しびに咬まれてしまったようだ。
しかも二度目だったようだ。
※
父は「しび」、母は「しんみ」とか「しみ」とも呼んでいた。
友達に話したらキョトンとされたので、「しんみ」というのは
東京では一般的ではないようだ。
※
私は生まれ育ちが東京都内だ。
生まれた時には両親の両親とも亡くなっていたので、
「夏休みにおばあちゃんちに行く」という経験が無い。
親戚付き合いもほとんど無かったので、
先祖の土地にも行ったことが無い。
※
それは何も、私の性質というわけではないようだ。
母方の祖父は、港湾の設計に携わる仕事だったので、
全国各地ただし沿岸地域を転々と移り住んだそうだ。
また、父方の祖父は電信の技術者であり、軍隊の設備に関わっていたので、
これまた全国の駐屯地をわたり歩く暮らしだったと聞く。
それで、両親とも子ども時代は引っ越しが多かった。
そういう住まいに親戚が訪ねて来るでもなく、また
親たちの故郷とも離れがちなので、あまり親戚付き合いはしてこなかったという。
※
小学生の頃、夏休みになると近所の友達が長いこと田舎に行ってしまい、
遊び相手に困ったものだ。
聞くと、おばあちゃんちに行ったとか、毎日海で泳いだとか、
こづかいを貰ったとか、そんなことを楽しそうに言う。
親の出身地というのは、一ヶ所に決まっているものなのだと、
その時に知った。
ウチで親と話していると、どこそこで何山に登ったとか、
どこそこに住んでいる時はストーブは使わなかったとか、
どこそこのゴキブリは飛ぶとか、いやどこそこは寒すぎてゴキブリもいなかったとか、
日本中の話が出てくる。
親というのは、日本のいろいろな土地を経験しているもの、なのだと思っていたのだ。
※
父は「俺はしびに咬まれたことが有る。」と言っては
母に「そんなのわかるわけないでしょ。」と言われていた。
マムシのようなものかと思って聞いていたが、
どうやら、せいぜいツチノコ程度の妖怪ともUMAともつかないようなモノらしい。
咬まれても、その時には気付かないのだそうだ。咬み痕も付かない。
しかも、1回目はなんの症状も無い。
だから母は「わかるわけない」と言っている。
ただ、2度咬まれると全身が爛れたようになって狂い死にすると言われている。
「俺の伯父さんはしびに咬まれて死んだ。」
父はその直前に伯父さんの家にしばらく預けられていたそうで、
その頃に咬まれた、ということらしい。
※
そこで過ごしたのは、ほんの3週間ほどだったが、
その間にも伯父さんの様子は日を追うごとに変わっていったそうだ。
最初は肘の辺りをしきりに掻いていた。
そのうち、足の指や手の指、肩、膝裏、わきの下、わき腹などに痒みが広がった
わき腹が痒くなってきた頃には、最初に痒くなった肘はチリチリとたまに痛むと言っていたそうだ。
さらに、わき腹がチリチリする頃になったら、腕はまだらになっていたと言う。
そうなった頃には父は伯父さんの家を離れることになった。
「皮膚だけじゃなくってさ、なんだかうまくしゃべれねえんだよ。
なんて言えばいいのかなあ。
しゃべってんだけど、意味の通らない言葉になってるんだ。
あれは子ども心に、怖かったなあ。肉親なのに、怖いんだ。
ああいう感じを”狂う”って言ったんだろうなあ。」
※
伯父さんが亡くなった後、伯母さんもわりにすぐに亡くなったそうだ。
フツウそういう時には、「夫婦仲が良かったからねえ。」なんて話になるけれど、
この時、親戚はそんな雰囲気ではなかったと父は語る。
ただ、子どもだったので、何かが起きているのは分かるけれど、
何が起きているのかまでは分からなかったのだそうだ。
※
父が語る、伯父さんの症状に、今の私の状態が酷似している。
この記事は、3日かけて書いている。
一日のうちに、症状に波が有る。
考えをうまく言葉にできる時に書いたり、
前に書いた部分を読み直して修正したりして、ここまで書くことができた。
疲れた。
※
毎月一日は法螺を吹いています。
しかも二度目だったようだ。
※
父は「しび」、母は「しんみ」とか「しみ」とも呼んでいた。
友達に話したらキョトンとされたので、「しんみ」というのは
東京では一般的ではないようだ。
※
私は生まれ育ちが東京都内だ。
生まれた時には両親の両親とも亡くなっていたので、
「夏休みにおばあちゃんちに行く」という経験が無い。
親戚付き合いもほとんど無かったので、
先祖の土地にも行ったことが無い。
※
それは何も、私の性質というわけではないようだ。
母方の祖父は、港湾の設計に携わる仕事だったので、
全国各地ただし沿岸地域を転々と移り住んだそうだ。
また、父方の祖父は電信の技術者であり、軍隊の設備に関わっていたので、
これまた全国の駐屯地をわたり歩く暮らしだったと聞く。
それで、両親とも子ども時代は引っ越しが多かった。
そういう住まいに親戚が訪ねて来るでもなく、また
親たちの故郷とも離れがちなので、あまり親戚付き合いはしてこなかったという。
※
小学生の頃、夏休みになると近所の友達が長いこと田舎に行ってしまい、
遊び相手に困ったものだ。
聞くと、おばあちゃんちに行ったとか、毎日海で泳いだとか、
こづかいを貰ったとか、そんなことを楽しそうに言う。
親の出身地というのは、一ヶ所に決まっているものなのだと、
その時に知った。
ウチで親と話していると、どこそこで何山に登ったとか、
どこそこに住んでいる時はストーブは使わなかったとか、
どこそこのゴキブリは飛ぶとか、いやどこそこは寒すぎてゴキブリもいなかったとか、
日本中の話が出てくる。
親というのは、日本のいろいろな土地を経験しているもの、なのだと思っていたのだ。
※
父は「俺はしびに咬まれたことが有る。」と言っては
母に「そんなのわかるわけないでしょ。」と言われていた。
マムシのようなものかと思って聞いていたが、
どうやら、せいぜいツチノコ程度の妖怪ともUMAともつかないようなモノらしい。
咬まれても、その時には気付かないのだそうだ。咬み痕も付かない。
しかも、1回目はなんの症状も無い。
だから母は「わかるわけない」と言っている。
ただ、2度咬まれると全身が爛れたようになって狂い死にすると言われている。
「俺の伯父さんはしびに咬まれて死んだ。」
父はその直前に伯父さんの家にしばらく預けられていたそうで、
その頃に咬まれた、ということらしい。
※
そこで過ごしたのは、ほんの3週間ほどだったが、
その間にも伯父さんの様子は日を追うごとに変わっていったそうだ。
最初は肘の辺りをしきりに掻いていた。
そのうち、足の指や手の指、肩、膝裏、わきの下、わき腹などに痒みが広がった
わき腹が痒くなってきた頃には、最初に痒くなった肘はチリチリとたまに痛むと言っていたそうだ。
さらに、わき腹がチリチリする頃になったら、腕はまだらになっていたと言う。
そうなった頃には父は伯父さんの家を離れることになった。
「皮膚だけじゃなくってさ、なんだかうまくしゃべれねえんだよ。
なんて言えばいいのかなあ。
しゃべってんだけど、意味の通らない言葉になってるんだ。
あれは子ども心に、怖かったなあ。肉親なのに、怖いんだ。
ああいう感じを”狂う”って言ったんだろうなあ。」
※
伯父さんが亡くなった後、伯母さんもわりにすぐに亡くなったそうだ。
フツウそういう時には、「夫婦仲が良かったからねえ。」なんて話になるけれど、
この時、親戚はそんな雰囲気ではなかったと父は語る。
ただ、子どもだったので、何かが起きているのは分かるけれど、
何が起きているのかまでは分からなかったのだそうだ。
※
父が語る、伯父さんの症状に、今の私の状態が酷似している。
この記事は、3日かけて書いている。
一日のうちに、症状に波が有る。
考えをうまく言葉にできる時に書いたり、
前に書いた部分を読み直して修正したりして、ここまで書くことができた。
疲れた。
※
毎月一日は法螺を吹いています。
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