一連の「きものの決まりごと」あるいは「縛り?」についてのブログでは、いくつかの内緒コメントをいただきました。
それは、「季節はずれの花を身に着けていることを批難する人なんて、最近いるんですか?」という私の言葉について、
「いるんです。そういう人」というエピソードや「着付けの人にいろいろ言われて嫌になった」という方も。
「薄物にはまだ早いわね」と注意を受けた云々。
そうなんです。
「のど元過ぎれば暑さを忘れる」ではありませんが、私、すっかり忘れていました。
これまでのきものライフで遭遇した数々の冷や汗、涙体験を
私がきものを着て外に出始めたのは、2007年くらいからです。
今から6年くらい前ですね。
その前には、安いものを買っては家で楽しんでいましたが、外に着ていくにはすごい勇気が必要でした。
きもの友達には、半年くらい家のなかだけで着て、外に出られなかったと言う人もいました。
着付けを習った人は、そのあたりの敷居は低いと思います。
先生や生徒仲間とのお出かけでは、ちゃんと先生が指導してくれる。
でも着付けを習うのは時間、お金の面などでシンドイ。
でもきもの着たいという人は、自分で本などを見ながら学習していくわけですが、最後のところで自信が持てません。
私は同じマンションの着付けの先生に習っていたのですが、途中で引っ越されてしまいました。
中途半端に習ったせいで、いま思い出しても(思い出したくない!)とてもヒドイものでした。
写真ではヒドそうに見えませんが、某ショップの人に「まあ、せっかくのいいきものが台無しね」と言われました。
「いいきもの」に焦点を合わせれば褒め言葉かもしれませんが。
スマしてはいますが、
あーあ、この着付けのヒドいこと。
それに訪問着に名古屋
まあ、ご法度ではないのでしょうが~~、袋帯、結べませんでした
帯付きの季節のお出かけはものすごい力が必要でした。
途中で「あなた、ここがこうよ」「帯、直しましょうか」など等親切な方々が直してくださることも。
「襟が出し方が汚い」
「帯締めが緩すぎる」
その都度教えてくださる親切な方もいました。
路上で、着付け教室?
今なら面白がれますが、当時は冷や汗もの
少しはマシになった?4年前。
ある席では、お偉方がある人に向けて「そんな着方してはだめよ。もっときれいに着なきゃ」と言っているのも耳にしました。
もちろん、親切で言っているのです。
でも自信のないこちらは身も心も縮まる思い、私ではなくてよかった、と心のなかで思いました。
あーあ、かばうこともできない、きものに関してはなんて気の弱かったわたし
まるで片思いの相手に対するように、着たい一心で何言われても?きもの着る場に行きたがる。
すべて自信のなさから来る被害者意識、と思いたい。
きものの約束ごとは、子育てに似ているような気がします。
子どもが小さいときは、みな初心者。
今の育て方と前の世代、環境によって違う「常識」がぶつかる。
「もっと大人しくさせなさいよ」という人もいれば「元気でいいわね」という人もいる。
子育てについていろいろ言われてーーもちろん、言ってくださる方は好意でしょうねーー人知れず涙を流す。
着つけの先生は子育てにおける保母さんみたいな存在?
頼りになる優しい人もいれば、煙たい人厳しい人もいる~~。
洋服と違うのは、子育てもきものも、そこに「家」とか「育ち」とか「躾!」とか、個人のセンス以外のものが入ってくるからではないでしょうか。
一人一人にみな違うはずなのに、社会が入ってくる?
洋服の場合、どんな恰好をしてても何か言われることはあまりありません。
きものを純粋にファッションとして楽しんでいる人もいっぱいいて、そういう人は仲間内で楽しむから、それはそれでOK。
何度も涙流した子育て
二人目はもう平気
ブログを始めるようになり、着付けを教えていただいたのは前に話した通りです。「ブログの功罪」
きちんと着れるようになると、自信が持てるようになりました。
決まりごとは決まりごととして、ふだん着なのだから、それほどきっちり着なくてもいいのではと思うようになりました。
大学の「教養学科」のことを、英語ではリベラル・アーツといいます。
リベラル、自由になるための技術、方法と私は解釈しています。
つまり、知識とは「人より優位に立つため」でも、「こうしてはいけない」こと知るためではなく、自分を自由にするために増やすもの
せっかく日本に昔から伝わっているきものです。
しきたりというより、伝統的なことも少しは知りたいです。
この柄は、こういう言い伝えがあるから、ちょっと帯に使ってみました、なんてシャレてないですか?
「温故知新」古きを温め、新しきを知る。
リベラル・アーツの日本語版?
たとえば、私は花の名前と季節をあまり知りませんでした
でもブログで、いろんな花の名前と咲く季節を教えていただいた。
知識、教養が少し増えたわけです。
きものでは、「花が咲く前に身に着けるのが粋」ということも知る。
でも気が向けば、その時期が過ぎても身に着ける。
「あなた、それをおかしいわよ」と誰かに言われても、にっこり笑って、「この花、好きなんです」と応えられるようになりたい
縛りや約束ごととはズレて、多少の(?)顰蹙を買っても、楽しくやりたいと思うようになりました。
自由を得るための知識を増やしたい
若い人は普通にやっているけど、
こんなことでもできるようになって嬉しい?
「銀座で跳んでみた」
きもの着始めてから、私と同じように涙を流したり、嫌な思いをしてきたかた、あるいは今している方、いるのではないでしょうか。
それでも、きものが好き
きものって、それほど魅力のある存在なのですね。
いろいろ考えるきっかけを与えて
くださり、感謝しております。
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