2016年3月20日(日)
最近、渋谷慶・桜井浩介カップルの世話になりっぱなしだ。
戸田さんの部屋で、目黒樹理亜の話を聞いていたら、横浜の家に帰るための最終電車を逃してしまい……
ダメ元で渋谷に連絡したら、OKをもらえた。「迎えにいくぞ?」と言ってくれたけれど、さすがにそこまで甘えられない。渋谷と桜井の住むマンションの最寄り駅への終電にギリギリ乗り込み、駅からぽつぽつ歩いて行ったら、到着が深夜1時になってしまった。
「いらっしゃーい♪」
でも、桜井が機嫌良く出迎えてくれた。絶対桜井には邪魔にされると思ったのに……
「ごめん。こんな夜遅く……せっかく明日休みだから二人でゆっくりしたかったんじゃない?」
言うと、桜井はニコニコと、
「だーいじょーうぶ♪ だってさーおかげで2回目………ぐあっっ」
ゴッとすごい音がして、桜井がつんのめった。その後ろに腕組みをした渋谷が不機嫌そうに立っている。
「お前、いい加減学習しろ。余計なこと言うな」
「い……言いません……」
腰を押さえてうずくまっている桜井……。蹴られた?蹴られたのか……。い、痛そう……。
そんな桜井を横目に、渋谷は手招きしてくれ、
「山崎、入れよ。ちょうどコーヒーがおちたところだ」
「あ、ありがと……」
い、いいのかな……と思いながら、リビングに行くと、桜井も壁につかまりながらヨロヨロとついてきた。
「けいーひどいーちょっとは心配してー」
「うるせーばか。自業自得だ」
渋谷、冷たい。
こうしていると、本当にただの高校の同級生に見える。だから、二人が恋人関係にあるということを、未だに忘れてしまう時がある。でも………
「ほら、浩介、どっちだ?」
「小さい方ー」
「ん」
二人にしか分からない会話。小さく笑い合う時に絡める愛しそうな視線。
(夫婦ってこういうのをいうんだよな……)
まさしく、オレの中の理想の夫婦像だ。
記憶の中の両親は、あまり一緒におらず、いてもお互いの存在を消し去っているような、冷たい風が吹いていて………
(戸田さん……)
ふいに、今日繋いだ手の温かさを思い出す。
『朝まで……』
誘惑に駆られて、誘いの言葉を口走ってしまった直後、目黒樹理亜が現れ、そんな話は立ち消えた。
でも、今となっては、樹理亜のタイミングの良さに感謝している。
オレと戸田さん……もし、これから、友達以上になって、共に生活できるような日がきたとしても………
(いつの日か、離れてしまう。父と母のように……)
こうして、同性という壁も乗り越え24年も付き合っている二人を目の当たりにしてもなお、どうしてもその思いを止めることができない。
愛は永遠ではない。別れの辛さを味わうくらいなら……今はこんなに愛しいと思う戸田さんのことを、興味がなくなり、一緒にいたくない、と思うようになる日がくるくらいなら……
(友達以上になんかならない方がいい)
今のままでいい。これ以上踏み込むべきではない。
***
目黒樹理亜の話を理解するのには少し時間がかかった。
元々ノリだけで話をするような子で、説明をしたりするのは苦手らしい。
「すっごかったよー。ママちゃんがこう、アイスピックでグサグサグサッて!バリバリ!ガンガンガーンみたいな!もうウワー!ギャー!だよー」
こんな感じの話を、戸田さんが軌道修正しながら聞いてくれて分かったことは、
『樹理亜は母親に、ネイルサロンの店を出す件は辞退したいということを正式に申し出た』
『激昂した母親に、スマホをアイスピックで破壊された』
『でも、最終的には、勝手にしろ、と言ってもらえた』
『ストーカー佐伯にも、たぶん納得してもらえた』
ということだった。
今日は母親のところに泊まりにいってくる、と言ってバイトを休んだ手前、陶子さんのマンションに戻ることもできず、記憶を頼りに戸田さんのマンションを訪れたそうだ。スマホを壊され、誰にも連絡できないから困った、と楽しそうに言っていた樹理亜……。
「頑張ったね、樹理ちゃん」
優しく戸田さんが言うと、樹理亜は「えへへ」と得意そうに笑っていた。
「そうは言っても、まだ油断はできませんが」
玄関口に送ってくれながら、戸田さんがコッソリ言っていた。
「樹理ちゃんの『ママには樹理亜しかいない』という強迫観念はまだまだ根強く残っています。そこを母親に強く突かれたら、また同じことを繰り返します」
「…………」
「そこを突かせないために、もう一度、弁護士の庄司先生に間に入っていただきたいので、桜井さん達にも……」
「分かりました」
肯くと、戸田さんはホッとしたように胸に手を置いた。
「樹理ちゃんには、母親の付属品ではない『自分自身』を確立してから、母親と向き合えるようになってほしいんです」
「…………」
戸田さんはそういっていたけれど……
おそらく、樹理亜に刷り込まれた『ママには樹理亜しかいない』という強迫観念は、生半可なことでは溶けることはないだろう。それはきっと、戸田さんよりも渋谷達よりも、オレの方が理解してあげられる感情。
『お母さんには、卓也しかいないから』
子供の時、たった一度言われただけのオレですら、いまだに覚えている言葉。母親の存在は絶対で唯一。守らなくてはならないものだった。
『お母さん、安心して。僕が、ずっと、そばにいるから』
10歳のオレが約束した言葉……
オレは……オレは………
「山崎?」
「!」
ポンッと腕を叩かれ、我に返る。
樹理亜の話を渋谷達に報告しているところだったのに、記憶が飛んでしまっていたようだ。慌てて話を続ける。
「あー……ということで、明日、オレから庄司先生に連絡することになってる。桜井たちに話がいくことはないと思うけど、現状の報告だけはしておいた方がって戸田さんが」
「……分かった」
神妙な顔をして桜井が肯いた。渋谷は難しい顔をしたままだ。思わずフォローするためのように言葉を繋ぐ。
「樹理ちゃんが言ってたよ。こないだ渋谷の家で過ごしたのがすごく楽しかったって」
「……そうか」
「こういう日が毎日だったらいいのにって」
「…………」
「…………」
樹理亜が今まで過ごしてきた日々を思って、それ以上は言葉にできない……
しばらくの沈黙のあと、桜井がポツン、と言った。
「おれにはさ……慶がいたから」
「え?」
何の話だ?
「目黒さんにも、慶みたいな人が現れるといいね」
桜井は3人分のカップをお盆にのせると、すっと立ち上がった。
キッチンにいくその背中を見送りながら、「どういう意味?」という視線を渋谷に送ると、
「あいつも……まあ、親と色々あったからな」
「…………」
「でも、今はもう、大丈夫」
渋谷は独り言のように、でも、力強く言いきると、立ち上がり、キッチンに消えていった。洗い物の音の間間で、二人が何か話しているのが聞こえてくる。
「…………」
親子の数だけ、親子の形がある……
でも、親も子も、一人の人間であって、それぞれに人生があって……
「…………」
そんなことを思いながら、リビングのソファーに座っていたのだけれども、渋谷と桜井はなかなかキッチンから戻ってこなかった。そのうち、話し声は止まり、水道の流れる音だけが聞こえてきて……
「…………」
なんとなーく……キッチンの様子が想像できて、その場から動けなくなってしまった。
これ、オレ、確実にお邪魔虫じゃね?
うーん……と思いながらソファーに沈んでいたら、そのうち眠ってしまい……
「!!!」
はっと目覚めたら朝だった。
時計を見て、焦る。
やばい。今日は朝から、住んでいる団地の花壇清掃があるんだった!
かけてくれていた毛布をたたみ、トイレに行ったりしていたら、渋谷が起きだしてくれた。
「送ってくぞ。第三京浜飛ばせば30分で着く」
というお言葉に甘えて、車で送ってもらう。
何から何まで、申し訳ない……
おかげで集合場所の公園内には5分前に到着したのだけれども……
「…………あ」
母が、隅っこの方で一人立っているのが目に入り、慌てて母の元に駆け寄る。
「ごめん、遅くなって……」
「やだ、なに帰ってきてるの」
母が眉を寄せて言う。
「さっさと彼女のとこ戻りなさい」
「は?」
彼女? 何のことだ?
「何言って……」
「私が知らないとでも思ってるの?」
なぜか勝ち誇ったように言う母。
「ここ最近、妙に服装に気を使うようになったし、下着だって全部新しいのに買い替えたでしょ」
「……………」
「昨日だって彼女と一緒だったんでしょ? 帰ってこないから、上手くいったんだって安心してたのに、ばかねえ、こんな早く帰ってきたりして。呆れられちゃったでしょ?」
バシバシ、と叩いてくる母……
「もう、いいから。早く戻りなさい」
「だから、違……」
「ほら、いいから」
ぐいぐいと背中を押され、公園から押し出されてしまう。
「お母さ……」
「いいから!」
鋭い、怒ったような口調に、もう、何も言えなかった。
人が集まっている方に歩いていく母の後ろ姿は、怒っているようにも見え……寂しそうにも見え……
オレは、痛くなった胸を押さえながら、その場に立ち尽くしてしまった。
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お読みくださりありがとうございました!
浩介が言いかけた「二回目……」の話は何かといいますと、
山崎から連絡があった時点ではすでに一回戦終了してまして、
慶がもう今日はしない!って言ってたのです。
で、急遽山崎がくることになり、浩介がブーブー文句をいってたら、
それを黙らせるために、慶が山崎がくるまでの間に二回戦を仕掛けてくれた……ということでした。
ちなみに、
「ほら、浩介、どっちだ?」
「小さい方ー」
↑これ、コーヒーカップの大きさを聞いてました。大きいサイズと小さいサイズがあるのです。
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