五月二十一日(木)晴れ。
最近、「牛筋」の煮込み料理が上手になった。「煮込み」といっても様々な味付けがあり、ビーフシチュー風、薄味のおでん風、韓国料理のようにコチュジャンを使った、カルビスープ風と色々と楽しんでいる。しかし何と言っても基本は牛筋の煮方にある。正直言ってオーストラリア産の物より国産の物の方が格段に良い。その匂いや食感も違うし、特に、下ゆでする際の「アク」が全く違う。国産の物は、下ゆでを一回もすれば、後は圧力鍋で煮ることが出来るが、オーストラリア産の物は、最低二回は下ゆでをしないと、後でスープが濁り、匂いも消えない。
また牛筋をまとめて買ってきても、固い部分とそれほどでもない部分がある。それを一緒に圧力鍋で煮ると、軟らかい部分がクタクタになってしまい、肉の感触がなくなってしまう。面倒でも下ゆでをした後に、肉を良く洗い、固い所と柔らかい所を分けて圧力鍋で時間を調節して煮るようにしている。また、一緒に玉ねぎ、生姜、長ネギの青い部分などを入れるが、大根やニンジンなどは既に味付けをしたスープで別に煮ておく。牛筋が柔らかくなった時点で、大根やニンジンを煮ているスープに入れて再び煮るのである。その際には、勿体ないが、牛筋を煮たスープは捨てる。最近は、牛筋を煮るのも慣れてきて、かなり美味しい物が出来るようになった。
落語家の故立川談志師匠は、料理上手で「談志厨房に入る」と言ったとか。その昔からわが国では、男尊女卑の気風ゆえ「男子厨房に入らず」というのが武士の心構えのように言われてきた。(今はほとんど死語となりましたが)しかしながら、これは孟子の言葉の勝手な解釈で、本来の意味とは随分と違う。
日本風のことわざの語源となったのが、孟子の「君子遠庖厨」(君子は厨房に近づかない)。その意味は、『徳(仁)の高い者は、牛馬や鳥等の家畜がされる厨房には近づくべきでない。高徳(仁)の人が食事を安寧に食べられるようにと配慮した言葉である。』と故事にある。昔の中国では家庭で家畜が飼われていて、厨房内は生き物をし料理するところである。徳(仁)のある方がするところを目にしたり、声を聞いたり、臭いを感じたりすると、その料理を食べられなくなる。だから、厨房には近づくべきではない。これが日本に伝わってきて、「君子は厨房に近づかない」=「君子は厨房に入らない」→「男子厨房に入らず」というように言い換えられた。
だから男が料理をしたとしても女々しいことなどはないのだ。大体、閨房(けいぼう・調べてみてね)ばかり入って、厨房に入ら無いのは、男の身勝手というもの。そんな訳で、夕食は、。家族に、きぬさやと新玉ねぎのオイスターソース炒め、海老とソラマメをチキンコンソメで味付けしてからとろみをつけて中華風にしたものを作った。私は、カツオの刺身を独り占めして、ふふふの独酌。
最近、「牛筋」の煮込み料理が上手になった。「煮込み」といっても様々な味付けがあり、ビーフシチュー風、薄味のおでん風、韓国料理のようにコチュジャンを使った、カルビスープ風と色々と楽しんでいる。しかし何と言っても基本は牛筋の煮方にある。正直言ってオーストラリア産の物より国産の物の方が格段に良い。その匂いや食感も違うし、特に、下ゆでする際の「アク」が全く違う。国産の物は、下ゆでを一回もすれば、後は圧力鍋で煮ることが出来るが、オーストラリア産の物は、最低二回は下ゆでをしないと、後でスープが濁り、匂いも消えない。
また牛筋をまとめて買ってきても、固い部分とそれほどでもない部分がある。それを一緒に圧力鍋で煮ると、軟らかい部分がクタクタになってしまい、肉の感触がなくなってしまう。面倒でも下ゆでをした後に、肉を良く洗い、固い所と柔らかい所を分けて圧力鍋で時間を調節して煮るようにしている。また、一緒に玉ねぎ、生姜、長ネギの青い部分などを入れるが、大根やニンジンなどは既に味付けをしたスープで別に煮ておく。牛筋が柔らかくなった時点で、大根やニンジンを煮ているスープに入れて再び煮るのである。その際には、勿体ないが、牛筋を煮たスープは捨てる。最近は、牛筋を煮るのも慣れてきて、かなり美味しい物が出来るようになった。
落語家の故立川談志師匠は、料理上手で「談志厨房に入る」と言ったとか。その昔からわが国では、男尊女卑の気風ゆえ「男子厨房に入らず」というのが武士の心構えのように言われてきた。(今はほとんど死語となりましたが)しかしながら、これは孟子の言葉の勝手な解釈で、本来の意味とは随分と違う。
日本風のことわざの語源となったのが、孟子の「君子遠庖厨」(君子は厨房に近づかない)。その意味は、『徳(仁)の高い者は、牛馬や鳥等の家畜がされる厨房には近づくべきでない。高徳(仁)の人が食事を安寧に食べられるようにと配慮した言葉である。』と故事にある。昔の中国では家庭で家畜が飼われていて、厨房内は生き物をし料理するところである。徳(仁)のある方がするところを目にしたり、声を聞いたり、臭いを感じたりすると、その料理を食べられなくなる。だから、厨房には近づくべきではない。これが日本に伝わってきて、「君子は厨房に近づかない」=「君子は厨房に入らない」→「男子厨房に入らず」というように言い換えられた。
だから男が料理をしたとしても女々しいことなどはないのだ。大体、閨房(けいぼう・調べてみてね)ばかり入って、厨房に入ら無いのは、男の身勝手というもの。そんな訳で、夕食は、。家族に、きぬさやと新玉ねぎのオイスターソース炒め、海老とソラマメをチキンコンソメで味付けしてからとろみをつけて中華風にしたものを作った。私は、カツオの刺身を独り占めして、ふふふの独酌。