!」
いつの間に、お兄ちゃんが病室の中に入ってきていた。
訳知り顔のお兄ちゃん。付き合ってたって……?
「あんたたち、ホント、お母さんのこと何にも知らないんだな」
肩をすくめるお兄ちゃん。
「お父さんと結婚する直前まで、二人は恋人同士だったんだよ。で、今回、美咲の担任と保護者ってことで再会して、焼けぼっくいに火がついたってやつ?」
焼けぼっくいに火? それって、一回別れたカップルが寄りを戻すって意味だよね……。
だったら、それは、違う。 絶対に違う!
「違うよ!」
思わず叫んでしまった。
ビックリしたようにみんながこっちを向く。ただ、あかね先生だけは穏やかな微笑みを向けてくれた。その表情をみて確信した。焼けぼっくいに火、なんてそんな下世話な話じゃない。火は消えていないんだ。
「みいちゃん、違うって何が……」
くらくらした感じのおばあちゃんの手を取って、椅子に座らせてあげる。
「違うんだよ。20年後の約束なんだよ。そうでしょ? 先生」
「………」
あかね先生は静かに目を伏せた。ママは青ざめたまま口に手を当てている。パパは……真っ白な顔をしている。
「おばあちゃん、前に美咲が話したの覚えてない? あかね先生には20年間忘れられない人がいるって話」
「ええ、ええ、覚えてるわ。それが……綾さんだとでも言うの?」
「そうだよ!」
色々なことが繋がった。あの心配しすぎのあかね先生。ママが無事だって分かったときに崩れ落ちて泣いた先生。由衣先生らしき犯人に「殺すよ?」とまで言った先生。おそらく写真を送りつけてきたのは、同じ犯人だと思う。写真の中の二人は、幸せな恋人以外のなにものでもない。それにそれに、前に聞いたママの笑い声。あんな声、今まで聞いたことがない。全部全部、20年前の約束の人だとしたらつじつまが合う。
「先生は別れる時に約束したんだって。20年たったら会いに行くって。その時に幸せでなかったら……」
あ………
自分で言って、穴に落ちていくような感覚に襲われた。
そうだ……幸せでなかったら……
「ママは……幸せじゃなかったんだね……」
「………美咲」
首を振るママ。その瞳に涙がいっぱいたまっている。
「幸せじゃなかったって、なんなんだよ。なんなんだよいったい!」
パパが苛立ったように、ママの肩を掴んだ。
「オレはお前に不自由させたことなんて一度もないだろ。なんの不満があるっていうんだよ、え、綾?」
「……………」
ビクッと震えるママ。あかね先生がすっとパパの腕を掴んで離させた。
「何を……っ」
「今、奥さんを幸せにしていると言いきれるんですか?」
「はあ? あんたに何の関係が……っ」
「幸せだというなら、どうして綾さんはいつも泣いているんですか? どうしてあなたに会うことを恐れているんですか?」
「な………」
パパが口をパクパクさせている。
「普通に考えて、愛人に子供産ませて一日置きにしか帰ってこない旦那なんて最低だよな」
お兄ちゃんが冷たい目でパパをにらみつけた。
「そのうえ、自分の父親の介護を5年も全部押しつけたくせに、それで何の不満がって、どの口がいうんだよ」
「健人、やめて」
小さく言うママ。パパはカッとしたようにお兄ちゃんを睨み返した。
「お前、親に向かってなんだその口のきき方は。誰のおかげで飯食えてると……」
「出たよ。金、金、金。あんたの愛情表現、金だけですか? お母さんのこと不自由させてないって、そりゃ金の面でだけだろ」
「お前………っ」
にらみ合う二人。先に息をついたのはパパの方だった。
「そうだよ。金だよ。金。そんな愛だの恋だの生っちょろいことばっかりで人生やっていけないんだよ」
「そんなの……っ」
「お前はまだ学生だから分からないかもしれないがな、社会にでたら……、え?」
パパが言葉を止めた。
二人が言い合っている間で、いきなり、あかね先生が笑いだしたんだ。何かが切れたように。
「何を笑ってる?」
不審気にパパに聞かれても、先生は肩を震わせている。先生………壊れちゃった?
「先生?」
「ああ………嫌になるなあ……」
まるで舞台の上にいるよう。笑うのをやめ、バサリと髪をかき上げたあかね先生にスポットライトが当たっている。
「私、なんで19年も待っちゃったんだろう。ばっかみたい」
「え……」
「さっさと探し出して奪えばよかった。そうしたらこんな……」
「何を……」
「そうですよね。お金、大切ですよね」
再び、あかね先生がパパを見上げる。
「私もね、この19年間、必死に貯めたんですよ。お金。19年前はお金も生きる術も何も持っていなかったから」
「………」
「19年かけて準備したんです。今なら、綾さんに不自由させることはない」
「………」
「でも、そんなもの……意味なかったな。もっと早く、迎えにくればよかった」
「何を……」
「この19年……どんな思いで……」
うつむくあかね先生。
でも、もう一度顔をあげたときには、強い意志の光をまとっていた。
先生、カッコいい……。
「お願いします」
あかね先生が深々と頭を下げる。
「綾さんを返してください」
先生が絞り出すような声で言うと、パパは力なく椅子に座り込んで頭を抱えてしまった。
先生は今度はベッドの脇にひざまついて、ママを見上げた。
「綾さん、約束する。必ずあなたを幸せにするから、私と一緒に……」
「あかね」
ママが震える手で、あかね先生を制した。
「私……私は、あかねのところにはいけない」
「……っ」
ママ、なんで……っ。
ママは涙をこぼしながらあかね先生を見返し、しっかりとした声で言った。
「私、健人と美咲と離れたくない」
…………は?
私とお兄ちゃん、思いっきり顔を見合わせました。はい。
で、
「………ばかなの?」
思わず、言ってしまった。
え?って顔をしてママがこちらを見上げる。あかね先生はなぜか静かに微笑んでいる。
「ママ、ばかなの? ばかじゃないの?」
「美咲?」
きょとんとしたママにビシッと人差し指を突き刺す。
「どう考えても、20年想い続けてくれたあかね先生と、別の家庭作ってるパパだったら、あかね先生と一緒になったほうが幸せになるに決まってるじゃん。なんでそこに私とお兄ちゃんがでてくんの? 関係ないじゃん」
「だよなあ」
お兄ちゃんも肩をすくめる。
「こないだも言ったけどさ、お母さんってどうしてそう言い訳だらけの人生送ろうとするわけ? オレと美咲のことなんかどうとでもなるじゃん。今、お母さんが誰と一緒にいたいかってことが重要なんじゃねえの?」
「だから……っ」
ママはちょっとムッとしたように、
「だから、私は健人と美咲と一緒にいたいっていってるじゃないの」
「そのことなんですが」
あかね先生が「はいっ」と私とお兄ちゃんに向かって手をあげた。
「健人さんと美咲さんも一緒にきてくれませんか?」
「え」
「そのぐらいの貯えはあります。不自由はさせません。頑張ります」
「先生……」
なにその面白い展開。あかね先生がパパになるってこと? ん? パパじゃないな。ママかな。ママが二人。
「どうでしょう? 健人さん、美咲さん」
「ああ、オレは遠慮しときます」
お兄ちゃんが軽く手を振った。
「どのみちオレ、近々家を出るつもりだったんで」
「え?!」
パパとおばあちゃんが驚きの声をあげる。ママは知っていたみたいでため息をついただけだった。
お兄ちゃんは何でもないことのように続けた。
「大学やめて働こうと思ってる。中島先輩が部屋余ってるから一緒に住もうっていってくれてるし」
「健人、そんな」
今まで黙っていたおばあちゃんがオロオロとした様子でお兄ちゃんを見上げた。
「あなたには大学を卒業したら会社を……」
「ごめん。ばあちゃん。オレ、会社継ぐ気ないから。映像関係の仕事に就きたいんだ」
「健人………」
おばあちゃんもパパも絶句、と言う顔でお兄ちゃんを見つめている。元凶のお兄ちゃんはケロリとした表情で、
「美咲、お前はどうする? どうしたい?」
「美咲は……」
言いかけたところ、いきなりパパにガシッと手をつかまれた。
「美咲は行かないよな? パパのところにいるよな? パパのこと好きだもんな?」
「パパ……」
必死のパパ。あーあ。かっこ悪い……。
「パパだって美咲のこと大好きだよ?」
「…………」
パパに比べたら、あかね先生は何倍も何十倍も何百倍もカッコいい。もう、我慢できない。もう、思ってることぶちまけてやる。
「ねえ、パパ、知ってた? 美咲はねえ、かわいそうな子、なんだって」
「え?」
パパがキョトンとしたすきに、パッと手を引き抜く。パパが泣きそうな顔になっている。でも知らない。
「パパに愛人がいるなんて、かわいそう、なんだって」
「誰がそんな……」
「お友達に言われたの。美咲、全然知らなかったよ。だってさ、ママがいっつもいっつも言ってたから。パパが一番愛してるのは私達家族。モテモテな自慢のパパ。私たちはパパのおかげで良い生活ができている。パパに感謝しましょう。私たちはとても幸せ……ってさ。ママの呪文のせいで自分がかわいそうな子って全然気がつかなかった」
「美咲……」
「愛人に子供生まれてからだって、パパは美咲たちのことを一番に想ってるから大丈夫。何も変わらないってママに言われて、そう思おうとしてた」
「ああ、そうだよ。パパは美咲たちのことが……」
パパがまた手を伸ばしてきたのを、サッと避けてお兄ちゃんの後ろにくっつく。
「だったら、どうして、運動会最後までいてくれなかったの?」
「え……」
「どうして、教頭先生とあかね先生がうちに来ることになったときに、帰ってきてくれなかったの?」
「それは……」
「菜々美ちゃんのパパもさくらちゃんのパパもお仕事切り上げて帰ってきたんだって。鈴子ちゃんのパパなんてお休み取ったんだって。でもパパは、愛人の子供の面倒みるために帰ってこなかったじゃん。お仕事ならともかく、子守りって、ホント笑える」
「みいちゃん……」
おばあちゃんが、顔を覆った。泣いてるの……?
「みいちゃん……ごめんね」
「なんでおばあちゃんが謝るの?」
急いでおばあちゃんのそばにいって、背中をさすってあげる。
大好きなおばあちゃん。おばあちゃんはいつも一緒にいてくれたよね。ママがおじいちゃんにつきっきりの時もパパが愛人の家にいってるときも。
一人ずつ、顔を見ていく。ママ。あかね先生。パパ。お兄ちゃん。そしておばあちゃん。
うん。心は決まった。
「美咲からの提案です」
いうと、みんなが背筋をのばした。子供の私のいうことを必死に聞こうとする大人達。ちょっと笑える。その大人たちにキッパリハッキリ言ってやる。
「パパとママは離婚する。パパは愛人と再婚する。ママはあかね先生のところに行く。お兄ちゃんは中島先輩のとこ。それで美咲は……」
おばあちゃんの手をぎゅっとつかむと、おばあちゃんが、え、というように顔をあげた。おばあちゃんにニッコリとほほ笑む。
「それで美咲は、おばあちゃんと一緒に住みたい。いいかな、おばあちゃん」
「まあ、まあまあ……」
おばあちゃんが笑いながら泣き崩れた。
「いいに決まってるじゃないの。みいちゃん」
「美咲……」
ママがつらそうにこちらをみる。そのママにもニッコリとほほ笑む。
「みんなのアイドルあかね先生がママの恋人だなんて、めっちゃ自慢だよ」
「美咲……」
「もうウソつかないでいいよ。幸せになりなよ、ママ」
いつの間に、窓の外の太陽は夕日に変わっていた。
オレンジ色の光が病室の中に入ってくる。ママとあかね先生を照らす舞台の照明のようだ。
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な……長かった。時間かかった…。
美咲、なんか無理してすごいイイ子ちゃんになってるけど、これで終わるわけなく……まだ美咲の試練は続く。けど、とりあえず、美咲視点終了。
愛人の件に関して。
私の知り合いに奥様公認の愛人がいる人がいます。
本妻の子供たちは、一番上の子は愛人を毛嫌いしてますが、二番目と三番目は認めていて、仲良くしているそうです。
お母さんはむしろ愛人と仲が良いそうで、嫁の愚痴を愛人にこぼしているそうだ。
各家庭、各人、それぞれの考えがありますね……
裏設定として。。。
あかねはお金をためまくってたのですごいケチでした。
でもいつもオシャレだった。なぜならお姉さま方から服のお古を譲っていただいていたから。
そして、学生時代にしていたバーでのバイトも就職後も続けてました。
でもバイト禁止だったので、お手伝いという名目で働き、バイト代は現物支給してもらってたんですね。
バイトは綾さん発見してからやめました。そこに彼女が何人かいたので手を切るためにもね。
で、住んでいるマンションは、木村パパ(実母の再婚相手だった人)が買ってくれたものだったので、固定資産税と管理費と修繕積立金と駐車場代を払うだけですんでました。
なので、給料のほとんどは、貯金とお母さんへの仕送りに使い、あとは上記の住宅費、光熱費、携帯代、ジムの月謝代、少しの食費と日用品にしか使っていなかった、という…。
たまりまくってます。ので、ペイオフ対策大変でした。
はい。そんな感じです。