幸田文さんの「福分」やら
「持ったが病」等々で、
「結局自分に似合うきものがベスト」
ということになりましたが(勝手にですが)、
では、この「似合う」って何?
なんて疑問が湧いてきました。
まっ、辞書的にはとても簡単です。
「調和する。映える。ふさわしい」
これを、きもの姿がとてもよく「似合う」
宮沢りえさんを例に考えてみます
これはご存じ、お茶のCM。
これは映画「たそがれ清兵衛」
のときの下級武士の妻。
地味ながら健気な美しさ。
「今ひとたびの修羅、観劇」のあだっぽさ。
どれも「似合って」ます。
美人だからど
これは演技力の問題だと思うのです。
形だけではなく心まで
「その人に成りきる」。
お茶のきもののときには、
京都のお茶屋の女主人に。
「たそがれ清兵衛」のときには、
下級武士の妻に。
「今ひとたび~」のときには、
あいまい宿の娼婦に。
それぞれの表情、全然違いますものね。
「似合う」とは、
「ある環境のなかで、
その人らしさが一段と美しく出ている」
ことではないかと思います。
「きれい」と「似合う」は違う。
だから、よくある
「こんな人がこんなに変身!
ビフォアー・アフター」という企画は、
「きれい」ではあっても、どこか不自然。
「板に付いていない」、
すぐに元に戻りそうです。
「憧れ」とは、その人の持つ雰囲気、
中身を含めてのこと。
「あっ、この人のステキ」と思ったとき、
身も心もその人に近づけるよう、
きものだけではなく、
仕草や性格までじっと見て、
着こなして、自分のものにする。
宮沢さんは、「たそがれ~」のとき、
役に成りきるため、
たすき掛けの練習を何百回としたそうです。
「似合っている」とは、
その人らしさが一番出ているきもの。
そしてその人らしさが出るのは、
一番数多く着ている傾向のきものを着てこそ、かな?
一番自然にふるまえるきもの。
で、私はどの宮沢さんが好きかといえば、
若い時はともかく、今はお茶屋の女主人
ステキなご主人と充実した毎日を
送っている幸せな表情ですね。
でも憧れる、ならばですね、
「私はお茶屋の奥様で、夫はモックンだ」
と言い聞かせつつ
それこそ何百回となく練習すれば、
いつか私、宮沢さんになっているかも~??
(いやいや、こんな〆で済みません)
こういうあでやかなきものも好き。
まっ、理屈はともかく、
彼女の美しい姿をお楽しみくださいませ。
応援ありがとうございます。