諒が交通事故にあってから一週間たった。
桜井先生が庇ってくれたおかげで、諒は打撲だけですんだ。だから、すぐに登校できたはずなのに、結局一週間学校を休んで……ようやく今日から学校には出てきた。
でも、一言も口をきかないし暗いし怖いし、まるで事故にあって別人になってしまったかのようだった。
「傷が痛むのか? 桜井に申し訳ないとか思ってんのか?」
泉はいつもの調子で諒にまとわりついていたけれど(さすが鈍感サル。私は怖くて近寄れない)、でも、そういう泉も、事故当初は相当おかしくなっていた。
あの時……救急車が来るまで、泉は気を失った諒を抱き抱えながら、ずっと言っていた。
「ごめんな、諒、ごめん。約束守れなくて、ごめん。助けてやれなくて、ごめん」
なんで泉が謝るのか、意味がわからない。でも、泉はずっとずっと謝り続けていて……
その後、救急車で運ばれた諒を追って、私達もタクシーでその病院に移動した。
検査の結果、打撲のみだと分かって安心してから、
「ねえ、なんでさっき謝ってたの?」
「え?」
泉に聞いたけれど、泉はハテ?と首をかしげた。
「謝る? なんの話だ?」
「さっき、諒にしきりと謝ってたじゃん。約束守れなくてごめん、とか。約束ってなに?」
「…………は?」
泉は「何言ってんだお前?」と、こちらがおかしなことを言ってるみたいな顔をして、
「そんなこと言った覚えねえよ」
「えーでも……」
「言ってない」
そして、ぷいっと行ってしまった。
でも、私、絶対聞いたし……と、もやもやもやもやしていたわけだけれども………
「うんうん。オレも聞いたよ~♪」
「でしょ?!」
ボランティア教室でライトに会えたので聞いてみたら、同意してくれたので嬉しくなって叫んでしまった。
「だよね? 言ってたよね!」
「言ってた言ってた~。泉君、ちょっと変だったよね~はじめビックリするくらい叫んでたしねー」
ライトはうんうん頷いてから、
「しかもさ~、あのあと泉君、合コン断ってきたんだよ。人がせっかく設定してやった専門学校のお姉さまとの合コン……」
「え、そうなの?」
ついこないだ合コンの心得を教えろとか言ってたのに……
「今日終わったら一緒に泉君のバイト先突撃しようよー」
「あ、いいね。いこっか」
「いこいこ!」
二人で盛り上がっていたら、事務の高橋さんに声をかけられた。
「侑奈ちゃん、マリサちゃん来たからお願いできる?」
「あ、はい!」
裏のお茶飲みスペースから出て、玄関に迎えにいく。大きな丸い黒い目に、くるくるした黒髪の可愛い女の子が、私の顔を見るなりニコッと笑った。
「ユーナちゃん、いた」
「マリサ!」
可愛くて可愛くてしょうがない。小学校1年生のマリサ。ぎゅーぎゅー抱きしめてからまっすぐ目を合わせる。
「宿題ある?」
「かんじ、さんすう、おんどく」
「おっけー。頑張ろう!」
手を繋いで教室の中に入る。畳の良い匂い。入るなり、他のボランティアさんから声をかけられた。
「マリサちゃん、今日はユーナちゃんいてよかったね」
「うん」
こくん、と頷いてくれるマリサ。マリサは一ヶ月前、私がボランティアに参加してすぐの頃からこちらに通うようになった子だ。母親がインドネシアの人で日本語が不自由なため、こちらで勉強を見てあげることになっている。
「マリサ、ユーナちゃんがいい」
「マリサ……」
再びぎゅーぎゅーしてしまう。他の誰かの代わりでなく、私自身を求めてくれるマリサが愛しくて仕方がない。
「あ、いいなー、マリサ」
ライトも教室に入ってきて軽口をたたいてくる。
「ユーナちゃん、オレも~~」
「ばか」
迫ってきたライトをグーで押し返すと、マリサも他のボランティアさん達も楽しそうに笑いだした。
自分自身が受け入れられていると実感できる場所。ここは本当に居心地がいい。
泉の働く和菓子屋さん(泉のおじいちゃんのお店だ)を訪ねると、ちょうど泉が上がる時間だった。
「諒も呼び出して4人で飯食おうぜ~」
泉がニコニコと言って、諒に誘いのメールを打ちはじめた。あんな不機嫌な諒を普通に誘おうとする泉の鈍感さが羨ましい……。
「お~。そしたら母ちゃんに飯いらないって連絡しないと……」
そういって、ライトは母親に連絡したのだけれども、
「すみませーん、うちのママン、今わりと近くにいるらしくて、参加したいと言ってるのですがいいでしょうかー?」
「もちろん!」
泉と二人即答する。
ライトの母親とは、事故の日にはじめて会った。見た目は私達と年齢が変わらないくらい若くて、美人。でも、当たり前だけど、中身は大人で、あの時、すぐに救急車をタクシーで追いかける手配をしてくれたのは彼女だった。彼女がいなければ、あの時私たちはその場に立ちつくしたままだっただろう。
「ライトの母ちゃんのこと、諒に紹介できてないからちょうどいいな」
「お~。母ちゃん、バスケの試合見てる時から、高瀬君に興味津々だったから喜ぶよ~」
そう私達は盛り上がっていたのだけれども………結局、諒は待ち合わせのパスタの店には現れなかった。
***
翌日は、午前授業だった。
「帰り、諒も誘って昼メシ食って帰ろうぜ?」
「………………」
昨日も来てもらえなかったのに、めげてない泉……その鈍感さ、尊敬に値する……。
でも、帰り学活が延びてしまったため、他のクラスよりも終わりがずいぶんと遅くなってしまった。
「諒、先に帰ってねえだろうなあ……」
「………」
こんな時、いつもの諒ならば、泉と私のクラスの前の廊下で待っていてくれるのに、やっぱりいなかった。
「諒のクラス行ってみようぜ?」
「うん……」
階段を下りて、諒のクラスの教室の方へ進む。もう人の気配がしない階……。でも、諒のクラスの方から女性のはしゃいだような声が聞こえてきた。聞いたことあるような、ないような……
そう思いながら、諒のクラスの教室のドアから顔をのぞかせ……息を飲んでしまった。
(……諒っ)
窓際の諒の席、机に腰かけた長い髪の上級生……前に諒と付き合ってた人だ。その女が座っている諒の頬に手を添えていて、
(あ……キス、する)
髪をかきあげながら、ゆっくりと顔を諒に近づけ……
「諒!」
「!」
ガンッとものすごい音が横でして、ビクッと飛び上がってしまった。泉がドアを蹴ったのだ。元カノも、驚いた顔で固まっている。でも、諒は無表情でこちらを見返していて……
「お前何やってんだよっ」
泉がツカツカと諒につめよる。
「浮気は許さないって言ったよな? 据え膳にもごめんなさいするって約束したよな? 忘れたのか?」
「…………」
ふっと冷たく笑った諒……
「なんでそんなこと言われなくちゃなんないんだよ?」
「なんでって、お前にはユーナが……っ、ちょ、待てよっ」
立ち上がって出て行こうとする諒の腕を泉が掴む。
「お前、なに考えて……」
「相澤とは別れる」
え?
いきなり宣言されて、固まってしまう。諒は冷たい視線を私に向けると、
「相澤も本当はもう限界だったんだろ?」
「え……」
「だからこの一か月、二人きりになるのさけてたんだよな?」
「それは……っ」
「別れてやるよ」
「……っ」
氷のような目……怖い。言い訳のできない雰囲気に口をつぐんでしまう。
「諒、お前……っ」
「離せよ」
諒は泉の腕を振り払うと、吐き捨てるように言った。
「そっちはそっちで勝手に合コン相手と仲良くやってろよ」
「は?」
「相澤もライトと付き合えばいい」
「え?」
意味が分からない。呆気にとられている間に、諒は教室から出て行ってしまった。元カノが甘えた声で諒の名を呼びながら追いかけていく。
「諒……」
「な……なんなんだよあいつっ」
泉が諒の机を蹴った音が教室の中でこだまする。
あんな目、あんな言い方する諒、初めてみた。本当に別人みたいだ……
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お読みくださりありがとうございました!
やさぐれ諒君の回でした。
そして鈍感・泉君。うーん……本当に鈍感なのか、鈍感のふりをしているのか……そこらへんは追々……
さてさて。作中2001年のため、本当は使いたいけど使えない言葉があります。
今回「セカチュー、ハグ、イケメン」を我慢しました。
諒を抱きかかえて叫ぶ泉の姿が「セカチューみたいだった」とライトに言わせたかったのですが、あいにく「世界の中心で愛を叫ぶ」の小説の刊行は01年4月ですが、映画は04年5月……。
「ハグ」も、侑奈とライトは使っていいのかな?とも思ったのですが、英語で会話している時ならともかく、日本語で会話している時には言わないだろうと思って避けました。
私が「ハグ」という言葉をハッキリと認識したのは、宇多田ヒカルさんが学校の校門の前かなんかで男友達とハグしているところを写真週刊誌にとられて、「ハグくらい普通するでしょ? みんなしないの?」というようなコメントをしたのを読んだ時でした。「へ~~~外国では『ハグ』っていうんだ~~~なんかオシャレ~~」と思ったことを覚えています。宇多田さんの卒業式?だったかな?そうするとそれこそ01年くらい?ですかねえ??
その後、やんわりと広がりつつ……、05年10月、夏川りみさんの「ハグしちゃお」がドラえもんの主題歌となった頃、一般的になったのではないか、と推測しています。
「イケメン」はもういいかな?どうなのかな?
99年1月発行の雑誌で紹介されたのが最初、という記述を読みましたが……
私の中では01年ではまだ一般的ではなかったような気がしてて……
今は当たり前のように使っている言葉でも、当時はまだなかったっていうのありますよね~。
なんて長々と独り言失礼しました。
次回は明後日更新予定です。どうぞよろしくお願いいたします!
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