犬小屋:す~さんの無祿(ブログ)

ゲゲゲの調布発信
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竹藪

2023年05月01日 | 毎月馬鹿
毎年この季節になると思い出す事が有る。
懺悔。
悪い事はできないものだ、という話。



もう15年ほど前の事だ。
前の飼い犬が生きていて、若かった頃だ。

正直に書けば、私は筍泥棒に出かけたのだ。
この犬は、私から離れてしまわないので、放して歩くことができた。
それに、タケノコが好物なんである。
地面からまだ先を見せてもいないタケノコを見付けて、
ほじくってかじる。
トリュフ豚みたいなもんである。

この犬を連れて行けば、暗がりでも簡単にタケノコを見付けられるだろう。
と、悪人は考えたわけだ。

目指したのは、とある荒れた竹林である。
世間でも、放置竹林は問題になっている。
農村が高齢化し、竹林の手入れができなくなっている。
繁った竹林で古い株は立ち枯れ、鬱蒼と暗く、
タケノコは少しでも明るいほうへ出て、竹林はやたらと拡がる。

どうせ問題なんだからタケノコを採ってもいいでしょ、くらいの了見である。
いけませんよ。
たとえ放置されていたって、よそ様の土地であることには変わりない。

悪いことだと分かっているので、夜更けに行く。



悪いことだと分かっているので、風の夜を選ぶ。
物音が周囲に聞こえないからだ。

風の強いとき、放置竹林では不気味な音が鳴りわたる。
枯れた竹が揺れてぶつかり合うからだ。

乾ききった骸骨が踊って、骨と骨が当たったらこんな音がするだろう。
辺り一面、頭上高く、「カラカラ」という音で包まれている。

ギアナ高地にサリサリニャーマというテーブルマウンテンが在ると聞く。
なんでも、魔物が人間を喰らい、骨をかじる音が「サリサリ」なんだそうだ。
日本で骨のことを「舎利」と言うのは、
サンスクリットで「身体、遺骸」といった意味のशरीरから来ているから、
音が通じるのは偶然だろうけれど、なんとも不気味な音色だ。

繁っているので、月明かりも入らない。
おまけに風で竹が鳴る。
不気味だ。

犬を連れて来て良かった。
こんな時、なんでもいいから生きたものと一緒にいるのは、心強い。
普段以上に犬に話しかけてしまう。

しかし、この連れて来た犬というのが、ビビり虫なのだ。
家の近所の慣れた場所ですら、聞き慣れない音がするといちいちビクつく。
そんな犬なので、さっきから目が泳ぎっぱなし、尻尾は下がりがちだ。

困っている犬を鼓舞するために声を掛けることで、
自分の元気が出る。
保護者側になるので、自分の怖さが吹っ飛ぶのだ。

地下茎があちこちで地上にニョロッと出ている。
それが罠になって、つまづきそうになる。

枯れた竹の細枝がそこいらじゅうに落ちている。
犬はそれを踏んでしまってはビクッと驚き慌てふためいている。

「大丈夫だよ、ただの竹だよ、自分で踏んだだけだよ」
と何度も声を掛けながら歩く。



そんな我が犬が、吠えた。
「ワン!」

日頃、この犬はまるで吠えない。
ひとっことも吠えない。
餌を欲しい時も、私を起こす時も、吠えない。
声を出してもせいぜい「あふんあんはん」くらいの情けない声だ。

そんな犬が、吠えた。
そして、地面を掘り始めた。

「おう、ここ掘れワンワンか。
タケノコが有ったか。」

タケノコ泥棒のために夜更けに竹藪に入っているわけでして、
吠えない犬だから、静かだから連れて来たのに、
吠えられたら都合が悪い。
見付けたならサッサと掘り出して、
何個も採ろうなんて欲張らずにこの場を去ったほうがいい。

犬が掘っている所の脇にバールを立てて、タケノコを折り取ろうとした、
その瞬間、
カッと目がくらんだ。

眩しくて正視できないので、何が光っているのか、すぐには分からない。

やばい。
光を見てしまうと、周囲の闇がいっそう見えなくなる。
何か有っても、走って逃げるほどの視力が無くなってしまう。

そんなことが脳裏をよぎったが、
そんな心配は要らないとばかりに、辺りも煌々と照らし出される。
光源は足元の土の中のはずなのに、
周囲の竹林は陰も無いくらい光に満ちている。



風が止んでいる。

何か、良い香りがする。

やわらかく静かであるが、はっきりと聞こえる、
人の声とも、楽器の音とも分からない、
一つの音の流れのようであり、和音のようでもある、
ただ、心地よい音がする。



気付くと、運転席にいた。
ハッとして見ると、犬はちゃんと助手席にいて、丸まって眠っている様子だ。

あの後、身体が浮かぶような感覚が有った。
地面から足が離れてしまったら、
このまま浮いて行ってしまったら、
二度と帰れなくなる、という思いに囚われた。

竹につかまろうと思うのだが、
あんなに繁っているはずなのに、なぜか手が届かない。

そうだ、犬は?と思う。
リードは手に持っているが、先が見えない。
リードの長さはほんの2メートル足らずで、
明るいのに。
暗い中に消えていくのと同様に、明るい中に消えていっている。

それからどれくらいの時間、抵抗していたか判然としない。
とにかく今、現実に運転席にいるのだから、無事だったのだ。

私はシートベルトを締めて、エンジンをかけ、ライトを点灯し、
ギヤをドライブに入れて、ハンドブレーキを解除し、発進した。


つづく
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