子供の頃、嫌なことがあると、いつも公園の滑り台の下のトンネルの中に隠れていた。しばらくそこで膝を抱えて待っていると、
「諒」
彼が必ず迎えにきてくれた。優しく声をかけてくれて、温かいぬくもりで包んでくれた。いつも一緒にいて、いつも守ってくれた。
あれから何年経っただろう……
「ずっと、ずっと、お前のことが好きだった」
柔らかい唇の感触が残る中、あの頃と変わらない温かさで、ぎゅううっと抱きしめられて、気が遠くなった。
「これからもずっとそばにいて、ずっとずっと守ってやるからな?」
「………」
涙が溢れて止まらない。ずっとずっと欲しかった言葉。
「優ちゃん……」
今はもう、狭すぎて身動きするのが大変なトンネルの中で、オレ達はぎゅううっと抱きしめ合った。
***
「……で? 昨日はあのあとどうした?」
「どうしたって……」
翌日、久しぶりに部活に行くことにしたら、侑奈が一緒に行こうと誘ってくれた。駅までの徒歩15分の間、侑奈が興味深々に昨日のことを聞いてきたので正直に話す。
「うちでおしゃべりしてたら、泉のバイトの時間になっちゃって……」
「で?」
「それだけ」
「はああ?! 夜は?!」
「おやすみってメールした」
「…………」
はああああっと大きくため息をついた侑奈……
「せっかく両想いになったっていうのに、おしゃべりしてただけなんて……あ、キスくらいはしたよね?」
「え」
動揺して声がひっくり返ってしまうと、侑奈は「あ、そう。それはしたんだ」と納得したようにうなずいた。
「手の早いことで有名な高瀬諒君も、本命さんには手を出せないってこと?」
「………。出せないというか……出してもらえないというか……」
「え」
きょとん、とした顔で侑奈は立ち止まり、「え?え?」と言いながら口に手を当てた。
「あの……念のため確認なんだけど」
「うん」
「諒ってもしかして……ネコ希望なの?」
「ネコ?」
猫? なんのこと?
首を傾げたオレの腕に、侑奈の指が突き刺さる。
「抱かれたいってことだよ」
「え」
それ、ネコっていうの?
言うと、侑奈はものすごい呆れた顔をして、
「女役がネコ、男役がタチ。そんなの常識でしょ?何で知らないの?」
「…………」
絶対常識ではないと思う……
「受けと攻め、とも言うけど。ってそんなことはどうでもいいや」
「………」
「ネコ、受け、希望ってことね?」
「………」
否定も肯定もしないでいたら、侑奈は、ふーん……と肯いてからまた歩きだした。おれも慌てて横に並ぶ。
しばらくの沈黙のあと、侑奈はとんっとオレの腕を叩くと、
「ねえ……そのこと、泉にちゃんと言った?」
「えええ?! 言うって……っ」
そんなこと、あえてわざわざ言う話?!
「そんなの、泉は当然する側……」
「いーや。絶対、泉、諒はタチだと思ってると思うよ。あんだけ女喰いまくってたんだから」
「………え」
そ、そうなの?
「それ、確認しなよ?」
「え、か、確認って……」
ど、どうすれば……っ
おろおろとしていたら、侑奈が急にクスクスと笑いだした。
「……どうかした?」
「いや、自分でもおかしいなあと思って」
「何が?」
侑奈はフワッとした笑顔でオレを見上げると、
「元彼の恋愛相談に乗っている私の図、が」
「あ………ごめん」
そうだった……考えてみたら侑奈とは昨日正式に別れたのに、こんな話……
「いやいや。面白いからいいの。っていうか、嬉しいくらいだよ」
「相澤……」
「あ、その相澤っていうの、侑奈に戻してくれない? ホントは相澤って呼ばれるの嫌だったんだよね」
「え」
彼と同じこと言ってる。昨日彼にも「泉」と呼ばれるのが嫌だったと言われた。
「二人とも今まで何も言わなかったから……」
小6の夏に彼への恋心を自覚したオレは、想いを押さえるために、彼を名字で呼ぶことにしたのだ。その言い訳を「ゆうまとゆうなで紛らわしいから」としたため、侑奈のことも相澤と呼ぶことにして……
「3人して本音隠してたから、こんなにこんがらがっちゃったんだよね私たち。もう、嘘はやめようね」
「侑奈……」
うふふ、と笑った侑奈。
「あ、あとね……。最後に一つだけ教えて?」
「最後?」
首をかしげると、侑奈は立ち止まり、ふっと真面目な顔をして言った。
「私としたあと、誰かとした?」
「え」
侑奈はジッとこちらを見上げている。
「もしかして、あの髪の長い3年生としちゃった?」
「…………してないよ。誰ともしてない」
質問の意図が分からないけれど、正直に答えると、侑奈は何だかすごく嬉しそうに笑った。なんだろう?
「どうして?」
「うん……。諒にとって、私は『最後の女』になれたんだなーと思って。特別な感じでちょっと嬉しい」
「……………」
侑奈……侑奈のおかげでオレは壊れずにすんだ。侑奈が彼の代わりに包み込んでくれたから……だから……
「オレにとって、侑奈は昔からずっとずっと特別な女の子だよ」
「…………そっか」
嬉しい。
そういって、侑奈はくすぐったそうに微笑んだ。それは「女の子」として見せた最後の笑顔で……、この後、振り返った侑奈は「親友」の顔をしていた。
***
夕方から侑奈のうちに集合して、3人で夏休みの宿題をして、夕飯を食べて、帰宅。そこまでは去年と同じ。
でも、侑奈の家を出てからは、去年と違った。
(き、緊張する……)
3人でいるときは、まあまあ大丈夫だったのに、2人きりになった途端、手に汗かいてきて……
「なあ………」
「な、なに!?」
「………。なんでそんなびびってんだよ」
「びびってなんかないよっ」
「ふーん……」
再びおとずれる気まずい沈黙……
実は昨日も「おしゃべりしていた」と言っても、二人して上滑っていて、半分くらいは沈黙だったのだ……
「お前、女といる時いつもこんな感じなのか?」
「え?」
「ずーっと黙ーっててさ」
「………………」
女といるときって………
「女といるときって………優真は女じゃないじゃん」
「…………。そうだけど」
「………………」
再度おとずれた沈黙の中、ふいに脳内によみがえった今朝の侑奈の言葉……
『そのこと、泉にちゃんと言った?』
『それ、確認しなよ?』
ちゃんと言う……確認……
「あの………優真」
「…………なんだよ」
ふてくされたように返事をする彼。
なんて思われるか怖い……けど……
「オレ、優真のこと女だと思ったことないよ?」
「は!? そんなの当たり前……っ」
「うん」
彼のTシャツの裾をぎゅっと掴んで立ち止まると、彼が驚いたようにこちらを見返した。
「なんだよ……?」
「うん……」
なんて言えばいいんだろう……
「あの……」
「だから、なんだ?」
「!」
裾を掴んだ手を上からきゅっと握ってくれた。温かい、愛しいぬくもりに、胸がいっぱいになって泣きそうになる。
「あのね……」
「おお」
見上げてくれる瞳をまっすぐに見返す。
「オレね……」
愛しい愛しいあなたに、嘘のない本当の気持ちを告白する。
「優真に、抱かれたい」
勇気を出して、そういったのだけれども……
「………………」
「………………」
彼は沈黙したまま、まばたきだけをしていて………
たっぷり一分くらいたってから、
「………………え?」
ようやく、そう言った。
***
それから………
彼は、絵にかいたような動揺っぷりで、オレから飛び離れた。
「いや、あの……っ」
顔、真っ赤だ。真っ赤なまま、捲し立てるように言う彼。
「そりゃ、それ、考えないこともないっていうか、すげー考えてたけど……っ」
「考えてた?」
わ、嬉しい。そう思って一歩近づいたのに、
「いや、ちょっと待て。考えてはいたけど、なんていうか、その……っ」
「…………」
ジリジリと後ずさっていく彼………
「ちょっと、待ってくれ」
「…………待つ?って?」
「あのー………、そうだな……高校卒業するまで……」
「えええええ!?」
あと2年近くも!?
「いや、ほら、桜井先生も高校卒業してからだって言ってたし……」
「そうだけど……」
「その頃までには、オレ、お前より背高くなるように頑張るし」
「………………」
それはオレも望んでいることだけど……。でも今、オレは185センチある。彼は174センチ。オレの父はオレと同じくらい背が高いし、母もわりと長身。でも、彼の父親は彼と同じくらいで、お母さんはわりと小柄。お兄さんも170ない。お姉さん達も小柄な方。そう考えても、もう少し近づくことはあっても、オレより高くなるのは、無理な気がする……。
「………。背は関係ないよ」
「いや、ある。オレは絶対にお前より高くなる。それでお前のこと守るって決めてる」
「…………優ちゃん」
嬉しい。嬉しいけど……背が高くならないとダメなの?
「……諒」
「……うん」
ぽんぽんと頭を撫でてくれた……けど、
「…………くそっ。撫でにくい」
「……っ」
ボソッとつぶやいた言葉が聞こえてきて悲しくなってくる。
やっぱり、背が高いとダメなんだ……
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お読みくださりありがとうございました!
ちょっと話が前後してまして、前回のお話(浩介視点で、お祭りに行った時の話)の数日前のエピソードでした。次回がお祭りの話になるはず。
尻込みしている優ちゃん……。これはもう、諒君襲ってしまえ!!襲い受けだ!頑張れ!………と、いいたいところだけど、諒君わりと乙女なので……。同じく乙女な浩介先生のアドバイスを期待しております。
次回は明後日更新予定です。どうぞよろしくお願いいたします。
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