きのうはやあるきのじいさんにおいぬかれる

犬と酒依存症のおっさんが、車椅子を漕ぎながら、ネガティブに日々見たり聞いたり感じたりした暗めの話題を綴ります。

まだ3/5だがペースダウン

2018-02-13 07:57:08 | 脊髄内血管腫との邂逅
元々それほどペースアップしていた訳ではないが、リハ庭の漕走を開始してから空き時間はほぼ漕いでいたのは確かで。

昨日は朝から白かった。漕走中、雪も舞っていた。午前はそれでも2時間漕ぎ続けた。

午後になって日差しも出てきたが、休日日程に伴う2時間のブランクがあったにもかかわらず、無理せず休養することに。読書もせず休養もせずただただぼんやりと病室で過ごす。その後のリハはしっかり動いたが(この日はロフストランドクラッチで緊張しながら歩いた)。
それでも昨日は同じ日程で、午前午後とそれぞれ2時間ずつ漕いだのだが。

高速道路も止まっていたらしい。この数日前の低温時のようには山が見えなかった(故にこの写真のみイメージ図となる)。恐らくは結構降っていた筈。

一昨日の夜から背中(左の肩胛骨と腰の辺り)が痛くて咳払いしたり鼻水をすすったりすると激痛が走る。
運動量が落ちるのは気になるが、寒さに負けたと言うことではないので、暫くペースを落とすことにする。
この三連休の間に転院して90日経過し、退院まで残り60日を切った。情けない話だが息切れ気味かも。

外出肉

2018-02-11 16:49:46 | 脊髄内血管腫との邂逅
昨日は用事があって、許可取って外出。2時間ぐらいで用事を終えて家に。

外出時は肉に走る。年末も。

そして今回も。家で肉食うときは1キロぐらい食っとるんじゃないかというぐらい食う。禁断症状かというぐらい。

ハンバーガーは1キロもはいかんが。ただ、ロッテリアの高級バーガー(単品630円)に限らず、マクドのジャンキーなバーカーも、いとおかしである。

広いから、日差しがあるから

2018-02-08 07:30:02 | 脊髄内血管腫との邂逅
午前中漕走していると、近所の託児所か保育所かの子供たちがやってくることがある。

年の頃、2歳か3歳か。この時期の子供たちは凄い。何が凄いって、ただただ走ることができる。だだだだだってずっと走っている。競争でも何でもない。疲れるまでそうやって走っている。

1周100メートルのパラレルワールド。それよりもそこが走れる場所だから走るんだろう。

儂も、ただただ走った。

日差しがあるというだけで走ろうと思う。

車椅子のパンクは直って返ってきた。代車を返した。両方とも借り物なのだから代車も何もないのだが。




音戸の瀬戸から鹿島まで

2018-02-07 07:57:10 | 遠くへ~少しだけ非日常
2017年の岩国マラソン前日。時は4月半ば。

翌日の岩国入りを目指して呉へ。

で、今日はここから出発。自分にとっての呉らしい景色を見ながら南下する。

1時間弱でスーパーのトイレを借りる。野良くんに会う。車に気を付けて。

警固屋という古い町を過ぎる。この辺りは登って下る。

海が見えてきた。

音戸大橋。音戸の瀬戸を渡る。呉への行き帰りのフェリーではいつも目にする橋。結構狭い感じ。

結構登る。

自転車とか歩きとかの人はいない。そもそも路側帯はあるが歩道がない。

一気に下る2回転半。

対岸に着く。旧音戸町倉橋島より。

清盛塚に立ち寄る。

海岸沿いを進む。

何か、凄く良い感じの瀬戸内海である。

国道を離れ、県道へ。ここまではコンビニとかもあったがここから先は何もない予定。気合いを入れる。まだまだ距離がある。

にしてもこの景色。素晴らしいと思う。

海を離れ、山道に入る。

海が顔を覗かせる。

道が広くなる。坂を登る。

再び海を見る。

再び箕が細くなる。

池、というより入り江か。多分海に続いている筈だが。隠れ里のような光景。

やや高いところを走っているらしい。とりあえず前に。

飽きずに海を見る。

自販機を見つけここで補給。正直助かった。甘いゲータレード。もうすぐ賞味期限。

でこの牡蠣の加工場辺り、実は、この辺りから道を間違えていたことに後から気付く。後からであるこのときはまだ気付いていない。気付いたのは行き止まりになってから。これで往復で10キロぐらい余分に走ることになる。

とはいえ、間違えてもソンしたということは全くなくて。とりあえず、バテていない訳ではないがえっちらおっちらと。

で、行き止まり。訳が分からず、現在地をつかむのに暫く時間がかかった。スマホを見るが日差しが強くて見えにくい。

で、元来た道を戻る。焦ってもしょうがない、というより、とりあえず帰りのバスの見通しは立っていたので。

曲がろうとした道には幾つか分岐があった。スマホの現在位置を確認しつつ慎重に曲がる。登って下って反対側の海に出る。

ここから改めて南端の鹿島を目指す。もう40キロぐらい走っている。かなりバテている。

遠くに橋が見える。ここまで陸続き、というのは、住んでいる人にとっては有り難い筈だ。儂も走っていくことができるし。

橋を渡る。

鹿島の一つ手前の島の入り口にある民宿。

まだまだ続く。

おもてなし。

最後の橋の入り口を見つける。

橋を渡る。鹿島着。ここまで約44キロ。

向こうまで行って引き返す。

安心して漸く補給。今日欲しいのはこの系統らしい。

来た道を戻る。後は、呉までのバス路線が来ている倉橋市民センターぐらいまで行ければいい。残り約10キロぐらい。

ところが、この辺りから天気がだんだん怪しくなってくる。市民センター行きのバスが運良く捕まえられる時間だったが、バスをやり過ごす。その10分とか20分ぐらい後、峠に差し掛かったところで。

スコール。小屋を見つけて避難する。道路も川状態。スマホで雨雲の状態を確認するが、強烈な「赤い雨」が20分ぐらい続く。15分ぐらい我慢。少しだけ弱くなったところで小屋の軒先を出る。

10分もしないうちに着いたが、雨はまだ降っている。

それでも、やれやれで市民センター近くの史跡(?)見学。麦の自販機はない。

バスの時間を確認し、もう一つ二つ向こうのバス停まで走ることに。

あった。

つまみは喰わんかった。駐車場の傍で一本。今日はこれから横川でムスコと呑むのでまあ、ガツガツ呑むほどではないが、まだまだ時間がかかるので、あって助かった。バスの時間とJRの時間をスマホで確認し、ムスコに連絡。この分だと18時過ぎるな。

ルートミスもあって55キロ。翌日の岩国マラソンはハーフでエントリーしていたから良かった。とここまで綴って気がついたが、翌日の靴とかウェアとか、呉駅のロッカーに置かずに持って走っていた訳で。結構な荷物だったのにそう苦痛ではなかったのが不思議。最後の豪雨も凄かった(結局着替えとかないからそのままでいた)。

何より、海も山もすべてが良かった。そういうことだろう。

ノルマの呪縛

2018-02-06 15:30:21 | 脊髄内血管腫との邂逅
毎朝、今日はもう100周しなくてもいいと思いつつ、100周するまでは気分が悪い。
困ったモノだと思いつつ、今日も勝手に設定したノルマに立ち向かう。

今日は無茶苦茶寒い日で、やっとのことで100行った。当然もう寒いので上がろうと思ったが、昨日は午後踏ん張って2時間近く漕いで合計で110行ったこともあり、今日も時間がまだあるのに止めるのはどうかと思い。また、日差しも少し残っていたこともあり。
妙に110行かなければならないような気がして。

11分休んで再スタート。12分かからずに10周終えた。代車でこんなに速く漕げるとは。
にしても、悪い習慣のような気がしていかん。
それでも、ないと何もせんような気もするし。

今から本日最終のリハ。気合いです。

言い訳にはしたくないが

2018-02-05 12:54:11 | 脊髄内血管腫との邂逅
車椅子は昨日穴が開いてしまったので今日修理に。

代わりのは重くて漕ぎにくくて。全判的に大きいのでそういうのも関係しているのかもしれない。

手袋は、古いのを使って穴をふさぐ。手が痛くなるので放ってはおけない。
手袋の方はまだしも、車椅子の方は代車だからといって漕ぎにくいからといって言い訳にはできず、何とか昨日今日と設定ノルマをこなす。

しかし、身体が痛い手が痛い。正直、きついなあと思う。

道具が変わるとできない、というのは本当にできるということではないとウチの親がよく言っていた。
ま、確かに。


ラン後の補給~外出先にて

2018-02-04 06:38:35 | 徒然に2018-2020
あくまで水分補給ということで。

2014年の初春。この時期、糖質オフ系が多かった。電子書籍リーダー眺めながらひなたぼっこをよくしていた。勿論ランが終わって、ということではあるが。


2014年秋から初冬。ベンチもあるが地べたの方が旨い。アスファルトに缶を置くだけで、何故こんなに絵になるのだろうと不思議に思う。







ここまでが2015年の冬。冬でも外がいいというのは事実。震えながらが多い。つまみもこの時期まではよく摂っていた。最近は呑むばかりだが。どこで摂っているのかもう覚えていない。




ここまでが夏。海の傍とか川の傍もある。暑い時期は、移動してということもある。よりよい時間を過ごすというそれなりの価値はある。

冬。一緒に写るザックに、ああそういえば、という感じがする。

開けて2016年。最後のやつは、走った後ではなくて、夜に手話関係の講習会で講義をした後で軽く食事を取ったときのだと思う。やれやれ感が漂う。


この時期(2015年)ぐらいから、お店で一人呑みも時々やるようになった。やはりつまみが旨いところより麦が安いところ。松屋の150円とか、アルコールを出してくれるフードコートとか。まあ、気分転換でこの寒い時期ならではでもある。ハイボールのは一杯100円のときに行った。あ、中には家族で行った焼き肉屋のもある。ここでも食うより呑む、という感じ。

古くからの商店街である萱町には所謂「角打ち」がある。昔、儂の田舎の近所にも、コップ酒提供している店があったが、それと同じようで。お値段も良心的だし、一度行ってみたいが、変な話、かなか敷居が高くてまだ。最近は最寄り駅でもなくなったしますます足が遠のいている。吉呑みもまだ未経験だがこちらは生の値段の関係から足が遠のいている。自販機2つは船に乗ったときにお世話になる。こちらは良心的な値段である。
車椅子で入れるんかなと、今はそんなことを。

こちらは、憧れの行ってみたい角打ち。

そして2017年の夏。

病気になるほんの少し前か。
つい先日のこと。

早すぎるのではないか

2018-02-03 15:54:45 | 脊髄内血管腫との邂逅
1月最後の月曜日。もう限界かと。

手袋3双目の記事を準備していた。

にもかかわらず。

わざとやっているわけではない。

2日目で穴が開いた。

そして、同じ日にタイヤのゴムが剥けた。交換して貰って10日目で。

ちょっと早すぎるのではないかと思う。

雨にか冷たさにか

2018-02-02 08:54:23 | 脊髄内血管腫との邂逅
如月初日から雨で。

今日は流石に漕走は無理かと思いつつ午前のリハの合間はNさんからのあさのあつこを読みつつ過ごす。

昨日は月マークが出ていた我がタイメックス。そういえば月食だったか。

昼過ぎても雨はまだ上がっていなかったが、強行。しかし、指の冷たさに30周で止める。手袋左右反対にして使って冷たくないように試みたが。
本来なら2月は28日しかないから1日100周のノルマとして270周の「借金」からスタートとなるが、どうだろう。最近益々手とか背中とかきつくなっているのでどうなることか。漕走オンリーから少し考え方を変えることも必要かもと思うが。

Nさんの「火群(ほむら)のごとく」より。とりあえず、明日から地味に地道に頑張らねば。

ところで。

昨日の昼は本当に赤飯が出て、独り静かににんまり。

もう、赤飯ですね!

2018-02-01 07:03:20 | 脊髄内血管腫との邂逅
昨日、今の薬になって初めて摘便無しの浣腸のみで自力排泄ができた。しかもそこそこ「しっかり」出た。今日は「待ち」の時間を6分まで短くしてやってみた(これまで「降りていない」といわれることが多かったので、長めの15分待ちで始め、摘便で安定して排泄できるようになってはきていたので段々と短くしていってた)。

病棟の看護師さんから良かったですねとはいありがとうございますと。もう赤飯ですねそうですねと。こういう会話が自然に出る。有り難いことこの上ない。

1月締めの日で、背中も張っていたし手も痛かったしで漕走は最低ノルマをこなした後は休憩。

それでもその後歩いたり立ったりとリハの先生から出される新しい課題を上手くこなせたりして、こういう日もあるのだなあと、久々にいい思いが多かった日。