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(GL小説)風のゆくえには~光彩6-4

2015年04月20日 10時00分00秒 | GL小説・風のゆくえには~ 光彩
 あの深夜の電話の翌週の土曜日、母が上京してきた。話があるという。どうせろくでもない話に決まっている。お金の催促か何かの商品の契約か……。

 待ち合わせのホテルのロビーラウンジに行くと、すでに母は座って珈琲を飲んでいた。派手な白いスーツに厚化粧。探さなくてもすぐに見つかる存在感を醸し出している。
 母は私の姿を見るなり、「遅い」と目を尖らせ、勝手に私の分の珈琲を頼み、前に座るよう苛立たしく指を差した。

「嫌味? そのノーメイク」
「……………」

 化粧をしてると、そんなに男に色目を使いたいのか、と罵られ、しなけりゃしないで嫌味と言われ……。この人は、とにかく私のすることに文句を言わないと気が済まないらしい。

「はーまだまだノーメイクでいけますって? あんた、いくつになったんだっけ?」
「……40だけど?」
「あーーーそう。40……」

 母は考えるように上を向いてから、ポンと手を打った。

「40って言ったら、私が木村さんと離婚した歳じゃないの? もう、娘を大学にまでいかせてた歳だよ。それに比べて今のあんたは、まーお気楽でいいねえ」
「……………」

 母は今58歳。5歳くらいは若く見えるかな……。母の嫌味は右から左に聞き流し、関係のないことを考えるようにしている。

「木村さんっていえばさ、ヒロ君、結婚するんだって」
「え」

 ヒロ君、というのは木村さんの連れ子。一時期私の兄だった人だ。

「ヒロ君、あんたのせいで青春棒にふっちゃったからどうなることかと思ったけど、無事に結婚できることになって本当に良かったよ~」

 え、私のせい? と、ツッコミたいところをこらえる。
 それよりも気になることがある。

「なんでお母さん知ってんの? 兄さんとまだ連絡取ってるの?」
「ヒロ君とはとってない。木村さんから聞いたの」
「木村さんから……?」

 離婚して何年も立つのに……?

「木村さんとは連絡取ってるの?」
「そりゃあね」

 母が肩をすくめる。

「なんだかんだ10年夫婦やってたからね。離婚したからって、はいさようならってわけにはいかないよ」
「……………」

 グサッと突き刺さる言葉。綾さんとその旦那なんて19年夫婦やってて、間に子供が2人もいる……。それこそ本当に、はいさようなら、とはいかない……。

「あんた、結婚は?」
「……そんな予定はないです」

 落ち込んでいるところに追い打ちをかける質問だ……。

「あれはどうなったんだっけ、ほら、アフリカにいた彼氏は」
「あれはずいぶん前に別れました。誰かさんのせいでね」

 アフリカにいた彼氏、というのは友人の桜井浩介のことだ。
 浩介とは大学時代からずっと恋人のふりを続けていた。浩介にも同性の恋人がいるため、親の目を欺くために、私が恋人ということにしていたのだ。

 10年ほど前、突然、浩介の母親が私を訪ねてきて、アフリカにいる浩介を日本に連れ帰ってきてほしい、と頼んできた。遠距離恋愛ではあなたも寂しいでしょう?と……。それを丁重にお断りしたところ、浩介の母はあろうことか私の母を訪ねてしまい………。

「あっそうだったそうだった。駄目になったんだよね。あはははは」

 嬉しそうな母。この人、私の不幸が楽しくてしょうがないらしい。

 母は、浩介の母親に言わなくてもいいことまで喋りまくったのだ。私が高校時代に『不純「同性」交遊』で停学処分をくらったことまで面白おかしく話したらしく、
「あなたは浩介にふさわしくない。別れてください」
と、速攻で浩介の母親から言われてしまい、私達は「別れる」ことになり……。

 まあ、今は浩介は別の国で恋人である慶君と一緒に暮らせてるからいいんだけど。
 でも、二人はカミングアウトはしていないらしい。宗教上の問題で理解を得るのが難しい地域みたいで、それこそ「ルームメイト」ってことになってるって言ってた。でも、親の干渉がなくなるだけ、海外で暮らす利点は大きいと思う。

「せっかくわりと高スペックな男だったのに、残念だったねえ」
「………娘の不幸がそんなに楽しい?」

 思わず言うと、母は、ムッとして何か言いかけようとした。が、

「最後くらい喧嘩したくないから、ふっかけてこないでよ。ほんとイライラさせるわよね、あんたって」
「……え?」

 最後ってどういう意味……?
 聞くよりも早く、母はゴソゴソとカバンから何か出そうとしながら、あのねえ、と話し出した。

「私、来年、再婚するの」
「え?!」
「それで……ああ、これこれ」

 封筒を差し出してきた。……何? 中身を確認する。

 戸籍謄本と………

「あんた、これ出してよ」
「分籍………届?」

 分籍………

「相手の家族にはね、娘とは縁が切れてて、ずっと会ってなくて、生きてんだか死んでんだかもわかんない。死んだものと思ってるって話してあんのよ。だから、私の戸籍にあんたがいると困るの」
「…………」
「こういうの詳しい人に相談したら、あんたが分籍したあとに、私が他の県に転籍すればもう戸籍に載ってこなくなるって教えてもらったんだよ。まあ、調べていけばバレちゃうらしいけど、まずそんなこと調べないからわからないだろうってさ」
「…………」
「そういうわけだから、早いうちに出しておいて」

 母は、携帯の画面をシュッとスクロールさせると、

「ほら見て、チャコちゃんっていうの。可愛いでしょ?」
「………」

 2、3歳くらいの女の子のドアップが写っている。
 またスクロールさせると、チャコちゃんとその母親らしき30代前半くらいのふっくらとした感じの女性の写真が……。

「サユリちゃん。再婚相手の娘でね、すごく良い子。今、二人目妊娠中」
「…………」
「里帰り出産したいから、それまでに再婚してって言われてるんだけど、前の奥さんの13回忌が終わってからにしましょうって話になっててね」

 またスクロール。次の写真は、母と母に抱かれたチャコちゃんと、品の良い初老の男性。

「この人が久保田さん。いい人よ。優しくてね」
「…………」

 幸せそうだ。幸せそうだな。……私が母に与えることのできない笑顔だ。

 母は携帯をカバンにしまうと、一気に珈琲を飲みほした。

「私も散々苦労してきたけど、ようやく穏やかな老後を暮せそう」
「そう……」
「そういうわけだから」

 ビシッと指を差された。

「仕送りももういらない。金輪際連絡してこないで」
「…………」

 最後って、本当に最後って意味だったんだ……。

「もうあんたのせいで苦労させられるのごめんだからね。久保田さんが木村さんの時みたいにあんたの色仕掛けに引っかかったりしたらと思うとぞっとするわ」
「…………」

 色仕掛けって、そんなこと男相手に一度もしたことないよ。お母さん。

「じゃあね。もう会うこともないけど、元気でやんなさい」
「……………」
「あんただって、私に会わなくなってせいせいするでしょ」

 カバンを持ち、立ち上がる母。伝票も取り上げると、

「ここは払ってあげる。最初で最後のおごりの珈琲ね」
「………お母さん」

 何を言いたいのか分からないけど、何かを言いたくて、母を呼び止める。
 母が、眉間にシワを寄せて再び座る。

「なに」
「あの………」

 頭に色々なことが駆け巡る。でもどれも言葉として出てこない。
 ようやく出てきたのは、事務的な内容だった。

「分籍届、月曜の午前中には出しにいけると思う。出したら連絡する?」
「ああ、いいよ。っていうかさ、お互い今ここで電話帳から削除しようよ」
「……………」

 再び携帯を取り出す母。
 何の迷いもなく、よどみなく、『あかね』を呼び出し……削除。

「ほら、あんたも」

 促され、電話帳で名前の欄『母』を選ぶ。
 その時点で、横から携帯を取り上げられた。

「あ」
 勝手に削除の操作をされ、手元に戻される。

「これでホントにさよならね。じゃあね」
 無表情に立ち上がる母。

「………お母さん」

 再び呼び止める。母が不機嫌に私を見下ろす。
 ああ、いつものお母さんの顔だ。不機嫌でピリピリしてて、いつもいつも怒ってた。

「何よ。なんか言いたいことが……」
「……ごめんね」

 するり、と言葉がでてきた。何も考えてない。ただ、するりと出てきた。

「ごめんね。……私、生まれてきて」
「……………」

 母は、一瞬、詰まったような顔をしてから、大きく息を吐いた。

「そうだね。私にとってはね」
「…………」

 それから肩をすくめた。

「でもまあ、あんたのお父さんやおばあちゃんにしてみれば、あんたが生まれてきてよかったんじゃないの?」
「…………」
「それに木村さんもヒロ君も、あんたのこと気に入ってたしね。あんたって、小さいころからそう。近所のおばちゃん連中からも、クラスメートからも、みんなから好かれてて、やたらと人気があったじゃない?ムカつくぐらい」
「…………」

 母は背を向けると、ボソリと言った。

「私もあんたが娘でなければ……ただの近所の子とか、職場の同僚とか、そういう赤の他人だったら……」
「…………」
「あんたのこと好きになれてたのかもね」
「…………」

 母は背を向けたまま、そのままこちらをみることもなく、行ってしまった。白いスーツの背中が遠ざかっていき……見えなくなった。

 取り残された私……。
 そうだ。小さいころはよく家に取り残されてた。今みたいに、母の背中を見送って一人ぼっちに……。

『私を一人ぼっちにするつもり?』

 そう言って、母は、木村の父と離婚するときに、私を一之瀬の姓にさせた。はじめて母に認められた気がした。

 でも、母は今度は、久保田さんになる。娘と孫もできる。
 もう、私のことは必要なくなったってことね。

 分籍届は出したところで、縁が切れるわけではない。書類上の問題なのだ。扶養義務も引き続き発生している。でも、もう、連絡先も分からなくなった。もう二度と会うことはない。

 ……願ったり叶ったりじゃないの。
 お正月に電話一本かけるのだって、憂鬱で憂鬱で仕方がなかったくせに。
 仕送りだって、これがなければもっとお金貯まるのにって常々思ってたくせに。

 それなのに、どうして?
 どうしてこんなに………体の中に穴があいたみたいな感じがするんだろう?

「………珈琲冷めちゃったな」
 最初で最後の珈琲……苦い。

「綾さん……」
 綾さんの珈琲が飲みたい。絶妙な苦み、完璧な温度、やさしい味。

 珈琲を飲みほす。苦味が口の中に広がって涙が出そうになる。この味が母の存在そのものだ。にがくて苦しくて……。

「綾さん」
 綾さんに会いたい。
 早く帰ろう。家に帰ろう。綾さんが待っている家に帰ろう。
 今日の夕食はグラタンって言ってた。いつもわたし好みのあっさりとしたホワイトソースを手作りしてくれる。
 早く帰ろう。いつもみたいに「おかえり」って言われたい。帰るなり抱きついて「手洗ってきなさい!」って怒られたい。……綾さんに会いたい。


 外に出ると、すでに空が夕暮れになろうとしていた。
 ホテルから駅までは近い。すぐに駅が見えてきた。東口の入り口に差しかかろうとして、

「………あれ?」

 我が目を疑った。綾さんがいる。東口と書かれた緑の看板の下に立っている。
 妄想?幻想?……いや、本物だ。
 あれ? 今日出かけるって言ってたっけ?
 何はともあれ、会えるなんて嬉しすぎる。今すぐ会いたかった。神様ありがとう。

「あや………」

 駆け寄って行こうとして………

「!!!」

 足を止めた。とっさにフェンスの陰に隠れる。

「………なんで」

 東口の出口から出てきたのは……綾さんの旦那。

 軽く手を挙げた綾さん。……笑顔だ。
 旦那さんが綾さんに「ごめん」という仕草をすると、綾さんはおかしそうに笑った。

 そして二人は、並んで歩きだした。
 まるで、夫婦みたいにお似合いな二人の姿……。

「夫婦みたいに……って、夫婦か」

 一人ごちてから、耐えきれなくてその場にしゃがみ込んでしまった。
 息ができない……苦しい………。



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浩介のアフリカ云々の話、詳細は「~翼を広げて」になります。

物語の舞台は、グーグルマップをカチカチさせたり、実際に自分がいったことのある場所を参考にしたりして、漠然と決めてあります。
粗がでると嫌なのでわざと詳しい地名は書かないようにしてるけど。

せっかくなので書きますと…

あかねのマンションは東京都目黒区にあります。都立大学駅から徒歩15分くらい。駒沢大学駅にも20分くらいで出られます。
美咲のおうちは新宿区。市ヶ谷駅から徒歩5分くらい。

慶と浩介の実家は横浜市内にあります。二軒ともわりと川沿いです。最寄り駅は隣。慶の家の方が上流側。慶の家は駅から歩いて15分くらい。浩介の家は駅から5分強。二人の通ってた高校は丘の上にあります。

浩介が就職してから住んでたアパートは信濃町から徒歩10分くらいのところにありました。

こういうこと考えるの楽しくてしょうがない。
ちなみに、上記の駅は新宿でした。


あかねさん、精神的にきつい状態なので、早く脱却させてあげたい。
でもパソコンの調子が悪い。すぐ固まる。どうしてくれる。。。
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