小6の夏休みの終わり頃、親友である諒への「好き」の気持ちに気がついてしまったオレ……。でも、まさかそんなこと言えるわけがない。
まわりのみんなはオレが以前「ユーナのことが好き」と言ったのが続いていると思っているので、そこはあえて訂正しないことにした。侑奈も気にしていないようなのでちょうどいい。
気持ちには大きな変化があったけれど、外見的にはそのままに〈仲良し三人組〉を続けていた。おれは諒と一緒にいられれば幸せだったし、侑奈と三人での落ち着いた時間もとても居心地が良かった。
ただ、いくつか問題はあった。
まず、オレの正直すぎる体だ。
諒とくっつこうとすると、途端に反応してしまう。本当は今までみたいに頭を撫でまわしてギューッと抱きしめたい。けど、我慢我慢……とウズウズする手を握りしめる。その代わりにドーンと体当たりしたり、ごちんってオデコをぶつけあったり、そんな「普通の男子同士がすること」程度のスキンシップで何とか我慢するようにしていた。
次に、諒と侑奈の関係が気になる。
今までは三人では一緒にいても、諒と侑奈だけで話す、ということはあまりなかったのに、オレが諒の頭を撫でられなくなった代わりかのように、なぜか諒が侑奈の頭を撫でたり、妙に仲良さそうに話していたりすることがあって……
(まさか、諒、侑奈のこと好きなのか……?)
一瞬疑ったけれど、諒はオレが侑奈のことを好きだと思いこんでいる。諒の性格上、侑奈をオレから横取りすることはないと思う。だから大丈夫、大丈夫……と思う。
最大の問題点は、身長、だ。
中学に入ってすぐの身体測定の結果、諒は175センチ、オレは160センチ、だった。
15センチだ。15センチも差がついてしまった……
オレもそんなに低い方ではないけれど、諒の背の高さは学年でも目立つくらいで……
「4組の高瀬君って知ってる?!」
「知ってるー!あの背の高いカッコいい子でしょ!!」
なんていう女子の会話もしょっちゅう聞こえてきていて……
(オレだけの諒だったのに……)
あんなに可愛かったのに。いつもオレの腕の中で笑ってたのに……
そう思う反面、今現在の、目を引くほどの良い男になった諒の姿に惚れ惚れするときもある。その諒が、オレの前でだけは昔みたいな頼り切った目をしてくれることにも、すごい優越感を感じていた。
それでも、行き場のない思いは辛い。いくらそうやって諒のことを思っても、どこにも進めないのだ。
それどころか、諒は、当たり前だけど、オレのことなんて何とも思っていないので、こっちの気も知らないで、平気でベタベタしてくる。それが腹立たしい。そんなの単なる八つ当たりなんだけど……
***
一学期の期末テスト前、諒の部屋に勉強をしにいったら、諒がいきなりぎゅうっと抱きついてきた。昔みたいに……
諒のことを好きだと自覚する前は、こうして不安げに諒が抱きついてきたら、ポンポンって背中や頭を撫でて落ちつかせてやっていた。そうしてやることで、諒のことを守れている!って実感できて嬉しかった。
でも、今は、そんな余裕はない。こんなことされたら理性を保てる自信なんてない。
「具合悪いのか?」
そう言って押しのけて、適当な理由をつけて部屋を出た。
でも翌日も、諒はこっちの気も知らないで、オンブをねだるように背中から覆いかぶさってきて……
もう、限界だと思った。
くっつかれるのも限界だけれども、自分だけがこんな思いを抱いているということを思い知らされることも限界だ。だからわざと、冷たく突き放すように言った。
「もう中学生なんだから、昔みたいにべたべたくっついてくるなよ。もう小学生じゃないんだぞ、オレ達」
諒はショックを受けたようだったけれど……構ってやることはできなかった。オレだってもう限界だ。
それから数日後に一応仲直りはした。
でも、諒は少し変わってしまった。薄い膜に覆われたというか……。こちらが突き放した結果だけど、やっぱり辛い。でも、これ以上は今までみたいにはできない……。
それから数週間たってからのことだった。
「お隣の諒君、うちのクラスの川辺と付き合ってるってホント?」
「………え?」
下の姉に言われてポカンとしてしまう。
「川辺って、女バスの三年の川辺先輩?」
「そうそう」
「付き合って……?」
そんな話は聞いていない。聞いてないぞ……
でも確かに、夏休み練習が始まって何日かたったころから、休み時間とかに二人でいるところを何回か見かけたような……
「ちょっと……諒に聞いてくる」
「え、優真?」
姉に呼び止められるのも構わず家を飛び出して、すぐに隣の家のインターフォンを押した。でも誰も出てこなくて……
「まだ帰ってきてない、のか……」
もう9時なのに……
まさか、デート……?
そんな話、聞いてない。聞いてない……。
ブツブツ言いながら、門の前でウロウロウロウロしていたら、
「……泉?」
「!」
諒の低く響く声が聞こえてきて飛び上がってしまった。
諒は6年の2学期に、突然、オレと侑奈の呼び名を「優真」「侑奈」から「泉」「相澤」に変えると言い出した。「ゆうま、ゆうなって紛らわしいから」と今さらなことを理由にあげていたけれど、それなら、侑奈だけ「相澤」にしてオレは「優真」のままでいいじゃねーかよ、と思った。でも、そんなことを言うのも変なのでやめておいた。でもやっぱり言えばよかった。いまだに諒に「泉」と呼ばれるのには抵抗がある。今までにみたいにあの甘い声で「優真」って呼ばれたいと思ってしまう……って、もう声変わりしてあの可愛かった声は出ないから甘い声はありえないけど……
「どうかした? こんな時間に……」
「あ……いや、菜々子姉ちゃんが……」
言いながら近寄っていって、ハッと足を止める。違和感のある匂い……
「菜々子お姉さんが?」
「あ……いや……」
後ずさる。後ずさる……
「なんでもない。おやすみっ」
「泉?」
呼び止められたのにも構わず家に飛び込む。そして大きく息を吐き出す。
(……香水の匂い、だった)
姉たちの部屋から時々漂ってくるのに似た甘い匂い……
(匂いが付くくらい、女が近くにいたってことだ……)
頭の中が真っ白になって、この日は何も考えられなかった。
それから数日間の記憶は曖昧だ。諒と川辺先輩が一緒にいる姿を目にしては、嫉妬心で頭が沸騰して倒れそうになったことだけは覚えている。
でも、引退試合が終わって3年生が部活に出てこなくなってからすぐ、
「高瀬、川辺先輩と別れたの?」
「ああ、うん。まあ………」
そう、諒が他の友達と話しているのを聞いてしまった。
(別れたんだ……)
頬か緩んでしまう。そうかそうか……。
親友の不幸を喜ぶなんてダメだ、と思いつつも、嬉しくてたまらない。
……と、思ったのもつかぬ間。
諒が2年生の先輩と付き合っている、という噂が出た。しかも、二人……
(なんなんだそれはっ)
今度は我慢できなくて、衝動的に諒に詰め寄ってしまった。でも諒は動じる様子もなく、
「どっちとも付き合ってないよ」
と、あっさりと言った。
そうかそうか、と安心しつつも、でも火のないところに煙はたたないはず……と、念のため再確認。
「本当に、何も、ないのか?」
そう、聞いてみたら………諒はケロリとして言った。
「1回しただけ」
…………は?
「え? したって何を?」
「え?ああ、セックス」
「………」
「………」
「………」
「………痛っ」
思わず叩いてしまった……。
「なんでぶつんだよー!?」
「…………羨ましいからだよっ!」
怒鳴り返して、腹立たち紛れにもう1回叩いてやる。
『ああいうの、ヤダ』
昔、下ネタを言う同級に眉を寄せていた純真そのものの諒はどこにいったんだー!?
***
その後も、諒の女遊びは続いた。
正直、嫌だったけれど、でも、誰と付き合っていようと帰りは必ずオレと一緒だったし、それになにより、よくよく観察していたら、諒は別に誰のことも好きではなく、単なる性欲の処理のために付き合っているだけ、ということがわかったので………男の性だからしょうがない、と割り切ることにした。(女が変わる度に、今度の女は本気なんだろうか?とチェックは欠かさずするけど)
でも、高校生になったら、その女遊びはますますひどくなってしまって………
「ありゃ病気だな」
「そのうち刺されたりしそうで怖いね」
侑奈ともそんなことを時々話していた。
侑奈が諒のことを好きだということには中一の途中くらいで気がついた。同じ人を好きになったということで、侑奈にはますます親近感がわいていた。
諒は侑奈のことは〈仲良し三人組〉の1人として大事にしていて、これだけ女を食い散らかしているくせに、一番近くにいる侑奈には絶対に手を出さない。侑奈は、そのことで逆に女共の反感を買って嫌がらせをされたりしているけれど、
「馬鹿じゃないの?」
その一言で片付けてしまっていた。そんな侑奈がすごく好きだと思う。誇らしい。羨ましい。
侑奈がいてくれるから、オレもこの叶わない思いを抱え続けることができている。
しかし、どうして諒はここまで女遊びをするんだろう? まるで何かから目を背けたいかのように……
その、目を背けたい何か、が、侑奈なのではないか、と気が付いたのは、高1のクリスマスのことだった。
2か月くらい前から、オレと諒のことを避けるようになった侑奈……
それは、侑奈が諒に告白して振られたのが原因だったということをクリスマスの日に聞かされたわけだけれども……。
仲直りをして、元の〈仲良し三人組〉に戻ってからも、何かモヤモヤしていた。諒の侑奈を見る目が熱っぽいというか……。
(いつからだ?)
思い出そうとしても分からない。最近なような気もするし、ずっと前からだった気もする。
もしかして、もしかして……という気持ちは、正月に侑奈の家に遊びに行った時に確信に変わった。
オレがこたつでうたた寝してしまっていたところ、
「だからやめろって!」
「!」
諒の大声で目が覚めた。諒が侑奈に向かって怒鳴っている……? らしくない乱暴な口調……
「せっかく元の三人に戻れたのに、今さらかき乱すなよ! わかってんだろ? 泉はお前のことが好きなんだよ!」
「………」
「そんなお前にオレが手出すわけにいかないだろ!」
「諒……」
愕然とする。小学生の時に蒔いた種が、いまだに諒の中で根付いていたということだ。
『諒の性格上、侑奈をオレから横取りすることはない』
やっぱり、そうか。そうなんだ……だから諒は侑奈から目を背けるために女遊びに走って……
「オレは泉が大切なんだよ。泉を守るためなら何だってする。泉のためならどんな我慢でも……っ」
「なにそれ?」
続けようとした諒の言葉を遮る。寝ていると思っていたらしい二人がギョッとしたようにこちらを見た。
「泉っいつから起きて……っ」
「ああ? たった今だよ。耳元で大声出されれば誰だって起きるだろ」
あああ、と欠伸をしてから、諒を睨みつけてやる。
「お前、今、変なこと言ったな?」
「………え?」
「お前もユーナのこと好きなのに、オレに遠慮して我慢してるって? オレのせいで両想いのお前らがくっつかないのはごめんだぞ」
侑奈が相手ならいい。侑奈だったら許せる。きっと諒は幸せになれる。
「お前らオレに遠慮せず付き合えよ」
精一杯の強がりの笑顔で、オレはそう言い切ってやった。
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お読みくださりありがとうございました!
明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
新年だけど何もせず通常運転~~と思っていたら、偶然にも!この14-3のラストが、2002年1月1日のお話でした。今からちょうど15年前!ってことは、泉達って今32才なんですねえ。
過去振り返りも次回で終わり。ようやく先に進みます。
すでに他の視点で書き済みの過去振り返ってもな~~と思いつつも、泉の気持ちを書かないことには、先にすすめないので、なるべくはしょりながら書いてみました。
ちなみに、侑奈と諒のこのあたりの視点はここらへんです↓↓
3-2(侑奈視点)・5-2(諒視点)・5-3(諒視点)
次回は明後日更新予定です。どうぞよろしくお願いいたします!
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