仲良し3人組、侑奈と高瀬君と泉君の間がギクシャクしている、ということには気がついていた。
でも日に日に、侑奈と泉君は一枚皮が剥けたような印象になっていき、高瀬君だけが取り残されたように沈んだままで………
心配で何度か声はかけていたけれど、不安定さは変わらず、どうしたものかと思っていた矢先のことだった。
文化祭から約一ヶ月後。
バスケ部の試合終了後、会場を出たところで、真っ青な顔をした高瀬君が、人波に逆らって駅とは反対方向に進んで行くのが目に入った。
嫌な予感がして咄嗟に追いかけていき……
「高瀬君!」
軽自動車の前に飛び出した彼の腕を掴んで引っ張って………
それで………
「…………どうしたんだっけ?」
ぼんやりする頭で思い出そうとしたところ、
「浩介っ」
「…………あれ?」
大好きな声がすぐ近くでする。そして目の前に、愛しい愛しい、湖のような瞳が……
「………慶?」
「……………………浩介」
温かい手がグリグリグリと頬を撫でてくれる。
白い部屋……病院のベッドだ。
ああ、そうか。おれ、あの軽自動車にぶつかって、それで、肋骨が何本か折れてるとか言われたんだっけ……
「ばか。お前ばか。ばか」
涙目の慶………。心配してくれたんだ……
「…………慶、仕事は?」
「んなのどうでもいい」
「………………」
仕事よりおれを優先してくれたの?
思わず聞くと、
「当たり前だろ。ばか」
慶は泣きそうな顔で言って、優しく優しく唇を重ねてくれた。
***
文化祭で騒ぎを起こして以来、おれの母も全教職員の間で『丸注保護者』と認定された。
うちの学校では、問題のある親のことを『丸注保護者』と密かに名付けていて、子供の特性その他と一緒に、教職員の間で情報を共有することにしている。
元々、おれの母は時々学校に電話をかけてくるので、母が普通でないことを知っている人はいた。でも、今回の件で全員に知れ渡ってしまい、正式に『丸注』入りしたのだ。
教師のくせに、成人した大人のくせに、親が『丸注』って……ああ、吐き気がする……
「命に別状はないってことだったので、ご実家ではなく、あかね先生に連絡したんですけど、良かったですよね?」
救急車を呼んでくれ、病院まで付き添ってくれた、もう一人のバスケ部顧問の早苗先生に淡々と言われた。あかね先生、というのは、おれの友人の一之瀬あかねのことで、おれの彼女ということになっている。
「はい。ありがとうございます……」
丸注であるおれの母には連絡しないという判断をしてくれた早苗先生。なんて気が利くんだ。生徒をかばって事故にあったなんて知ったら、あの母が何をしでかすか分からない………。
(それで、慶がきてくれたのか……)
あかねから慶に連絡がいったということだ。慶は今、着替えや保険証を取りにおれのアパートに行ってくれている。あかねにはそんなこと頼めないし、頼まれてもどこに何があるかなんて知らないから困ったことだろう。こういう面でも慶がいてくれて助かった、と思う。
「あの、高瀬君は」
「高瀬君、桜井先生のおかげでガードレールに体をぶつけただけですんだんですけど……」
「ああ、良かった」
ホッと息をつく。でも、早苗先生は難しい顔をしたままだ。
「でも、一応検査もして……」
「え?!」
検査?! ドキッとして叫んだけれど、早苗先生は「あ、いやいや」と手を振った。
「検査の結果も異常なし、で、帰宅していいってことになったんですけどね」
「……はい」
「ご両親と連絡がつかなくて……、で、先ほどようやくついたんですけど、お二人とも今日は家に戻れないというので、念のため、今晩は入院することになりました」
「………」
実は、高瀬君のご両親も『丸注保護者』と認定されている。連絡が全然取れないからだ。面談も出てこないため、昨年の担任は両親の勤める会社まで出向いたらしい。会ってみると好印象な母親だったらしいけれど、とにかく忙しくて時間が取れない、の一点張りで困ってしまったそうだ。
「桜井先生は、しばらく入院ですってね」
「はい。ご迷惑おかけしてすみません……」
「迷惑だなんて」
早苗先生は軽く首を振った。
「生徒を助けたんですから。私からもお礼を言わせてください」
「…………」
助けた……助けた、か。
確かに肉体的には助けたかもしれない。でも……高瀬君のあの青ざめた顔が気になる。あの子を本当の意味で助けることはできないんだろうか……。
***
その日の夜、21時過ぎのことだった。
軽いノックのあと、扉が開き、静かに背の高い影が入ってきた。……高瀬君だ。
「………すみませんでした」
いつものクールな感じで頭を下げた高瀬君……。
「骨、折ったって……」
「あ、うん。でも大丈夫だよ」
痛み止めが良く効いている。
「でも何日か入院するって……」
「全然大丈夫」
入院も悪くない。先ほども、個室なのをいいことに、面会終了時間の20時まで慶と甘々な時間を過ごせた。幸せすぎて、ちょっと後ろめたい……なんて思っていたら、
「じゃあ、先生、おやすみなさい……」
「え、待って待って」
早々に帰ろうとする高瀬君を慌てて引きとめる。
「こんなに早く眠れないよ。ちょっと話でもしようよ」
「…………はい」
素直にベッド横の椅子に腰かけた高瀬君。やっぱり背が高い。さっきまで慶がそこに座っていたのだけど、顔の位置が全然違う。リクライニングを起こした状態でベッドにもたれて座っているおれが見上げる感じだ。
「……なんですか?」
「あ、ごめん……」
不躾にじろじろ見ていたので、怪訝そうに言われてしまった。
「高瀬君、背高いな、と思って。さっきまで、おれの……友達が座ってたんだけど……」
「ああ、渋谷さんですか?」
「そうそう」
うなずくと、高瀬君はじっと考えこむような顔をしてから、
「渋谷さん、身長いくつですか?」
「164」
「へえ………いいな」
ボソッとした声。
「オレもそのくらいがよかった」
「え、そうなの?」
背が高くてカッコよくてモテモテの高瀬君。隣の芝生は何とやら……だろうか。
「高瀬君はご両親も背高いの?」
「ああ……そうですね。二人とも、高いです。父はオレより高い……かな」
「え!?そうなの!?」
185センチある高瀬君より高いなんて、高瀬君の父親の年代なら余計に相当高いのではないだろうか。
「それは高い……」
「あ、いや……どうだろう……。オレの方が高いかもしれません。しばらくまともに会ってないので分からないんですけど……」
「…………そっか」
「母も……高いって思ってたけど、実はそんなに高くないのかな……」
「そう………」
丸注保護者……息子とすら会っていないのか………
微妙な空気が流れる……
気まずい……
しばらくの沈黙のあと、高瀬君はぽつりと言った。
「あの……オレの両親、昔からあまり家にいなくて……」
「…………」
「でも、お手伝いさんもいたし……、それに、隣の泉君ちのお母さんが何かと気にかけてくれて、入学準備とか、そういうのもいつも手伝ってくれたりして……」
一度挨拶したことのある、泉君によく似た明るい女性を思い出す。高瀬君のことも自分の息子と同じに扱っていたな……
「だからオレは、親がいなくて困ったことなんて全然なくて」
「……………」
「泉君がいたから、さみしかったこともないし……」
あれ? と思う。泉君がいたからって………侑奈は?
高瀬君は一人言のように言葉を続ける。
「オレはこのままでよかったのに……」
「………」
「でも、変わっちゃったのは、オレだから……」
何だろう……沈んでいく。沈んでいく……、という感じ……
「あの……高瀬君」
なるべく何でもないことのように、言う。
「おれでよければ話、聞くよ?」
「………」
「おれにできること、何かある?」
「………」
すいっとこちらに視線を動かした高瀬君。暗い目をしている……
「………。先生ってそういうこという人でしたっけ?」
「え」
「生徒とも学校とも一定の距離を保ってるって印象だったんですけど……ちょっと変わりました?」
「…………」
前々から思っていたけれど、この子、大人びていて、冷静に周りをよく見ている。
「変わったというか……変わりたいって思ってる」
正直に言うと、高瀬君は目を瞠ってから、「そっか……」と言って、何か考え込むように再び黙ってしまった。
それから何分たっただろう……
ふいに高瀬君が顔をあげた。
「先生、身長何センチですか?」
「え……、77だけど?」
「177……」
3センチ高い……とつぶやいた声が聞こえた。何の話……?
「先生……できることある?って言ってくれたけど……」
「うん」
「あの……」
「?」
高瀬君が、静かに立ち上がり……おれの顔の横に手をついた。
「オレのこと……抱けますか?」
「……………」
ふざけている……わけではなさそうだ。
目が真剣だし、手が震えている。ジッと見かえして……あらためて、キレイな顔立ちの子だな、と思う。
「抱けるっていうのは……」
「セックス、という意味です」
「…………」
何だろう。高瀬君の真意がわからない。
高瀬君が相澤侑奈と付き合う前までは女の子をとっかえひっかえしていた、というのは有名な話で、バスケ部内でも一度問題になったことがある。それなのに、男のおれにこういうことを言うということは、バイセクシャル、ということだろうか? でも……
『3センチ高い……』
あれはどういう意味だ? 177センチだと3センチ高い? 174センチ?
考えろ。考えろ、おれ……。
この子は今、何を言おうとしている……?
「先生……」
「…………」
すいっと、そのキレイな顔が近づいてくる。そして……唇に触れるか触れないか、というところで……止まった。
「先生……逃げないんですか?」
「………体動かない」
ギブスで固定されているので、そんなに素早く動けるわけがない。
「あ……そっか」
高瀬君はふっと笑って顔を離した。
「じゃ、動ける状態だったら、逃げてた?」
「そうだねえ……」
生徒とキスをした、なんて慶に知られたら、何をされるか分からない。未遂で終わってよかった。
「そう……ですよね」
すとん、と椅子に座り直した高瀬君は、大きく大きく息をついた。
「男とするなんて……ありえないですよね」
「………」
そんなことはない。ありえないどころか、おれは男である慶としかしたことない。
と、本当のことを答えたものかどうか、考えあぐねていたところで、高瀬君は下を向いたまま続けた。
「しかもこんな、自分よりデカイ男なんて……」
「………」
「ありえないですよね……」
つらそうな高瀬君の声………
うつむいた彼を見つめながら、今までの色々な情報が頭の中を駆け巡っていく……
(男が恋人なわけねーだろ)
そう言われて、分かってるよ、とムッとしていた横顔……
(諒は、私のことを心配してる泉のことが心配なだけでしょ)
そう言っていた、侑奈の悲痛な叫び……
(三人でいればいいじゃん……)
泣きそうな声……
(泉君がいたから、さみしかったこともないし……)
微笑んだ瞳……
(3センチ高い……)
独り言。そして、キスしようとした真剣な瞳……
導き出される答えは、簡単だ。
(高瀬君は、泉君のことが好き)
ただ、それだけのことだ。
「あの……高瀬君」
「………」
うつむいたままの高瀬君。何をいってあげればいいんだろう……
「背の高さは関係ないと思うよ?」
「………あります」
「なんで?」
「あるからあるんです」
かたくなだな……
「先生、それ以前に、男っていう時点でダメでしょ?」
「え」
「男相手にできるわけない」
「……そんなことはない」
真面目に答えると、高瀬君が顔をあげた。冷笑が浮かんでいる。
「できないくせに」
「そんなことないよ」
「じゃ、オレのこと抱けますか?」
「あー……それはできないけど……」
そんなことしたら本気で殺される……。そもそも慶以外の人間に対して勃つ自信もないけど……。
「ですよね? できるわけないですよね?」
「だからそれは」
「もう、いいです」
高瀬君は頭を振った。
「オレ、自分でおかしいってわかってます」
「……おかしくないよ」
「おかしいですよ」
絞り出すような、声……
「男なのに……抱かれたいと思ってる。彼に……彼が、抱きしめてくれたらって……」
「………」
「昔みたいに小さかったらまだ……でも、オレ、大きくなっちゃって……」
「………」
3センチというのはやはり、泉君の身長が174センチということだ。高瀬君との差は11センチ……。
「だから、高瀬君、身長は関係ないって……」
「関係ある!」
ばんっとベットの端を叩き、こちらを睨みつけてきた高瀬君。
「そもそも男って時点でダメだってこと、分かってる」
「そんな決めつけなくても………」
「理解あるふり、やめてくださいっ」
「ふりじゃないよ」
「だから……っ」
「高瀬君」
ゆっくりと手をあげて制すると、高瀬君が押し黙った。
静寂の中で、おれはハッキリと、言葉にのせた。
「おれの恋人、男だから。だからおれ、高瀬君の気持ち、わかると思うよ?」
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お読みくださりありがとうございました!
切るつもりはなかったのですが、浩介先生、まだまだ話したいことがあるそうでして……
長くなることを気にして言いたいこと言わせてあげられないのもなんなので、ここで一端切ることにしました。
次回、このすぐ続きからになります。
ちなみに……浩介が入院した病院は、慶の勤める病院……ではありません。残念だ~~(^_^;)
ではではよろしければ明後日も、よろしくお願いいたします!
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