白雲去来

蜷川正大の日々是口実

新橋で宴会。

2012-03-11 14:52:31 | インポート

三月十日(土)雨。陸軍記念日。

 

 大磯に本部を置く、大日本殉皇会の小早川貞夫先生がご健在の頃は、先生が主催していた、陸軍記念日奉祝大会が大磯の八坂神社にて行われ、参加していた。その頃が懐かしい。この行事は、神奈川県維新協議会の同志の人たちによって続けられている。

 

 朝から、高校の説明会に行くという愚妻を学校まで送って行った。帰宅後は、「大吼」の最終校正。校了した。夕方までパソコンの中身の整理。こういった作業をしている時が楽しい。

 

 五時から、新橋の新橋亭という中華料理屋にて行われる長谷川光良氏のなにやら「出所五周年」などという宴席に出席。四十名程か。大行社の周本昌山氏、内川氏、村田氏や鈴木邦男、木村三浩の両氏、山平重樹氏、鹿島政晴氏、青年思想研究会議長の緒方孝名氏などと同席。途中、挨拶を述べる。

 

 七時過ぎに終了。横浜駅で下車し。関内行き。久しぶりにサリーの店へ。偶然に、カメ&アコちゃんも来訪。終了後は、「うさぎや」へ。十二時過ぎに帰宅。

 


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卒業式。

2012-03-11 14:28:44 | インポート

三月九日(金)雨。

 

 今日は、上の子供の卒業式である。先に愚妻に席を取りに行ってもらい、九時からの式に間に合うように家を出た。講堂は卒業生とその保護者で一杯である。式が始まるとまず国歌君が代を斉唱。厳粛な気持ちになる。次は、森鴎外作詞の「横浜市歌」である。青森出身の愚妻は、当然この歌を知らない。私は、小学生の頃から歌っているし、浜っ子として、この郷里の歌が大好きである。

わが日の本は島國よ 朝日輝ふ海に

連り峙つ島々なれば あらゆる國より舟こそ通へ

されば港の数多かれど 此横浜に優るあらめや

むかし思へば苫屋の烟 ちらりほらりと立てりし處

今は百舟百千舟 泊る處ぞ見よや

果なく榮えて行くらん御代を 飾る寶も入り來る港

 

 私は、様々な所に旅して、港のある町へ行くたびに、「横浜市歌」の一節、「されば港の数多かれど、この横浜にまさるあらめや」が脳裏に浮かぶ。

 

 男の先生の、紋付き袴姿が多いのには驚いた。校長先生はじめ登壇するほとんどの人たちが国旗に頭を下げたが、ただ一人PTA会長と言う女の人だけが無視をした。この共産党の市議に日本を愛する気持ちがあるのだろうか。唯一、嫌な気持ちにさせられた。

 

 また、時代の流れなのか、「仰げば尊し」や「蛍の光」などの名曲が歌われないのも、寂しい思いにさせられた。何の理由があって、百年以上も歌われてきた名曲を子供たちに教えないのか・・・。少しずつ国が壊れて行くような気がする。

 

 夜は、上の子供と、子供の同級生をと一緒に家族で、「お好み焼き」で卒業祝いを行った。

 

 

 


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