白雲去来

蜷川正大の日々是口実

「回顧と展望」より。

2023-02-09 12:57:09 | 日記

2月5日(日)晴れ。

夜、長年通っている歯医者さんの院長が亡くなり、その通夜式に友人と共に出席。院長は私よりも二つ年下であるが、入り口に置かれた遺影の前には、ビートルズの「アビイ・ロード」などのCDがあった。二つ違いだが、同世代であることを改めて感じ、感慨深かった。合掌。

以下は、公安調査庁のHPに掲載されている、令和4年の「回顧と展望」の「右翼団体の動向」。

 右翼団体は、新型コロナウイルス感染症の感染再拡大時においても、多くの団体が街宣活動を継続し、ロシアによるウクライナ侵略や近隣諸国との領土問題などを捉えた活動を展開した。ロシアをめぐっては、各地の在日ロシア公館周辺などで、同国によるウクライナ侵略を批判する街宣活動を実施したほか、「2.7北方領土の日」(日魯通好条約の締結日)、「8.9反ロデー」(ソ連が日ソ中立条約を無視し、満州などに侵攻した日)に合わせ、「北方領土奪還」を訴える街宣活動を実施した。
 中国をめぐっては、北京2022オリンピック・パラリンピック冬季競技大会(北京冬季大会)の開催(2月)や尖閣諸島周辺での中国海警局に所属する船舶による領海侵入などを捉え、各地の在日中国公館周辺などで、「北京オリンピックをボイコットせよ」、「中国の魔の手から尖閣諸島を守れ」、「中国との国交を断絶せよ」などと訴える街宣活動を実施した。
 北朝鮮をめぐっては、日本人拉致問題や相ロシアによるウクライナ侵略や近隣諸国との諸問題を捉えて活動した右翼団体など右翼団体はロシアによるウクライナ侵略や領土問題などを捉えた活動を実施。相次ぐミサイル発射を捉え、朝鮮総聯中央本部周辺などで、「全ての拉致被害者を返せ」、「ミサイル発射をやめろ」などと訴える街宣活動を実施した。 
 韓国をめぐっては、「2.22竹島の日」(島根県条例で「竹島の日」と制定)、「10.28竹島奪還の日」(韓国が竹島領有権問題の国際司法裁判所付託を拒否した日)に合わせ、島根県や各地の在日韓国公館周辺などで、「竹島奪還」を訴える街宣活動を実施した。(「回顧と展望」より)


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

酔うてテーブルに伏すも、君笑うことなかれ。

2023-02-08 18:46:06 | 日記

2月4日(土)晴れ。

朝食は、昨日の鍋のスープにラーメンを入れた。もう一品は、キムチチャーハン。昼は抜いた。夜は、豆腐のステーキ、ペペロンチーノ、レタスと玉ねぎのサラダ。お供は、すこしだけ「黒霧島」。

午前中に、先日、受診したCTの検査だが、どうしても背中の右側が痛いので、MRIの検査を憔悴してもらおうかと思ったら、医者曰く、「検査の結果(CTの)が何ともないし、大丈夫だよ。整形外科でも行ったら」と嫌な顔をされた。キレそうになったが、まあ我慢した。紹介するぐらい何か問題でもあるのか分からないが、気分が悪かった。

最近は、少し飲むとすぐに眠たくなる。十二時過ぎまで飲んでいると言うことなどほとんどなくなった。まあ歳を考えたなら当たり前か。中国は唐の時代の詩人に張説と言う人がいる。彼は、酒が強く、酔うと、「容(すがた)を動かせば皆是れ舞い。語(ことば)を出だせば総て詩と成る」という「醉中の作」という詩を作っている。酔っぱらってフラフラしても、その姿は舞のようで、能書きを言えば、そのまま詩歌となるのだから、羨ましい。「羊や牛を屠(ほふ)って料理し、しばし歓楽の時を楽しもう。ひとたび飲み始めたら三百杯は飲むべきだ」。と言ったのは李白だが、とても三百杯は飲めそうにもない。酔うてテーブルに伏すも、君笑うことなかれ。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

事務所の近くに、大野林火の句碑。

2023-02-08 18:17:32 | 日記

2月3日(金)曇り。

朝、少々体調が悪く布団から出られなかった。家族が出かけた後にノソノソと起きて、昼めしに近い朝食。最近お気に入りの丸大食品の「チョップハム」。これは子供の頃に食べた「プレスハム」に似ていて、食べると懐かしさがこみ上げてくる。付け合わせは、昔ながらのナポリタン、目玉焼き、大根の味噌汁。夜は、豚肉と白菜の鍋。味はモランボンの「もやしタンメンスープ」、レタスの「海苔の佃煮の和え物。お供は、350ミリの「ドライビール」を2本のみでやめた。ほぼ休肝日である。

二十一世紀書院のあるマンションのすぐ近くにあるのが、増徳院という古刹。そのお寺の境内にあるのが、明治時代に横浜は日ノ出町で生まれた俳人の大野林火。横浜の情景を詠み、昭和三十九に横浜文化賞、昭和四十八年に神奈川文化賞を受賞した人である。林火の菩提寺でもある増徳院に句碑がある。「彼岸鐘草木聞けり鳥聞けり」。 横浜港を一望する「港の見える丘公園」には、「白き巨船 きたれり春も 遠からず」の句碑があるが、個人的にはこちらの句の方が好きだ。 

もう5年ほど前のことだが、古書店で、その大野林火の短冊を見つけた。どうしようかと迷ったが、居酒屋で一杯飲んだと思えば・・・。と思って購入した。「嘶き(いななき)ては からだひからせ 東風の馬」。と言うものだが、横浜と関係があるのかどうかは分からない。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

襖一枚もの掛け軸。

2023-02-07 16:08:33 | 日記

2月2日(木)晴れ。

野村先生が監修した映画『斬殺せよー切なきもの、それは愛』の担当プロデューサーで、先年お亡くなりになられた柴垣達郎氏が、生前に「私が持っていても宝の持ち腐れだから、君に贈呈します」と言われ、頂いたのが、柴垣氏のご尊父、柴垣隆氏が昭和28年に行った宮崎滔天・民蔵・孫文追悼集会である。その折に、熊本の柴垣邸(大凡荘)での記念写真と、その人たちの「寄せ書き」を掛け軸にしたものである。その掛け軸と言うのが、横が一メートル五十、縦が二メートルでふすま一枚程度の大幅である。大きすぎて我が家では飾るところがない。

写真を見ると、写っている方は六十七名。右翼・民族派の錚錚たる人たちや、政財界の方、保田與重郎や日本浪漫派の人、あるいは中国国民党の要人の方などである。例えば、血盟団事件関係では井上日召、小沼正。浜口雄幸を東京駅にて狙撃した佐郷屋嘉昭。神兵隊事件関係の鈴木善一、中村武彦、影山正治、高橋梅雄、毛呂清輝。玄洋社関係では岩崎茂成、柴田麟次郎や後に福岡市長となった進藤一馬。その他、熊本日日新聞の社長、熊本県議会議長。宮崎滔天のご子息の龍介と滔天の甥の宮崎眞英。中国国民党関係では、陳中孚、韓雪階、趙雲鶴。(敬称略)といった人たち。

また、写真には写っていないが、宮崎滔天のご子息の宮崎龍介氏の奥さんで、歌人の柳原白蓮の寄せ書きもある。しかし、どうしても判明の出来ない方が幾人かいるのが残念である。その写真に写っている方で、現在ご存命の方は皆無である。掛け軸をご寄贈頂いた柴垣氏も亡くなられた。しかし物言わぬ写真と寄せ書きではあるが、戦前から戦後にかけての貴重な維新運動史を象徴する一級の資料であると思っている。

花房東洋先輩のご尽力により今年の五月に岐阜の護国神社内に建設し、開館する「青年日本の歌史料館」に寄贈するつもりでいる。しかし、何せ大きなものなのでいつ送ろうかと頭を悩ましている。

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

盟友の還暦祝いへ。

2023-02-07 15:55:07 | 日記

2月1日(水)晴れ。

昨日、「最近ほとんど出かけることがない」と書いたばかりなのだが、今日は、盟友の還暦の祝いで東京行き。午前中に、お世話になっている方に迎えに来て頂き、12時30分からのお祝いの席へ。盟友の家族と私など総勢八名。どんなお店かと思ったら、オープンキッチンのフランス料理屋で、カウンターで8席のみ。何でも、その世界では有名なシェフがオーナーを務める知る人ぞ知るお店らしい。

豪華な、フランス料理のフルコースに、ワイン。いやはや、野育ちのせいもあって、フランス料理のフルコース何て初めてである。盟友のご子息が、感謝の手紙を読んだのだが、ほろりとさせられた。4時過ぎから男性陣だけで二次会。三次会へと進んだが、何せ昼から飲んでいるので、ヘロヘロになったが、時計を見たら、まだ七時過ぎ。ご挨拶をしてお暇した。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする