交通事故にあって、しばらく部活を休んでいた高瀬諒君が、ようやく部活に出てきた。
(何かあったな……)
しかも、良いことが。
本人は、普通にふるまっているつもりかもしれないけれど、明らかに醸し出す雰囲気が変わっていた。もう一人の顧問の田中早苗先生も「高瀬君、吹っ切れた感じがしますね」と言っていたし、帰る頃には他の部員もそんなことを話しはじめていた。
みんなが話している過程と結論はこんな感じ。
1.高瀬君は半年前、相澤侑奈と付き合うことになり、ぴたりと女遊びをやめた。でも、交際半年で破局。どうやら交通事故もそのことが絡んでいるようだ。
2.その後、高瀬君は人が変わったかのようにやさぐれてしまい、部活も休んでいた。でも、夏休みに入って4日目の今日、相澤侑奈と一緒に登校してきた(侑奈も吹奏楽部の練習があるのだ)。
3.雰囲気も明るく柔らかくなったし、これは復縁したのでは!?
そこで、お調子者の新キャプテンが、みんなを代表して「彼女とヨリ戻したのか?」と聞いていた。でも、高瀬君はにっこりと「友達に戻ったんだよ」と否定。
「じゃ、女食いの高瀬復活か?!」
「おこぼれくれー!」
「一緒にナンパいこー!」
みんながこぞって言ったけれど、高瀬君は「もう女は懲り懲り」とニコニコ。そのあまりにも幸せそうな笑顔にみんな毒気を抜かれてしまっていた。
高瀬君は部活中も、時折おれの方を何か言いたげに見てくれていた。でも、まわりに人がいすぎて結局何も話せず……。でも、その視線だけで充分伝わってきた。
(泉君と上手くいったんだ……)
ほっと体の力が抜ける。ああ、良かった……。
***
その週末、ライトと相澤侑奈に誘われて、慶と一緒に、ある地域のお祭りに行った。
そこで、二人が所属する日本語ボランティア教室が、カバブの屋台を出店し、宣伝チラシの配布を行うという。そのお祭りが行われる公園では、他にも色々な団体が屋台を出したり、ステージ発表をしたりするそうで、相当の人出が期待できるそうだ。
この教室は、おれが所属している国際ボランティア団体傘下の教室の一つであり、日本語に不自由な子供向けの学習塾のようなことを行っている。
元々おれは、大学の時に友人に誘われて、大学のボランティアサークルに参加していたのだけれども、そのサークルがこの国際ボランティア団体に加盟していた関係で、大学卒業後は、直でその団体の日本支部のメンバーになった。仕事があるため、学生の頃のように実働部隊としてあまり参加できない分、学生の頃にはできなかったこと(ケンカで補導されたライトを迎えに行った、なんていうのはその極端な例だ)をしている……と思う。
「あ、浩介センセー! と、慶くーん!」
そのイベントの行われている公園の一角。テントの下でカバブに入れるための肉を焼いているライトが元気に手を振ってきた。
「慶くんも食べてー!」
「おー」
慶も肉の焼ける良い匂いに嬉しそうに手を振り返している。そんな慶を見られることが、おれは何よりも嬉しい。
慶は朝ごはんもちゃんと食べたのに、公園の入り口近くで地元野球チームの子供達が売っていたホットドックも食べていた。でも全然足りないらしい。昔と変わらず慶は細いくせによく食べる。この美貌の維持にはそれだけのカロリーが必要なんだろうか……
そんなことを思いながら、カバブを一つずつ注文し、どこかに座ろうと席を探していたところで、
「あ、桜井先生」
「あああ!!」
簡易テーブル席でカバブを食べている泉優真君と高瀬諒君に出くわした。思わず、といった感じで叫んでしまった高瀬君に、泉君がツッコミをいれている。
「なんだよ、諒。その、あああ!って」
「あ……ううん、なんでも……ない」
おれと慶が付き合っている、と話してから、慶とはじめて会うので、おもわず出てしまった叫びかもしれない。でも泉君は何の反応もないところを見ると、高瀬君、泉君には話していないようだ。……まあおれも、二人のことは慶には話していないけど。
「もしかして先生たち席探してる? ここどうぞ?」
「お。ありがとー」
事情を知らない泉君と慶が、さっさと相席を決めて座ってしまった。
おれも横に座りつつ、苦笑しながら高瀬君を見ると、高瀬君は恥ずかしそうにカバブの続きを食べ始めた。
(……違う子みたいだ)
今まで学校で見てきたクールな高瀬君。病院で内心を吐露してくれた苦しそうな高瀬君。そのどちらでもない、可愛らしい男の子。
(少し幼くなった……かな)
こんな素直な様子を見せてくれるなんて。やっぱり泉君への想いが通じたんだ。そうに違いない。
(良かった………)
思わずニコニコしながら、二人の様子を見てしまっていたら、カバブを持ってきてくれたライトがつっこんできた。
「浩介先生、ヘラヘラしてるけどどうしたの~?」
「そ、そんなことないよっ。お、美味しそうっ」
「でしょでしょ? オレもここで食べる~」
ライトは気にした様子もなく、トレイをテーブルに置くと、
「これから休憩なんだ~。慶君、イス半分こしよ~」
「あ? ああ、いいぞ。ここ座れ」
慶はうなずくと、当然のようにオレのイスに移ってきた。半分で座るので、必然的に体が密着することになる。教え子の前でちょっと気恥ずかしいっ
「もーオレと半分こって言ったのにー慶君と浩介先生、あいかわらず仲良いよねー」
「親友だからな」
「いいなーうらやましー」
「………」
ライトと慶のやり取りに何だかいたたまれない気持ちになっていたところで、今度は侑奈がやってきた。
「私もここで食べていい? 1時間休憩なの」
「おお!ユーナちゃん! 是非是非、オレとイス半分こ……」
「泉、ここどいて」
侑奈は、当然のように泉君のことを少し小突いてどかせ、自分がその席に座った。そして泉君は、
「……諒、ちょっとずれろ」
「う……うん」
うつむいたまま、座っている位置を少し動いた高瀬君の隣にすとんと座り、カバブの続きを食べ始めた。2人とも何事もなかったかのように無言。……でも。
(二人とも、顔赤い……)
う、初々しい……
見ているこっちが恥ずかしくなってくる。
そんなことを知らないライトがギャーギャーがなり立てている。
「もうっユーナちゃんまでーっ。オレとイス半分こしてくれる子はいないのー?!」
「うるさいよ。……あ、マリサ、おいでー!」
侑奈が手招きした先に、この日本語ボランティア教室に参加している女の子がいた。黒目がちな大きな目が可愛らしい子だ。お母さんがインドネシアの人らしい。
「マリサも食べるー?」
「ううん。さっき、食べた」
「じゃ、ジュース飲む?」
「うん」
「ここで待ってて」
侑奈がさっと立ち上がって、ジュースを買いに行くと、マリサはそちらの方をジッと見たまま立ち尽くしてしまった。大人の男2人と、高校生男子3人のテーブルに座って待つのは抵抗があるのだろう。
「マリサ……」
座って待ってれば、と声をかけようとした時だった。
「あー、マリサちゃんだー」
「あっホントだーマリサちゃんだー」
マリサと同じ小学校一年生かもう少し上くらいの女の子2人がマリサに声をかけた。
「………っ」
ビクッと怯えるように震えたマリサ……
それにも構わないように、少女たちはトゲトゲしい言葉を投げかけてきた。
「マリサちゃん、まだ日本にいるの?」
「ママの国に帰るんじゃなかったの?」
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お読みくださりありがとうございました!
って、中途半端なところですが、長くなるのでここで切ります。
この二回ほどものすっごい真面目な話でございます…
でもこの「嘘の嘘の、嘘」で書きたかった主題の一つです。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。
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