***
山崎さんは、渋谷先生と桜井氏の家に遊びにきていたそうで、ここまで渋谷先生に車で送ってもらったそうだ。2人の住むマンションからは、電車だとぐるっと回されて時間がかかるけれど、車だとかなり近い。
「お邪魔します……」
恐る恐る、という感じに山崎さんは入ってきた。
何度かマンションの下までは送ってもらったことはあるけれど、中に入ってもらうのは初めてのことだ。
「……すいぶん飲みましたね?」
テーブルの上に散乱した缶や瓶をみて、山崎さんが眉を寄せた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ?」
何飲みます?
聞くと、ワインの瓶に視線が動いたので、勝手にワイングラスを持ってくる。
「どうぞ、座ってください。はい、乾杯」
「…………」
ソファに座らせ、グラスを渡しても、山崎さんの眉は寄せられたままだ。
「なんですか? そんな難しい顔して」
「………」
山崎さんは一口だけワインを飲むと、テーブルにグラスを置き、真面目な顔をしていった。
「オレ、やっぱり帰ります」
「え?」
「戸田さん、普通の状態じゃないみたいなんで」
「………」
普通の状態って何?
身のまわりと自分自身をあらためてみて、「あ」と思う。そして笑いだしてしまった。
「あ、ごめんなさい。そっか、私スッピンだったー。顔違い過ぎます?」
「いや、そういうことじゃなくて」
「それにこんな部屋着のぺらぺらのワンピースなんて普段じゃ考えられないですよねー」
「だからそういうことじゃなくて」
「!」
とん、と肩に手をおかれ、黙ってしまう。
「……大丈夫、ですか?」
「……何がですか?」
無表情に見上げると、山崎さんは静かに手をおろして、テーブルの上に視線を移した。
「……あ、それが高級チョコ……」
「そうです。一粒千円」
「え」
それはすごいな……とつぶやきながら山崎さんが箱をゆっくり開けた。
「へえ……」
繊細なチョコのラインに驚いたように目を見開いた山崎さん。
(本当は、ヒロ兄がその顔をするはずだった……)
そう思った私の心を読んだかのように、山崎さんが言った。
「もしかしなくても、峰先生にあげるつもりだったチョコ……ですか?」
「…………」
ほら、やっぱり山崎さんは鋭すぎる。だから私も何もかも打ち明けたくなる。
「……ヒロ兄の奥さんに、今年からは遠慮してって言われてしまって」
「そう………ですか」
「今日言ってきたんですよ。買う前に言ってほしかった」
「確かに」
山崎さんはチョコの蓋をしめると、真面目な顔で肯いた。
「では、有り難く、おこぼれちょうだいいたします」
「おこぼれって」
笑ってしまう。すると、山崎さんもホッとしたように笑った。
「良かった。笑ってくれた」
「…………」
その笑顔になぜかきゅっと切なくなる。何だか申し訳ない……。
申し訳ないけれど、愚痴めいた言葉が止まらない。
「ヒロ兄、甘いものそんなに好きじゃないんです」
「え……」
「でも、やっぱりチョコ渡したいじゃないですか。なので、毎年ね、量より質で選んでたんです。2粒とか3粒とかで結構高いチョコ。でも……」
敦子さんに言われたことを思い出して苦笑してしまう。
「普通、妻子のある人には、奧さんや子供が食べられるものを贈るんですって。なのに私からは、お酒の入ったチョコとか、そういう本命チョコみたいなものばかりだって、奥さんから文句言われちゃいました」
「それは………」
山崎さんは不思議そうに首をかしげた。
「本命なんだからしょうがないじゃないですか」
「ね」
笑ってしまう。本当にそうだ。本命なんだからしょうがないじゃないの。
「あーああ」
「ちょ、戸田さん」
勢いよく一気にグラスを空けると、山崎さんが慌てたように私からグラスを取り上げた。
「そろそろ、止めましょうか」
「えー……」
真面目だなあ……ホント、真面目な『区役所君』だ。
そう思ったら、『区役所君』と言っていたヒロ兄の声がよみがえってきて、泣きたくなってきた。
「もうねえ……どうしようもないんです」
もう座っているのが限界で、山崎さんが座っている側とは反対側のソファーの肘掛けにコテンと頭をあずける。そのまま独り言のようにブツブツ続ける。
「ずっとずっと好きなのに、叶わなくて」
「………」
「あの腕に抱かれたらどんななんだろうって思って、ヒロ兄と背格好の似てる人と付き合ってきたけど、みんなダメ」
歴代の彼氏の顔を思いだそうとしたけど、ちっとも思いだせない。
「まず、声が違うし……まあ、似てる人もいたけど、やっぱり違うし」
「………」
「ヒロ兄に抱かれてるつもりになりたいのに、やっぱりダメなんだよなあ……」
90度になった世界に、黒いチョコの箱が映り込む。
抱いてくれたらいいのに。抱いてくれたらいいのに………
あーああ、と再び大きくため息をつく。
「ヒロ兄も一回くらいやってくれたらいいのに。ホント融通きかないバカ」
「……だから」
静かに山崎さんの声が響く。
「そんな人だから、好きになったんじゃないですか?」
「!」
目を見開いてしまう。ゆっくり起き上がる……
「…………山崎さん」
「はい」
「今、ものすごい正論言いましたね」
「はい?」
きょとんとした山崎さんに八つ当たりしたくなってきた。
知ってるよ。そんなヒロ兄だから……
「そんなヒロ兄だから。だから好きになった。だから一途に想ってればいい。でも、そんなの小学生中学生レベルの話」
「…………」
「残念ながら私はもう30過ぎてて。人肌恋しくて、そんな時はもう本当に抱いてほしい抱いてほしいって馬鹿みたいに思っちゃって」
「………戸田さん」
困ったように口をへの字にした山崎さんの腕を掴む。
「だから、山崎さんにきてもらったんですよ?」
「え」
「何なりとお申しつけくださいって言ったじゃないですか」
「それは………」
山崎さんは静かに私の腕を離させ、じっとこちらをのぞきこんできた。
ああ、呆れてる……
でも、もう後には引けない。
「嫌ですか? ダメですか? できませんか?」
「………」
深い深い瞳で見つめられ、耐えられなくて目をそらした。
「じゃあ、いいですよ。他の男呼びますから。帰っていただいて結構です」
「…………」
しばらくの沈黙の後、すっと、山崎さんが立ち上がった。心臓が冷たくなる。
怒らせてしまった……
この優しい人を、私は、私は……
「…………」
山崎さんは無言で玄関の方に……、と?
「え」
急に視界が暗くなった。電気……山崎さんが電気を消したんだ、と気が付いたのと同時に、
「………え?」
ふわり、と体が浮きあがった。お姫様抱っこ、だ。すごく、安定してる。慣れてるんだ……
「山崎さん……?」
「山崎じゃないです」
「え?」
暗闇の中、静かな静かな声……
「目をつむって」
「え」
「ここにいるのはあなたの好きなあの人だと」
「………」
「あの人だと思ってください」
そして、優しく優しく、ベッドに下ろされた。
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お読みくださりありがとうございました!
本当は昨日ここまで書くつもりでした。
明日はR18!久しぶりーーー楽しみだーーー!
あ、山崎君がお姫様抱っこに慣れているのは、
団地の上の階のおじいさんの介護を手伝うときがありまして、その賜物です。
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