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風のゆくえには~たずさえて19(山崎視点)

2016年08月22日 07時33分50秒 | 風のゆくえには~たずさえて

2016年3月13日(日) 


『友達からはじめませんか?』

 約2週間前、『あなたのことが好きです』とうっかり(うっかり?)告白したオレに、戸田さんがそう言ってくれた。

 友達に『なる』ではなく、友達から『はじめる』ということは、『友達以上に進む』可能性があると思っていいということだろうか……

 しかし、今、冷静になってみて思う。

 オレ自身は、本当にそれを望んでいるんだろうか?


***


 仕事(今日は日曜日だが、担当している地区の自治会会議があった)から帰宅後、母に頼まれて、母と1歳半の甥を弟の家まで車で送りにきたところ、近くの公園で偶然、高校時代の友人、渋谷慶・桜井浩介カップルに出くわした。渋谷の実家と弟の家はかなり近いのだ。

 いい歳したオジサン二人で、夕暮れ前の公園でわーわー言いながらバスケをやっているので「何してんの?」と聞いたところ、

「食いすぎたから腹ごなし」

と、返事された。今日はホワイトデーの前日なので、バレンタインのお返しを渡すために、日中は渋谷家に、夜は桜井家に顔を出すことになっているそうだ。あいかわらず、結婚しているかのような二人……


「休憩休憩! 翼くーん遊ぼー」

 まだ体を動かし足りない様子の渋谷から逃げるように、桜井がオレの母と甥の翼のところに行ってしまった。
 母は今日、午前中から翼のことを預かっていたらしいけれども、寒すぎて外遊びができなかったため、今、少しだけ公園で遊ばせたい、というので、車を公園の前に停めて降ろしたところだったのだ。今でも十分寒いが、午前中よりはマシか。


 翼を子供用の低い滑り台で滑らせてやっている桜井を、目を細めてみている渋谷。時折、渋谷の方を見て、ニコッとする桜井。
 この2人、付き合って24年以上になるというのに、いまだにお互いを強く強く思い合っている。どうしたら24年もこんな風でいられるんだろう……。

「そういえばさ……渋谷って一年以上桜井に片想いしてたっていってたよね?」
「なんだよ急に」

 ふと思いついて聞くと、渋谷が苦笑しつつベンチに座ったので、オレもその隣に座る。

「高校の時のことなんて、断片的にしか覚えてねえけどなー」
「まあ、そうだよね」
「でもあいつは頭良いからやたら覚えてるぞ? やっぱ脳みその出来が違うんだよな」
「…………」

 そういう渋谷だって、医者をやってるくらいなんだから、相当頭が良い。

「って、なんで急に?」
「ああ……うん」

 器用に人差し指の上でくるくるとボールを回している渋谷。そういえば渋谷は運動神経も抜群に良かった。その上、誰もが振り返る美貌の持ち主。そのくせ人懐っこい性格なので友達も多い。そんな渋谷が選んだ相手は同性の親友だったのだ。

「一年以上も片思いしてて、告白しようと思ったキッカケはなんだったの?」
「あ?」

 ボールの回転を止め、マジマジとオレを見た渋谷が、少しの逡巡のあと、ぼそりと言った。

「告白してきたのは浩介の方だ。おれからはしてない」
「え」

 じゃ、一年以上かけて振り向かせたってことなのか……。薄らとした記憶を辿ると、確か桜井は女子バスケ部の先輩と付き合ってた(のか? 一緒に帰ったりしていた)時期があった気がする。その間も、『親友』として桜井のそばにい続けた渋谷……。

「渋谷は告白するつもりなかったの?」
「まあ、なあ……」

 渋谷はんー……と思い出そうとするように、上を向くと、

「友達じゃなくなるのが怖くて、告白できなかったんだよなー」
「友達じゃなくなる?」
「同性だしな。気持ち悪いとか思われたらどうしよう、とか思ってた……気がする。せっかく親友って特別なポジションにいるのに、それを無くすような冒険する勇気もなかったし」
「………」

 意外……。無敵の渋谷がそんなこと思ってたなんて……


「って、なんでそんなこと聞くんだ?」
「あーいや、なんとなく……」

と、誤魔化そうとしたところ、渋谷にバンッと背中をはたかれた。

「戸田先生のことだろ? 告白しようとか思ってるわけ?」
「告白……」

 成り行きとはいえ、告白は一応したことになっている。が、

「んーと、とりあえずしたけど、『友達からはじめませんか?』って言われた」
「あ、そうなんだ」

 渋谷はコクコクと肯くと、

「はじめるってことは、続きがあるってことで、期待大だな?」
「んーーーー」

 素直に肯けないオレに、渋谷が怪訝そうな表情を浮かべた。

「なんだよ? 何が不満だ?」
「よく分かんないんだよなあ……」
「何が?」

 うーん、と引き続き唸ってしまう。

「なんというか……友達以上になりたいのか?オレ……とか思っちゃって」
「え、でも」

 告白、したんだろ? 好きなんだろ?

 そう直球で言われますます悩んでしまう。

「んー……この歳だしさあ、友達以上ってなったらやっぱり、結婚、とかあるわけじゃん?」
「まあ、普通はそうだろうな」
「そうなると終わる気がする」
「は?」
「………あ、そっか」

 そうか。と、渋谷に答えて自分でようやく気が付いた。

 『結婚』はオレにとって鬼門。今までの彼女とも『結婚』の話でダメになってきた。
 自分が結婚したいのかもいまだによくわからないし、したとしたら……、終わりがくる、気がする。父と母のように。

「なんていうか……オレ、結婚に対してあんま良いイメージ持ってなくてさ」
「………。だったら、友達以上、じゃなくて、友達のままでいいって感じ?」
「…………」

 渋谷の綺麗な瞳に答えられずにいると、渋谷は「まあなあ」と頬をかいた。

「気持ちは分かるけどな。何しろおれ、友達以上に進む勇気がなくて一年以上片想い続けてたくらいだからな。ま、コーコーセーの時の話だけどな」
「…………」

 なんか今のオレは高校生以下のような気がしてきた。
 どーんと落ち込んでいたら、

「え、何?」

 突然立ち上がった渋谷に、心臓のあたりを手の平で押された。

「『自分の心に正直に。あなたの思った通りにしなさい』」
「え」

 見かえしたオレに、渋谷がニッと笑ってきた。

「昔、姉貴に言われた。おれがブレずにいられたのは、このセリフのおかげかも。急に思いだした」
「…………」

 自分の心に正直に……

「それでずっと片想いしたままそばにい続けたら、浩介の方から告白してくれて、友達以上になった」
「……………」
「おれの粘り勝ちだ。ま、でも、あのまま片想い続けてたら、そのうち我慢できなくなって襲ってた気もするけどな」

 ヒヒヒ、と変な笑いをする渋谷。

「だから、あんま深く考えることないんじゃねえの?」
「…………」
「自分の心に正直に、だよ」

 ダメ押しって感じにオレの胸を押すと、渋谷は桜井の方に歩いていった。桜井が気が付いて小さく手を振っている。

「そろそろ行くー?」
「おー」

 そうだ、この2人、これから桜井の実家に行くと言っていた。本当に結婚同然の付き合いをしてるんだよな……
 あいかわらずお似合いの二人の姿を見ていて、やっぱり「羨ましい」という気持ちが込みあがってくる。

 でも……

(………お母さん)

 翼のことを優しい目で見ている母の姿に、ふっとあの時の母の姿が重なる。
 あの日、泣いていた母の瞳。そして誓った10歳のオレ……

『僕がお母さんのことも誠人のことも守るから』
『だから、お父さんのことなんて忘れて大丈夫』
『だから、お母さん、安心して。僕が、ずっと、そばにいるから』

 ずっと思いだすことなんてなかったのに、先日の目黒樹理亜の一件以来、妙に鮮明にその時の場面が脳内によみがえるようになってしまった。まるで呪いの呪文のようにくり返される言葉。


 今思えば、

『卓也はお母さんと私、どっちが大事なの?』
『今後一切、お母さんと関わらないって約束するなら結婚してあげる』

 10年前にそう言った彼女は、オレの中の、母への呪縛に気が付いていたのかもしれない。


***


 翌日。ホワイトデー当日。

『今回は、山崎さんがいつも行くお店に連れて行ってください』

と、事前に言われてしまい、散々悩んだ挙句、いつも行く店、の中でも、わりとオシャレなんじゃないだろうか、と思える店にした。夜景の綺麗な展望レストラン。下に新幹線や在来線が通っていくのが見られるフレンチの店。

「わ! すごい! 素敵!」
 お世辞かもしれないけれど、戸田さんはそういって喜んでくれた。前のワインバーの時よりも感触がいいので安心した。


 食後、戸田さんのマンションまでお送りした。

「上がってお茶でも」
 そういってくれたけれど、丁重にお断りし、玄関先でプレゼントの花束を渡した。

 お礼は食事だけではダメだろう、と思って散々悩んで、弟のお嫁さんに相談したら、

『お花はどうですか? 花束もらって嬉しくない女はいません。それにお花は「消えもの」なので、もし二人が上手くいかなくても残ることがないので安心です』

と、上手くいかない場合の心配込で提案してくれたので、それに乗ることにしたのだ。

 中身は見えないようになっていたとはいえ、不自然に大きな紙袋を持ち歩いていたので、バレバレだっただろうし、この大きな紙袋をゴソゴソ開ける姿は、自分でもかなり滑稽だと思ったけれど、戸田さんはニコニコと見守っていてくれた。

「わあ。綺麗。ありがとうございます」

 フワリとした笑顔で微笑んでくれた戸田さん。

 キュッと胸が締めつけられる。同時に、思いだす。

『自分の心に正直に。あなたの思った通りにしなさい』

 そう言った、渋谷の言葉……


「……戸田さん」
「はい?」

 小首をかしげた戸田さんの頬にそっと手で触れ、顔を寄せ……

 …………。

 ……………やっぱり、無理。

 結局、ストンと手を下ろし、

「おやすみなさい」

 深々と頭を下げて……頭を下げたまま、退出した。 


 ホント、オレ、どうしようもない……





-------------

お読みくださりありがとうございました!
更新10分以上遅刻です。
って、いや、私的にはホントはチューさせるつもりだったのに、
どうしても出来ないって山崎がいうからーーーーっ
そんなこんなで遅刻更新でございます。ホントにこいつヘタレだなあ……

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風のゆくえには~たずさえて18(菜美子視点)

2016年08月20日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて

2016年3月1日(火)


『利用できるものは何でも利用する、したたかな女』

 昔からよく言われていた。でも、私に言わせれば、利用できるものを利用しないなんて愚の骨頂だ。

 と、いうことで。

 今回、目黒樹理亜をおびき出すエサに、『山崎さんにバレンタインのチョコをあげたのに、2週間も音信普通にされている』という自虐ネタを使うことには何の躊躇もなかった。実際事実だし。
 そして、渋谷先生の手を借りることにも、何の躊躇もなかった。利用できるものは最大限利用しなくては。

 翌日、ちょうど火曜日で渋谷先生が休みだったのが幸いした。
 樹理亜とユウキには、新宿の居酒屋から直接私のうちに泊まりに来てもらい、翌朝、渋谷先生の迎えの車で、渋谷先生のマンションに行ってもらった。

 樹理亜の弱点は渋谷先生だ。ストーカーに関しても「慶先生にだけは言わないで」と一番はじめに言っていた。だからこそ、登場願った。何をしてもらうわけではない。ただ、一緒にいてもらったのだ。

『一緒に掃除してる。今、窓ふきしてるよ』
『一緒にお昼ご飯作ってる。炒飯だって』
『一緒に買い物に行ってくる』
『帰りにDVD借りてきた。こわい映画。夢に出そう』

 逐一、ユウキが情報を流してくれる。ユウキの大学は春休み中らしいのでそれも助かった。

 樹理亜には、今日一日『日常』を過ごしてもらいたい。『大好きな人』と『自分を純粋に想ってくれる人』と一緒に過ごす日常。それがどんなに幸せなことか実感してほしい。
 愛していない人の愛人になって、母親のために自分の店を出す。それがどんなに非日常的なことなのか、どんなに自分の心を傷つけることなのか、想像してもらいたい。


『浩介先生帰ってきた。あいかわらず樹理と喧嘩してて面白い』

 ユウキからの最新情報に吹き出してしまう。
 そろそろ私も仕事が終わる。仕上げにかからなくては……


***


 ピンクピンクズ。樹理亜の母親の店。
 ママと女の子二人とボーイ一人しかいない小さな店だ。名前の通り、店内は真っピンクだった。頭痛がするくらい……


 カウンターの向こうの樹理亜の母親は、はじめから攻撃的でとりつくしまもなかった。一緒に来てもらった山崎さんも、私の隣の席で固まっている。

「医者なこと鼻にかけちゃって、なにそのお綺麗な格好。こっちとは住んでる世界が違います、みたいにさ!」
「どうせ、金持ちのうちに生まれてチヤホヤされて育ってきたんでしょ?」
「あんた結婚は?子供は?いないの? だったら人の子育てに口出しする資格ないね!」
 
 これでもか、という罵詈雑言。全部聞いてから、一つ指摘をする。

「子育てに口出しするつもりはありません。樹理亜さんは明るくて素直でとても良い子に育ってますから」
「あら……そう」

 途端に、攻撃トーンが下がった。ここぞとばかりに追撃する。

「でも、樹理亜さんはもうハタチです。お母様の手を離れても良い年齢だと思うんです」
「それは……」
「一度、樹理亜さんときちんと話を……」
「ああ、ダメダメダメ」

 あー、あぶない。危うく流されるところだったー、と樹理亜の母は大袈裟に手を振ると、

「樹理亜にはこれから恩返しをしてもらうの。今まで散々苦労して育ててきたんだから当然でしょ?」
「それはそうですが、恩返しの仕方は樹理亜さんに任せて……」
「あんたねー、女手一つで子供育てるのがどんだけ大変だか分かってんの? 本当に苦労したんだから。その上、樹理亜は不登校になったり、リストカットしたり……あ、ストーカーで警察に捕まったことだってあったしね。ほんと迷惑な子」
「…………」

 それはあなたが、樹理亜が小さい頃から、家に男を連れ込んだり、男の相手をさせたり、機嫌によって溺愛したり虐待したりを繰り返したことが原因ですから!と言いたいのをぐっと押さえる。押さえるために、握った手が震えてしまう。……と、

(え?)

 急に腕を軽く叩かれ、驚いて振り仰ぐ。隣で固まっていたはずの山崎さんだ。

「すみません……ちょっと、いいですか?」

 山崎さんは少し困ったような顔をしてから、樹理亜の母の方に向き直った。

「あの……」
「何よ、あんた? えーと、役所勤めの何とかさんだっけ?」
「あ、はい。山崎、です」

 律儀に頭を下げる山崎さんに、樹理亜の母は小馬鹿にしたように言葉を続けた。

「あんたもどうせ、良い大学出て役所勤めになったボンボンなんでしょ? あーやだやだ」
「いえ、大学は出てますが別にボンボンでは……」
「何でもいいわよ。何よ?」
「いや、その……お聞きしたいんですけど……」

 山崎さん、なんだか神妙な顔をしている。何を言おうとしてるんだろう……

「何?」
 若干イラついた様子の樹理亜の母に促され、山崎さんはボソボソと話し出した。

「あの……私のうちも、私が小学生の時に両親が離婚して、その後、父が失踪したので、母が私と生まれたばかりの弟のことを一人で育てたんですけど……」
「………………え」

 樹理亜の母がかき混ぜていたマドラーの手を止め、マジマジと山崎さんを見て…………それからカッとなったようにわめきたてた。

「な、なによ、それなのに、自分の母親はこうして自分を大学までいれてる……って自慢したいわけ!?」
「あ、いえいえ、とんでもない」

 山崎さんはブンブン首を振った。

「大学は奨学金で行きましたし」
「じゃ、なによ!?」
「恩返し」

 山崎さんが軽く手をあげる。

「やはり、金銭的に恩返ししてほしい、というのが本心ですよね?」
「…………は?」

 何言ってんの、この人?という顔をして、樹理亜の母に見られたが、私も同感なので何とも言えない。山崎さんが訥々と続ける。

「私の母は、よく、自分のことはいいからさっさと結婚しろとか、老後の面倒は見なくていい、とか言うんですけど……」
「なによ、やっぱり母親自慢……」
「いえ、本当にそうじゃなくて」

 山崎さんはあくまで真面目に言う。

「母のその言葉は本心ではないんじゃないか……と思いまして。やっぱり苦労して育ててきたんだから、恩返しを期待するものですよね?」
「…………」

 でも、と首を傾げる山崎さん。

「あの、弟は大学卒業後にすぐ家を出て、それで一昨年結婚して、わりと近所に引っ越してきまして……」
「…………」
「孫の面倒みさせることが恩返しだ、なんて調子のいいこと言って、母に子供預けて嫁さんと一緒に遊びに行ったりしてて、それを母も喜んでいる風ではありまして……」

 思い浮かぶ、幸せな家族像……
 山崎さんが淡々と続ける。

「だから、母は私に結婚を勧めるのかな、結婚した方が母への恩返しになるのかな、と考える時もあるんです。でも、先ほどのお話だと、やはり金銭的な恩返しは必要ということで。でも、うちの母は口では過度な金銭援助を嫌がってまして……どっちが本心……」
「ああ、もう、うるさい!」

 突然、樹理亜の母が叫んだ。

「うるさいんだよ!」
「!」

 そして、衝動的に持っていたマドラーを振り上げる………っ

「きゃ……っ」

 私の方に飛んでくる……と思いきや、難なく山崎さんがマドラーを取り上げていた。

 前も思ったけれど、山崎さんってこういう事態に妙に慣れてる。

 樹理亜の母が真っ赤になってがなりたてた。

「何なのよ!やっぱり私のこと馬鹿にしてんじゃないのよ!」
「いえ、決してそんなことは……」

 騒ぐ樹理亜の母に対し、山崎さんの柔らかな物腰は変わらない。

「母の本心が知りたいんです。恩返しって何なのか……結婚することが恩返しなのか、金銭的に援助することが恩返しなのか……」
「…………」
「それで、確認させていただきたいのですが」

 黙ってしまった樹理亜の母を、山崎さんがスッと真正面から見返した。

「あなたの思う恩返しは、娘さんを金持ちの男の愛人にして、店の改装費を出させ、一生自分のそばで働かせるってことですよね?」
「………………っ!」

 バッシャーン!と山崎さんの顔にコップのウイスキーが氷ごと勢いよくかけられた。でも、山崎さん、微動だにしない。

「違うんですか?」
「………………」

 それでも冷静……
 怒りも何もなく、ただ冷静に、告げているだけ………

「あなたの言うそれが恩返しだとしたら、私にはとても無理だし……」
「…………」
「樹理亜さんがあまりにも不幸だな、とも思います」
「…………」

 呆気に取られたような樹理亜の母……
 ガタン、と音を立てて、椅子に座った。

「………帰って」
「……………」
「……………」

 山崎さんが私を振り返ったので、うなずき、立ち上がる。本当は、もう樹理亜に関わらないでほしい、と言いたいけれど、それは私の言う話ではない。樹理亜が決めることだ。

「……あのさ、山崎さん」

 行きかけたところで、樹理亜の母がボソリと山崎さんを呼び止め、おしぼりを投げ渡してきた。

「一番の恩返しはさ………お金の援助してくれて、その上で、孫の顔も見せてくれることなんじゃないの?」
「なるほど……」

 おしぼりで顔を拭きながら、山崎さんはやはり真面目にうなずいた。

「子育てと援助の両立は厳しいと思いますが……参考にさせていただきます。ありがとうございます」

 おしぼりをカウンターの上におき、山崎さんは軽く会釈した。
 樹理亜の母は苦笑いすると、「もう、二度と来ないで」と言い捨て、奥の部屋に入っていってしまった。

 山崎さん………どこまでが狙ったセリフだったのだろう。全部が素のような気もする。
 ……本当に不思議な人だ。



 二人で出口に向かったところで、

「なあ、待てよ」

 出口側のソファに座っている客に呼び止められた。

「あんた、やっぱり樹理亜の客なんだろ?」
「!」

 ギョロッとした目に見上げられ、ギクリとなる。あの、ストーカーだ……

「いえ、友人です」

 私が震えたことに気がついたのか、さりげなく山崎さんが背にかばってくれる。

「友人?」

 はは、と乾いた笑いを浮かべたストーカー。

「こんなムキになって、弁護士連れてきたり、今度は医者?連れてきたり……、ただの友人にそんなことしねえだろ」

 ストーカーがまっすぐ指をさしてくる。

「あんた、樹理亜のこと狙ってんだろ?」
「違います」

 山崎さんは軽く首を振り、それから、一瞬、私の方に目線を向けた。

(なに?)

 聞き返す間もなく、山崎さんはストーカーに向き直ると………あっさりと、言った。

「オレの好きな人は彼女なので」
「…………」

 ………………え?

 今、なんて…………

「樹理亜さんは彼女の大切な友人なので、オレにとっても大切な友人なんです」
「……あっそ。なるほどな。彼女への点数稼ぎってことか。納得」

 ストーカーは鼻で笑うと、興味がなくなったように、グラスを傾けはじめた。

「行きましょう、戸田さん」
「え」

 背を向けたまま、手を取られた。力強くぎゅっと握ってくれる、安心できる手………。その手に引かれ、ピンクまみれの店から脱出した。


***


 店から出て、駅に向かう細い路地を無言でずんずん歩いていたのだけれども、

「あ!」

 いきなり山崎さんが叫んだ。

「す、すみませんっっ。オレ、どさくさに紛れて、手………っ」
「あ」

 離されそうになった手を思わず握り返す。

「え?」
「あの………」

 キョトンとした山崎さんを真っ直ぐに見上げる。

「本当、だったり、します?」

 自分でも、なんでこんなこと言ってるんだろう、と思うけれども、脳の停止をきかず口が勝手に言葉を紡ぐ。

「さっきの、『オレの好きな人は……』って……」
「…………」

 長い沈黙の後、山崎さんは、大きく瞬きをして……それから、ゆっくりと「はい」とうなずいた。

「オレの好きな人は……」

 繋いでいる手にぎゅっと力が込められる。

「あなたです」
「…………………」

 心臓が、音が聞こえてしまうのではないか、と思うくらい波打ちはじめる。
 山崎さんの真剣な瞳………

「あなたのことが、好きです」
「………………」

 こんな真っ直ぐな告白…………

 何を言えば……何を……

 山崎さんは目をそらさず、真っ直ぐにこちらを見てくれている……

「でも」
 でも、出てきたのは可愛いげのない言葉。

「私、好きな人が……」
「…………はい。知ってます」

 ちょっと笑った山崎さん。

「あの、オレ、自分でもおかしいと思うんですけど……」
「…………」
「彼のことを一途に思うあなたのことを、とても愛しいと思っています」

 山崎さん……
 愛しいって………。でも、でも………

「でも、私、あなたにひどいこと……」
「ひどいこと?」
「ヒロ兄の身代わりをさせて……」
「ああ」

 繋いでいない方の手で、頬をかく山崎さん。

「オレなんかでよければ、いくらでも身代わりを………と、言いたいところなんですけど」

 すみません、と頭を下げられ、え、となる。

「すみません。さすがにちょっと心が折れまして」

 心が折れる?

「傷が癒えたら、また挑戦させてください」

 挑戦?

「あ、でも、他の男性に頼られてしまうと、本当に立ち直れなくなるので、そうなるくらいなら、今すぐにでも何とかします」

 何とか?

「………………」
「………………」
「………………」
「…………え、と、戸田さん?」

 盛大に吹き出してしまい、山崎さんが慌てたように手を離した。でも、離された手をこちらからもう一度掴み、ぎゅっと握りしめ、至近距離から顔をのぞきこむ。

「山崎さん」
「は、はい?」

 真っ赤になった山崎さん。
 言ってくれた言葉に嘘はないということを信じられる。信じられる人………

「もし、よければなんですけど……」
「はい」

「とりあえず、友達からはじめませんか? 私たち」
「え………」

 山崎さんはパチパチと瞬きをして、

「ぜひ、よろしくお願いします」

 恥ずかしそうに笑ってくれた。



-------------

お読みくださりありがとうございました!
長文お疲れ様でございます。

この「たずさえて」最大の山場と位置付けていた、樹理母VS山崎を書き終えられてホッとしております。
それから、流される男・山崎の、雰囲気に流されて思わず告白、の回でございました。
(浩介は南ちゃんに背中押されたとはいえ、ちゃんと告白しよう!と決意して告白したもんな~。山崎、ついウッカリ告白しちゃった感満載……)


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風のゆくえには~たずさえて17(山崎視点)

2016年08月18日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~たずさえて

2016年2月29日(月)


「女は基本、ウソつきですから」

 そう言って微笑んだ戸田さんは、とてつもなく魅力的で、くらくらしてしまった。
 彼女のどこまでが本当でどこまでがウソなのか知りたいけれど………それは一生無理な気がする。


***


 新宿で合流した戸田さんとユウキとオレ。

 戸田さんの担当患者である目黒樹理亜が、おそらく母親の策略で佐伯というストーカー男と関係を持たされそうになっている。樹理亜はもう成人しているので、もし、樹理亜も望んでのことならば、オレ達がとやかく言える話ではない。だから樹理亜の本心が知りたい。

 オレとユウキが補い合いながら説明し終わると、戸田さんは軽くうなずいた。

「分かりました。樹理ちゃんに連絡してみます」
「でも樹理、電話出てくれるかな……」

 ユウキはずっと青い顔をしたままだ。彼は体は女性だけれども心は男性で、樹理亜に片想いをしている。
 さっきから何度か樹理亜に電話しているのだけれども、出てもらえないらしい。

「それじゃ、1回ライン送ってみますね」
「ボクもさっきから送ってるけど既読スルーで……」
「じゃ、電話したくなるようなライン送らないとね」

 戸田さんが、すぐに何か書いて送った。わりと長文っぽい……。それを覗きこんだユウキはビックリした顔をして、なぜか戸田さんとオレを見比べた。

「戸田ちゃん、これマジ?」
「…………」

 肯定も否定もせず、ニッコリとした戸田さん。なんだなんだ?
 ユウキは、うんうんうなずくと、

「確かにこれなら、すぐ連絡くれると思う。樹理、こういう話大好きだし、なにげに面倒見いいし」
「そうよね。ただ問題は、電話できる状況にあるか……」

と、言ってるそばから、電話がかかってきたらしく、

「あ、樹理ちゃん、ごめんね。うん……うん……だからね……」

 戸田さんが電話の声を集約するために、手で口元を押さえながら、何か説得をはじめた。

「………ライン、なんて?」
「………………」

 ユウキにこっそり聞くと、ユウキはちょっと上を向いてから、言いにくそうに頬をかいた。

「あのさー山崎サン、戸田ちゃんからバレンタインのチョコもらった?」
「え!?」

 な、何でそれを!?
 オレが後ずさったのを、肯定ととったユウキが「わ、ホントなんだ」と口に手をあてた。

「で、それから今まで音信不通ってのもホント?」
「………………」

 う………ホントだけど……

 言葉につまっていると、ユウキは呆れたように肩をすくめ、

「それなのに、今、山崎サンから、『樹理ちゃんと連絡が取りたい』って、突然ラインが入ったんだけど、これどういうことなのかな。私、フラれたってことなのかな。樹理ちゃん何か知ってる? 会って相談したいんだけど、時間ある? ………だって」
「………………」

 フラれた? フラれたって、なんの話だ? だって、あのチョコは戸田さんがヒロ兄のために用意したもので、それを奥さんに拒否されたから、オレにくれただけで………

「樹理ちゃんすぐに来てくれるそうです」
「え!?」

 戸田さんの涼やかな声に飛び上がってしまう。

「二人と一緒にいると不自然なので、1回別れて、あとで合流したいんですけどよろしいですか?」
「え、あ、え?」

 あ、そうか。フラれたとかいう話は、樹理亜を呼び出すためのウソだ。そりゃそうだ。ああ、ビックリした……… 

 オレが挙動不審になっていると、ユウキがバシバシ腕を叩いてきた。

「わーごめんー二人とも。もしかしなくても気まずいよね?」
「え、あ……」
「でも、良い機会だから二人もあとで話したら?」
「え、いや………」

 訂正しようとしたけれど、戸田さんがユウキの後ろで「シー」というように唇に手を当てて、にっこりしているので、押し黙った。……というか、その「シー」があまりにも魅惑的で、思考が止まってしまった、というのが正確なところだったりする……。


***


「戸田ちゃん……あたしの話はいいよ」

 はじめはニコニコしていた樹理亜が、話が自分のことに及ぶと、顔をこわばらせた。
 居酒屋の個室の中、向かい合った席に座った戸田さんと樹理亜……。オレは戸田さんの綺麗な横顔と樹理亜の青ざめた顔を見比べながらハラハラするしかなかった。オレの前の席のユウキも同様なようで、口を引き結んで、ことの成り行きを見守っている。

「樹理ちゃん、聞いて?」

 そんなオレ達の目の前で、戸田さんは樹理亜の心に踏み込んでいく。落ちついた淡々とした声……心が揺らいでいく感じ。きっと、診療室の戸田さんはこんな感じなんだろう。オレの知らない、戸田さんの顔……。いったい戸田さんにはいくつ顔があるんだろうか。

 淡々と、本当に淡々と、戸田さんが樹理亜の心を解していく。
 オレまでも魔法にかかったように、心がフワフワとしていく中、

「でも!」
「……っ」
 切羽詰まった樹理亜の声にドキリとする。

「でも、でも戸田ちゃん」
 樹理亜が自分の手をギュッと胸におしつけている。

「ママちゃんがね、ママには樹理亜しかいないって言うの。ママちゃんにはあたしがいないとダメなの」
「………」

 ふっと、心臓のあたりがザワザワとしてきて、思わずオレも手を胸に押しつける。

(ママには樹理亜しかいないって)
(ママちゃんにはあたしがいないと……)

 樹理亜の目……泣きそうな目……

 その泣きそうな目に……重なる、あの日の母の瞳……

(お母さんには、卓也しかいないから)
(卓也はいなくならないよね?)
(卓也はずっとお母さんと一緒にいてくれるよね?)

 縋られ、掴まれた両腕。ぎゅっと、痛いほど強く掴まれ……

(僕が守るから……)

 オレも腕を握り返して……

(大丈夫だよ。お母さん。僕がいるから……僕がお母さんのことも誠人のことも守るから)

 だから、お父さんのことなんて忘れて大丈夫。
 だから、お母さん、安心して。

 僕が、ずっと、そばにいるから。


「でもね、樹理ちゃん」
「……っ」

 戸田さんの声に我に返る。

「樹理ちゃんの心は樹理ちゃんのものよ?」
「でも」
「このままじゃ、樹理ちゃんの心が壊れる」
「………」

 首を振り続ける樹理亜の背中をユウキがそっとさすっている。
 戸田さんはあらたまったように、樹理亜に問いかけた。

「樹理ちゃん。少し時間をくれないかな?」
「……少しって?」
「そうね……明日の夜まで」

 妙に具体的。しかも短い。でもそれ以上の長さになったら、樹理亜は首を縦に振らないだろう。ただでさえ、先ほどから何度も母親から帰ってくるようにとのラインが入っているくらいだ。

「明日の夜まで、もう少し話をさせてくれないかな?」
「…………」

 こっくりとうなずいた樹理亜。
 ほっとしたように、戸田さんが息をついた。

 明日の夜……明日の夜までに、説得。……できるのだろうか。何か策があるのだろうか……

 
「じゃあさ!」
 ユウキがこの重い雰囲気を吹き飛ばしたいかのように、樹理亜の背に手をあてたままニコニコと言いだした。

「次は、戸田ちゃんと山崎サンの話しようよ。樹理、聞いたー? 山崎サンひどいよね」
「………うん」

 樹理亜が小さく肯いた。

「ヒドイ。チョコ受け取ったくせに無視するなんて……」
「あ、いや、それは……」
「戸田ちゃんカワイソウ」
「カワイソーヒドーイ」
「ヒドイヒドイ」

 樹理亜が元気を吹きかえしてきたように、ヒドイヒドイと言いだして、ユウキと二人盛り上がりはじめた。
 つるしあげられながらも、ホッとする。あの空虚な瞳に、生き生きとした色が戻り始めている。戸田さんもニコニコと若い二人の言い分を聞いている。けれども……

(あれ?)
 でも、よく考えてみたら、これ、戸田さんがオレのことを好きみたいになってないか?

「戸田さん、いいんですか? こんなウソ……」
 
 コッソリと戸田さんに聞いてみたら、戸田さんは優美に微笑んだ。

「女は基本、ウソつきですから」
「…………」

 クラっとしてしまう。
 ウソつき……ウソつき、かあ……。
 どの戸田さんが本当の戸田さんなんだろう? ………どの戸田さんも本当じゃない気がする。


(そういえば……)

 母も、あの日以来、涙を見せたことはない。いつも明るく振舞っている。
 でも、あの時の母が本当の母である、ということは10歳のオレでも分かったことだ。

 母も、ウソつき、なんだろう。



-------------

お読みくださりありがとうございました!
足踏み回失礼しました。でもこれがないと進まないからしょうがない……ということで。

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(BL小説)風のゆくえには~26回目のバレンタイン3/3

2016年08月16日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切

【慶視点】


 ふと目が覚めて、大好きな温かい腕の中にいることに気がついて、心底ホッとする。
 腕枕してくれている手にそっと触れると、条件反射のように後ろからぎゅっと抱きしめられた。

(ああ……幸せだ)

 ほとんど毎朝のことなのに、毎回そう思う。この腕が、耳元で聞こえる息づかいが、いとおしくてたまらない。

(昨日の夜、一人だったから余計に……)

 余計にいとおしい……
 抱きしめてくれている腕を擦りながらそう思い………

「あ」

 はたと思い出した。一人だった理由。
 そうだ。昨晩は、高校の同級生の溝部と山崎が遊びにきたため、仕事をしているおれを置いて、浩介はこの2人と飲んだくれていたんだ。

 そして、12時過ぎ、山崎が合コン相手である戸田先生に呼び出されたので、おれが車で送っていったのだけれども………

(山崎、大丈夫だったかな)

 山崎が異常に緊張していたので、「何かあったら連絡しろ」と言ったんだけど……。枕元に置いておいた携帯を確認したが、連絡は入っていない。大丈夫だったんだな……

「…………」

 携帯を戻し、体を反転させ、包んでくれている浩介の方を向く。

 夜中、山崎を送って戻ってきたら、浩介と溝部はリビングのラグの上で寝てしまっていたので、二人に毛布をかけて、自分は風呂に入って、一人ベッドに入ったんだった。

(……浩介)

 くんくん匂いをかぐ。同じ石鹸の匂い……。ちゃんとパジャマも着てる。浩介、途中で起きて風呂に入ったようだ。

『溝部が帰ったらたくさんしような? 大好きだよ』

 おれが山崎を車で送るのをとめようとした浩介を説得するために、わざと普段は言わない甘い言葉を言ってみたけれど、実はちょっと……いや、かなり本気ではあった。

 何しろ今日はバレンタイン。付き合い始めてから25回目、おれが浩介のことを好きになってからは26回目のバレンタイン。

(26回目にして初めてチョコ買ったし……)

 渡した時の浩介の顔を思い浮かべて、わくわくしてきてしまう。

(とりあえず、溝部に朝飯食わせて帰らせて………)

と、脳内で今日の計画を立てていたところ、

「…………あ」
 着信を知らせるために携帯が震えだした。メールだ。

 相手は山崎。件名『ごめん』

『ごめん。お言葉に甘えて迎えにきてもらってもいい? 今、○駅前のコンビニにいるんだけど』

「………………」

 もう6時半を過ぎているので、当然、電車は動いている。それなのに、あの気遣いの山崎が「迎えにきて」なんて、大丈夫じゃない何かがあったんだ……

「……イチャイチャはお預けだな」

 温かい腕を抜け出し、よく眠っている愛しい瞳に唇を落としてから、静かに部屋を出た。


**


【浩介視点】


 人の声で目を覚まし、慌てて着替えてリビングに出ていったら、なぜか山崎がラグの上で毛布をかぶって寝ていた……

「山崎、戸田先生のうちに行ったんじゃ……」
「渋谷が迎えにいったんだとよ」

 むっとしたまま、溝部が言う。

「なあ、だからどうだったんだよー?」
「……ほっといてくれ」

 毛布の中からボソボソと山崎の声が聞こえてきた。ほっといてくれって……

(うまくいかなかったんだ……)

 しつこく聞こうとしている溝部をたしなめて、ダイニングの椅子につれていく。

「まあ10年ぶりじゃあなあ……」

 溝部はまだブツブツ言い続けている。山崎は、前の彼女と別れてから10年経つそうで、そのまま10年ご無沙汰だったそうで………

(おれ、3年ぶりでも緊張したもんなあ……)

 昔のことに思いを馳せる。
 おれと慶は、おれのせいで、3年間離れて暮らした時期がある。

 途中一度だけ、慶が会いにきてくれて会ったけれど、その時はお互いを愛し合っただけで、最後まではしなくて……。再会してすぐも同じで………というのは、妙に緊張してしまって、なかなか最後まで踏み切れなかったというか……

(3年であれじゃ、10年……しかも初めての相手……)

 …………無理だな。

(まあ、おれにはありえない話だけど……)

 おれには慶しかいないし、もう二度と離れることはない。

(慶………大好きな慶)

 今日は25回目のバレンタイン。
 バレンタインは恋人同士が愛を確認し合う日。確認し合う………

「…………。で、溝部はいつになったら帰るの?」
「帰んねー絶対帰んねー」

 溝部、ダイニングテーブルにしがみついている。

「バレンタインに一人でウロウロしてるの見られたらカッコ悪いだろー」
「うわ、なにそれ……」

 意味が分からない………
 呆れていたら、毛布の中からまたボソボソとした声が聞こえてきた。

「……ごめん、ちょっとしたら帰るから」
「あー……いいよ……」

 溝部はともかく、山崎は追い出しにくい……。なんで慶、山崎のこと連れてきたんだ……。

「とにかく飯にしようぜー? 腹へった」

 おれの心の声なんか知らない慶がケロリと言って、キッチンに向かいながら溝部に声をかけた。

「溝部、テレビつけていいぞ?」
「おー」

 溝部がソファに移動し、くつろぎモードでテレビをつけ、新聞を読みはじめた。

 なんだかなあ、と思いながらおれもキッチンに入る。と、

「……っ」

 入るなり、慶に胸ぐらを捕まれ、噛みつくみたいに唇を重ねられた。溝部に気付かれないよう音を立てないように気をつけながら、貪るような激しいキス……

「………慶」

 唇が離れてから、コツンとおでこをくっつける。大好き。大好きな慶……

「あーあ。せっかくバレンタインなのに」
「まあ、そう言うな」

 ちょっと笑いながら、頬をぐりぐり撫でてくれる。

「夜まで待て」
「え!? 夜!?」
「あいつ夜まで帰らないだろ」
「………………」

 ムーっとしていると、またチュッと唇を重ねてくれた。

「まあ、こんなバレンタインも珍しくていいんじゃないか?」
「嬉しくなーい」
「まあまあ」

 慶は楽しそうに言うと、今度は頬にチュッとキスしてくれ、

「夜、楽しみにしてろ」
「え」

 ニッとした慶……

 え、楽しみ……楽しみ!?

 うわわわわ……ど、どうしよう。楽しみ過ぎて………鼻血ふきそう。


**


 結局、本当に、溝部と山崎は夕食まで食べてから帰っていった……

 夕食は鍋にした。慶にはこっそり「ケーキの分のお腹残しておいてね」と伝えたので、腹八分目でやめてくれた。昔ほどではないけれど、慶はやっぱりよく食べるのだ。

「山崎と戸田先生、どうなっちゃうんだろうね……」
「さあなあ……、お、うまい!!」

 ケーキを一口食べ、慶が嬉しそうに叫んでくれた。小さくて上品なケーキ。筒型で周りにチョコレートがコーティングされていて、中はブルーベリークリームの挟まった甘すぎないスポンジ。甘さと酸っぱさの絶妙なバランス。

「良かった。好き?」
「うん。すっげえ好き」
「…………」

 好き。ケーキの話だと分かっていても、きゅっと胸が締めつけられる。

「ありがとな」
「うん」

(ああ、幸せ……)

 こんなに幸せ。慶の嬉しそうな顔。これ以上幸せなことなんてない。25回目のバレンタイン。今までの色々なことが思い出されて、意識が遠のきそうになったところで、

「山崎なあ……、ありゃ、できたとかできないとか、そんな単純な話じゃなさそうだぞ」
「え」

 おもむろに言われ、我に返る。

「どういう意味?」
「おれもよくわかんねえけどさ……まあ、人の恋路に口出しするのは野暮ってもんだ。放っとこうぜ」
「………そうだね」

 でも、うまくいってほしいなあと思ってしまうのは人情というもので。
 うーん、と言いながら食べていたら、あっという間に終わってしまった。高いケーキは美味しいけど小さい………

「ちょっと物足りなかった? もう1つ違うのも買えばよかったかな……」
「いや、ちょうど良かった。サンキューな。スゲー旨かった」

 ケーキを食べ終わった慶が、すっと立ち上がり、おれの額にキスしてくれた。

「ん」

 ああ、幸せ。
 そのまま、キスの続きをしてくれるかと思いきや、

「ちょっと待ってろ」

 慶はふいっと、洋室に入っていき、仕事用のカバンを開いて何かしはじめた。

「………?」
 なんだろう? とりあえず、紅茶のお代わりを入れようかな……それともコーヒーにしようかな……と、立ち上がりかけたところで、

「はい」
「え」

 いきなり何かを突きつけられ、再び腰を下ろす。目の前に小さな箱。

(ああ、チョコか)

 すぐに思い付く。昨年も慶は子供たちからもらったチョコをいくつか持って帰ってきてくれたのだ。慶がもらったチョコをおれが食べるのもなんなんだけれども、賞味期限の関係でどうしてもそうなることが……

「チョコ、やっぱりもらえたんだ? 子供たちたくさん来てたでしょ?」
「あー……来てたけど……」
「?」

 手を取られ、その上に箱をのせられた。そして、手を包み込むようにぎゅっと握られる。

「……慶?」
「これは貰い物じゃなくて……」
「え」

 慶……顔が赤い。……え? 顔、赤い……よ?

「これは、おれから。昨日新宿のデパ地下で買った」
「……………え」
「美味しいぞ? 試食したから間違いない」
「………………」

 慶の声が頭の上の方を通り過ぎていく。

(おれから……? 試食したから間違いない……?)

「……慶?」
「浩介」

 再び額にキスがおりてくる。

「受け取ってくれるか?」
「……え」
「おれの、チョコ」

 うそ………
 慶……慶が、おれに……? 

 慶が照れたように言う。

「26回目にして初めて買った」
「……え」

 26……?

「25……だよ、慶……」

 朦朧としながら答えると、慶はくしゃくしゃとおれの頭を撫でてくれた。

「ばーか。そりゃ、付き合ってから、だろ」
「え」
「おれは付き合う一年以上前からお前に片想いしてんだよ。忘れたのか?」
「………………」

 慶……慶。

 そうだった。慶はこんなおれのことずっと好きでいてくれて……それで。それで……

 苦しい。愛し過ぎて、気持ちが溢れて………苦しい。

「で? 受け取ってくれるのか?」
「…………もちろん」

 慶の優しい言葉に何とかうなずき、震える手で箱を開ける。

「わあ……」

 綺麗なチョコレート……。それぞれ形の違う、黒い宝石みたいなチョコ。

「半分こ、しようぜ?」
「うん」

 1つ、丸い粒を取り、慶の口元に寄せる。白い歯が半分に噛むと、

「浩介」
 そっと唇を重ねられ、同時に甘い粒が口の中に転がりこんできた。

「旨いだろ?」
「ん」

 甘い。蕩けるほと甘い。

「慶」
 立ち上がり、手に持っていた残りの半分を慶の口の中に入れて唇を辿ってから、ぎゅっと抱きしめる。

「慶……ありがと。慶からもらえるなんて夢みたい」
「んー、ごめんなー、おれ今までもらうばっかで、渡すこと思いつかなくて」
「そんなの……」

 ぶんぶん首を振る。

「この1回で、26回分もらった気分だよ」 
「そうか?」

 慶がニッとした。

「じゃ、次も26年後でいいか」
「……………」

 むーっと口を尖らすと、慶が笑いながらキスしてくれた。

 幸せな幸せな、26回目のバレンタインだ。
 


------------

お読みくださりありがとうございました!

「たずさえて14-3」の後の話でございました。

安定のイチャイチャ。ついついダラダラと書いてしまいました。携帯だと文字数でないので際限なく書いちゃうんですね(^_^;
ちなみに、慶はまだかたくなにラインをやっていないため、メールなのでした。

さらにちなみに、付き合って1回目のバレンタインはこんな感じでした→将来4ー2
も~~初々しすぎてニヤニヤが止まらない~~って自分の書いた話読み返してニヤニヤしてる私、なんて安上がり。

さて。寄り道はこれくらいで。
山崎君と戸田先生の物語の続きをまた明後日(たぶん)から再開させていただきます。

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(BL小説)風のゆくえには~26回目のバレンタイン2/3

2016年08月14日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切

【浩介視点】


『溝部が帰ったらたくさんしような』

 慶がせっかくそう言ってくれたのに………
 溝部が帰ってくれないーー!

 そして………

『大好きだよ』

 数ヵ月ぶりに言ってくれて、その上こっそり、耳にチュッとキスまでしてくれて、こっちは嬉しすぎてその場でひっくり返ったっていうのに………

 慶、なんで山崎をまたうちに連れてきたのーー?


 この意味が分からない状況は、昨日の夜からはじまった。


 バレンタイン前日の19時半少し前……
 せっかく慶とひたすらイチャイチャして過ごそうと思っていたのに、突然、高校の同級生の溝部と山崎がやってきた。

「邪魔しに来たんだよ」

 なんで来たの?というおれの質問に対し、溝部はあっさりと言い切った。

「オレらは寂しくバレンタインを乗り切ろうとしているのに、お前らだけ幸せに過ごすのは不公平だからな」
「…………」

 滅茶苦茶だ……。
 おれと慶が苦笑する中、山崎は「えええ!?」と叫んだ。

「溝部っ騙したなっ。オレは遠慮しようって言ったのに、二人が呼んでるって言うから……っ」
「えーオレそんなこと言ったっけー」
「言っただろ!」

 山崎……あいかわらずだ。昔から山崎は控えめで、自分の意見を二の次にするところがあるので、強引な溝部に振り回されている………

「ま、いいじゃねえか」
 慶が苦笑しながら山崎の腕を叩いた。

「せっかくだから、夕飯食ってけよ。浩介がやたら凝った料理作ってるから」
「お~~やったー」
「ごめんね、桜井……」
「…………」

 そう言われてしまったら、反対できるわけない。四人で食卓を囲むことになり、翌日の昼にアレンジして出すつもりで多めに作ってあった食事は、すべて無くなってしまった……。(でも、前々からリサーチしてようやく見つけた、慶がきっと気に入ってくれるに違いないチョコレートケーキは、冷蔵庫の奥の方に隠してあるから無事だ)

「おれ、仕事あるから」

 食後、そう言って、リビング続きの洋室に行ってしまった慶を除いて、飲み会がはじまった。

 慶はお酒があまり強くなく、少し飲み過ぎると寝てしまうので、二人で酔い潰れるまで飲む……ということはしたことがない。
 おれはまあ普通に飲める。でも、慶に会える時間を削ってまで飲みたいとは思わないので、必要最低限の飲み会以外に行くことはなかった。
 でも、昨年の同窓会以降、こうして同級生達が来るようになってからは、飲みの楽しさを知ったというか……大好きな慶がそばにいる上で、気のおけない仲間たちと飲むお酒は楽しくて楽しくて………

「あのね~今回は記念すべき25回目のバレンタインなわけですよ~」
「おお!四半世紀!」
「ほんとスゴイよなー」

 こうして慶とのことを正直に話せることも本当に嬉しい。

「オレ、一番長くて2年だなあ」
「なんで別れちゃったの?」
「んーなんでかなあ……」

 溝部がうーんとうなっている。

「山崎は?」
「オレもそんな感じかな……。むしろ、こんな風に続いてる桜井達が奇跡だと思う」
「その秘訣はなんだー?」
「おお。教えてほしい!」

 二人に詰め寄られ、コホンと咳をする。

「秘訣はですね……」
「変なこと言うなよ?」

 いつの間に慶が隣にきて、ローテーブルの上のリンゴを一切れ口に入れると、キッチンに行ってしまった。

 慶が戻る前に言わないと……

「秘訣は二つ」

 ピースサインを、1に変える。

「いち。まずは、やっぱりお互いを思いやる心」
「まーそりゃーなー」

 納得の二人に、指を再び2に変える。

「2つ目は」
「おお」
「か……、痛っ」

 ゴンッと頭に衝撃がはしった。か、かかと落とし!?
 頭を押さえながら振り仰ぐと、慶がコーヒーカップ片手に、冷たーい目でこちらを見下ろしていた。

「お前、今、何言おうとした?」

 こ、こわい……

「あー、いえ、何も……」
「え、何だよ何だよ!?」
「いえいえ、何も……」

 『体の相性』だなんて、今言ったら本当に怒られる……。

 慶が洋室に戻ったのを見計らって、二人がコソコソとおれを小突いてきた。

「なんだよ? 渋谷に言えないことか?」
「余計に気になる!」
「ほら、渋谷が戻ってくる前に言えよ!」
「いや、その……、あ!」

 2人に詰め寄られたところで、ローテーブルの端に置いてあった山崎の携帯に着信を示すランプがついていることに気が付いた。

「ほらほら。山崎、携帯!」
「おいおい、誰だよ? もう12時過ぎてるぞ?」
「誰だろ……」

 山崎が無防備に画面をいじったので、ばっちり見えてしまった。

「うわ!」
「マジか!!」

 思わず溝部と一緒に山崎の背中をバシバシ叩いてしまう。

『何なりとお申し付けください、はまだ有効ですか?』
『高級チョコレートがあります』
『もし、まだ有効でしたら、食べにきてください』

 メッセージの相手は、山崎の合コン相手の戸田先生だった。


-------------

お読みくださりありがとうございました!
か、書き終わりませんでした……
潔く諦めて、前後編→123に変更^^;
今回はいつか書きたかった、家飲みの様子。

間取り図とか書けたらいいんだけど書けないので文章で説明しますと、、、
3LDKです。
玄関入ると廊下が真っ直ぐあって、
つきあたりに12畳のリビングダイニング。
キッチンはダイニングの手前に長細く3畳くらい。
カウンターキッチンではありません。
キッチンの近くに、そんなに大きくない4人掛けのダイニングテーブルがあって、
リビングスペースには、ソファーとローテーブル。
ソファーは二人掛けなので、座れない人は地べたに座るか、ダイニングの椅子を使うか。
(今回、浩介は地べたに座っていたので、かかと落としをくらったわけです)
リビングの続きに6畳の洋間。ここにベッドと、共用のデスクを一つ置いてます。
玄関側に4畳半の部屋が2部屋。1部屋は慶と浩介の荷物部屋、
もう一部屋はここの部屋の持ち主である、あかねの荷物部屋になってます。
(『光彩』であかねが住んでいたのはこのマンションです)

……なんて、こんなこと書いてる暇があったら続き書けばいいのに……と自分にツッコんでみた。
えー、今回の話は、「たずさえて14-3」のおまけの話の寸前にあたります。

続きはまた明後日(たぶん)……今度こそ終わるはず^^;
クリックしてくださった方、見に来てくださった方、本当にありがとうございます!!
こんなオチもない小話に本当にありがとうございますー!!
よろしければ、また次回も宜しくお願いいたします!

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