夏休みに入って3日目。
最高気温35度以上になるという猛暑日の中、諒がうちに来てくれた。
「別れるなら別れるで、きちんと会って話しがしたい」
そうメールしたのに応えてくれたのだ。
炎天下の中を歩いてきたはずなのに、汗ひとつかいていない涼しげな諒。その顔を見上げて、あらためて本当にキレイな顔をしているな、と思う。
いつもは、玄関を入って廊下右手の台所を通ってリビングに行くんだけど、今日ははじめから正面の私の部屋に案内した。
「彼氏彼女の関係でいられたのは、この部屋の中でだけだったから、終わりもこの部屋にしたい」
そう言うと、諒は「そうだね」と静かに微笑んだ。
私の部屋とリビングは襖一枚を挟んだ隣同士。泉はいつも、私と諒が恋人時間を過ごしている間、リビングで一人待っていた。どんな気持ちであの時間を過ごしていたんだろう……。
「諒はこれからどうしたいの?」
「……どうって?」
「部活もずっとサボってるんでしょ?」
「……………」
諒は大きくため息をつくと、ポツンと言った。
「部活……もういいかな、と思ってて」
「え」
「元々入りたかったわけじゃないし……」
「そうなの?」
聞くと、諒は自嘲気味にうなずいた。
「そうだよ。泉が入ってほしいって言ったから入っただけ」
「………………」
本当に、諒のすべては泉のためにあったんだな……。
「それなのに、やめちゃうの?」
「…………もういいかな、と思って」
同じセリフを言ってうつむいた諒……
「もう、何もかも、全部、もう、どうでもいい………」
「どうして?」
「相澤だって、オレのこともうどうでもいいんだろ? だからオレ、別れるってこないだ……」
「…………」
諒の手が震えてる……
ベッドに腰かけている諒の隣に座り、その手をそっと包み込む。
「どうでもいいわけないでしょ。今でも好きだよ?」
「じゃあどうして離れようとする?」
諒がすがるようにこちらを見てくる。
「オレはあのままで良かったのに、相澤も泉も変わろうとしてる……」
「…………そうだね」
抱きしめたい気持ちをおさえて、その代わり握った手に力をこめる。
「……ごめんね、諒。私、諒のこと好きだけど………好きだからこそ、身代わりでいることが辛くなってきた」
「……………」
「…………あ、違う」
言ってから気がついて訂正する。
「身代わりにすらなれないことが、辛い」
「……え」
キョトンとした諒の額にそっと唇を寄せる。
「私……、この半年、幸せだったよ」
「相澤」
「大好きな諒からたくさん愛をもらえて、本当に幸せだった」
「…………」
困ったように目をそらした諒の頬を囲ってこちらに向ける。まっすぐに目を合わせて本心を言う。
「だから、私、やっぱり『仲良し3人組』に戻りたい」
「………………」
しばらくの沈黙の後、諒は私の手を頬からはがした。
「…………無理だよ」
「どうして?」
「だって………」
諒はうつむいたままつぶやいた。
「オレ……一緒にいられる自信ない」
「どうして?」
「だって……相澤だって……」
「………諒」
うつむいたままのその手を握り返す。
「諒……泉に打ち明けてみれば?」
「そんなこと」
「できない?」
「できない」
首をふりながら言う諒。
「絶対、言わない」
「…………そっか」
手を離し、再び諒の頬を撫でる。
大好きな諒の頬……白くて滑らかで……
「じゃ、今日でさよならだね、私達」
「…………」
くっと唇を噛み締めた諒。昔から変わらない。つらいこととか困ったことがあると、諒はいつもこうして唇をかんでいた。愛しくて胸が苦しくなる。でもそれをおさえて、顔をあげる。
「そしたらね、お願いがあるの」
「…………なに?」
不安げな諒に、ニッコリと言う。
「最後に、身代わりをさせて」
「え」
「今日はお客さんもいないし、聞かれる心配ないよ?」
「お客さんって」
諒がクスリと笑った。
(ああ、やっぱり大好き)
その笑顔を見て、強く強く思う。
やっぱり諒には笑顔でいてほしい。
だから……
「……諒」
「…………」
手を広げると、諒はぎゅうっと抱きしめてくれた。
大好きな広い胸、力強い腕、耳元で聞こえる心臓の音。全部全部覚えてる……
「諒………」
「ユ…………」
言いかけてやめた言葉を、拾い上げる。
「諒、ちゃんと呼んで?」
「…………」
「最後だから……ちゃんと、お願い。私しか聞いてないから大丈夫だよ」
「侑奈……」
諒は小さく私の名前を呼んでくれると………
息を大きく吸い込んで、大きく吐き出して……
あらためて、私のことをかき抱き……、首元に唇を落としながら、切なく……切なく、その名前を呼んだ。
「ユウマ……」
一度、言葉にすると、堰を切ったように、何度も何度もその愛しい人の名前を呼びはじめた諒……
「優真、優真……優真、優ちゃん……」
「…………」
諒の頭を優しく優しく撫でてあげる。
いつもいつも私を抱きながら、たぶん無意識に言葉にしそうになり、途中で止めていたその名前……。それを聞くたびに、自分が呼ばれているような錯覚に陥って少しだけ幸せになれた言葉。
でも、本当は、そうじゃないって知ってた。諒が呼びたいのは、いつでも泉の名前だけだ。
「優真……優ちゃん……大好き、大好きだよ……」
「……………」
大好きな大好きな諒。
さよなら。恋人だった諒。
もう一度、ぎゅうっと抱きしめてから、力強く押し返した。
諒がハッとしたように、手を離す。
「あ、ごめ……っ、オレ……っ」
「ううん、違うの」
自分でも驚くほど、幸福感に満たされている。
「ありがとね、諒」
その気持ちのまま、リビングに続く襖に手をかける。
「ちゃんと聞いてた? 泉」
そして、襖を開ける。
リビングの窓から陽がさしこんで、私の部屋にも光が届く。
その中で………仲良し3人組で一番の明るい光が呆然とした様子で立っていた。
「大丈夫? 泉優真君?」
久しぶりにフルネームで呼んだけれど、泉は引き続き間抜けな顔をしたまま、石のように固まっていた。
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お読みくださりありがとうございました!
ようやく泉君のフルネームを書けました。
そうなんです。泉は名字なんです。
侑奈と泉は、相澤侑奈・泉優真、なので、出席番号一番と二番です。なので初回の授業中のシーンも前後の席なのでした。
浩介先生は、基本的に学校の生徒のことは名字で呼ぶので、「諒君」ではなく「高瀬君」。そして「泉君」なのでした。
と、いうことで。
一番の嘘つき、泉優真君視点を次回からお送りします。
彼がどうして嘘をつくことを決めたのか……それがこの物語の主題だったりします。(あらやだ、また真面目な話……すみません(^_^;))
次回は明後日更新予定です。どうぞよろしくお願いいたします!
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