痛みがひどい。何をしていても痛くて痛くてたまらない。
けれども、このくらいの痛みが自分を罰するのにちょうどよい気がして、様子を聞いてくれた看護婦さんにも本当のことを言えずにいた。
『今のままでいい』
そう言った辛そうな高瀬君の顔が浮かんでは消える。何もできない自分が情けなくてしょうがない……
**
面会時間開始の14時と同時にあかねがお見舞いにきてくれた。
「今にも死にそうな顔してる」
平気な顔をしているつもりがあっさりと見破られてしまった。この人は昔から何でもお見通しなのだ。
「あかねだったら、どうする?」
あかねも中学校教師をしているので、そういった面からも意見を聞いてみたかった。すべてを話すわけにはいかないので、ところどころぼやかしながら話してみる。
友達に恋してしまった男子生徒。同性である自分は受け入れてもらえないから、告白することもできない。告白したら友達を苦しめてしまう、という……
「おれホント、対人スキルないからさ……」
話し終わってから、自虐的にいってみると、あかねは、ふっと笑った。
「今の話に必要なのは、対人スキルじゃなくて、恋愛スキルでしょ」
「……………。確かに」
どうせおれは、恋愛スキルもないですよ……
落ち込むおれを置いて、あかねは「うーん」と唸ると、
「そうだなあ……私だったら……」
「うん」
「ギリギリの線でモーションかけまくって、相手から告白してもらえるように頑張れって言う」
「……………………」
あくまで真面目な顔のあかねさん……
「………それ、自分の生徒にも言う?」
「言う言う」
コクコクと肯くあかね……
「できないできないってウジウジしてるの一番嫌いなのよね。だったら、出来る限りの最善の方法を実行しろっての」
「…………」
「こっちから告白したら、受け入れてもらえなかったときのダメージが大きいって話でしょ? だったら受け入れてもらえるように頑張ればいいじゃないの」
「でも………」
それでダメだったら……
「だから、ギリギリのラインで、なのよ。冗談で引き返せるくらいにしておけば、少なくとも友達はやめないですむ」
「…………」
「ガンガン攻めてダメだったらそのうち諦めもつくわよ」
「それは……」
実体験、ですか?
聞くと、あかねはケロリとしていった。
「あいにくガンガン攻めて落とせなかったことがないので、諦めがつくかどうかは想像でしかございません」
「想像って!……っ痛ってええ……」
思わず叫んだら胸にとんでもない痛みが走って息切れしてしまう……
「ちょっと、大丈夫?」
「………大丈夫じゃない」
あー……あかねに相談したのが間違えだった……
いうと、あかねは「なんでよ!失礼ね!」とひとしきり怒ってから、ふいに真面目な顔になった。
「でも、一つ言えることは……」
「うん」
「あんたがそこまで心配する必要はないってこと」
「…………」
「もう、高校生なのよ? 自分のことは自分で解決するわよ」
「…………」
確かにそうなんだけど……ほんの少しでも手助けをしてあげたい、と思うのは、おれの自己満足でしかないんだろうか……
**
19時過ぎ、今度は慶がお見舞いにきてくれた。
これから数日はこられなくなるけれど、退院の時は絶対に付き添うから必ず連絡しろ、と有り難いことを言ってくれる。
「慶……職場の人に何て言ってるの?」
「普通に、友達が入院したって言ってるぞ?」
「………。それでよく昨日休みもらえたね」
「あー……」
慶は言いにくそうに頬をかくと、
「あかねさんから連絡もらった時、おれ動揺しまくってさ。相当挙動不審だったらしくて……」
「え……」
いつもわりと冷静な慶が……
「だから、友達って言ってるけど、誰も信じてない、らしい」
「………」
「吉村とか、相手は誰だってウルセーウルセー。お前に関係ねーだろっての」
「………」
吉村というのは、慶と同じ研修医の女の子で、慶のことを狙ってる子だ。慶、関係ねーとか言ってる。嬉しい。
「今の慶はおれのこと好きって分かりやすいよね」
「は?」
思わず言うと、盛大に顔をしかめられた。
「何言ってんだお前?」
「え、だって、好きでしょ?」
「……………」
なんだそりゃ、と繋いでいた手をぎゅっと強く掴まれる。ホント慶って「好き」って言ってくれない。でも、「好き」って分かる。
「このくらい分かりやすかったら、告白しやすかったのになあ……」
「だからなんなんだよ?」
これでもか、と眉間にシワを寄せた慶に、昼間あかねにしたのと同じ話をする。
告白したら友達を苦しめてしまう……と言う男子生徒の話。
「おれ、高2の冬に慶に告白したとき、そんなこと全然考えなかったな、と思って」
「…………」
「ただ一方的に、自分の気持ちがおさえられなくて告白したって感じ。それで慶が迷惑するなんて考えもしなかった気がする」
結果的に両想いだったから、大丈夫だったわけだけど……
「慶はそういうこと考えてずっと告白しないで片思い続けてくれてたの?」
「…………」
慶は、すぐに「いや」と首を横にふった。
「おれはそんな図々しい事は考えなかったな」
「へ?」
ず、図々しい……?
「図々しいって?」
「…………おれはさ」
慶はベッド脇の椅子から立ち上がり、おれの横にとん、と腰かけた。
「告白なんかしたら、気味悪がられて、蔑まれて、それでおしまいだと思ってた」
「…………」
「それがこわくて告白できなかった」
「慶………」
今度はおれが繋いだ手に力を入れると、慶はフワリと笑って言った。
「その子………苦しむって思うってことは、相手が友達続けようとしてくれるに違いないって信じてるってことだよな」
「あ………」
そういえば、そうだ……
「ホントだ。そうだね……」
「よっぽど仲良いんだろうな」
「………おれ達も仲良かったよ?」
むっとして言うと、慶はちょっと笑って軽くキスをしてくれた。
高2の時のおれは、自分のことに必死で……嫉妬と欲情で気が狂いそうになっていた。あの時、南ちゃんが背中を押してくれなかったら、どうしていただろう。
高瀬君のように他の女性に逃げた……ってことだけはなさそうだけど……
「なんとかしてあげたいなあ……」
慶が帰った後の、静まりかえった病室の中で一人つぶやく。でも、打開策が浮かぶわけもなく……
「ダメだなあ、おれ……」
自分のダメさ加減にガッカリしていたわけだけれども……
まさか、これから約一ヶ月半後に、
「先生ありがとう」
いつもはクールな高瀬君が、恥ずかしそうに頬を赤らめながら、少し幼くみえる笑顔でお礼を言ってくれるなんて、この時は夢にも思わなかった。
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お読みくださりありがとうございました!
作中2001年のため、まだ「看護婦」さんです。
浩介さん、「このくらい分かりやすかったら、告白しやすかったのに」なんて言ってますが、慶は当時から充分わかりやすかったです。恋愛スキルがなくて気がつかなかっただけですな。
次回は侑奈視点。明後日更新予定です。どうぞよろしくお願いいたします!
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