カンチャン狂騒曲

日々の事をあれこれと、大山鳴動してネズミ1匹がコンセプト。趣味さまざまなどを際限なく・・。

到来、年賀ハガキ申込みシーズン

2014-11-14 09:57:54 | 日記
 郵便物を出しに行ったら、年賀ハガキの申し込み用紙をくれた。
 
 年々数は少なくなっていると聞くが、それでも毎年沢山の年賀ハガキが行ったり来たりしている。
 今年は減らすぞ、等と決心してもつい出すことを止めた先方から来たりすると慌てて年明けて出したりして、またまた元の木阿弥になってしまう。
 年賀状の断り方で面白いというか、やるなと思った例が2つある。
 その1は、「最近視力が著しく悪化し、新聞を読むのも難儀する程になりました。よって暫く活字などを遠ざけた生活を送ります。年賀状も本年をもちまして失礼させて頂きます。なお、目以外に関しましてはそれほど悪いところもありませんので、今後ともよろしくご厚誼の程をお願い申し上げます」・・・といった趣旨の年賀状を最後に途絶えた。
 ちなみに、当人とはその後何度となく会ったし飲んだりもしている。
 その2は、「癌を始めとして体調が悪く、とても賀状の交換など出来る状態ではない」といったもので、体調不良が断りの王道のようだが、中途半端な体調不良だと面倒なことになったりするので、もうこれは極端な重篤なものが良いようだ。
 年賀ハガキの申し込みの時期には前後して「喪中につき・・・」のハガキが五月雨式にやってくる。
 どっとやってこないで、今年は少ないな等と油断させておいて後で集中的にやってくる。
 こちらが出した後に数枚が毎年やってくるのは例年のことである。
 「喪中なので挨拶を失礼します」と相手が言っているのであって、こちらが出しても一向に構わないらしいのだが、喪に服しているところに、賑やかに新年おめでとうはないだろうとおもんぱかって遠慮する。

 我が家では義父の喪中の挨拶を出した翌年の年賀状が少ないことに気がついた。
 また時には数年に亘って不幸が続く人もいて、2回も続くと名簿データの×印の解除を忘れて出さないこともある。
 私的には、この「喪中を活用した第3の方法」を追求してみるのも一案ではないかと思っている。

 私の方はもう逝ってしまう対象者が皆無なので、配偶者の家族に協力を仰ぐことになろうか。

 古い同級生、仕事関係の現役・同期・先輩・OB組織、地域活動の組織、幾つかの趣味の人々、等々・・・。
 去年に比してマイナス50枚を目標に設定して200枚を申し込んだが・・・果たして・・?

 悩ましきは年賀状の断捨離なのである。

 今年の新年早々新聞に掲載された複雑な心境の私の川柳を思い出す。

 「年賀状どうやら仕分けられ始め」

 自分のみならず、相手も同じ悩みを抱えていることでしょうな。
 相手の仕分けに期待するというのも、消極的選択として・・・有りですかな。

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コメント
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