8月17日(木)晴れ。
朝食は、ご飯にシラスを入れて醤油で味付けしたおにぎりを2個、ジャガイモの味噌汁。昼は、抜いた。夜は、月に一度の仲良しさんたちとの食事会を野毛の「弥平」にて開催。その後、有志にて「サリーズバー」から「ヒロ」に転戦して帰宅。
終戦の日に靖国神社に行かなくなってから久しい。静かに参拝をしたいと思っているのに、様々な喧騒が耳障り、目障りなので15日ではなく、「みたま祭り」に同志と共に昇殿参拝し、英霊に感謝の誠を捧げるようにしている。私の愛読書である『戦藻録』(せんそうろく)は、海軍中将の宇垣纏が記した陣中日誌。副題は「大東亜戦争秘記」。 日本海軍作戦の第一級史的資料であり、戦争文学とも見られている。その『戦藻録』は昭和20年8月15日で終わっている。以下、引用してみる。
外国放送は帝国の無条件降伏と正午陛下の直接放送あるを報じたり。ここにおいて当基地所在の彗星特攻五機(実際は11機)に至急準備を命じ、本職直率の下沖縄艦船に特攻突入を決す。正午君が代に続いて天皇陛下御自ら御放送遊ばさる。ラジオの状態悪く、畏れ多くも御内容を明にするを得ざりしも大体は拝察して誠に恐懼(きょうく・恐れかしこまること)これ以上のことなし。親任を受けたる股肱の軍人として本日この悲運に会す。慚愧これにごとくものなし。嗚呼!(中略)顧みれば大命を拝してよりここに六ヵ月、直接のその麾下(きか・ある人の指揮下にあること)及び指揮下各部隊の血戦努力については今さら呶呶(どど・くどくど言うこと)を要せず、指揮官として誠に感謝のほかなし。また陸軍航空部隊及び在台湾海軍航空部隊との協同も全きを得たるを懌(よろこ)ぶ。
事ここに至る原因については種々あり、自らの責また軽しとせざるも、大観すればこれ国力の相異なり。独り軍人たるのみならず帝国臣民たるもの今後に起こるべき万難に抗し、ますます大和魂を振り起こし皇国の再建に最善を尽くし、将来必ずやこの報復を完うせんことを望む。余また楠公精神を以て永久に尽くすところあるを期す。一六〇〇幕僚集合、別盃を待ちあり。これにて本戦藻録の頁を閉ず。
終戦の日に部下を道連れに特攻を行った宇垣の評価は様々であるが、彼が記した『戦藻録』が、先の大戦の第一級の資料であることに異論はないだろう。8月15日は、静かに『戦藻録』に目を通す。