犬小屋:す~さんの無祿(ブログ)

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不発弾のこころ

2022年03月31日 | なりもの
[あらすじ] 機会を得て、26日(土)に「しあわせのうた」一曲だけをタテタカコさんと共演した。
と、書けるはずが、当日未明、下痢嘔吐のお祭り騒ぎ。
食中毒か。


タテさんはピアノの弾き語りである。
一人でその音楽の世界をつくりあげている。

共演できるという話をいただいた時、
正直に言って、タテさんの弾き語りという完成された世界に
どうやって共演すればいいと言うのか、迷った。

確かに十年前に、タテさんといづれは共演するという直観を得たし、
自分でも共演したいと思ってきた。
しかし、実際にやると考えてみると、
あの世界とどう交われば良いのか、急に難しく感じる。

しかし、相棒やまちゃんが協力してくれることになった。
トロンボーンとホルンの2管ということになったら、
それならイメージを広げることができる。

アレンジして、譜面を書いた。
やまちゃんと試奏して、改訂を重ねた。



1月の終わりからは、週に2-3回、やまちゃんがウチに来た。
平日は会社が終わってから寄って一緒に練習した。
個々人の吹き心地を回復し、二人のアンサンブルを改善していった。

ついでにお互いの家の人間関係について語り合い、
社会問題について意見を聞き、
肉体と個人と全存在に関する私の現時点での知見を語り、
ラーメンについて話し、目高や泥鰌や犬を見守り、
蕗の薹を摘み、岡田斗司夫の4タイプ動画について語り合い、
アドラー心理学に触れ、カイミジンコを顕微鏡で覗き、
生産緑地問題について話し、銭湯の話で盛り上がり、
ハナヤマの「はずる」で遊び、死は不幸ではないということについて語り、
そうして呼吸を合わせてきた。

2月の半ば過ぎ、やまちゃんが体調を崩した。
薬の副作用だった。
薬の作用について話し、回復の助けとなるような鍼や手当てをした。
副作用が強く出れば、血栓が飛びかねない、という問題だった。
なによりやまちゃんが生きて元気でいて欲しいと思った。

練習を少しの間だけ中断する必要が有った。
2月のうちで良かった、と思った。
本番直前じゃなくて良かった。そう思った。



それがなーんと。
私は本番当日の朝に食中毒だもんね。
あほかいな。
本番直前も直前。当日。動けない。
立ち上がる力も無い。

朝、8時半にウチに集合の予定だった。
7時半頃、やまちゃんに現状を報告した。
とにかく行って、可能な限り車で休み、本番を乗り切りたい。
そう言ったら、ばっちり準備して来てくれた。

経口補水液を持って来てくれた。
そして、「今日は行かないほうがいいと思います。」と言う。
「下痢が止まっているのなら、他の人に感染させることは無いと思います。
けど、これから準備して、パリッと着替えて、
いろんな人に挨拶して、タテさんとコミュニケーションを取って、
本番、立って、吹けますか。
もしものことが有ったら。」
「も、もしものことって…?」
「また下るとか。
でも、今日が乗り切れたとしても、
それで体力を使ったら、悪化したり長引いたりします。
寝ていたほうがいいと思います。
栄養士として言います。」
「えーん。そうです。
私も、こんな状態の人に私が相談されたら、そう指導します。」
「そりゃ本番できないのは私も残念ですけど。
これが本当に最期、今日で死ぬっていうことなら、行け!って言います。
けど、今日おとなしくして元気でいれば、また機会も有るでしょう。
私は先輩に元気でいて欲しいです。」

じーん。
なんか、一ヶ月前に自分も似たようなことを言ったわけだ。
そん時はまさか、立場が逆転するような事態になるとは、予想だにしていなかった。

自分がいないと成り立たない、代役を頼めないような演奏だったら、
這ってでも行ったかもしれない。
しかし今回は、そもそもタテさんの世界としてすでに成立しているところに
オプション、オマケとして加わるという企画だ。
もともと無いものなのだ。
無くっても成り立つのだ。

だから行かない、と言うと何か無責任な響きが入ってしまうようにも思う。
そこは慎重に表現しなければならない。



タテさん、イベントの主催者、イベントのスタッフたちに
連絡する。
お詫びお詫びお詫び。

見に来てねとか会えますねとか、前日に連絡した何人もの人たちには、
回復してから順次お詫びしていく。



起き上がれない私の横で、やまちゃんが
「来週末、お花見しましょう。まだ桜も少しは残っているでしょう。」
と言ってくれた。

オーケストラであれバンドであれ、本番の後は打ち上げ!
私は打ち上げが大好きだ。
打ち上げの度に、乾杯の度に、
「このためにやってんだ!」と言ってきた。

それが。

本番をやりそびれて、打ち上げのお誘いを貰った。
実にまったく、
ワクワクしない。

なんだこれは。
初めての経験。初めての感情。
不発弾の心。

本番の無い打ち上げは、ただのお花見だ。
私はやまちゃんの友達になりたいと思ったことが有ったが、
それは間違いだとよく分かった。
私はやまちゃんとただの友達付き合いをしたいわけではない。
演奏がしたい。けれど、それよりも、なによりも、

本当の打ち上げがしたいんだ!
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