白雲去来

蜷川正大の日々是口実

なぜ酒を飲むのか。そこに酒がアルカイダ。

2013-05-25 13:15:31 | インポート

五月二十四日(金)晴れ。

毎日良い天気で嬉しい。天気が良いだけで嬉しくなるのだから、安上がりにできている。テレビでは、相変わらず橋下市長の、例の発言の特集をやっている。バカバカしくて見ていられないので、すぐに他のチャンネルに変えてしまう。他にニュースがネェのかい。

橋下も、もう少し骨があると思ったら、夏の参議院選挙を意識してか、先の大戦を「侵略」と断じた。村山、細川の両人とほとんど変わらない。いつもこいつにはがっかりさせられる。まあ関係ねぇか!

一日、真面目に仕事。といっても「回想は逆光の中にあり」の加筆訂正作業。頑張っても、頑張っても遅々として進まない。そう言えば、登山家の三浦雄一郎さんが、エベレストの登頂に成功したと言う。八十歳での登頂は世界最高齢とのことだ。私は、山登りには全く興味がない。高所恐怖症に加えて、寒さに弱いし、大体「怖い」ことにお金を使う気にはなれない。山のふもとで、天気の良い日にBBQでもやると言うのなら、すぐに行く。

エベレストがどんな山かは知らないが、どうやら高い山らしい。ちょっと調べてみたら、その山に日本人が初登頂したのは1970年で、松浦輝夫さんと言う人。女性では昨年に渡邉玉枝さんが73歳で女性としては最高年齢で登頂を果たしている。松浦さんの初登頂から今回の三浦さんの登頂まで、のべ194人の日本人が登頂に成功している。男性が181人、女性が13人で、平均年齢が41・3歳。また、記憶に新しい植村直己さんの遭難以降、男性が6人、女性が2人遭難死しているそうだ。急性高山病が2人、転落が2人、突然死が三人。

大変な思いをしてまでなぜ山に登るのか・・・。「そこに山があるから」とは言いつくされた言葉だ。これを否定できない。なぜ毎日酒を飲むのか。「そこに酒がアルカイダ」ではない「あるからだ」。そんな訳で、夜は、町内の元自衛隊員を誘って、「魚くま」へ行った。素人に毛の生えてような料理で、良く言えば、初々しい。他の言い方をすれば・・・。まっいいか。「冷奴」「たこ入りのさつま揚げ」「鳥の唐揚げ」を食べてから、すぐ隣のラーメン屋「たつ屋」に私だけ移動。近所のじじ・ばばたちと一時間ほど。おやじに送って貰い帰宅。


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修学旅行

2013-05-25 12:21:19 | インポート

五月二十三日(木)晴れ。

下の子供が、今日から二泊三日のスケジュールで京都、奈良へ修学旅行に行く。私の中学時代も、やはり京都と奈良へ行った。今と違うことは、帰りは夜行列車だったことだ。今では、「のぞみ」に乗れば、新横浜を出ると次の停車駅は名古屋で次が京都。二時間ほどで着いてしまう。いい時代?となったものだ。当時、東京大阪間は、特急「こだま」や「つばめ」で六時間半、ほかの特急では七時間半もかかった。

私が修学旅行に行く前年、つまり昭和三十八年に舟木一夫の「修学旅行」というタイトルの歌が流行った。彼のデビュー曲でもあり、代表作ともいえる「高校三年生」と「学園広場」を合わせて「学園三部作」と言われた歌である。その「修学旅行」をバスの中で皆で歌ったことを覚えている。今でも、飲み屋に行った折に有線放送でその曲を聞くと、中学の修学旅行のことが頭に浮かぶ。

「修学旅行」 丘 灯至夫 作詞 遠藤 実 作曲 舟木一夫歌

①二度とかえらぬ思い出のせて クラス友達肩よせあえば ベルが鳴る鳴るプラットホーム ラン ラン ラン 汽車はゆく汽車はゆく はるばるとはるばると 若いぼくらの修学旅行

②地図をひろげて夢見た町を 僕のカメラで撮した君を 思い出すだろいついつまでも ラン ラン ラン  汽車はゆく汽車はゆく ひとすじにひとすじに 若いぼくらの修学旅行

③霧の港に湖畔の宿に 名残りつきない手と手を握れば あとを追うよな小鳥の群れよ ラン ラン ラン  汽車はゆく汽車はゆく さようならさようなら 若いぼくらの修学旅行

3 ※昭和三十九年。清水寺にて。最上段の左側が中学二年生の私。この中で、今でもお付き合いのある人は一人だけです。そう言えば、女子の二段目の右から二番目が黒田さん。結婚して苗字は変わっているが、彼女の三つ年上の兄が、私の家の近くで寿司屋「浜一」をやっていて、たまに顔を出す。「僕のカメラで写した君」は、健在なんだろうか。

下の子供のクラスメートを迎えに行って、一緒に新横浜駅まで送って行った。車中、この「修学旅行」の歌の話をしようかとも思ったが、どうせ分からないだろうと思って、止めた。

午後から、近くの内科で常備薬を貰い、その足で歯医者へ。夜は、上の子供の友達が、夕食を食べに来訪するので、しゃぶしゃぶの素材を買って帰宅。六時から、子供の友人を交えて楽しい夕食となった。


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本を出版の予定です。

2013-05-25 11:25:38 | インポート

五月二十三日(木)曇り。

何とか、過去に様々な雑誌に発表した野村先生について書いたものを単行本にするつもりで悪戦苦闘中である。タイトルは「回想は逆光の中にあり」で、サブタイトルは「恩師・野村秋介の思い出」というようなものにしたいと思っている。いくら過去に書いたものをまとめると言っても、そのままつなぎ合わせるのでは、申し訳ないので、当然加筆訂正を余儀なくされる。さっさとやれば良いのだが、エンジンがかかるまで時間がかかる。悪い癖だ。

構想は、まず、①別れ。(野村先生の自決当時のことを書いてある)、②旅路。(先生と一緒に行ったイタリア、マドリッド、モロツコ、フイリピン、サイパンなどの思い出)、③風の会(平成四年の七月に行われた参議院議員選挙に「風の会」として立候補したことの顛末)、④映画(先生がプロデュースした「斬殺せよ」と「撃てばかげろう」のことなど)の四部構成にするつもりであるが、枚数の加減でもっと長くなるか、短くなるかは、編集者と打ち合わせをするつもりでいる。

今年は、野村先生の没後二十年という節目の年である。何とか夏ごろまでに出版のめどを立てたいと思っている。その節は、宜しくお願い致します。


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我が家のスキャナー。

2013-05-25 11:12:11 | インポート

五月二十二日(水)晴れ。

何が情けないって言うと、自宅で飲んで二日酔いになることだ。貧乏が板に付いてくると、こういうことにも慣れてくる。

我が家には、文章や写真をスキャンする機器が三台ある。(事務所にも二台あるので全部で五台か)富士通の「スキャンスナップ」とエプソンのスキャナー「GTーX820」とブラザーの「JUSTIO」である。どれも一長一短あって、三台あってちょうど良い。まず富士通の「スキャンスナップ」は、単行本や枚数のあるものなどを取り込むのには、これ以上の機械はない。(もし他にあったら教えてね)紙の厚さにもよるが、五十枚程度なら両面が面白いほど簡単にスキャンできる。しかし難点は、A4程度までで、それ以上のものはできない。大きい雑誌などをコピーやスキャンするのは無理なので、ブラザーの物を購入した。

でもブラザーの物は、写真はスキャンできてもネガやポジはできない。それでエプソンのスキャナーが必要となる。ブラザーの物は、いわゆる複合機なので、写真もエプソンの物に比べると解像度がイマイチで、機関誌などに掲載するのには向かない。A3の大きさが重ねてガバッとコピーやスキャンできて、写真もポジもネガOKというような都合の良い物が出ないだろうかなどと、虫の良いことを考えている。

不肖・宮嶋カメラマンが野村先生のことを撮ったポジやネガが二千枚ほどある。そのままにしていると劣化してしまうので、何とかデーター化したいと以前から思って入るのだが、何せ、そんな暇がない。資金でもあれば専門の人に頼んでやってもらうのだが、宝くじの当たる気配もない。まあのんびりとやるか。

夜は、酔狂亭で月下独酌。暗くなるとソワソワして仕事どころではなくなる。今日の肴は何にしようか・・・。などと考えている時間が、かなり楽しい。気が付けばテーブルで寝ていて、家族に促されて、布団に入る。最近は、そんな夜が多い。


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「大阪の恥」は秘書給与サギ事件で有罪になったオマエだよ。

2013-05-25 08:12:47 | インポート

五月二十一日(火)晴れ。

忙しさにかまけて「書く」ということをおろそかにしていると、あっという間に週末となる。誰に頼まれてこの酔っぱらいブログを書いている訳ではないのだが、まあ自身の備忘録なので、なるべく正確にその日の出来事を書いて行くつもり。

火曜日のことを、記憶に頼って土曜日に書いている。本当は、何があったのか、何をどう過ごしていたのか、ほとんど記憶がない。ほとんど脳軟化症に近い。考えてみればもう六十二歳だ。早生まれだから六十三歳の人と同期生となる。このまま何もなさずに朽ち果てて行くのだろうが、今更焦っても仕方がない。

十九日の私のブログに、「みんなの党」のことを書いた。多くの人たちが、私が感じたようなことを、アジェンダ渡辺に思ったのだろう。「不肖・宮嶋」こと、宮嶋茂樹さんが二十日の産経新聞のコラム「直球&曲球」にこう書いている。「エッぐいのう、国会のセンセイ方。半年前の総選挙の時は、ハナから持ち合わせていない政治理念どころか、ミエもプライドもかなぐり捨て、橋下徹・大阪市長にすり寄っとったのに、”落ち目”と見るや、韓国人や”ジェンダーフリー原理主義者”に、くみしてまで手のひら返すか。その”権力の亡者”っぷりは、もはや、すがすがしいくらいや。」と。

また、橋下市長を「大阪の恥や」と言った、オンナの先生の言葉。そのセンセイは「秘書給与サギ事件で有罪判決を受け、執行猶予中に立候補した時に、そのオンナが大阪府民から投げつけられた言葉」であるとも。いやいや宮ちゃん。おもろいねェー。一昨年、岐阜で一杯やった以来だけど、また一杯やりたいですねェー。

不肖・宮嶋氏と同じ紙面で、石平氏が、「謝絶中韓のすすめ」を書いているが、これも中々興味深い記事だった。パソコンで検索して読んでみて下さい。

夜は、おとなしく酔狂亭で月下独酌。カツオが安くなって美味しい。松原商店街へ肴の買い出しで行ったが、明日が休みということで、どのお店も安売りをしていた。中ぐらいのカツオが背と腹の二つで、何と四百円だった。野菜も安かったし、庶民の味方。


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