白雲去来

蜷川正大の日々是口実

東京でBBQ。

2015-07-29 14:01:59 | 日記
七月二十五日(土)晴れ。

冷ご飯が沢山あるので、今朝は、鳥ガラでしっかりダシを取ってから中華風のお粥にした。もちろん安記のお粥の足元にも及ばないが、何かお腹の中がすっきりするような気持ちになる。

夜は、山口申先生の主宰する会のBBQがあって東京行き。今日は隅田川の花火大会があるとのことで電車の中は浴衣姿の若い人が目立った。まあ伝統的な着物、浴衣を着るのは良いが、若い女の子の浴衣姿の様にならないことと言ったらない。似合っている子をほとんど見ない。電車の中で十代と思われる女の子が三人浴衣を着ていたが、その中の一人の子の襟足には何とTシャツらしきものが見えたのにはたまげた。もう一人の子は、洋サンダル履きだ。いやはやお母さんは何しているのかと、他人事ながら心配になってしまう。

後から乗ってきた若い男の人は、浴衣にメッセンジャーとか言うのか、斜めに皮のカバンを掛けて、足は、ローマ人のような皮のサンダルを履いていた。ウェーっと思っていたら、日本橋から乗ってきたのが、玄人筋と思われるオネイさん。旦那に花火でも招待されたのか、浴衣の着こなしも決まっていて、涼しげでかつ凛としている。中、高校生に浴衣の着付けを授業で教えたらどうか。でなければ、一年に二三度、着物登校日を設けるような学校があっても良いと思うのだが。

木場の駅で、大熊雄次氏を待っていたら、小川勝正先生と鹿島政晴さんと一緒になる。揃って山口先生のビルの屋上へ。秋山一成氏や憂青同の皆さんが早くから段取りをしていたらしく、私など何にもすることが無い。ご苦労様です。町内の盆踊りの歌が風に流れて来て、暗くなれば隅田川の花火の音だけを聞いて、談論風発の酒。九時過ぎに山口会長や、お歴々の皆さんにご挨拶をして大熊氏と共に席を立った。

東京駅に向かう途中に、門仲の「日本再生酒場」にちょっと顔を出してから、帰宅。

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MRIの検査。

2015-07-29 13:31:03 | 日記
七月二十四日(金)晴れ。

いやはや朝顔を洗おうと思ったら、めまいがする。一瞬、ヤバイと思ったが、良く考えてみれば昨日の酒が残っていただけだ。何年か前に軽い脳梗塞の症状があると診断されて以来、少々神経質になっているのかもしれない。医者に勧められて半年に一度、頭の検査、つまりMRIを受けに行っている。

今日も、九時半からみなとみらいにある病院でMRIの検査。二十分程、機械の中に入って、頭の中の写真を撮られるが、この検査はどうも苦手である。終了後に、担当医から写真を見ながら説明を受けるが、二年前の写真と比べて、ほとんど進行をしていないとのこと。血管を広げる薬?を欠かさないようにと言われて、少しホツトして帰宅。

その後、事務所で仕事をしていたら、クーラーが心地よく、結局は昼寝してしまい。大した仕事もせずに帰宅。

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朝食は、ご飯でなければ。

2015-07-29 13:03:07 | 日記
七月二十三日(木)晴れ。

朝食は、マルシンのハンバーグ、赤ウインナー、目玉焼きにキャベツの千切り。大好きな昭和のメニューである。朝食と言えば、野村先生のお供をしてパリに行った際、泊まったのがオテル・リッツ。朝起きて朝食を食べようとテラスに出たら、着飾った紳士、淑女の皆さんが、ハープの生演奏を聴きながら、オホホと朝食をとっていた。しばらく立ちすくみ、後ずさりしてホテルを出て、やっと見つけたパン屋で、フランスパンのサンドイッチを買って食べた。ガサツな私としては、あまり上等なホテルに泊まるのも肩が凝った。

ローマの「ハスラー」に泊まった時も、朝食が口に合わず、スペイン階段の下にあったマクドナルドで済ませた。先生から、「ローマまで来て、朝からそんな物を食べてんじゃねぇよ」と怒られた。当然か。この歳になれば、リッツへ行ってもハスラーに泊まっても、物怖じすることもないが、何たって初めてのヨーロッパ旅行で、ドキドキの連続だったからなぁー。

やはり朝食には、ご飯が無いと元気が出ない。愚妻や我が家の子供たちは、朝からパンで平気らしいが、私は駄目だ。パンなんか食べていたら、日本人らしい屁が出来るか。

夜は、東京から友人二名が来訪。井土ヶ谷駅近くの「志」という料理屋で一献会。カツオが美味しかったが、おかわりしたら「ありません」。ちょっとがっかり。その後、一度行ってみようと思っていた「やじろべえ」という居酒屋へ転戦。この店で一時間ほど飲んで解散。※写真はローマのマクドナルドにて。平成四年夏。

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友人の祝いと見舞い。

2015-07-29 12:50:39 | 日記
七月二十二日(水)晴れ。

朝、蝉の声などではなく、暑くて目が覚めてしまう。Tシャツが汗で濡れている。こういう汗は気持ちが悪い。シャワーを浴びてすっきり。この暑さは老体にはたまらんなぁー。

午前中に歯医者。古いお付き合いの並木晃氏が喜寿を迎えると言う。そのお祝いが今週の土曜日に大宮であるのだが、生憎、お世話になっている山口申先生の主宰している会の宴席とぶつかった。申しわけないが、並木氏に欠礼の手紙を同封してお祝いを送った。

午後から、みなとみらいの病院に入院しているFB仲間の松本洋三氏を見舞う。大きな病気だっただけに心配していたが術後の経過も良く、月曜日には退院とのこと。まあもう少し療養してから、快気祝いを行いましょう、と約束をして病院を後にした。

その後、事務所で五時過ぎまで仕事。帰りに「そごう」へ寄ってカツオを仕入れてから帰宅。風呂に入ってから珍しく「三岳」で独酌。恙なし。

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床を背負った数で度量も磨かれる。

2015-07-29 07:35:12 | 日記
七月二十一日(火)晴れ。

梅雨が明けた途端に、この暑さである。まあ夏なんだから文句を言っても仕方がないか。午前中は、かかりつけの病院へ行き定期検診。血圧、血糖値に心電図。そして常備薬を三種類。医者に、良く毎日飲んで、肝臓や血糖値が安定しているねェ-。と不思議な顔をされるが、それは私の健康を気遣って、友人が送ってくれる「タピポ」という健康茶のお蔭と感謝している。

どうでも良い話だが、回転寿司屋という所に行ったことが無い。家族は私に隠れてたまに言っているみたいだが、行ったことが私に知られると怒られるので、黙っている。なぜ私が回転寿司が嫌いかと言えば、ほとんど私の独断と偏見で、回っている寿司、それを眺めて食べている人たちを想像すると、失礼だがブロイラーの鶏の姿が重なってしまうからだ。またアホなので、寿司はいくつ食べたらお腹が一杯になるのか、自分でも分からない。試したことはないが、五十個ぐらいは食べられるのではないか。だから寿司屋に行けば、握りはせいぜい五、六カン。後は、刺身を楽しむ。まあ安部総理が行くような寿司屋では、「お兄さん。ウチは居酒屋じゃねぇよ」と怒られるのだろうが。

随分前のことだが、馴染みの寿司屋のカウンターで、子供を連れた親子が私のすぐ隣に座った。親子は会話をするでもなく、握り寿司を注文する。子供は、両親の間に座って、テレビゲームに夢中になっている。そのテレビゲームの音がうるさいので、やんわりと注意したら、夫婦がジロッと私を見てからお会計をして帰って行った。板前曰く、「最近はああいう客が多くて嫌になります」。子供に、寿司屋での所作を教えるのならともかく、お店の雰囲気も壊してしまう。私は、寿司は食事よりも肴と考えているから、そういった飲み屋の雰囲気のある寿司屋が好きだ。最も、この私の好みも邪道であることは分かっている。

「床を背負った数で度量も磨かれる」などという言葉も、すっかり通用しなくなった。床の間を背負う、つまり主客としてもてなされる場数を踏むということ。主客は、ただぼんやり座っているわけではない。さりげなく場を取り仕切ったり演出してみたり、ようするに主客の座を担った者がその場の空気を差配する。座がだれたと思えばがらっと話題を変えてみたり、「このあたりが潮どき」と見極めれば、さっと切り上げた
り、そんな修練を繰り返すうちに度量もいや増し、しぜんに信頼や尊敬を集めるようになる。そして、年下の者はそんな様子に触れながら、処世のあれこれを学んだのである。とはいえ、背負う床の間もそうそう見つからないのに、愚痴を連ねていてもしょうがない。とどのつまりは想像力、やっぱりこれに尽きる。気遣いなどといえば、下手に出るかんじがわずらわしい。
思いやりと称するのも、いまさら道徳の授業みたいで小うるさい。とにもかくにも相手の立場になってかんがえてみる。これでいいのではないか。(平松洋子著『おとなの味』新潮文庫)

夜は、アコウダイの粕漬、キャベツと蟹風味かまぼこのマヨネーズ和え、白菜ときくらげの中華風あんかけを肴に酔狂亭で月下独酌。

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