白雲去来

蜷川正大の日々是口実

時が過ぎるのではなく、人が去って行く。

2013-05-29 12:12:57 | インポート

五月二十八日(火)曇り。

近畿地方では早々と梅雨入りしたらしい。横浜もこれから雨の日が多くなるのか、憂鬱な日々が続く。しかし、この梅雨がなければ夏に水不足となる。我が国は、こういった自然の営みを有史以来続けてきた。雨の日も楽しむ心の余裕を持たなければ。

私の家だけではないだろうが、家電が一つ壊れると、次々と他の物まで不具合が出てくる。考えてみれば同じ時期に購入しているのだから、同時期に壊れても不思議ではない。それは家電だけではなく、米、味噌、醤油といった生活必需品もそうだ。先日もお米が切れて買いに行こうと思ったら、愚妻が、「味噌もないよ、それと醤油も、あらら牛乳もサラダ油もそろそろなくなるよ」。アホ、俺は手品師ではねぇーよ。といって、米以外の物はパスして、何はなくとも「黒霧島」を買った。家族の冷たい視線が集中したのは言うまでもない。

今日は、四年前に亡くなられた、古い同志だった清水常二氏の命日である。清水氏と最後にお会いした日時は定かではないが、亡くなられた年の正月に、一緒にサイパンへ行った。私の家族と清水氏とお嬢さんのあゆみさん。先日、そのあゆみさんからメールを頂き、当時高校生だった彼女も、もう二十歳になって、社会人となっているとのこと。天国の清水氏も喜んでいるに違いない。

清水氏とは、サイパンには三度一緒に行った。最初に行ったのは、平成十二年の六月で、私が主催した「北マリアナ諸島・戦跡慰霊巡拝団」に参加してもらった。次は、平成十五年の五月に、若くして亡くなった後輩の散骨を行うためにサイパンを訪れた。最後が、四年前の一月で、これはプライベートな家族旅行だった。その他、タイのカンチャナブリ県での慰霊祭や台湾の高砂義勇隊の慰霊祭にも一緒に行ったり、彼の思い出は尽きない。「燃えよ祖国」で彼の追悼特集を行ったのが、つい昨日のように思えてならない。

176 ※清水さんの追悼特集号。

2010_031 ※平成二十一年の一月。サイパン島の「マニャガハ島」にて。在りし日の清水氏。

夜は、事務所で「燃えよ祖国」の印刷。十時過ぎまで頑張って、ようやく半分印刷。そのまま自宅に戻って、「糖質〇」のビールを一本飲んで、浅田次郎の「一路」の下巻を読了した。


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