五月八日(水)曇り。
みなとみらい(横浜以外の方のために「みなとみらい」とは、桜木町から海に面した再開発地区。ランドマークタワーやホテル、国際会議場、赤レンガ倉庫などあって横浜きっての観光スポットとなっている)へ行く用事があったので、ついでにタワーの中の書店に寄り書籍浴。
講談社学術文庫の中に欲しい本が幾冊かあったが、その中で「トロイアの遺跡」の発掘で知られているハインリッヒ・シュリーマンが、幕末に中国と日本を訪れた時の旅行記、「シュリーマン旅行記、清国・日本」(石井和子訳・800円)を購入した。奥付を見ると1998年の初版から昨年の10月まで、何と42回も版を重ねている。すごい。しかし、とっくに著作権は失われているだろうし、印税は誰の所に行くのだろうか。訳者かそれとも誰か版権を持っている人にだろうか・・・。まっそんなことはどうでもいいことで、これが本当に面白い。日本が、明治と変わる三年前の滞在記だが、その観察眼には正に脱帽。どこかの国に行くときは、ビデオやカメラに頼らずに、貪欲に、かつ冷静に人々の生活を眺めながら旅をしたら面白いかも。
当時の中国のどの都市もそうだが、汚さ不衛生さは訪れた人たちが異口同音に書いているが、シュリーマンが紫禁城を見た時の印象が感慨深かった。それは、その後に崩壊する清帝国を象徴するような文章でつづられている。
「城壁のなかを見ようと、隣の塔に登った。二階建ての宮殿、それよりやや小さいいくつかの宮殿、寺々、そしてどっしりとしたあずまやを配した広大な庭園を見ることが出来た。すべてがまったく顧みられず、いままさに朽ちようとしていた。伸びるがままの草木が、宮殿の青や緑の瓦や寺々、あずまやを埋め尽くしている。庭にしつらえられた大理石の橋も、多少とも壊れていないものは一つもない。(中略)途方もない費用をかけて建設したこの壮大な建築物を、いまや頽廃し堕落した民族が崩壊するするにまかせているのを目の当たりにするのは、じつに悲しく、心痛むことだ。」と書いている。
ちなみにシュリーマンが中国と日本を訪れたのは1865年で日本は慶応元年である。シュリーマンが「頽廃と、堕落した民族が崩壊するにまかせている」清帝国は、彼が訪れた47年後に辛亥革命によって約270年の歴史の幕を閉じる。まだ途中までしか読んでいないが、面白いのなっんのって。しばらく楽しめそうだ。
夜は、恒例の「蜷川政経懇」を開催。場所は、地下鉄吉野町駅の上にある「一銭」。ここで食事の後に、有志らと関内に転戦。二軒ほど転戦してから帰宅。