***
車で迎えに行ったところ、相澤侑奈はこちらが拍子抜けするほど素直に「お願いします」と言って助手席に乗り込んできた。
後部座席ではしゃいでいるライトを黙らせて、「言いたくなかったらいいけど」と、前置きつきで理由を聞いてみたら、これまた素直に話してくれた。
「父が、再婚するって言って、女の人を連れてきたんです」
「……………」
う、と詰まってしまう。
おれが一番寄り添うのが難しい分野の悩みでの家出だったとは……
黙ってしまっていたら、侑奈は大きくため息をついた。
「まあ、それはどうでもいいんですけど……」
「え」
いいんだ? どうでもいいんだ?
「父が『これでお前も家事から解放されるだろう』って言ったんですよ。すごい失礼だと思いませんか?」
「失礼?」
「私、家事は完璧にこなしてました。それなのに、家事のために再婚するみたいな言い方……私にも失礼だし、相手の女性にも失礼」
侑奈は吐き捨てるように言った。
「なのに、そのオバサン、バカみたいにニコニコしてて……」
「……………」
「今日の文化祭も二人で見に来てて。『私も子供の頃ピアノ習ってたのよ~』とか言っちゃって。ピアノと吹奏楽のフルート、全然違うっつーの」
「…………」
「父も、今まで一度も文化祭も演奏会も聴きにきたことないくせに、女に言われたらホイホイ聴きにくるなんて、ホント馬鹿じゃないの」
どうでもいいと言ったわりには、文句のオンパレードだ。
「これからはその人が家にいるから寂しくないだろうって……、あー、ありえない。ホントありえない。寂しいなんて思ったことないし、だいたいそんなオバサンが家にいたら、友達も呼べなくなるし、ホント迷惑」
「………相澤さん」
迷いつつ、口を挟む。
「それ、お父さんには……」
「言いました。もう少しハッキリと」
これ以上ハッキリ!?何言ったんだ!?
というツッコミの前に、侑奈は肩をすくめた。
「で、気に入らないなら出ていけ、と言われたので、出てきたんです」
「………なるほど」
ようは親子喧嘩、ということだ。
こんな風に親に言うなんて……おれには想像もできない。
「ユーナちゃんさ~彼氏を頼らないでオレを頼ってくれてホント嬉しいよ~」
「だから、別に頼ってないって」
後ろから身を乗り出したライトにバッサリと言い返した侑奈。
「ポケットに割引券が入りっぱなしで、なんとなく暇潰しに見にきたら、あんたがたまたま出てきただけでしょ。って、さっきも言ったよね?」
「聞いた聞いた~!」
ユーナちゃんってば、めちゃめちゃ気強い!めちゃめちゃ可愛いっ!あーもー可愛すぎる!!
と、一人身悶えているライトは置いておいて、侑奈に向きかえる。
「で、うちに帰る気に……」
「なってないけど、帰らないとですよね? 明日から停学ですか?」
「あー……いや……、一応おれが到着したのほぼ10時だったから、大丈夫じゃない?」
「え」
目をパチパチさせた侑奈。確かに美少女だな……
「捕まえるために来たんじゃないんですか?」
「捕まえるって……」
苦笑してしまう。
「もしかして、停学処分になりたかった? お父さんに心配かけたかった?」
「まさか」
侑奈はふっと笑うと、窓の外に目をやった。
「うちの父、そんなことで心配したりしません」
「そうなの?」
「むしろ私を揶揄うネタができて喜びそう……」
「………」
そのちょっと笑った横顔を見て確信する。この子、お父さんのこと好きなんだな……。きっと仲の良い親子なんだろう。言いたいこと言い合って喧嘩して、でも信頼し合ってて……
(………大丈夫そうだな)
きっと、再婚の話もこれから話し合って解決していけるだろう……
おれとは大違いだ。
***
もうすぐ侑奈の家につく……というところで、
「先生、停めて!」
「え」
急に叫ばれ、慌ててブレーキを踏んだ。停まった途端、侑奈がドアをあけ、道路の反対側に向かって叫んだ。
「泉!」
見ると、侑奈の友人の泉君が携帯をかけながら歩道に立っている。泉君はこちらに気が付くと、
「ユーナ! って、なんで桜井ー!?」
車の中にいても聞こえるくらい大きな声でおれの名字を叫び、慌てて「そっちに行く」という仕草をした。
「泉君、もしかしなくても、相澤さんのこと探してたんじゃない?」
「あー……お父さん、余計なことを……」
再び座り直した侑奈がブツブツ言っているところに、猛ダッシュで道路を渡ってきた泉君が、窓から顔をのぞかせた。
「センセー、停学はちょっと待って! 明日ユーナ出番が……っ」
「ああ、泉、大丈夫。桜井先生は味方」
パタパタと手を振る侑奈。
「先生と10時に合流したから見逃してくれるって」
「ホントは5分くらい過ぎてたけどね」
うひゃひゃひゃひゃ、と後部座席に座っているライトが笑ったのを、侑奈が「うるさい」と一喝する。そこではじめてライトの存在に気が付いたらしい泉君がギョッとして後ずさった。
「うわ、お前、ヤマダじゃん。なんでいんの?」
「ユーナちゃんとデートしてましたー」
「してないから」
ばかじゃないの?と言った侑奈の言葉に、「わあ~それもう一回言ってー!」と騒ぎはじめたライト。
侑奈でなく泉君が「ばかじゃねーの?」と呆れたように言ってから、おれの方に向き直った。
「センセー、ユーナの家いくよね? 裏道誘導するからついてきて?」
「ああ、うん……」
さっと走っていく泉君。背が高いわりにすばしっこさを感じる子だ。
対向車が来たらアウトな細い道を通り抜けた先に、何棟かの団地が現れた。その少し先に、背の高い影。侑奈の彼氏であり、泉君の親友でもあるバスケ部の高瀬君だ。こちらに手を振っている。
すると泉君がおれの横まで小走りに戻ってきて、
「今、諒が立ってるとこが来客者用駐車場だから、そこに停めて。オレ、使用許可書取ってくる」
「ありがとう……」
そのまま階段を駆け上がっていった。本当に小回りのきく子だ。感心してしまう。
「相澤さん」
ここで降りる?と言おうとしたけれど、言葉を飲んだ。さっきまでと違う、固い表情……。
なんとなく言えず、乗せたまま駐車場に入れる。先ほどまでふざけていたライトも、侑奈の異変を察したのか押し黙っている。
車が停まると、侑奈は意を決したように車から降りた。
「………ただいま」
高瀬君の前に立ち、ぼそりと言った侑奈の声が聞こえてくる。先ほど泉君と話すために運転席側の窓を開けたのがそのままになっているため、車内にも声が聞こえてしまっているのだ。
「相澤……」
悲しいような笑顔の高瀬君。
「心配したよ?」
「………嘘ばっかり」
侑奈が小さく言った。
「私の心配なんかしてないくせに」
「…………」
「諒は、私のことを心配してる泉のことが心配なだけでしょ」
「そんなことないよ」
「あるよ」
痴話喧嘩……にしては、何か変な感じ……。泉のことが心配って……?
出ていくに出ていけなくて、携帯をいじっているふりをしながら車内に残る。ライトも同様に思ったのか、黙って座席に沈んでいる。
外にいる二人は、車内には聞こえないと思っているようで、話を続けている。
「相澤……どうした? 昨日から変だよ?」
「別に」
高瀬君の優しい声と侑奈の抑揚のない声が交差する。
「別にって顔じゃないよ」
「別にって顔だよ。……っ!」
両頬を囲まれ、絶句した侑奈。
「諒……っ」
「もしかして……もう嫌? 別れたい?」
「そんなこと……っ」
そのあとのセリフは聞こえなかった。高瀬君が侑奈を抱きしめたからだ。耳元で何か言われているのか、侑奈がしきりと首を振っている……
(あ………、泉君)
ちょうどそこに許可書らしい紙を持った泉君が戻ってきた。二人の抱擁に気がついて立ち止まったようなのだけれども……
「…………?」
何か違和感がある。
突っ立って、二人の姿を見ている泉君の表情は、先ほどまでの快活なものではなく……
(笑ってる……? けど……)
口元は笑を浮かべているけれど、瞳は笑っていない。暗い……暗い瞳。その瞳に名前をつけるなら……
(深淵……)
そんな瞳だ。
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お読みくださりありがとうございました!
時間が空いた上にまた地味な話でm(__)m
歪んだ三角関係に限界が……
侑奈さん「自分は泉の身代わりでいい」と言いつつも、この数ヵ月、体を重ねてきたのは自分だけという自信みたいなものがありました。……が。前日、諒が泉に抱きついているところを目撃してしまい、やっぱり諒が好きなのは泉なのだと改めて思い知らされ……。
その上、自分だけを愛していると信じていた父親が再婚相手を連れてきたため、情緒不安定になっております。
続きはまた明後日……もう一回浩介視点で。
どうぞよろしくお願いいたします。
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