[あらすじ] 母85歳パーキンソン病。
訪問歯科にかかっている。
近所の歯医者に通うことも困難になってきたので、来てくれる歯科にお願いしている。
歯科医師、歯科衛生士、事務の3人でやって来る。
寝室は和室だ。
股関節の手術以後、脚の長さに左右差がある。
靴の底に片方だけ厚い底を付けたものを、室内でも履いている。
室内で靴を履くことは、葬式のようだから「ゲンが悪い」と、
母の母は口癖のように言っていたという。
祖母は滋賀の生まれである。
幼い頃から植え付けられた価値観のため、上履きを履くことに母はかなり抵抗があった。
しかし、履けばやはり歩きやすい。
歯科医が来ているときのこと。
和室の入り口で上履きを脱ごうとする。
いやいや、脱いだら歩きにくくて危ないのだから、ベッドサイドまで履いていてください。
「でもお客様が…」
いやいや、そういう問題じゃない、普段どおりにしてください。
※
朝6時。定期巡回のヘルパーさんが、ちょっと厳しい表情で私に言ってくる。
「寝室の床に座布団を敷き詰めてあるんですけど、転倒予防ですか?」
ええっ、そんなことをしたらかえって転ぶ。
私がやってないのだから、本人だろう。
ヘルパーさんが、同じように母に聞くと、
「せめてもの歓迎の気持ちで」と言う。
ヘルパーさんを迎えるためのようだ。
しかしこれも思いの全てではなく、転倒したときに安全だという考えも有ったようだ。
「座布団敷いてあると歩きにくいですね。」
そりゃそうだ。
※
医師もヘルパーさんも、お客様ではない。
お茶飲みにウチに来ているわけではない。
みな、クライアントの無事と健康が目的である。
上履きは外靴ではない。
障害を持つ人のための、装具である。
常に身に付けて、体の一部として扱うものだ。
※
パーキンソン病の歩きにくさには、いくつか特性がある。
歩幅がとても小さくなる。
歩き始め、最初に足を出すところが出にくくなる。
方向転換がしにくくなる。
そのわりに、足元の何かをよけるのはうまかったりする。
この特性から、床に縞々模様などを描くと、スムーズに歩けるということがある。
ウチも、縞々のカーペットを敷いてみた。
動きが良くなるかもしれない。
※
母がまた転倒した。
今回、初めてのことが加わった。
転倒の場面に、私が居合わせたのだ。
今までは、転倒の瞬間に私がその場にいたことは無い。
私が帰宅したら床に寝ていたとか、私が朝キッチンに行ったら床に寝ていたとか、
私が帰宅したら頭から血を落としながら床の掃除をしていたとか、
そんなことばかりだった。
今回は、目の前で転倒した。
こういう時は、一瞬がものすごく長く感じられる。
ドアを開けて、室内の様子が目に入ってくる。
部屋の真ん中に母がいる。
すぐ足元に飼い犬がいる。
犬は母が手に持っている物を嗅ごうと鼻先を向けている。
なんなら口で母の手から取ろうと思っているのか。
母の前に犬が回り込む。
その拍子に母が前につんのめる。
犬が驚いてよける。
咄嗟に手の出ない母が、左肩から床に落ちる。
犬が向こうへ回る。
そのはずみだろうか、母の体が意外なほどに回る。
腰の曲がった体が、そのまま回る。
大きく弧を描く足に、上履きを履いていないのが見える。
ああ履いていなかったんだ、なぜだ、まったく!と思う。
そのままの勢いで、一回転して、
気付いたら母は元の位置から少し前進した場所に立っていた。
森光子もびっくりの前転ぶりである。
訪問歯科にかかっている。
近所の歯医者に通うことも困難になってきたので、来てくれる歯科にお願いしている。
歯科医師、歯科衛生士、事務の3人でやって来る。
寝室は和室だ。
股関節の手術以後、脚の長さに左右差がある。
靴の底に片方だけ厚い底を付けたものを、室内でも履いている。
室内で靴を履くことは、葬式のようだから「ゲンが悪い」と、
母の母は口癖のように言っていたという。
祖母は滋賀の生まれである。
幼い頃から植え付けられた価値観のため、上履きを履くことに母はかなり抵抗があった。
しかし、履けばやはり歩きやすい。
歯科医が来ているときのこと。
和室の入り口で上履きを脱ごうとする。
いやいや、脱いだら歩きにくくて危ないのだから、ベッドサイドまで履いていてください。
「でもお客様が…」
いやいや、そういう問題じゃない、普段どおりにしてください。
※
朝6時。定期巡回のヘルパーさんが、ちょっと厳しい表情で私に言ってくる。
「寝室の床に座布団を敷き詰めてあるんですけど、転倒予防ですか?」
ええっ、そんなことをしたらかえって転ぶ。
私がやってないのだから、本人だろう。
ヘルパーさんが、同じように母に聞くと、
「せめてもの歓迎の気持ちで」と言う。
ヘルパーさんを迎えるためのようだ。
しかしこれも思いの全てではなく、転倒したときに安全だという考えも有ったようだ。
「座布団敷いてあると歩きにくいですね。」
そりゃそうだ。
※
医師もヘルパーさんも、お客様ではない。
お茶飲みにウチに来ているわけではない。
みな、クライアントの無事と健康が目的である。
上履きは外靴ではない。
障害を持つ人のための、装具である。
常に身に付けて、体の一部として扱うものだ。
※
パーキンソン病の歩きにくさには、いくつか特性がある。
歩幅がとても小さくなる。
歩き始め、最初に足を出すところが出にくくなる。
方向転換がしにくくなる。
そのわりに、足元の何かをよけるのはうまかったりする。
この特性から、床に縞々模様などを描くと、スムーズに歩けるということがある。
ウチも、縞々のカーペットを敷いてみた。
動きが良くなるかもしれない。
※
母がまた転倒した。
今回、初めてのことが加わった。
転倒の場面に、私が居合わせたのだ。
今までは、転倒の瞬間に私がその場にいたことは無い。
私が帰宅したら床に寝ていたとか、私が朝キッチンに行ったら床に寝ていたとか、
私が帰宅したら頭から血を落としながら床の掃除をしていたとか、
そんなことばかりだった。
今回は、目の前で転倒した。
こういう時は、一瞬がものすごく長く感じられる。
ドアを開けて、室内の様子が目に入ってくる。
部屋の真ん中に母がいる。
すぐ足元に飼い犬がいる。
犬は母が手に持っている物を嗅ごうと鼻先を向けている。
なんなら口で母の手から取ろうと思っているのか。
母の前に犬が回り込む。
その拍子に母が前につんのめる。
犬が驚いてよける。
咄嗟に手の出ない母が、左肩から床に落ちる。
犬が向こうへ回る。
そのはずみだろうか、母の体が意外なほどに回る。
腰の曲がった体が、そのまま回る。
大きく弧を描く足に、上履きを履いていないのが見える。
ああ履いていなかったんだ、なぜだ、まったく!と思う。
そのままの勢いで、一回転して、
気付いたら母は元の位置から少し前進した場所に立っていた。
森光子もびっくりの前転ぶりである。
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