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(BL小説)風のゆくえには~嘘の嘘の、嘘 9(侑奈視点)

2016年12月09日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 嘘の嘘の、嘘


 文化祭二日目。

『密会スクープ! 世界史の桜井先生と2年の相沢ゆうな』

 朝、登校したら、そんな赤字の文の書かれた紙があちこちに貼られていた。昨晩、桜井先生に車で迎えに来てもらった時の写真付きで。
 先生や友達が協力して剥がしてくれたけれど、宝探しゲームのように思わぬところにも隠れて張ってあったりして、きりがない。いったい何枚あるんだ。張った奴、どれだけ暇なんだ。

「だいたい、あいざわのさわの字が違うしっ。それに侑奈くらい漢字で書けっつーの」
「うーん、他の学年の奴がやったんだろうなー」
「すっごい朝早く来たってことだよね。うわーどんだけ暇なんだろうねー」

 泉と私が盛り上がっている中、諒は一人沈んでいる。

「諒ー? わかってると思うけど、ユーナは別に桜井と密会してたわけじゃ……」
「うん。わかってる……」

 この沈み方、尋常じゃない……。もしかして……

「もしかして、諒……犯人に心当たりあるの?」
「………ある」
「何だとっ」

 コクリと素直に肯いた諒に、泉が掴みかかる。

「誰だよ?!」
「わからない……」
「わからないって、お前今、心当たりあるって!」
「そうなんだけど……」

 諒は言いにくそうに、ボソボソっと……

「心当たりいっぱいありすぎて、誰だかわからない……」
「…………」
「…………」

 はああああ……と泉と私が大きく大きくため息をついたところで、友達の寺ちゃんが顔を出した。

「侑奈、先生が呼んでる。職員室だって」
「………」

 まずい。まだ来ていないのに……
 でも、桜井先生のためにも、なんとか私だけでもうまく切り抜けなければ……


***


 職員室の応接スペースで、担任で学年主任の吉田先生が仏頂面で腕を組んで座っていた。その前に、桜井先生がボーっと座っている。桜井先生って「ボーッ」っていう形容詞が良く似合う。

「相澤……本当のことを言いなさい」
「本当のこと?」
「昨日何があった?」
「何がって……」

 吉田先生のこの問いかけ……。やはり桜井先生とのことを疑われている、ということだろうか。
 写真の右下には昨日の日付、一緒に写り込んでいる駐車場の時計が10時5分くらいをさしているので、日時については言い逃れできない。

「えーと……昨日文化祭で知り合いになった子に会いにいって……その子は桜井先生の元生徒さんで……それで車で送ってもらった……って感じです」
「…………」

 吉田先生は大きく息をつくと、桜井先生の方に向き直った。

「その元生徒というのが、桜井先生の参加してる日本語ボランティア教室の生徒ということですか?」
「はい。先ほども申し上げましたが、相澤さんボランティアに興味があるというので、紹介したんです」
「………っ」

 桜井先生がしれっと言ったので、一瞬つまりそうになったけれど、すぐにうなずく。

「そうなんですっ。それで話を聞いていたら少し遅くなってしまって………」
「…………」

 でも、吉田先生の仏頂面は直らない。気まずい雰囲気が流れているところに、

『おおお~~職員室!なーつーかーしー』

 ドアの向こうから、賑やかな英語がきこえたきた。

(間に合った!)

 ホッとしたのと同時に「失礼しまーす」と泉が顔を出し、一緒に黒褐色の肌のヤマダライトが入ってきた。

『浩介先生、ユーナちゃん!昨日はどうもー』

 ライトはニコニコと英語で言ったあと、何語か分からない言葉で桜井先生に何か問いかけた。すると、桜井先生もすごい早口でその言語で何かを返し………それから吉田先生に向き直った。

「吉田先生、彼が先ほど話しに出たヤマダライト君です」
「ああ……」
『あ!』

 戸惑った様子の吉田先生の前に、急にライトが身をのりだした。

『これ、オレのカバン!』
「え?」
『ほら、ここここ!』

 ライトが指差した先、貼り紙の写真の端に写っている腕とカバン………。ライト自身は画面に写っていないけれども、写っているカバンは確かに、今ライトが持っているものと同じカバンだ。

 吉田先生は写真とライトを見比べて、困ったように桜井先生を見上げた。

「君はこの時も一緒だったのか? ……って、桜井先生」
『この時、君も一緒だったのかって』
『イエース、イエース! 先にユーナちゃんを送っていって、次にオレも送ってもらった~~』

 吉田先生、ヒアリングはできるようで、ライトの言葉に、なるほど、とうなずくと、ようやく眉間のシワを伸ばした。

「相澤、おうちの方はこのこと……」
「もちろん知ってます。昨晩も送っていただいた時に先生とお話ししました」
「そうか……」

 吉田先生、ふっと息をはき、桜井先生を見上げた。

「桜井先生、理由はともかく、時間が遅すぎる。今後こういうことはないように」
「………はい。申し訳ありませんでした」
「…………」

 やった! お咎めなしだ。思わず拳を握りしめてしまう。

 吉田先生は貼り紙をこちらに向けると、

「この貼り紙の犯人に心当たりは?」
「……………」

 ぶんぶん首を振る。おそらく、諒と私を別れさせたい誰かの仕業だろうけれど、そんなこと吉田先生に言ったら面倒くさいだけだ。

 吉田先生は再び息を吐いてから「もう行っていいぞ」と手で追い払う仕草をした。助かった。

『ライト、もう行っていいって。行こう?』

 ライトに声をかけ、一緒に出て行こうとしたところで、「相澤」と、吉田先生に呼び止められた。

(えーもー何ー……?)
 げんなりして振り返ると、吉田先生は淡々と、

「ボランティア活動はいい経験になるぞ。せっかく英語堪能なんだから、そういうところで活かしなさい」
「…………え」

 ほんの少し笑顔になった吉田先生。

「頑張りなさい」
「は………はい」

 ちょっと意外。
 いつも仏頂面で成績のこととか校則のことばかりうるさく言う、神経質な眼鏡のオジサン先生なのに……。そんな顔でそんなこと言われたら、本当にボランティア参加しようかな……なんて思っちゃうじゃないの。


***


 職員室近くの階段下のスペースで、諒と泉が待っていてくれた。

「大丈夫だったか?」
「うん」

 泉にピースサインをしてから、隣のライトの腕を軽く叩く。

「ライトのおかげだよ。来てくれてありがとね」

 朝、貼り紙を見てすぐに、学校に来てくれるよう連絡したのだ。密会ではない、という証人になってもらうために。

 ライトはニコニコで「全然~」と手を振ると、

「お礼にデートして?」
「ダメに決まってんだろ!」

 私が答える前に、泉がライトに体当たりをしている。

「えー1回くらいいいじゃーん!」

 ライトもなぜか嬉しそうに体当たりを返したりして………この二人、結構気が合うのかもしれない……。

(男の子って、こういう意味のないジャレあい好きだよなあ……)

 諒と泉もいまだに時々、こういうジャレあいをするときがある。いつもクールな諒がくすぐったそうな顔をするのがものすごく可愛いくて……

 なんてことを、二人のジャレあいを眺めながらぼんやり考えていたら、

「相澤」
「……っ」

 いきなり諒が顔をのぞきこんできたので、瞬間的に血が逆流してしまう。
 昨日、喧嘩みたいになって気まずかったのが、この貼り紙騒ぎで紛れていたのに……

 こちらのドキマギなど気がついた様子もなく、諒は真剣な顔をして、ポツンと言った。

「ごめんね」
「…………なにが?」

 なるべく冷静に返すと、諒は「色々」と言って困ったように唇をかみしめた。

「別にお前のせいって決まったわけじゃねーだろ」

 泉がジャレるのをやめて、軽く諒の頭を小突く。

「桜井に恨みを持った奴の犯行かもしんねえし」
「桜井先生、恨みをかうような人じゃないじゃん」
「だよね。先生の悪口って聞いたことない」
「わかんねーぞー?」

 泉が真面目な顔をしていう。

「人の心なんて見えないからな。言わないだけで、何を思ってるかなんて、本人にしかわかんねえよ」
「それは………そうだけど」
「まあ……ね」

 思い当たることのありすぎる私と諒。思わず顔を見合わせてうなずいてしまう。
 すると、「あーああ……」とライトがわざとらしいため息をついた。

「見つめあってうなずいちゃってー、仲良しさんだなー。うらやましー」
「そんなこと……」

 そう言われると複雑だ。でもライトはぶつぶつと、

「あーオレも彼女欲しいな~。ねえ、泉君?」
「あ?」

 ガシッと肩を組まれた泉。

「合コンしようよ、合コン。女の子紹介するよ?」
「もう、ライト……」

 そういうの泉は行かないから……

 そう、言いかけたのだけれども……

「あー、いいな。いつにする?」
「え」
「え?」

 泉のケロリといった言葉に、私も諒も呆気にとられる。

 今…………何て言った?

「い……泉? 合コン……?」
「いくの……?」
「おー」

 泉はコックリとうなずくと、

「オレもいい加減、彼女欲しいからな」
「そんな……っ」

 相澤のこと、あきらめるの?

 諒が口走ると、泉はキョトンとしてから、ケラケラと笑いだした。

「あきらめるの?ってユーナはお前の彼女だろー?」
「そう……だけど、でも」
「あきらめるも何もねえよ」

 泉は苦笑いを浮かべて、言った。

「オレはユーナとどうこうなりたいなんて、思ったことねーよ。あー、小学生の頃そんなこと言ってたことあったかもしんねえけど」
「…………え?」 

 それはどういう意味………


 そう、聞こうとした、のだけれども……

「ちょっと、いいかしら?」

 鋭い感じの女性の声が後ろからしてきて、話が中断された。振り返ると、上品な雰囲気の中年の女性が立っている。
 もう9時半を過ぎているので、文化祭の一般のお客さんが入ってきているのだ。

「はい」
 どこかの教室の場所を聞きたいのだろうか、と思って、そちらに一歩近づくと、

「あいざわ、ゆうな、さん?」
「………え?」

 その女性が、はっきりと私の名前を口にした。

「え……」

 何? 何………?

 戸惑う私の前まで、ツカツカとその女性はやってきたかと思うと、低く、言い放った。

「先生を誘惑するなんて、なんて下品なの?」
「……は?」

 誘惑……? 下品?

 何を言われているのか分からなくて、ただただその女性を見返す。諒も泉もひたすら呆気に取られている。

「親御さんはどういう育て方をなさってきたのかしら?」
「え………え?」

 親御さん? 育て方……?

 完全に固まってしまった私を見て、その女性は眉を寄せた。

「あなた、日本語分からないの?」
「え………」
「だからといって、先生に言い寄る理由にはならないわよ?」
「…………」

 何の話……?

 聞こうと思って、気が付いた。その女性の手に紙が握られている。あの『密会スクープ』の貼り紙だ。校内に張られたものはすべて剥がせたと思っていたけれど、残りがあったらしい。

(そうか、私と桜井先生のことを勘違いして……)

 ようやく合点がいった。
 この人はそういうことが許せない正義感ぶったオバサンということだろう。

「あの……違うんです」
「あら、日本語話せるんじゃないの」
「あ、はい……」

 なんかすごい迫力で怖いんですけど……

「あの、その紙に書かれているのはデタラメで」
「デタラメって、写真まであるのに」
「いや、そうなんですけどっ」
「ただ送ってもらっただけで、密会とかではないんですっ」

 泉もパタパタと手を振りながら参戦してくれたけれども、オバサンは一歩も引かない。
 今時の女子高生は、チャラチャラしていて男に媚びうってて、とか、すごい勢いで文句をつけてきて……

(なんなのこの人ー……)

 逃げたら追いかけてきそうだし……どうしよう……と固まりながら、オバサンの怒涛のセリフを聞き流していたのだけれども……


「何を……してるんですか」

 震えるような声が、そのオバサンの勢いを止めた。
 振り返ると、桜井先生が<顔面蒼白>そのものの顔をして立っている。

「あ、先生ー……」
 泉が何か言いかけたけれど、桜井先生は気が付かないように、ただひたすら、オバサンにだけ向かって、言った。

「何をしているんですか……お母さん」

 お母さん?

 お母さんって……お母さん?

 私たちが注目する中、桜井先生はいつもの飄々とした雰囲気からかけ離れた、怯えたような目で、そのオバサンを見かえしていた。



----


お読みくださりありがとうございました!

子供の職場にまで押しかけてくるお母さん~~^^;
このタイミングで浩介が現れたのは、ライトが速攻で職員室に浩介を呼びに行ってくれたからなのでした。
ライトはボランティア教室に通っていた時に浩介ママを見かけたことがあって、変なオバサンだってこと知ってたので^^;

そんな感じで……次回もどうぞよろしくお願いいたします!


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