年末年始はテレビを見る機会、本を読む時間が多くあります。
その中で「願望と欲望とは本質が異なる」と言う事が分かった気が致します。
人の欲望は、際限なく湧き出てきて留まることなどありません。
金銭欲は、金を集める事に執着し、生涯にわたりお金を溜め込み、その札束の上で死んで行くことになり、遺族には遺産相続の紛争を遺す、罪多き不幸の欲望です。
権力欲は、支配権力に執着、多くの他人を敵にして、持った権力と同じ怨念を与えます。
一方、願望を持ち続ける事は、人々をダイナミックに前進させる力になっているようです。
欲望は、人々を踏み台にし、双方が不幸への道を辿ります。
ある本には、「願望は満たせても、欲望は満たせない」と言う言葉がありました。
年末年始の積極的に動き回る政治家は、権力欲がなければ出来ない行動力です。
政治家になろうとする人は、握った権力で人々を幸せにするための願望を志(こころざし)にしています。
中には、欲望の塊みたいになってしまう政治屋もいるのですが…
正月テレビで歴史に残る名城(写真)の数々を見る機会がありました。
石積みの削り跡、機械の無かった時代の木組み、その裏側には、多くの人々の知恵と工夫と血と涙も染み付いているようです。
当時の権力者の欲望と職人達の願望が混合した建造物であり、どれほど多くの尊い命が犠牲になったかも想像できます。普段の仕事まみれの時間では気付かない事は、開放された時間で分かってくるものです。
さて、今日は妻と映画館に足を運んできました。
「海賊と呼ばれた男」出光興産の土光佐三氏をモデルにしたストーリーです。
一代で事を為す人物像とは、人の考えない事を実践する姿なのでしょう。
正月のゆったりとした時間の中では、ふだん気付かない事が見えるモノです。

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