創作小説屋

創作小説置き場。BL・R18あるのでご注意を。

(GL小説)風のゆくえには~光彩7-1

2015年04月26日 09時44分43秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
 朝、目覚めると、おでこがくっつくくらいの近さにあかねの整った顔があった。
 すっと通った鼻梁。薄すぎず厚すぎない唇。ほんの少しつり目気味の大きな瞳。どこをとっても完璧。昔に比べて肌のハリはなくなったものの、まだ目じりのしわも見当たらないし、ほうれい線もほとんど気にならない。白髪もない。若すぎてずるい。

「あかね……」

 穏やかな寝顔にホッとする。
 一緒に暮らすようになってから、あかねは思いつめたような表情をするようになっていた。学生時代は他の女の子と遊んで気を紛らせていたのだろう。大人になった今、それもできず、一人で抱え込んでいたのに違いない。

 でも、きっと、もう大丈夫。
 コツン、とおでこを合わせてみる。あかねは私の腕の中にいる。

「………愛してるわ」

 ようやく、言えた。21年もたってようやく言えた。

 あかねには話してないのだけれど……本当は、私の方が先にあかねに惹かれていた。

 氷の姫の衣装を着たあかねは、驚くほどキレイで……。私がデザインして作った衣装があんなにも光り輝くなんて、と試着の段階で感動で胸がいっぱいになった。いつでも誰かのために裏方の仕事ばかりしている私にとって、あかねの存在は光そのものだった。

 本番の舞台裏で初めて話した時、本当はすごく緊張していた。みんなの憧れの姫と直接話をするなんて……と。
 その姫が何を思ったのか、突然キスしてくるし、打ち上げの席で口説いてくるし、学校帰りにも、バイト先のクレープ屋にも現れるし……。正直、嬉しいよりも困った、という感情の方が大きかった。こんな人が私なんかに本気になるわけがない。数多くいるガールフレンドの一人になるだけだ、と。
 根負けして付き合うことになったあとも、なるべく冷静でいることを心掛けていた。あかねはみんなに優しい。みんなの人気者。だから私は求めない。
 
 ある時、あかねが子供時代の話や折り合いの悪い母親の話を少しだけしてくれた。それで色々なことに納得がいった。あかねは、愛すること愛されることを恐れている。束縛したら逃げ出したくなるに違いない。だから私は、自分の気持ちを絶対に言わない、と心に決めた。あかねは誰のものにもならない。なれない。たくさんのかりそめの愛に囲まれて、ようやく安心できる人だ。

 でも、いつか、あかねのすべてを受け止められるようになりたい。大学4年生の時はそう思っていた。でも、結局できなくて諦めた。意気地のない私。でも、それから長い長い年月を経て、ようやく、その時がきた。
 私は、愛することを恐れていたあかねから本当の愛を引き出した。愛されることを怖がっていたあかねを愛で包んであげられた。もう、離さない。

「……綾さん」
 目覚めたあかね……まだ、少し不安げな表情。そっとその瞼に口づける。頬に口づける。

「おはよう? よく眠れた?」
「うん………」

 ゴソゴソと布団の中で、腰に手を回される。

「綾さん……」
「ん?」
「したい」
「……………は?」

 言うより早く、あかねの唇が首筋に下りてくる。

「……あ」
 思わず出てしまった声に、あかねは嬉しそうに、耳元に唇を移動させた。

「綾さん朝から色っぽすぎ。ぞくぞくしちゃう」
「ちょ……っ」
「昨日気がついたんだけどね、綾さん、ここもすごく感じ……、痛い痛い痛いっ」

 あらぬところに伸びてきた手をつねりあげる。

「朝っぱらから何しようとしてんのよ!」
「うそー、今、すっごい甘々ムードだったじゃないのー」
「なーにーが甘々よ」

 ああ、不安げな瞳をしてる、なんて心配して損した。いつものあかねだ。いつもすぎるあかね。……安心した。
 勢いよく、椅子にかけてあったシャツを取って、ベッドを出たところで、

「あーやーさーん」
 甘えたような声に呼び止められた。あかねが両手を広げている。

「なに」
「言って?」
「………何を?」

 素で聞きかえしたら、あかねが「ひどいっ」と大袈裟に泣きまねをした。

「いつでも言ってくれるっていったじゃないのーっ」
「……………あ」

 確かにいった。はい。確かにいいました。『不安になったら教えて? いつでも言うから』と……。

「……愛してるわ。あかね」
「…………なにその棒読み」

 ムーッとしているあかね。………面白い。

「アイシテルワ」
「だから……、あ」

 ゆっくりと唇を合わせる。その弾力のある唇を味わうように吸い込む。少し歯を立てて含み、舌でなぞると、あかねが震えた。

「綾さ……」
「……愛してる」

 頬に耳に首筋に唇をそわせていく。

「愛してるわ」
「綾さん……」
「ん……」

 今度はあかねの唇が私の肩から伝って腰までおりてくる。その繊細な動きに我慢できなくて声がでてしまう。
 快楽の海に溺れ……そうになったところで、

「………あ、メール」
 携帯の音に我に返った。

「綾さん?」
「メールだって。ちょっとごめん」
「うそーーー!! この状態でやめるの?!」
「やめる。だいたい今何時だと思ってるのよ」
「えーーーー信じられない! 先に仕掛けたの綾さんでしょ! ほんっと綾さんってSだよね。ドS。ドSの女王様っ」
「はいはい。あかねは実はMだからちょうどお似合いねー……、と、え?!」

 メールの文面を見て青ざめる。まずい。

「どした?」
「美咲……もうすぐ駅に着くって。昼食のころって言ったけど、どうせ準備の遅い美咲のことだから1時くらいだろうと思って油断してた。しかも、2人でいくから昼食4人前よろしくって……」
「2人って健人さん?」
「たぶん……。一人増えるんじゃ、昨日作ったのだけだとちょっと足りないかな……」
 しかも、健人はあの年齢の男の子相応によく食べるし……。

「じゃ、私が駅まで迎えにいってくるよ。綾さん追加料理よろしくでーす」
 あかねはもう着替えている。

「ちょっと遠回りして時間つぶしとくから」
「あ、うん。ありがとう」
 こういうときの、あかねの機敏さは本当に素晴らしい。出来る女って感じだ。さっさと洗顔を済ませて出てくると、

「じゃ、行ってくるね。30分くらいで戻るつもり」
「よろしくね。行ってらっしゃい」
 パタパタと玄関まで見送りにいくと、あかねはなんだか眩しそうに目を細め、
「うん。行ってきます」
 素早く私の頬にキスをして、幸せそうに微笑んで出ていった。今までで知っている中で、一番穏やかで一番幸福な笑顔。

「…………」
 もっと早く、こうしてあげられれば良かったな……。とも思うけれど、昨日のあのタイミングだったから、私も言えたし、あかねも受け入れられたのだと思う。

 一か月くらい前に「一緒にいたい」とだけ伝えたけれど、それではあかねの不安を取り除くことはできなかった。でも、あの時の私は「一緒にいたい」というのが精いっぱいだった。就職して、離婚もしたから、ようやく「愛してる」と言うことができたのだ。

 今後、戸籍のことや、子供たちのことなど、考えなくてはならないことがたくさんある。でも、気持ちはしっかり繋がったからもう大丈夫。あの幸福な笑顔を守っていくためなら何でもできる。

「さて。やっぱりお肉かしらね……」
 もう一品は健人の好きなチキン南蛮にしよう。
 大急ぎで食事の用意をしつつ、あちこち片づけたりしていたところ、

「ママーー!きたよーー!」
 玄関が開いた音と、美咲の元気な声が聞こえてきた。きっかり30分後だ。

「いらっしゃ……」
 エプロンで手を拭きつつ、玄関に出迎えにいって……、え? と立ち止まってしまった。
 そこにいたのは、ニコニコの美咲と、少し困ったような表情をしたあかねと、

「お邪魔します」
 礼儀正しく、深々と頭をさげた、白井鈴子ちゃんだった。


****


 食事中、美咲はよく喋った。
 佐藤家にいたときも、美咲がいるのといないのでは食卓の雰囲気がまったく違った。美咲はとにかく明るいムードメーカーだった。

 鈴子ちゃんになんて説明してあるんだろう、という疑問はすぐに解消された。

「ね!本当だったでしょ!あかね先生の20年越しの恋人は、ママだったんだよ~」

と、美咲がしょっぱなに自慢げに鈴子ちゃんに言ったからだ……。一応「内緒だよ!」なんて言っていたが、他のお友達にも知れ渡るのは時間の問題な気がする。

 鈴子ちゃんとは色々トラブルがあったので心配していたけれど、今は仲良くなったということなんだろうか? 見ている限りは仲良しのクラスメートという感じだけれど……。

 食事中の話題は、もっぱら文化祭の演劇部の演目とクラス出店の和菓子屋の話だった。こうして生徒二人と話しているのを見ると、あかねって本当に先生なんだなあと思う。私と話しているときとは違う話し方をする。


「ここって、3LDK?」
 食後、私が後片付けをしている間、紅茶とクッキーを囲んで話している三人の声が聞こえてきた。

「先生ここでずっと一人暮らししてたんでしょ? 一人暮らしするには広すぎるよね? 家賃いくら?」

 美咲ったら、ぶしつけなこと聞いて……。
 でも、あかねは嫌がる様子もなく答えている。

「賃貸じゃないから家賃はないよ」
「え、じゃあ、買ったの?」
「もらったの」

 あかねがあっさりという。

「元々ここは私の母の再婚相手の持ち物だったのよ。賃貸に出してたのを、私が上京するときに住ませてもらうことになって、両親が離婚するときに名義を私に書き換えてくれたの。税金とられたけどね」
「先生って……」

 美咲が妙に感心したように、

「結構、波乱万丈な人生だよね。お父さん幼稚園の時に亡くなって、そのあとお母さん再婚して、今度は離婚したってこと?」
「そうそう」
「え……そうなの……」

 鈴子ちゃんが、ポツンと言った。

「先生、かわいそう……」
「かわいそう?」

 美咲の鋭い声。

「かわいそうって何が? どの辺が? お父さんが幼稚園の時に亡くなったこと? じゃ、生まれてすぐお父さん死んじゃった人はもっとかわいそうってこと?」
「え………」
「それとも、お母さんが再婚したこと? 離婚したこと? 何がかわいそうなの? それなに基準?」
「美咲さん?」

 あかねが声をかけると、美咲がハッとしたように黙った。戸惑ったような沈黙が流れる。

 父親に愛人がいることを友達にかわいそうといわれた、と美咲は言っていた。それを言ったのはもしかして、鈴子ちゃんなんだろうか…。

「かわいそう……そうねえ、かわいそうかしらね」
 しばらくの沈黙のあと、あかねがポツリといった。

「しかもね、私、昨日、母親から縁切られたのよ」
「……え」

 美咲と鈴子ちゃんがあかねを仰ぎ見る。

「金輪際連絡してこないでって、携帯の電話帳も削除されてね。だから母の連絡先も何も分からないの。もう二度と会うこともないでしょうね」
「先生……」
「でも」

 あかねがニッコリとする。びっくりするほど華やかな笑顔。

「でも、私、今、すっごい幸せだから、全然かわいそうじゃないの」

 あかね、子供相手に何を言ってるの……。
 美咲は目を瞠っている。鈴子ちゃんが口に手を当て、あかねに向かって頭を下げた。

「先生、ごめんなさい。私……」
「ああ、違うの。鈴子さんが『大変だったね』って意味で『かわいそう』って言ったことは分かってるから大丈夫よ」

 あかねがポンポンと鈴子ちゃんの頭をなでる。

「でも、『かわいそう』って言葉って難しいよね。『かわいそう』って同情されるの大好きな人もいるけどね。聞く人の気持ちによっては、すごい上から目線の言葉に聞こえてしまう時がある」
「……………」

 美咲は口を引き結んでいる。

「言葉って本当に難しい。言っている本人はそんなつもりで言ったんじゃなくても、相手を傷つけてしまうときもあるし……」
「…………」
「逆に、言った本人は覚えてない言葉でも、言われた子にとっては、とっても心強くて嬉しい言葉なときもある。ね、鈴子さん?」
「先生ー」

 鈴子ちゃんがあわあわと手を振っている。

「それは内緒って……」
「ごめんね。でも言った方が絶対にいいと思うよ?」
「………何の話?」

 美咲が眉を寄せている。本当。何の話?
 あかねは急に立ち上がると、再び鈴子ちゃんの頭をポンポンとして、美咲の頭もポンポンとなで、

「美咲さん、写真見たいっていってたよね? 今持ってくるから待っててね」
「えー?」
「綾さん、ごめん、ちょっと手伝ってくれる?」

 私に声をかけてから、スタスタと玄関側の4畳半の部屋に入って行くあかね。なんだか分からないけれどもついていくと、入ってすぐのところで引き寄せられた。

「なに……?」
 驚いて見上げると、あかねは、シーッというように人差し指を口にあて、リビングの方に目線を送った。
 ボソボソと、美咲と鈴子ちゃんの話す声が聞こえてくる。

「さっきのあかね先生の話って、なんのこと?」
 美咲の問い詰めるような言い方に、鈴子ちゃんははじめは、あーとか、んーとか言っていたけれど、やがて観念したように話し出した。

 鈴子ちゃんは、中学からの受験組だったため、小学校からの持ち上がりの内部生の多いこの女子校では、入学して早々はまわりに溶け込めず困っていたそうだ。
 入学して一週間ほどしたある日、音楽室の場所が分からず、一人で泣きそうになりながらウロウロしていたところ、たまたま通りかかった美咲が声をかけてくれたという。音楽室まで連れていってくれた上に、

「外部の子が入学してきてくれたから、お友達が増えてとっても嬉しい。これからよろしくね」

と、言われたそうだ。外部組は内部組から疎外されていると感じていた鈴子ちゃんは、この言葉にものすごく勇気づけられたそうだ。

 クラスも違うため一年生の時は話す機会もなかったけれど、二年生になって同じクラスになり、しかも出席番号も前後で、同じ掲示係にもなれて、本当にうれしかった、と……。

 美咲はこの出来事を覚えていない……というか、この時期、色々な子に声をかけまくっていたそうで、記憶があやふやらしい。美咲のこういう外交的なところは、確実に夫の血筋だと思う。

「言ってくれれば良かったのに……」
 美咲がブツブツと言っている。

「言ってくれれば、あんなこと言わなかったのに……」

 あんなこと?

 ハテナ? と思って、あかねをふり仰いだけれど、あかねは真剣な顔をして二人の話に聞き入っている。先生の顔だ。

「私が美咲ちゃんを嫌な気持ちにさせることしちゃったってことだよね?」
「それは……」

 美咲が何か答えたけれどもよく聞こえない。

「私、小学校の時もそうだったの。自分では知らないうちにお友達を怒らせたりしてて……。だから私が悪いんだよね」
「別にさー……」

 美咲の言葉は途切れ途切れにしか聞こえてこない。ようやく聞こえた言葉は、これだった。

「私、かわいそうに見える?」

 やっぱり、かわいそう、は鈴子ちゃんに言われた言葉だったらしい。
 しばらく何か言っていたけれどそれは聞こえず、途中から美咲の声が勢いついたように大きくなって、こちらにも聞こえるようになった。

「だからさ、鈴子ちゃんの家族の話を聞いてムカついたのは、自分の気持ちが下向きだったから、自慢されてるように聞こえたからなんだなーと思って」
「………」
「今のあかね先生みたいに、かわいそうじゃないよってその場で言えればよかったのにね」
「美咲ちゃん………」
「でも今はたぶんムカつかないよ。だって私にはおばあちゃんがいるし、それに、あかね先生がママの恋人だなんて、すごいでしょ?」
「うん! すごい!」

 無邪気に絶賛する鈴子ちゃん。

 美咲が鈴子ちゃんをここに連れてきた理由は……鈴子ちゃんに自慢したかったからなのね……。
 鈴子ちゃんの家族の話を聞いてムカついた、という美咲。美咲がそんな気持ちでいたなんて……

 二人はきゃあきゃあと盛り上がっている。

「でしょー? 超自慢~」
「ねー!みんなに教えてあげたいね!」
「ダメだよーとりあえず、卒業するまでは内緒だからね!」
「分かった。あーホントすごいよー。学校以外であかね先生に会えちゃうなんて羨ましいー」
「でっしょー。色々秘密を探っておくね!」
「教えて教えて! あ、今も写真見せてもらえるんだよね!」
「そうそう。でも先生遅いね。写真見つからないのかな」

 その言葉を聞いて、あかねがさっとクローゼットの中から籐の入れ物を取り出し、ニッと笑った。

「大学の時の写真。かわいい綾さんも写ってるよ」
「え?!」
「お待たせー見つけたよー」

 言いながら、美咲達の方へ戻るあかね。二人で話させるために、わざと私のことも席を外させたらしい。疑問点は多々あるけれども、美咲と鈴子ちゃん、本音で話せたような感じ。これで本当の仲直り、ということなんだろうか。

「これが、私が一年生の時の舞台の衣装。綾さんがデザインしたんだよ」
「わー先生キレイ!」
「えー美咲ちゃんのママのデザイン?!すごーい!!」

 氷の姫の写真を見せているらしい。
 楽しそうな美咲の姿を見て、余計に思いを強くする。

 やっぱり、美咲と一緒に暮らしたい。
 お友達の家族の話を聞いてムカつく、なんて思いをもうさせたくない。



----------------------


また、長くなりました。あと2回くらいでおしまいです。

あかねのマンションは3LDK。
玄関入ると廊下。つきあたりに12畳のリビングダイニング。
キッチンはダイニングの手前に長細く3畳くらい。カウンターキッチンじゃないところが不満点。
リビングの隣に6畳の洋間。ここにベッドを置いてる。
玄関側に4畳半の部屋が2部屋。1部屋は物置き状態。1部屋は綾さんの部屋としてミシン置いたりしてる。
美咲が住むなら、荷物を処分して明け渡そうと思ってます。

こういう間取りとか考えるのも大好き。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする