12月13日(月)晴れ。
以前、伊勢市の読者の方から頂いたのが『伝統と現代』の1980年の1月号で特集が「三島由紀夫以後10年」と言うもの。丸山照雄と菅孝行との対談に始まって、片岡啓治、猪野健治、保坂正康らが原稿を寄せている。その特集の中で興味深いのは、保坂正康の「楯の会はどこへ行ったのか」とアンケート「三島由紀夫の自決をいま考える」の二つ。「楯の会はどこへ行ったのか」は、A=学究肌の読書人とB=右翼に情報通のジャーナリストとの対談形式となっているが、読んだ限りでは、保坂正康の一人原稿のような気がする。その中に、「『楯の会』元会員の現在」と言うものがあり、一期から五期までの元楯の会会員がどのような職に就いているのかを表にしている。今から41年も前のデーターであるが興味深かった。
中には、昭和52年3月に野村先生らとともに決起した伊藤、西尾の両氏の「現在」は「経団連事件で獄中」と書かれていた。もちろん名前は伏せているが、『伝統と現代』の編集部の調査では「会社員と言っても、その勤務先は大手企業から零細まで様々だが、以外に大手企業の事務職が多い」そうだ。その人たちのほとんどが70歳代。一期生の阿部勉さんではないが、鬼籍に入られた方も多いのではないだろうか。
アンケートの「三島由紀夫の自決をいま考える」は、18名の人たちが、アンケートに答えているが、2・26事件の関係者で、みすず書房から『私の昭和史』という本を上梓し、かつては三島由紀夫と対談したこともある末松太平は、アンケートの問いに対して「特別感じていません」「特別の感想はありません」と答えているのが、様々な意味で印象的だった。
夜は、友人らと、馬車道の「天七」にて忘年会。その後二軒転戦して帰宅。久しぶりに大破・轟沈の夜だった。