「誕生日、何が欲しい?」
侑奈が言うと、彼はなんだか難しい顔をしてうんうん唸ったあげく、
「身長がほしい」
と、真面目な顔をして言った。彼は4月の身体測定で、身長174センチだった。それから約3ケ月。また伸びた気はするけど……。
「泉、今でもクラスで背高いほうなのに、まだ伸びたいの?」
可愛らしく小首をかしげた侑奈に、彼はコックリとうなずいた。
「あと最低でも12センチは」
オレよりも1センチは高くなりたいってことか。出会ったころはオレの方が背が低かったせいか、彼はそのことをすごく気にしている。
「じゃあ、牛乳でもプレゼントする?」
「飲むヨーグルトの方が伸びるって噂きいたんだけど」
「そうなんだ? でもそれ、飲み過ぎると横にも増えそうだよね」
「あー……そっかあ……」
彼と侑奈、こうしていると以前と全然変わらないような気もする。でも……違う。
「あ、私、今日ボランティアだからこのまま乗ってく」
「テスト前日なのに余裕だなー。あ、ライトに会ったら、テスト終わったらメールするって言っといて」
「わかった」
侑奈を残し、彼とオレだけ乗換の駅で降りる。
「じゃーなー」
「また明日」
手を振る侑奈は相変わらずの美少女………最近さらに透明感を増したというか……
「あー明日の英語、ユーナに教えてもらおうと思ってたのになあ……」
「……………」
侑奈の乗った電車を見送りながらボソッと言った彼に、「うちで一緒に勉強しよう」と誘いたいけれど……誘えない。中1の時みたいに、我慢できなくて抱きしめてしまったりしたら……と思うと、怖くて……と、沈んでいたら、
「諒」
「うわっ」
いきなり脇腹を掴まれ、必要以上に仰け反ってしまった。不思議そうにこちらを見返した彼。
「んなビックリしなくても……」
「ビックリするよ……」
彼は知らない。そばにいるだけで、少しでも触れられるだけで、オレの体がどんなに熱くなるのか、どんなに苦しくなるのか……
でも、彼は気にした様子もなくケロリと言った。
「今日、お前んち行ってもいい? 今日も妹の友達遊びに来るっつってたからさーうるさくて勉強できねえから」
「あ………」
生唾を飲み込む。
彼と密室で二人きりになることは極力避けてきた。オレの部屋に彼だけが来るなんて、中1の時以来だ。
「う……うん。大丈夫」
「じゃ、着替えたら行くから」
「うん」
うなずきながらも、自分を落ち着かせようと必死だ。当たり前だけど、彼はいつも通り……いや「いつも通り」というと語弊がある。この一ヶ月で、彼も侑奈も少し変わってしまったのだ。でもこれが「いつも」だと思うようにしなくてはならないのだろうか……。
***
一ヶ月前……文化祭の二日目。
「オレはユーナとどうこうなりたいなんて、思ったことねーよ」
彼が言ったそのセリフにオレは相当衝撃を受けたのだけれども、それは侑奈も同じだったようで、
「あれ、どういうこと?」
文化祭が終わった後、二人で侑奈のうちに行くと、着いた途端、侑奈が彼に詰め寄った。
「私、泉は私のこと好きなんだってずっと思ってたんですけど? 勘違いだったってこと? 相当恥ずかしくない?私」
「あー……いや、それは……」
しどろもどろの彼に侑奈はさらに詰め寄る。
「確かに、直接泉から好きって言われたことないけどさ。でも、他の人から泉は私のことが好きだって言われても、泉、否定してこなかったじゃないの」
「いや、それは、本当、だから……」
「はああああ!?」
「相澤、落ち着いて……」
彼の胸ぐらをつかんでゆさゆさ揺らしている侑奈をどうにか引き剥がす。
「落ち着いてなんかいられないよ! こんな勘違い恥ずかしすぎてっ」
「だからー別に勘違いというわけじゃ……」
「まだ言う?それ!!」
「だからー」
彼は言いにくそうにボソボソと続けた。
「ユーナのことは本当に好きだし、大切だし……」
「………」
「大好きだよ」
「………」
ぎゅっと胸が締め付けられる。そんな風に言ってもらえる侑奈が羨ましくてたまらない……
でも、彼は再び困ったように唸ると、
「でも、恋人になってどうこうしたいっていうわけじゃなくて……」
「………」
またそこに行きつくわけだ……。
「だから、それ『好き』じゃないじゃないの。ちゃんと否定しなさいよ。意味が分からない」
侑奈は首を振ると、オレのことを見上げてきた。
「意味分かる?」
「…………」
オレも首をかしげると、彼は「だからー」と再び声をあげた。
「否定しなかったのは、『仲良し三人組』でいるためには、それが一番良かったからっていうかー……」
「………」
思い返してみると、確かにオレがそういうニュアンスのことを言っても彼は一切否定しなかったけれど、彼が直接的な「好き」と言う言葉を口にしたのは、小6の夏が最後だと思う。………どうして今まで気が付かなかったんだ、とかなりショックではある。思いこみ、というやつだ……。
「じゃあ、今、白状した理由は?」
侑奈は腕を組んで彼を睨みつけた。
「もう『仲良し三人組』をやめたいってこと?」
「まさか!」
必死な様子で首を振る彼。
「そんなことあるわけないだろっ」
「じゃあ、どうして」
「それはー……今後も続けていくためっていうかー……」
「はあ?!」
「相澤、相澤」
再び彼の胸倉を掴んだ侑奈を引き剥がす。
「落ちついて」
「落ちついていられないっ。だって、諒だって、泉が私のこと好きだと思ったから、だから……っ」
「相澤」
変なことを口走られる前に、咄嗟に侑奈を抱き寄せる。「泉が私のことを好きだと思ったから、私のこと抱いてるんでしょう?」とでも言うつもりか? そんなことバラされたらお終いだ。冗談じゃない。侑奈もハッとしたように口を閉じた。
「だからそれは悪かったと思ってるよ」
こちらの内情を知らない彼は、辛そうに眉を寄せると、
「オレがユーナのこと好きだと思ってたせいで、ずっとお前ら付き合わなかったんだもんな」
「…………」
「…………」
そうではない。でも彼の勘違いを否定することもできない。
「オレさ……お前らといる時間が本当に居心地よくて、手放したくなくて」
「…………」
「お前らが付き合ってることはもちろん賛成だし、二人幸せになってほしいと思ってる。……けど」
彼の視線がまっすぐにこちらを向いた。
「やっぱり羨ましいって思う時もあって」
「!」
あわてて侑奈から手を離す。そうだ。保健室でも言われたんだ。「中学で童貞卒業したお前には、現役童貞のオレの気持ちはわかんねーよっ」と……。
彼は、ふっと笑って言葉を継いだ。
「だから、オレにも彼女できたら、そんなこと思わなくなるのかな、とか」
「…………」
「そうしたら、お邪魔虫とか言われなくなるのかな、とか思って……」
「…………」
これが本当に本当の彼の本心かどうかは分からない。分からない、けど……
「オレ、ずっと、諒とユーナと一緒にいたいんだよ」
「……泉」
きっとそのことだけは本心だと思う。だから……
「じゃあ……合コン、頑張って……」
なんとかその言葉を絞りだすと、
「おお。頑張る」
彼は恥ずかしそうに笑った。
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