頭の中が真っ白になるとは、こういうことをいうのだと思った。
「優真……優ちゃん……大好き、大好きだよ……」
襖の向こうの諒の声……
夢にまで見たセリフ……
頭の中が真っ白だ。
「ちゃんと聞いてた? 泉」
襖が開き、聞こえてきた侑奈の声にも、頭と体が固まっていて反応できなかった。
「大丈夫? 泉優真君?」
「え…………」
見返すと、侑奈の後ろで諒は真っ青な顔で立ち尽くしていて……
なんなんだ。どういうことだ、これは……
思わず呟いてしまう。
「これ、ドッキリとか……?」
「んなわけないでしょ。馬鹿じゃないの」
呆れたように侑奈は言うと、
「泉、靴、ベランダだから。ちょっときて」
「え」
オレの腕を掴んで、そのまま台所にあるベランダ側の窓の前まで引っ張ってきた。
「ねえ、泉」
小さい、真剣な声で侑奈が言う。
「私、泉が誰のこと好きなのか、気がついちゃったよ?」
「え……」
息を飲み込む。
それは………、それは……
「泉。もう、嘘はやめて」
侑奈の茶色の瞳。穢れのない真っ直ぐな光が眩しいほど輝いている。
「私のせいで両想いのあんた達がくっつかないのはごめんだからね?」
「………え」
ニッと笑った侑奈。
それは今年の正月にオレが言ったセリフだ。
『オレのせいで両想いのお前らがくっつかないのはごめんだぞ』
あの時、オレが侑奈を好きだから、侑奈に手を出すわけにはいかないって、諒が言って……
「両想いって……」
誰と、誰が…………
ゴクンと自分が唾を飲み込む音が耳に響いた………、その時。
バタンッ
玄関が閉まった音が聞こえてきた。途端に侑奈が「あああ!」と叫んだ。
「諒が逃げた!」
「え?」
逃げた?
侑奈は「まったくもー!」と怒りながらベランダに出る窓を開けると、
「ほら、さっさと追いかけて!」
「わっ」
ベランダに隠してあったオレの靴を突きつけてきた。
「もう、嘘はおしまい」
「……ユーナ」
ふっと優しく笑った侑奈。
「諒のこと、お願いね」
「……………」
その微笑みは今までみた中で一番柔らかくて。まるで、女神のようで。
「それでまた、仲良し3人組に戻ろうね?」
「……………」
仲良し3人組………戻れるのか……?
「あ、違うね」
侑奈はいたずらそうに言った。
「戻るんじゃなくて、新しい形の仲良し3人組に、なろう?」
「新しい形……?」
それは………
言いかけたけれど、遮られた。
「まあ、その話は今度でいいから!」
再び靴をぐいっと胸のあたりに押しつけられる。
「今はとにかく、諒を追いかけることが先!」
侑奈の目が真っ直ぐにオレを見上げてくる。
「諒を……抱きしめてあげて」
「………………」
その綺麗な瞳にコックリとうなずき、靴を受けとる。
小学5年生で出会った時にオレは思った。侑奈は救いの女神だと。
だから、女神の言うことは絶対だ。
諒を抱きしめよう。
***
外に出ると、ムワッと息苦しくなるほどの暑さが襲ってきた。とりあえず、家に向かって歩いていたのだけれども、
(………もしかして)
直感、みたいなものが働いて、いつも遊んでいた公園の中に入ってみる。
夏休みだというのに人っ子一人いないのは、この暑さで遊具が熱くなっていて危険なため、使用禁止の張り紙がされているからだろう。
(………あ)
上が滑り台になっていて、下はトンネルのようになっている遊具の中に、人影が見えた気がして近づいていく。
小学生の頃の記憶がよみがえってくる。二人でくっついて座って、雨の音を聞いていた幸せな時間………
「…………諒」
トンネルの中をのぞきこむと、案の定、諒が膝を抱えて座りこんでいた。………狭そうだ。
「………。暑くないのか?」
「…………」
「ああ、日陰になってるから中は案外涼しいんだな。上の滑り台はメチャメチャ熱くなってるけど」
「…………」
言いながら、諒の隣に座りこむ。当たり前だけど、狭い。
「お前……変わんないな」
諒は小学校の時、嫌がらせをしてくるクラスメートから逃げてきては、ここでこうして隠れるように座っていた。オレが迎えに行くまでずっと座っていた。
「………変わったよ」
ポツン、と言う諒。膝に顔を埋めたままなので、どんな表情をしているかは見えないけれど、きっとあの頃みたいな泣きそうな面をしているんだろう。
やっぱり、お前は何も変わってないよ、諒。
「諒」
「……っ」
膝を抱えている腕を掴むと、諒はビクッと震えて、振りはらおうとした。でも、強く掴み続けてやる。
「逃げるな」
「だって……っ」
ようやく顔をあげこちらをみた諒。唇をかみしめて眉を寄せて……、ほら、泣きそうだ。
「だって、泉、オレ……っ」
「とりあえず、泉、は、やめろ」
「え」
ますます眉を寄せた諒の眉間を指でグリグリしてやる。
「本当は、泉って呼ばれるのずっと嫌だったんだよ、オレ」
「え………」
ポカン、とした諒の頬に、眉間から指を滑らせる。
「あのさ……」
「…………」
ポカンとし続けている諒の頬をきゅっきゅっと覆う。
「オレ、お前に聞きたいことも言いたいことも色々あるんだけど……」
「………っ」
再び逃げようとするように身じろぎをした諒。でも、逃がさない。引き続き、右手は腕を掴み、左手は頬を囲んだまま、もう一歩、顔を近づける。
「諒」
「………」
諒が震えるように小さく首を振る。
「優真、オレ……」
「待てって」
優真、と呼んでくれたことに嬉しくなりつつも、言葉を遮る。
「一つ、先に言わせてくれ」
「………何?」
怯えるような目を向けてきた諒の唇を、そっと指でなぞる。
「優ちゃ……?」
「諒」
そして、そっと唇を合わせる。
触れるだけ、の、キス。でも前みたいにかすめるだけじゃなくて、ちゃんと、触れるキス。
「ゆ……」
「諒」
そして、抱き寄せる。狭いトンネルの中、なんとかぎゅっとその愛しい頭をかき抱く。
「ずっと、ずっと、お前のことが好きだった」
抱きしめた腕に力をこめる。
「これからもずっとそばにいて、ずっとずっと守ってやるからな?」
息をつめたような気配のあと、腕の中の諒は静かに涙を流しはじめた。
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