2016年3月19日(土)
「で、山崎さんとはどうなってるの?」
「…………。どうもなってないよ?」
中学時代からの友人・明日香に問われ、用意していた言葉を即答する。本当のことなんて言えるわけがない。
エッチ済み。なのに、キスはまだ。抱きしめられたこともない。唯一、手だけは一度だけ繋いだ。
………………。
どう考えてもおかしな関係だ。
先日のホワイトデーでは、食事に連れていってくれて、帰りはうちまで送ってくれ、花束のプレゼントまでくれた。(山崎さん、ずっと大きな紙袋を持ち歩いていた。たぶんプレゼントなんだろうと思って、あえてツッコミ入れなくて正解だった……)
帰り際、頬のあたりに手を伸ばされたので、
(…………キス?)
と、思って、ドキッとしてしまったのに、その手は途中でパタンと下ろされ………
「おやすみなさい」
山崎さんは深々と頭を下げ………頭を下げたまま、後ろ向きに出ていってしまった……。
『友達からはじめませんか?』
私のことが好き、といってくれたのに対して、そう答えたのは私だ。そう。私ですけど………
(あれは、確実にキスするタイミングだったのに……)
今どき、中学生だって、もうちょっとちゃんとしてるっつの。……って、別に期待してないけどっ!!
(もしかして……)
考えてみたら、「好き」とは言われたけれど、「付き合って」と言われたわけではない。律儀に「友達」の関係を貫いただけかもしれないけれど、もしかしたら、「友達」以上に進む気はない、ということなんではないだろうか。
(……別にいいけど)
なぜだかモヤモヤする。
当たり前だけど、そんなこと知らない明日香がケロリと言ってきた。
「なんだ。菜美子がメイク変えたのは、山崎さんのためなのかと思ったのに」
「………。違うよ」
メイクを変えたのは自分のためだ。ようやく、ヒロ兄の奥さんの真似から卒業できた。………まあ、変えられたのは、山崎さんのおかげだけど。
明日香は私の頬をつつくと、ニッと笑った。
「まーでも、すごくいい。似合ってる。っていうか、私、今まで散々、こういうメイクをおすすめしてたよね?」
「……だから、そろそろ、明日香の言うことをきいてみようかなと思ったわけですよ」
「あら、ようやくですか。長かったねー?」
「……ごめん」
ホント長かった……。なんてことは話したくない。
「そういう明日香は、溝部さんとどうなってんの?」
これ以上ツッコんでほしくなくて、質問返しすると、明日香はあっけらかんと、
「どうもなってないよ。ていうか、どうもならないでしょ」
「えっバレンタインとか誘われなかったの?」
当然の質問に、明日香は肩をすくめた。
「バレンタイン仕事だったし」
「でも、その前後とか……」
「その前後も仕事。ライン入ってたけど、読んだの何日か経ってからだったんだよね」
「…………」
忘れてたけど、明日香は仕事のことになると、鬼モードになるんだった……。
明日香は輸入雑貨の店に勤めている。バレンタインやクリスマスといったイベントは書き入れ時のため、常に出勤しているのだ。
「今年、売り上げあんま行かなかったんだよ。年々、バレンタインはダメになってく。今やハロウィンの方が売り上げいいよ」
「そうなんだ……最近のハロウィン、すごいことになってるもんね」
なんて話をしていたところ、襖が開かれた。ひょこっと顔を出したのは、溝部さん。
今日は、バーベキュー合コン内から生まれたカップルの結婚式の二次会の幹事会議のため、都内の個室レストランにきているのだ。
「おー菜美子ちゃーん、イメチェン!? いいじゃーん」
あいかわらず明るい溝部さん。やっぱりヒロ兄に似てる。セリフも、言い方も……
条件反射的に、胸が高鳴ってしまう自分に苦笑する。
「遅くなって申し訳ありません」
続いて入ってきた山崎さん。あれから、ラインのやり取りはしたけれど、直接会うのは初めてだ。
「…………」
思わず、ジッと見てしまう。地味で、大人しくて、自分のことより人のことで。変に鋭いくせに、わりと天然。そしておそらく、愛情に関して何らかのトラウマを抱えていることも、今までの観察で分かっている。『イイ人』に見えて、実はちょっと面倒くさい人。……少しもタイプじゃない。
山崎さん、私のことをチラリとみて、軽く会釈すると……すっと視線をそらした。
(……なんなの?)
なんか……腹立つ……。
***
二次会は、かなり盛大に行われることになっているそうだ。
結婚式と披露宴は身内だけで行うが、二次会は合わせて100人近い友人達を呼ぶことになるらしい。会場の予約と案内状の送付は新郎新婦自らやってくれるそうで、私達は企画、構成、進行を担当する。
「総合司会は菜美子ちゃんで、山崎が補佐で」
「え」
溝部さんの提案に、思わず「え」と言ってしまったが、誰も気に留めてくれなかった。溝部さんはニコニコと続ける。
「それで、ビンゴ大会の司会は明日香ちゃんとオレね?」
「商品、うちで買いません? 社割ききますよー」
「おお、是非!」
溝部さんの狙いはやっぱり明日香だ。分かりやすい。2人が盛り上がっているのを横目で見ていたら、
「あの……戸田さん」
「………」
遠慮深く、山崎さんに声をかけられた。
「いつがご都合よろしいですか? 作業の日程を……」
「………そうですね」
手帳を出しながらも、なぜかイライラが止まらない。何をイライラしてるんだろう、私。
深呼吸をして、落ちつかせてから、山崎さんに向き直る。
「私は休みは基本、日曜日と金曜日なんです。山崎さんは土日ですよね?」
「そうですね、基本は。時々仕事の時もありますが……」
山崎さんは肯くと、ふいっと、溝部さんと明日香の方に視線を向けた。
「細かい原稿はともかく、プログラム構成はみんなで考えるよね?」
「おーそうだな。さすが山崎、なんかイベントなれしてるなー」
「いや……大まかな流れだけでも今日決められるなら、次回までにそれに沿った進行表作ってくるから」
「なんか分かんないけど、任せた!」
「いや、任されても……」
苦笑した山崎さん。手帳を見つつ、明日香を見上げた。
「明日香さんはシフト制なんですよね?」
「ええ。すみません、月末にならないと翌月の予定わからないんですよー」
「そうですか……。一度、二次会の会場を見に行った方がいいと思うんですけど……」
「…………」
なんだろう。ますます、更に、イライラしてきた。
なんだろう、何がこんなにムカつくんだろう?
「戸田さん?」
「え」
目の前で手を振られ、我に返る。
我に返った途端に、自分の追加のイライラの原因に気が付いてしまった。
(なんで私は「戸田さん」で、明日香のことは「明日香さん」なわけ?)
………………。
どうでもいい。どうでもいいことなのに………
なんかムカつく!!
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お読みくださりありがとうございました!
なんだか話が進まず………でも、菜美子の気持ちはちょっと進んだ?の回でした。
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こんな地味な話に本当にありがとうございます(涙)
よろしければ、また次回も宜しくお願いいたします!
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