「何やってんだお前! 大丈夫か!?」
待ち合わせ相手であるヤマダライトが、派手めな男2人と揉めてる!と、慌てて声をかけたところ、当の本人ライトは、「え?」と、間抜けた顔をして見返してきた。
その直後。
「何だお前? この外人と知り合い?」
揉めてる男2人…じゃなくて、その少し離れたところにいたガタイの良い男が携帯をいじりながらこちらに向かって歩いてきて……
(げ。マジか)
ライト対男2人だと思ってたのに、よくよく見ると、そのガタイの良い男の隣にもあと2人。合計5人もいて……
それから30分後……
「泉の馬鹿!考えなし!だからサルって言われるんだよ!」
「あーもー分かった分かった……」
侑奈に言われ続け、いい加減嫌になって耳をふさいだ。諒がオレを庇うように侑奈に手の平を向けて、
「まあまあ、侑奈、結果的には無事だったんだから……」
「それは私が諒に電話して、諒と桜井先生がきてくれたおかげでしょー?!」
「うんうん。そうだね。侑奈のおかげだね」
「何その言い方ー!!」
「まあまあ……」
諒に宥められてもまだ侑奈の気は収まらないようだ。
その横でライトはヘラヘラとしている。でもそのヘラヘラもいつもよりさらにヘラヘラで……
「それにしても浩介先生、あいかわらずデカイ声だったねー。『おまわりさーん!こっちでーす!』ってさー」
「おかげでちょっとノド痛いよ……」
桜井先生が苦笑して言い、「いただきます」と目の前に出されたお茶をすすりだした。この真夏に熱いお茶を飲む桜井先生……
開店時間直後のためか、そのお蕎麦屋さんにはオレ達以外に客がいなかった。おかげで遠慮なく話ができて助かる。
「で、何があったんだよ?」
「え」
ヘラヘラを止めないライトにちょっとイラッとして語気を強める。
「なんで喧嘩ふっかけたんだよ?」
奴らの話を総合するに、ライトと奴らは全くの初対面で、なぜかライトの方からいきなり殴りかかってきた、ということなのだ。
「んーーー……気分?」
「バカかっ!気分であんな強そうな奴らに喧嘩ふっかけんなっ。助けに入ったオレの身になれっ」
「んーーーー……」
ライトはうーんうーん、と唸ると、「あのさあ……」と不思議そうにこちらを見上げてきた。
「なんで泉君、あそこで声かけたの?」
「は?」
「普通かけないよね?自分がやられちゃうかもしれないのに」
「かけるだろっ」
ゴッと拳骨でライトの額を小突いてやる。あの時の不思議そうな「え」も「なんで?」の「え」だったのか!
再度「え」と間抜けな顔をしてこちらを見てくるライトに、もう一度鉄拳制裁加えてやる。
「普通、友達やられそうになってたら声かけるだろっ」
「え」
目を見開いたライト。
「オレ、友達なの?」
は?
「はあああああ?!」
びっくり発言にオレが叫ぶと、侑奈も同じように叫んで「馬鹿じゃないの?!」とライトの肩をたたいた。
「何今さらなこと言ってるの? 普通に友達でしょ!」
「え、でもさ、自分がやられちゃうかもしれないのに助けに入ろうと思えるほどは仲良くないよね?」
「はあ?!」
「だいたい、そのくらい仲良くたって、普通見捨てない?」
「見捨てるかっ」
「馬鹿馬鹿馬鹿っ」
侑奈と二人でワアワア怒鳴っていたら、諒が「まあまあ」とオレ達に向かって手の平を向けた。そして、ライトに向き直ると、
「見捨てる人もいるかもしれないけど、でも、優真は見捨てない人だよ」
諒は少し誇らしげに笑って、
「友達のことちゃんと守ろうとしてくれる。そういう人もいるんだよ?」
「…………」
ライトは眉間にシワを寄せて押し黙ってしまった。
ライトにはこうして庇ってくれる友人が今までいなかったということだろうか……
「……ま、でも、泉君?」
沈んだ空気の中、桜井先生が呑気な調子で言う。
「相手5人じゃさすがに分が悪いよ? 慶くらい喧嘩が強いならともかく……」
「あー……はい。すみませんでした……」
ここは大人しく頭を下げる。実は2人だと思ってたなんて、恥ずかしいから言えない……
「あ、もしかして、あの『おまわりさーん』って、今までも経験あるんですか?先生」
「うん……実は3回目」
侑奈の問いに、頬をかきながら桜井先生が言う。
「慶を助けるため、というより、相手に怪我させたら大変だから、止めさせるためにね……」
「へえ……」
あの可憐な容姿からは想像ができない……と思っていたところ、
「あの時と同じだね……」
いきなりライトがボソッと呟いた。今まで聞いたことのないような暗い声。
「あの時も、慶君がオレのこと庇ってくれて、それで浩介先生が叫んで……」
「…………」
「オレが殴りかかった理由も同じだよ。オレ成長してないね」
「…………」
(あ……そうか…)
少し前、ライトが渋谷さんに話していたことを思いだした。
『オレが中1の時もさ、オレに『日本から出てけ』とか言ってきた奴らに、『お前ら両親とも東京出身か?そうじゃないなら東京から出てけ!お前らが言ってるのはそういうことだ!』とかキレたよねー』
そういう類のことを言われた、ということだ。そういえば奴ら、ライトのことを「外人」と言っていた。それでカッとなって殴りかかったということか……
「オレ、日本国籍だし日本に10年住んでるっつーのに、いつまでたっても「外の人」扱いなんだよね」
「…………」
「母ちゃんが先月正式に再婚したんだけどさ。その再婚相手の親も、オレのこと「外人さん」って言うんだよ。あ、もうボケちゃってる婆ちゃんなんだけどね」
ライトは苦笑しながら、麦茶を一口飲んだ。
「当たり前なんだけど、再婚相手と向こうの連れ子2人と母ちゃんの4人は一緒にいると家族にみえるんだよね。でもオレは一人だけ浮いてて……」
「ライト……」
侑奈がそっとライトの手を取ると、ライトは照れたような笑みを浮かべた。
「だから一人暮らしさせてもらってんの。気楽でいいよ」
「でも………、あ、ううん」
侑奈は何か言いかけたけれど、やめてニコッとすると、
「私も高校卒業したら一人暮らしするんだよ」
「わ。そうなの?そしたらオレと一緒に住もうよ!同棲同棲!」
「しません」
握り返された手をぴしりと容赦なく払いのけてから……侑奈はふっと笑った。
「さっきね、そんなの気にしないでママ達と一緒に暮らせばいいのにって言いかけたの。でも考えてみたら、自分もお父さんの再婚相手と住むのが嫌で一人暮らしするって言ったんだったって思い出して……」
「…………」
「自分のことだと見えないけど、人のことだと見えてくるものもあるのかもね……」
「ユーナ……」
お父さんの再婚については割り切れたような顔をしていた侑奈だったけれど、やっぱりまだまだ思うことは色々あるのだろう……
シンッとした中で、ちょうど蕎麦が運ばれてきた。
「はい!さっさと食べないと遅れちゃうよ!」
はい、はい、はい、とわざとらしく明るく手を叩く侑奈。
「時間厳守なんだから!」
「分かってるって」
今日はこれから、日本語ボランティア教室で大掛かりなレイアウト替えがあるそうで、男手が必要ということで、オレと諒もかりだされた。桜井先生は元々、この教室の親組織のメンバーらしく、こういうことの手伝いには時々参加するらしい。
黙々と蕎麦をすすり、全員が食べ終わりかけたところで、
「あの、考えたんだけど!」
いきなりの桜井先生の声に、みんな顔をあげる。
「あのね……」
桜井先生はものすごく真剣な調子で、言った。
「結局のところ、自分が最も望む道に進むのが一番だよね」
「え」
みんながキョトンとする中、ライトが「ああ」と肯く。
「さっきの話? 先生ずっと考えたの?」
「うん。ライトが一人暮らしの方がいいって言うなら、それでいいし、お母さんと一緒に暮らしたいと思うなら、他の人の目なんか気にする必要ないと思う。自分の気持ちを大切にして」
こくりと肯く桜井先生。先生、ずーっと黙ってたけど、ずーっと考えてたんだ……
「ホント先生、天然……」
「だね」
諒と二人で肯き合う。ライトはクスクス笑いだすと、
「浩介先生って昔からそうだよねー。一人でジーッと考えてて……」
「え、そう?」
「そうだよー! それで突然、オレと話すためにスワヒリ語覚えてきちゃったり!」
「え、だってそれは、ライトがスワヒリ語しか話さなかったから」
「でも、ママンからの情報で、オレが日本語も英語も話せるって知ってたでしょ?」
「でも実際、スワヒリ語しか話さなかったじゃん」
「だーかーらー……」
言いながらライトは「あーあ」と両手を広げた。
「先生には敵わない。こんな人いないよー普通」
「え、普通だよ」
「普通じゃないって」
ライト、嬉しそう……。たぶん、その当時、スワヒリ語しか話さなかったのは、ライトなりの世間に対する精一杯の拒絶だったんだろう。でも、その拒絶をアッサリ突き崩して手を差し伸べてきたのが桜井先生。天然のなせるわざ……
桜井先生って、すごく素直な人なんだと思う。たぶん、オレと諒が付き合ってるって言っても「ふーん。そうなんだ」って普通のことのように受け止めてくれる気がする。なんの偏見も持たずに。色々な常識とかプライドとかに囚われているオレとは大違いだ。
『自分が最も望む道に進むのが一番』
最も望む道……
それは、諒と一緒にいること。諒と幸せになること。そのためには……
***
レイアウト変更は予定通り無事に終わった。
もう遅かったので、侑奈の家には上がらず、団地の下まで送ってから、いつものように二人で遠回りをしながら家まで帰ることにした。
両想いだとわかってからは、こうして夜二人で歩く時は手を繋ぐようになった。でも、さすがに恋人みたいには繋げないので、友達同士がふざけて引っ張り合いをしているように歩くことにしている。それでも、繋がっている手が温かくて嬉しい。
「優真、もうすぐ誕生日だね」
「あー、そうだな」
オレの誕生日は8月22日。あと2週間後だ。
「あのね……」
諒が立ち止まり、繋いでいる手に力をこめてきた。
「優真の誕生日の頃、うちの両親、毎年恒例の海外研修とかいうやつで、一週間帰ってこないんだ」
「あ……そうだよな」
小学生までは、諒が寂しいだろうから、といって、この時期は毎年泊まりにいっていた。でも、中学に上がってからは誘われなくなり、オレも自制できる自信がなくて極力個室で諒と二人きりになる事は避けていたので、一度も泊まったことはない。
「だからね……」
諒はこちらを伺うように顔を傾けると、
「今年は久しぶりに泊まりにこない?」
「………え」
申し出にドクンと心臓が波打つ。
「それで誕生日になる瞬間、一緒に過ごそうよ」
「……あ、うん」
「良かった」
諒の柔らかい笑顔にますます胸のあたりが苦しくなる。
「ケーキ買おうね」
明るく言いながら、今度は諒がオレのことを引っ張りながら歩きだした。
「………」
目線の少し上にある諒の頭のてっぺんをジーと見つめる……
『自分が最も望む道に進むのが一番』
オレが望む道……望むもの……
「諒」
立ち止まり、繋いだ手に力をこめる。
「ん? っとと!」
振り返った諒を、ぐっと引っ張り近づけさせる。
「な、何?」
「……諒」
ずっとずっと大好きだった。一目惚れしたその柔らかい笑み。性別とか背の高さとかそんなこと何も関係なく、ただずっと大好きで……
「優真? どうし……」
「誕生日プレゼント、くれ」
「え」
戸惑った様子の諒。
「プレ……ゼント? 優真、欲しいもの、あるの?」
「ある」
繋いでいる手にさらに力をこめると、諒は困ったように口を引き結んだ。
「優真、オレもね、考えてることが……」
「諒」
諒が何か言いかけるのを、人差し指で唇を押さえて遮ってやる。
「優……?」
「諒……」
愛しいその瞳をのぞきこむ。そして、勇気を持って………告げる。
「抱かせて、ほしい」
「………」
諒は目を見開き……
「え?」
瞬きをするのも忘れてこちらを見返してきた。
「諒……」
その愛しい唇に素早くキスをする。
「オレ、ちゃんとできるかどうか分かんないけど」
「……………」
「でも、一番望むものはお前だから」
「優ちゃ……」
「だから、お前の初めて、オレにくれ」
「………」
諒は息を飲んで………それから、ぎゅうっと抱きついてきた。
---
お読みくださりありがとうございました!
大遅刻大変失礼いたしました。どうしても気に入らなくて何度も何度も修正修正で……でもずっと書きたかったライト君の内情。
あ、ちなみにライトは母親のことを人に話す時や人前では「母ちゃん」もしくは「ママン」と言いますが、ママと二人きりの時は「ママ」と呼ぶことが多いです。
次回は明後日更新予定です。どうぞよろしくお願いいたします!
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